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学校編

気持ちの敗北

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受け入れがたい状況の中シズは落ち着いていて、ベッドに仰向けなまま動かなかった。けれど、そのままではよくないよとでもいうように部屋のドアがノックされた。
「やっと来たようだ」
 カーネスはドアに向かう。シズは起き上がった。
「誰がだよ」
 カーネスにぶしつけに言った。
「君の保護者」
 シズにに笑いかけて、カーネスはドアを開けた。
「あ、おはようございます。カーネスさん。すいません、祭りで道が混んでて」
 ドアの向こうに居たのはメタボで髭面の男だった。男は申し訳なさそうな顔をして頭をかいた。
「まったくだ。もっと文句を言いたいが僕の時間はもうほぼない。紹介しよう」
 カーネス広げた掌を私に向けた。
「彼女はシズ・カンダ。君は彼女の世話をしてやってくれ」
 男はシズの顔を見ると目を丸くした。
「か、彼女ってことは女の子ですか!? 」
 男は素っ頓狂な声を上げた。男はシズを男だと思った。
「そうだ」
 カーネスの口調はどうでもよさそうだったが、男はどうでもよくなさそうで二三歩後ろに下がって首をぶんぶん横に振った。
「女の子なんて無理ですよ! カーネスさん! しかもこんな年頃の! 」
「借金全額返してやったのは誰かな? 」
 それはカーネスの魔法の言葉らしく男は口をつむんで、二三歩前に戻ってきた。カーネスは今度は男に掌を向けた。
「彼はジャモン・サーペティン。歳は、」
 カーネスが横目でジャモンを見る。
「三十四歳になりました」
 ジャモンは弱々しく答えた。
「いいおじさんです。僕が彼の莫大な借金を返してあげてその礼として、この世界で赤ん坊同然の君の、」
 カーネスはシズを指差した。
「世話をしてくれる心優しいおじさんです」
 心優しいおじさん呼ばわりされたジャモンは頼りなく「よろしく」とお辞儀した。シズは微動だにせず黙っていた。ジャモンは困り顔をしてカーネスを見た。カーネスは手を叩いた。
「さて、僕はもう行かないといけない」
「逃げんのかよ! 」
 シズは慌てて立ち上がり叫ぶ。こいつは捕まえておかなければいけない。それに気がついて変に冷静になっていたシズの頭は再び奮いたった。
「逃げるんだよ」
 カーネスは平然と答えた。
「さっきも言っただろう。僕は追われているんだ。追われてる身なのに君を、ここまで、こんなに、世話してあげたんだ」
「ああ? 」
 シズは眉間に皺を寄せる。
「僕は別に君ををここに連れて来なくてもよかったんだ。頼まれて、金を貰ったからしただけだ。それが商売だからね」
 シズはカーネスに再度掴みかかろうと飛びついたが、ひらりとかわされ、シズは顔面を床にぶつけた。そして頭に強い重みを感じた。
「カーネスさん! 女の子になんてことを! 」
 ジャモンの悲鳴に近い声を上げる。シズが頭の上に手をやれば、足らしきものがあった。カーネスはシズ頭を踏まれているらしかった。
「てめぇっ!」
 シズが声を荒げればカーネスはまた強く、シズの頭を踏みつけた。シズは思わずうめき声をあげた。床の誇りが口の中に入ってくる。
「しつこいんだよ。ガキ。君はもうここじゃないと生きれないんだよ。駄々こねるな。僕は君が死んでもいいんだよ。その方がよかったと思う」
 カーネスはシズに冷たく言葉を落とす。
「シズ・カンダ。君が生きていることは奇跡だ。それを忘れるな」
 カーネスは頭から足をどけるとその足でシズの腹を蹴飛ばした。埃が舞い、床に転がっていた何か達がシズの身体にあたる。
「うげっ! 」
 シズはベッドに背中をぶつけた。蹴られたお腹を押さえ咳き込む。こいつめっちゃ強い。けどまだ手加減している。喧嘩慣れしているおかげで、シズはそういうことの察しはよかった。
「だ、だだ大丈夫?! 」
 ジャモンが駆け寄ってきて私の背中をさすった。
「諸君、忠告だ! コーネス・カーネスの名を決して外で口にするな。ヨンキョクに捕まるぞ。それではお別れだ。さらば! 」
 カーネスはどこからか出したつばの広い黒い帽子をかぶり部屋を出て行った。シズは諦めきれず、立ち上がり追いかけた。部屋を出てすぐ玄関らしき水色のドアが閉まりかけたのが見えた。外へ飛び出したがカーネスの姿はもうなかった。見えない姿を追えばよかった。けれどシズの足がそうしようとはしなかった。その気力がなかった。カーネスをこれ以上どうこうしてもどうにもならないと、シズは悟ってしまった。しがみついたとしても負ける。またさっきみたいにあしらわれる。あんな骨と皮に敵わない。負けると分かっていても、まだ体が動くのに敵わないとシズは決めてしまった。
「お前って意外に冷静だよな。危ない奴だって判断したらすぐ引っ込むよな」
 シズが買った喧嘩の相手がボクシングジムに通っていると分かり逃げ出した時、シズはそうカケルに言われた。
シズはその場に立ち尽くした。勝てない。どうやったて負けるってさっきベッドに押し倒された時に判断してしまった。
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