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学校編
十七歳最後の日
しおりを挟む「本日もご活躍で」
友井の前歯を折った東高の奴らをのばした帰り、にたにたと笑うカケルが静をからかうように労った。
「てめぇがほとんど潰したじゃねぇかよ。嫌味かおんどりゃあー」
静が隣を歩くカケルを睨めば、カケルは変わらず笑ったままだった。
「おんどりゃあーってなに?静たまに言うよね?」
「知らん」
「俺も今度使おうかな、おんどりゃあー」
「パクんな」
くだらないやり取りを繰り返し夕暮れの街を歩く。静は上を向くと大きなあくびをひとつした。喧嘩で忘れていたが、静は眠かったことを思い出した。
「でっけぇあくび。すいか入ったぞ、今絶対」
「そんなわけねーだろ」
「そういえば明日は六月十二日。静誕生日じゃん」
「現金五百万でいいぞ」
「ごめん、今五百円もない」
静が舌打ちをする。
「ひっど。舌打ちひっど。お前さ、五百万なんてカツアゲレベルでもないからね。銀行強盗レベルだからね」
「宝くじでも当ててこいよ」
「どうやって?」
静があくびを噛み殺し考える。
「根性で」
「それでどうにかなるなら七億欲しいぜ」
「じゃあ神頼みだ。神様タラしこんでこいよ。タラシのマチムラ」
「それいいね」
静はだんだん眠気が大きくなって、カケルのウザさも馬鹿さもどうでもよくなってきた。
「まあ、とりあえず明日学食でお前の好きな親子丼奢ってやるよ!」
学食の親子丼、三八〇円也。
「へいへい。そりゃどーも」
「俺様が奢ってやるんだぞ!もっとありがたく思え!あ、俺こっち行くわ」
カケルが右の道を指さす。
「おめぇの家そっちじゃねぇだろ」
カケルは自慢げな笑みを浮かべた。
「あったらしいカノジョができましたー」
「あ?」
「しかも!東高のマドンナのマノちゃんでーす」
「それってさっき喧嘩した佐藤の女じゃなかったか?」
カケルは笑ったままで何も言わない。友井がやられた理由を静は察した。
「歯の治療費って結構かかるらしーぞ」
カケルが肩をびくつかせた。
「カセゲヨ。タラシさんー」
そう言い残してカケルと別れ、静はひとりまた歩き出す。橋にさしかかった時我慢できないぐらいに静は眠くたまらくなっていた。目をこする。
「なんでこんな眠いんだ」
昨日夜更かしはしていない。眠気を飛ばそうと静は空を見上げた。とんびが一羽飛んでいた。
「かっけー」
飛ぶとんびを目で追う。するととんびが止まった。空中で羽を広げたまま止まった。
「は? 」
静は瞬きを繰り返し、また腕で目をこする。それでもとんびは止まったままだった。
「うおっ! 」
静が視線を隣にやれば犬を連れたじいさんも止まっていた。凍ったみたい固まっている。犬も舌を出した状態ぴくりともしない。風に舞った葉も空中で止まったまま地面に落ちる様子はない。息を吹きかけてみたが駄目だった。気味が悪く触れなかった。
「な、なんだこれっ」
あまりな異常の光景にさすがの静も混乱し、怯えた。なんで自分以外固まっている。動かない。静があたふたしていると橋の上にもうひとり立っていることに気が付いた。そいつはじっと静を見つめていた。
「ひっ! 」
静は情けない悲鳴を上げてしまった。静を見つめる男は動いた。男は真っ黒な軍服のようなものを着ていた。膝まであるブーツも軍服と同じぐらい黒く、髪も黒い。軍服のダブルのボタンだけが銀に光っている。静は男がそんなコスプレをしていることはどうでもよかった。静が恐ろしかったのは男が自分と全く同じ顔をしていることだ。
「なっ、ななにっ! お前! ドッペルゲンガー?! 」
静のそっくりさんが一歩を踏み出すとこっちに歩いてくる。静は橋の柵まで一気に下がった。
「なんで私と顔一緒なんだよ! キモいんですけどっ! 」
そっくりさんは静の至近距離まで来ると立ち止まった。
「どちらさんかお名前聞かせてもらえないですか? おんどりゃあ」
そっくりさんは静を食い入るように見続ける。
「死にたくないか? 」
「は? 」
そっくりさんは言葉を発した。男だからか、声は静と違った。
「死にたくないか? 」
そっくりさんはまた同じことを聞いてきた。
「死にたくねぇよ。あんた私のこと殺しにでもきたのか?」
無表情だったそっくりさんは安堵したように微笑んだ。
「よかった。俺も死にたくないんだ」
「あ?な、」
なんだてめぇ。静はそう言おうとした。しかしそっくりさんは言わせてくれなかった。両手で静の頬を挟むと引き寄せ、キスをしてきた。途端、静は我慢できなくなった眠気がどっと押し寄せ、瞳を閉じた。こんな訳の分からない状況で静が最後に思ったのはやっと寝れる、だった。
静は目をを開けた。体がひどく重い。もう少し寝ようと布団に潜り込む。すると布団からかび臭い匂いがした。母さん布団干してくれてないのかよ。喧嘩し過ぎで怒ったかな。しょうがない、朝ご飯ぐらい作るか、と静は布団を跳ねのけ起き上がる。
「やっと起きた」
静は声がする方に顔を向ける。
「よかった。僕そろそろ行かなきゃいけないからね」
脂肪どころか筋肉もないんじゃないかというぐらいガリガリの男が立っていた。凄く長い前髪が顔の中央を遮っているのが静は凄く気になった。
「……その前髪超邪魔じゃね? 」
「初対面に対する第一声がそれかね?」
「初対面?」
静は部屋を見渡す。曇り切った窓ガラス。すすだらけの壁。壊れた本棚。本や服、食器にガラクタが散らばる床。その中に立つ男。寝起きの脳みそが覚醒すると私は飛び上がりベッドの上で前髪男に対して構えをとった。
「てめぇ誰だ!!ここはどこだ!!誘拐かおんどりゃあ!」
静はそっくり野郎に唇を奪われた途端、眠気に襲われ寝たんだ。もしかしてキスした時に睡眠薬かなにか飲まされたのかと、静は焦った。
「誘拐してもうちは金なんかねぇぞ!築三十五年の借家暮らしだぞ、てめぇ!それか恨みか!てめぇみたいな変な前髪の奴と喧嘩した覚えはねぇぞ!」
「まあ、落ち着いて」
胸元まである変な前髪を撫ぜながら男は言った。
「僕は生意気な人間は好きではないが君のことは大目に見よう。なんたって君は前例のない“コイン”だからね」
「は?」
「自己紹介が遅れたね。僕の名前はコーネス・カーネス。覚えなくても別にいい。むしろ忘れた方が身のためだね。君と僕はきっと金輪際会うことはないだろうから」
汚れ曇った窓から日差しが差し込む。静の十八歳は不穏な幕明けだ。
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