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学校編

九局とアザム

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 アベンチュレ青少年学校のある一室。机の一方には二人の城人が並んでいた。一人は九局副局長タルヒ・カルカ。重たい瞼で冷めた瞳。青味かかった黒髪は軽いウェーブを描いている。几帳面そうな印象の男だった。それに反し隣に座る男、九局長ヘビー・バライト。ふし色の髪は重力に逆らっている。瞳は優し気だが口元は猟奇的だ。いつだって歯を見せてにやついている。そして制服のジャケットは着ておらず、シャツのボタンも三つ開けている。城内ではセッシサンと共に不良城人と呼ばれている。その二人の目の前にいるはスファレ・アザム。アザムは内心面倒だと思っているがそれを顔に出す程正直な人間ではない。
「はじめまして。バライトです。九局の局長しています。あ、九局って何してるか知っているよね? 」
 まるで幼子に語るような口調のバライトにアザムはさらに面倒くささを内心に積もらせた。
「監察です」
「正解! よく知っているね! 偉い! 」
 そう指を鳴らすとついにアザムは眉間に皺を寄せた。カルカは呆れた様子で隣の局長を睨んだ。
「真面目にしてください。バライト局長」
「相変わらず固いねー。カルカちゃんは」
「ちゃんはやめてください。私もう三十路なんですから」
「俺アラフィフ」
「知っています。話戻してください」
 おっと、と言ってバライトはアザムを見つめた。
「今回何人かこうやって面接させて貰ってるけど、実は本命は君一人なんだ」
 アザムは黙ってバライトを見返す。バライトは肘を付いて歯を見せて笑っている。
「さっきアカクラスのえっと誰だっけ? 」
「サルファー・カザンです」
 カルカが冷たく教える。
「そうそう、カザン君。あの子も良かったんだけどね。ちょっと惜しかったんだよね」
「惜しかった? 」
 アザムが尋ねるとバライトは嬉しそうに頷いた。
「今九局はある案件を調べている。三年、もうすぐ四年になるか。うちは九十六期生から新しい人を入れてないんだよ。監察に向いたいい人材がいなくてね」
「カザンはアカクラスにしては使える人間だと思いますが」
「おっ、首席に褒められるとは、カザンが聞いていたら喜ぶぞ」
 茶化すバライトにアザムは早くこの面接が終わらないかと思い始めた。
「俺もカザンが無関係だったら九局入れていたけど、その案件にカザンは少なからず関係している。身内のことだったら感情的になってしまうこともある。監察としてそれは駄目だ」
「ではなぜカザンを面接に呼んだのですか? 」
「カモフラージュだよ。監察は嫌われ者でね。常に色んな目を向けられる。疑い、探り、嫌悪。だから何人か呼んで本命を悟られないようにする。結構気を遣うんだよ、監察は」
「そうですか。でも私は九局に行くつもりはありません」
 アザムのその答えが分かっていたのかバライトは残念そうにすることはなかった。カルカも黙ったまま書類を見ている。
「どこに行きたいんだ? 」
「七局です」
 バライトが口笛を鳴らす。
「首席はやっぱり花形か」
 アザムは明らかにむっとした表情をした。そしてこの面接を切り上げようとした。
「お話が以上なら退席させて頂きたいのですが」
「そう、焦るなって。もう少し付き合ってよ」
 そう言われアザムは座ったままでいたが気持ちはもう離れていた。
「監察はね、城人になる人間達の素性をあらかた調べるんだ。一人残らずね。君のことも調べたよ。君、昔苗字がなかったらしいね」
 アザムは表情を動かさないように気を付けた。
「養子なので」
 冷静に言葉を返した。
「君は、あそびとだったんだろう」
 アザムは思わず目を見開いた。
「監察を舐めたらいけないよ。アザム家の力は凄い。その力を使ってもみ消したんだろうけど、悪いな。九局うちも凄い」
 アザムはバライトの瞳を睨みつけた。歯を食いしばる。
「アザム。君は頭がいい。城人になればすぐに頭角を現すだろう。そして、出る杭は打たれる。いつかきっとこのことは誰かが知り、君を蹴落とすのに使うだろう」
「そんなことは、」
「あるよ。残念ながら」
 バライトがアザムの言葉を遮る。
「今は平和な世の中さ。争い事はない。けれど人間は争い事が好きだ。隠し事も好きだ。相手を出し抜くのも好きだ。皆大人しくしているように見せかけているだけさ。だから我々監察がいる。残念ながら」
 アザムはズボンを握りしめる。
「そんな君に朗報だ。うちに来れば君の過去は絶対に漏れないようにしよう。どんどん頭角を出せばいい。君を打とうする者がいれば消してやる」
「……脅しですか?」
「君を守ってやろうって言っているんだ」
 アザムはバライトをじっと睨み、目をそらした。
「時間をください」
「三日待てる。三日後にまた面接をしよう」
 アザムは立ち上がると一礼して部屋を退室した。
「守ってやろうなんてカッコつけたこといいましたね」
 カルカが呆れたように言えばバライトは表情を明るくした。
「え、俺カッコ良かった? 」
「カッコつけ、と言っただけです。それにしてもアザムはうちに来ますかね?」
「来るよ。俺この間あいつの親に会ったもん」
 カルカが驚く。
「あなたはまたそうやって勝手なことを……! 」
「俺らって嫌われ者じゃんか。だから先回りして媚び売ってきたの。いい人だったぜ。アザム家当主」
「その当主にはあなたの息子さんを守りたいとか抜かしたんでしょう? 」
「お見通しだね!」
「それより、カモフラージュがてらになぜ例の学生を面接に呼ばなかったんですか?」
「ああ、シズ・カンダのことか? 」
 カルカがシズの書類を見る。
「シズ・カンダ。山奥に住む狩人アタカマに育てられる。アタカマが亡くなってからの現在はフェナ出身ジャモン・サーペティンの養子。ペタで暮らしている。現在はまだ改装中ですが、もうすぐアパート経営をするようですよ」
 バライトがカルカから書類を取る。
「このジャモンって男、多額の借金があったんだよな? 」
「ええ。しかし去年の六月で全額返済しています」
「ギャンブルで大勝したか? 」
「ありえないことはないですね。けどこのシズ・カンダ、書類上はずっと存在していますが、」
「過去の実態が掴めない」
 バライトが続きを言えばカルカは頷いた。
「城人にするには少し、危ないかと」
「それは俺も思ったけど、遠くに行かれるよりかは近くで囲っといた方がいい。それで最初の質問だけど、俺もシズ・カンダ面接するつもりだったぜ。けど今はあまり近づかないほうがいい」
「なぜ? 」
「そいつどうやら見張られているようだ。そう報告があった」
「……誰に? 」
「複数」
 カルカは再びシズの書類に目を落とす。
「やっぱり危ないですね」
「危ないかもな」
 バライトは楽しそうだった。
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