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学校編

神様のいない世界

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「ここはニホンじゃない。アベンチュレという国の王都ペタの街角にあるアパートの一室だ。君はもうニホンのある世界には帰れない」
 日本のある世界。なんだその言い方。それじゃあここは日本のない世界みたいじゃねぇか。静は訳がわからなかった。
「君はもうこの世界じゃないと生きられない。今の君の脳みその状態じゃ理解できないだろうがそれが今君がいる現実だ。これは夢でも騙しているわけでもない。現実だ。理解してくれ、カンダシズ」
 カーネスが初めて、静の名前を呼んだ。
「シズが確か名前か。ここでは名前が先にくる。だから君はシズ・カンダだ」
 なにペラペラ喋ってんだこの前髪。理解できるわけねぇだろうが。そんなおとぎ話みたいなホラに騙されるほど幼くねぇ。シズの頭の中は苦情で満ちる。けれど、見知らぬ窓の外から聞こえる雑踏が変に現実じみている。訳が分からないこの瞬間を嘘じゃないよ、とシズの肩を叩いているみたいだった。カーネスがシズから離れる。窓の外からは音楽までもが響きはじめた。それに混じって歓声も聞こえる。
「今日は記念日なんだよ。祭りだ」
「祭り? 」
 シズは現状理解を放棄し、冷静にカーネスに尋ねた。
「終戦百周年記念なんだよ、今日。君の世界にもある? 終戦記念日? 」
「あるけど」
「こんな風にお祭り騒ぎなのかい?」
「いや、めっちゃ厳か」
 カーネスがふっと笑った。
「普通そうだよね。これさ、平和な今に感謝して、平和な未来を望む祭りなんだよ。今この国でそんなことを思ってる人間は何人いるかね」
「え?」
シズがカーネスを見ると馬鹿にしたような顔で窓の下を見ていた。
「ここの道を通っている人間にひとりでもそんなことを本心から思っている人間がいれば奇跡だね」
「もっといるんじゃねぇか」
 どうでもよかったシズは適当なことを言った。
「だって百年だよ。君。百年も前のことを知ってる人間はもういない。ただ教科書に載っている単語を覚えるのと同じように平和が大事って覚えてるだけだ」
 カーネスは窓の外から顔を引っ込めた。
「君のいる世界は戦争があるのかい?」
「外国だったらあるよ」
「どこでも同じだな。結局人間は平和より争いが好きなんだ。平等より優位がいいんだ。この世界は今どこにも戦争はないが、いつか絶対起こるよ。だからあんなややこしいことしなくてよかったのに。結局二度手間だ」
 カーネスは「二度手間」という言葉の時、シズの顔をしっかり見つめた。シズに対して言っているみたいだった。
「あ、そうそう。君の世界には神様はいるかい?」
 カーネスは素っ頓狂なことを聞いてきた。
「あ?」
「またはかかりつけの神様とかいる?」
「なんだその、かかりつけの医者みたいな言い方」
 シズは鼻で笑う。
「仏教徒だと思う。熱心じゃねぇけどな。神様がいるかどうかは知らねぇ。信じるか信じないかは人それぞれだ」
「ふーん。ま、どうでもいいけど教えといてあげる。ここには神様いないから」
 カーネスは断言した。シズは眉間に皺を寄せる。
「ここの世界の神様は百年前にいなくなったんだ」
「百年前はいたのかよ? 」
「いたらしいよ」
「やっぱりおとぎ話かよ」
「戦争の原因も神様のねだりあいだったからね。結局、神様を誰の手にも渡らせないようにするため消したんだ」
「神様殺したのか? 」
「死んだことになってるよ」
「へぇ」
 このおとぎ話はいつまで続くのだろうとシズは考える。
「とにかくこの世界に神様はいないんだ。だから神様なんて言葉を軽々しく口にしちゃいけないよ。白い目で見られる。君はこれからここで生きていかなければならないんだから」
「知るかよ。おとぎ話の中で生きれねぇよ、前髪」
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