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ミトスはソファに掛けていた。ミトスは病院で検査を受け、ホテル「カバンサ」の客室にいた。ミトスが保護されてから、丸一日が過ぎた。ヨールがオーピメンを殺害したことは、新聞でもラジオでもまだ伝えられていなかった。客室にはカルカもいて、窓際に立っていた。
「オーピメンが借りていたアパートですが、一か月ほど前にヨール氏が持ち主になっていました。ヨール氏から譲ってほしいと連絡が来て、希望金額の三割増しで買ってくれたと、前の持ち主が。事故物件であったそうですから、部屋が埋まらず困っていたそうで、喜んで売ったそうです。よほど、オーピメンを気にしていたのでしょう」
それが、ヨールが部屋の鍵を持っていた理由だった。
「ヨールは逃亡しているんですよね?」
「そういうことだと思います」
カルカの歯切れは悪かった。
「ジェーダさんは、ヨール氏のこと隠そうとはしておられません。けれど、カバンサ家以外の人々が……。カバンサはこの国で絶対的孤高です。その孤高の失態が世に出ると、側近のいくつかの会社や組織にとって多くの不都合があるそうです。それは警察の上層部にも関わって来るらしくて。私らには別世界の話です。オーピメンの件の処理は、長引くと思います」
カルカは投げやり気味に言った。実際、バライトやカルカの立場の人間にはどうにもこうにもしようがなかった。
「私より少し偉い人間がサルファーさん達に、今回の事件の口止めをしているところですよ」
ミトスの部屋はサルファーの隣だった。
「巻き込んでしまいましたね」
スケッチブックは郵送でよかったのだ、とミトスは反省していた。カルカは腕を組んで首を傾ける。
「巻き込まれた方でしょう、あなたは」
ミトスはそう思うことはできなかった。部屋のドアがノックされる。昼食が運ばれて来た。カルカが受け取ると、テーブルに運ぶ。
「午後にはバライトがカバンサの方々を連れて来られます。それまでに食事を済ましておいてください」
ミトスは頷いた。
「ヨールが人を殺すなんて。信じません」
煙草に火を付けながら、ヨールの母であるレイナがソファに座る。そして斜め向かいに、座るミトスをウェーブのかかった赤茶の髪を振り乱して、睨みつける。
「あの子のでっちあげではなくて? 復讐でしょう。愛人の孫だから。死んだはずなのに、なんで生きているのよ」
「お母様。感情的になり過ぎです」
ヨールの妹であるラズがレイナを咎める。そして同情の眼差しをミトスにやった。ミトスは何かを言う立場ではなかった。ミトスはレイナに対してどういう対応をしても、嫌味になることを理解していた。レイナはカバンサのひとり娘だった。ミトスが現れた途端、父であるペリドは自分や孫のヨールとラズよりも、ミトスを可愛がった。それがゆえに、フェナの屋敷には滅多に寄りつかなかった。
「葬式代、無駄遣いだったじゃない」
「もうそれまでにしておこう、レイナ」
隣に座るトーテルが妻を宥める。トーテルはミトスを一瞥したが、すぐに俯いた。部屋には重たい空気が流れる。カルカは音がない溜め息を漏らす。バライトはロビーまで、遅れて来るジェーダを迎えに行っていた。ラズは腰までの艶やかな母親譲りの赤茶の髪を前に流し、ミトスの隣に座った。ミトスをまじまじと見る。
「可愛くなったわね」
ラズは素直に言った。ミトスは曖昧に微笑んだ。部屋のドアがノックされる。ジェーダの乗った車いすをバライトが押して現れた。
「お待たせしましたね」
ジェーダが現れるとまた空気がピリッとなる。
「今日はアンブリさんが来られてないんですね」
珍しいというように、トーテルが言った。
「働かせています。こんなことになりましたからね」
ジェーダはミトスを見る。ミトスは俯いた。
「遅かれ早かれ、ヨールはああなったでしょう」
レイナが顔をゆがませ、母親の方を向く。
「何、その言い方! ヨールは優秀でしたでしょう? カバンサの為にどれだけ働いているか。お母様が知らないとは言わせませんよ」
「まあまあまあまあまあ、レイナさん」
バライトが宥める。レイナは鼻を鳴らした。
「そうですね。あの子は優秀です」
ジェーダは静かな声で認めた。
「だから、勘付くのも早かった。正義感のある真面目な子ですからね、もがき苦しんだでしょう」
ジェーダは諦めたように、肩を落とした。
「もう知っているのは、私だけなので墓場まで持って行こうと思っていました。ヨールが知った時点で、あなた達に伝えるべきだったのでしょう」
「何のお話ですか、おばば様」
ラズが胸騒ぎを抑えるように尋ねる。
「カバンサのはじまりの話です。フェナの膨大の土地がなければ、現在のカバンサはなかったでしょう。ミトス」
「はい」
呼ばれたミトスはすぐに返事をした。ジェーダは真っすぐミトスを見る。
「あなたにカバンサの血は流れていません。愛人の孫、にしておいた方がずっとマシだったのです。カバンサにとって」
ミトスは思い出す。
「似たようなことを、オーピメンから聞きました」
ジェーダは乾いた短い笑いを零す。
「オーピメンはペリドのお気に入りだったからね。あの男に話していてもおかしくない。自分の死んだ後、ミトスのことを託したのでしょう」
「ミトスばっかり」
レイナが小さく吐き捨てる。トーテルが優しくレイナの肩に手を置く。レイナは灰皿に煙草を強く押し付けて、火を消した。ジェーダは話し始める。
「今のフェナにあるカバンサの土地はすべて、スイド家の土地だった」
「オーピメンが借りていたアパートですが、一か月ほど前にヨール氏が持ち主になっていました。ヨール氏から譲ってほしいと連絡が来て、希望金額の三割増しで買ってくれたと、前の持ち主が。事故物件であったそうですから、部屋が埋まらず困っていたそうで、喜んで売ったそうです。よほど、オーピメンを気にしていたのでしょう」
それが、ヨールが部屋の鍵を持っていた理由だった。
「ヨールは逃亡しているんですよね?」
「そういうことだと思います」
カルカの歯切れは悪かった。
「ジェーダさんは、ヨール氏のこと隠そうとはしておられません。けれど、カバンサ家以外の人々が……。カバンサはこの国で絶対的孤高です。その孤高の失態が世に出ると、側近のいくつかの会社や組織にとって多くの不都合があるそうです。それは警察の上層部にも関わって来るらしくて。私らには別世界の話です。オーピメンの件の処理は、長引くと思います」
カルカは投げやり気味に言った。実際、バライトやカルカの立場の人間にはどうにもこうにもしようがなかった。
「私より少し偉い人間がサルファーさん達に、今回の事件の口止めをしているところですよ」
ミトスの部屋はサルファーの隣だった。
「巻き込んでしまいましたね」
スケッチブックは郵送でよかったのだ、とミトスは反省していた。カルカは腕を組んで首を傾ける。
「巻き込まれた方でしょう、あなたは」
ミトスはそう思うことはできなかった。部屋のドアがノックされる。昼食が運ばれて来た。カルカが受け取ると、テーブルに運ぶ。
「午後にはバライトがカバンサの方々を連れて来られます。それまでに食事を済ましておいてください」
ミトスは頷いた。
「ヨールが人を殺すなんて。信じません」
煙草に火を付けながら、ヨールの母であるレイナがソファに座る。そして斜め向かいに、座るミトスをウェーブのかかった赤茶の髪を振り乱して、睨みつける。
「あの子のでっちあげではなくて? 復讐でしょう。愛人の孫だから。死んだはずなのに、なんで生きているのよ」
「お母様。感情的になり過ぎです」
ヨールの妹であるラズがレイナを咎める。そして同情の眼差しをミトスにやった。ミトスは何かを言う立場ではなかった。ミトスはレイナに対してどういう対応をしても、嫌味になることを理解していた。レイナはカバンサのひとり娘だった。ミトスが現れた途端、父であるペリドは自分や孫のヨールとラズよりも、ミトスを可愛がった。それがゆえに、フェナの屋敷には滅多に寄りつかなかった。
「葬式代、無駄遣いだったじゃない」
「もうそれまでにしておこう、レイナ」
隣に座るトーテルが妻を宥める。トーテルはミトスを一瞥したが、すぐに俯いた。部屋には重たい空気が流れる。カルカは音がない溜め息を漏らす。バライトはロビーまで、遅れて来るジェーダを迎えに行っていた。ラズは腰までの艶やかな母親譲りの赤茶の髪を前に流し、ミトスの隣に座った。ミトスをまじまじと見る。
「可愛くなったわね」
ラズは素直に言った。ミトスは曖昧に微笑んだ。部屋のドアがノックされる。ジェーダの乗った車いすをバライトが押して現れた。
「お待たせしましたね」
ジェーダが現れるとまた空気がピリッとなる。
「今日はアンブリさんが来られてないんですね」
珍しいというように、トーテルが言った。
「働かせています。こんなことになりましたからね」
ジェーダはミトスを見る。ミトスは俯いた。
「遅かれ早かれ、ヨールはああなったでしょう」
レイナが顔をゆがませ、母親の方を向く。
「何、その言い方! ヨールは優秀でしたでしょう? カバンサの為にどれだけ働いているか。お母様が知らないとは言わせませんよ」
「まあまあまあまあまあ、レイナさん」
バライトが宥める。レイナは鼻を鳴らした。
「そうですね。あの子は優秀です」
ジェーダは静かな声で認めた。
「だから、勘付くのも早かった。正義感のある真面目な子ですからね、もがき苦しんだでしょう」
ジェーダは諦めたように、肩を落とした。
「もう知っているのは、私だけなので墓場まで持って行こうと思っていました。ヨールが知った時点で、あなた達に伝えるべきだったのでしょう」
「何のお話ですか、おばば様」
ラズが胸騒ぎを抑えるように尋ねる。
「カバンサのはじまりの話です。フェナの膨大の土地がなければ、現在のカバンサはなかったでしょう。ミトス」
「はい」
呼ばれたミトスはすぐに返事をした。ジェーダは真っすぐミトスを見る。
「あなたにカバンサの血は流れていません。愛人の孫、にしておいた方がずっとマシだったのです。カバンサにとって」
ミトスは思い出す。
「似たようなことを、オーピメンから聞きました」
ジェーダは乾いた短い笑いを零す。
「オーピメンはペリドのお気に入りだったからね。あの男に話していてもおかしくない。自分の死んだ後、ミトスのことを託したのでしょう」
「ミトスばっかり」
レイナが小さく吐き捨てる。トーテルが優しくレイナの肩に手を置く。レイナは灰皿に煙草を強く押し付けて、火を消した。ジェーダは話し始める。
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