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「ユオ・オーピメン。年齢は四十前後と思われる。自宅の住所は、」
カルカが現場にいる警官に、オーピメンの自宅に行くように指示する。プライトが事務室の鍵の付いた引き出しから、スケッチブックを出す。オーピメンの依頼で描いたスケッチのページを開くと、バライトに渡す。
「オーピメンはこれを盗みに来たと?」
バライトは釈然としない。
「逆恨みでアトリエをめちゃくちゃにするのが目的ではなければね」
プライトは疲れた顔で言った。デスクのチェアに座ると、うなだれる。
「バライト警部、サルファーさんが戻りました。あと、もう一人」
「もう一人?」
バライトがカルカをふり返ると、事務室にサルファーとヨールが入って来た。バライトが持っているスケッチブックの絵がヨールの視界に入る。
「ミトスだ」
ヨールの漏らした言葉に、バライトが問いかける。
「あなたは? この絵の方とお知り合いですか」
「私はヨール・カバンサと申します。ミトス・スイドはうちの一族の者です。厳密に言えば、祖父の愛人の孫です。ミトスは幼い頃に身寄りを亡くしたので、うちが引き取りました」
プライトが静かに驚く。サルファーはここに来る道中に、聞いていた。どおりで、育ちが良さそうなはずだと納得した。
「ユオ・オーピメンは祖父に言われたのもあってか、ミトスに目をかけていました。傍から見れば少し、可愛がり過ぎていたようにも思います」
ヨールは苦笑いをする。バライトが質問を続ける。
「オーピメンはホテルカバンサの支配人でしたが、今は辞められているそうですね。何か理由をご存知ですかい?」
「自主退職です。けれど、彼は疑われていました」
「疑う?」
ええ、とヨールは頷く。
「スイートルームの備品の紛失が続きました。月に二回ほど利用される医者のお客様がいるのですが、そのお客様が宿泊される日だけ、備品がなくなるんです。最初は、お客様を疑いましたが、経済力を鑑みましても、わざわざそんなことをされるような方には思えなくて。それで調べて行くうちに、」
「オーピメンを疑った」
バライトが言った。ヨールが頷く。
「金に困っていたとか?」
カルカが考えやすい理由を上げた。ヨールは肩をすくめるだけだった。
「とりあえず、オーピメンを捜します。サルファーさん達、今夜はどうします?」
バライトが言っているのは寝床の心配だった。
「それなら、うちのホテルへ。話は通しておきます。お電話を借りても?」
ヨールが提案した。
「ああ、助かります。ありがとうございます」
プライトは疲れ切っていた。サルファーはヨールを見つめる。
「感謝します」
サルファーは礼を述べた。ヨールは微笑む。
「いいえ」
ミトスがフェナの屋敷に来てから初めての冬になろうとしている頃だった。ヨールは自分のおさがりをミトスにあげた。
「私がすぐに大きくなってしまったから、あまり着なかった服なんだ。置いといてよかったよ」
ヨールがミトスにカーディガンを着せながら言った。ミトスはおっちらこっちら、小さい指でボタンを留める。それをヨールは和やかな気持ちで見守る。
「ここはパズートよりずっと冷えるだろう」
「パズートってなに、ですか」
ミトスが尋ねる。
「君が生まれて、育った街だよ。ここより二つ向こうにある国にある街の名前さ。パズート」
「パズート」
ミトスが覚えた言葉を繰り返す。
「暖かい所だよ。私も一度は行ってみたい」
それはヨールの本心だった。ミトスはなぜか嬉しく、カラカラ笑った。
主都のペタから少し外れた三階建てのアパートの一室。この部屋は前の住人が刺殺で死んでおり、賃貸料は破格の安さだった。シャワーを浴びたオーピメンは洗面台の前で身なりを整える。髪の後れ毛は逃さず、襟を整え、ジャケットの埃は払う。ビオラのブローチの傾きは絶対に許されない。完璧になると、オーピメンはやっと洗面台から離れた。戻った部屋にはミトスがいる。右足は柱と鎖で繋がれている。
「足、窮屈でしょう。でも、危ないから」
オーピメンはポットに水を入れ、火にかける。
「危ない?」
余りの皮肉さに、ミトスは呆れた。思った以上にこの現状に恐怖はない。彩色のおかげかもしれないとミトスは思った。オーピメンは真っすぐと指を差す。ミトスはその先を見る。ベランダがあった。
「落ちてしまうかもしれない。ウサギのビオラのように」
オーピメンは本当に心配そうに、眉を下げた。ミトスはどうしたものかと、長い息を吐いた。とりあえず、オーピメンと会話をしてみることにした。
「知っていたんだね。祖父にもらったウサギを死なせてしまったこと」
「見ていましたからね。ココアを飲みましょう」
「普通のココアなら」
ミトスは真顔で言った。オーピメンは吹き出す。
「あなたの目の前で作りますよ」
湯が沸くと、オーピメンはキッチンテーブルにマグカップを置いて、新品のココアを開けてミトスからよく見えるように作った。差し出されたマグカップをミトスは素直に受け取る。
「どうも」
素っ気なく言って、ココアを飲む。濃いめだった。オーピンメンはキッチンテーブルから椅子を運んで来て、ミトスの斜め前に座った。正面に来ない辺り、少し配慮したなとミトスは思った。誘拐されて、配慮もおかしい話だとミトスは心の中で笑った。
「ビオラは落ちたのではありません」
オーピメンは言った。ミトスはマグカップを両手で包む。
「落とされたんです」
ココアの湯気が、伸びてうやむやになる。そんな風にミトスはずっと考えないようにしていた。
カルカが現場にいる警官に、オーピメンの自宅に行くように指示する。プライトが事務室の鍵の付いた引き出しから、スケッチブックを出す。オーピメンの依頼で描いたスケッチのページを開くと、バライトに渡す。
「オーピメンはこれを盗みに来たと?」
バライトは釈然としない。
「逆恨みでアトリエをめちゃくちゃにするのが目的ではなければね」
プライトは疲れた顔で言った。デスクのチェアに座ると、うなだれる。
「バライト警部、サルファーさんが戻りました。あと、もう一人」
「もう一人?」
バライトがカルカをふり返ると、事務室にサルファーとヨールが入って来た。バライトが持っているスケッチブックの絵がヨールの視界に入る。
「ミトスだ」
ヨールの漏らした言葉に、バライトが問いかける。
「あなたは? この絵の方とお知り合いですか」
「私はヨール・カバンサと申します。ミトス・スイドはうちの一族の者です。厳密に言えば、祖父の愛人の孫です。ミトスは幼い頃に身寄りを亡くしたので、うちが引き取りました」
プライトが静かに驚く。サルファーはここに来る道中に、聞いていた。どおりで、育ちが良さそうなはずだと納得した。
「ユオ・オーピメンは祖父に言われたのもあってか、ミトスに目をかけていました。傍から見れば少し、可愛がり過ぎていたようにも思います」
ヨールは苦笑いをする。バライトが質問を続ける。
「オーピメンはホテルカバンサの支配人でしたが、今は辞められているそうですね。何か理由をご存知ですかい?」
「自主退職です。けれど、彼は疑われていました」
「疑う?」
ええ、とヨールは頷く。
「スイートルームの備品の紛失が続きました。月に二回ほど利用される医者のお客様がいるのですが、そのお客様が宿泊される日だけ、備品がなくなるんです。最初は、お客様を疑いましたが、経済力を鑑みましても、わざわざそんなことをされるような方には思えなくて。それで調べて行くうちに、」
「オーピメンを疑った」
バライトが言った。ヨールが頷く。
「金に困っていたとか?」
カルカが考えやすい理由を上げた。ヨールは肩をすくめるだけだった。
「とりあえず、オーピメンを捜します。サルファーさん達、今夜はどうします?」
バライトが言っているのは寝床の心配だった。
「それなら、うちのホテルへ。話は通しておきます。お電話を借りても?」
ヨールが提案した。
「ああ、助かります。ありがとうございます」
プライトは疲れ切っていた。サルファーはヨールを見つめる。
「感謝します」
サルファーは礼を述べた。ヨールは微笑む。
「いいえ」
ミトスがフェナの屋敷に来てから初めての冬になろうとしている頃だった。ヨールは自分のおさがりをミトスにあげた。
「私がすぐに大きくなってしまったから、あまり着なかった服なんだ。置いといてよかったよ」
ヨールがミトスにカーディガンを着せながら言った。ミトスはおっちらこっちら、小さい指でボタンを留める。それをヨールは和やかな気持ちで見守る。
「ここはパズートよりずっと冷えるだろう」
「パズートってなに、ですか」
ミトスが尋ねる。
「君が生まれて、育った街だよ。ここより二つ向こうにある国にある街の名前さ。パズート」
「パズート」
ミトスが覚えた言葉を繰り返す。
「暖かい所だよ。私も一度は行ってみたい」
それはヨールの本心だった。ミトスはなぜか嬉しく、カラカラ笑った。
主都のペタから少し外れた三階建てのアパートの一室。この部屋は前の住人が刺殺で死んでおり、賃貸料は破格の安さだった。シャワーを浴びたオーピメンは洗面台の前で身なりを整える。髪の後れ毛は逃さず、襟を整え、ジャケットの埃は払う。ビオラのブローチの傾きは絶対に許されない。完璧になると、オーピメンはやっと洗面台から離れた。戻った部屋にはミトスがいる。右足は柱と鎖で繋がれている。
「足、窮屈でしょう。でも、危ないから」
オーピメンはポットに水を入れ、火にかける。
「危ない?」
余りの皮肉さに、ミトスは呆れた。思った以上にこの現状に恐怖はない。彩色のおかげかもしれないとミトスは思った。オーピメンは真っすぐと指を差す。ミトスはその先を見る。ベランダがあった。
「落ちてしまうかもしれない。ウサギのビオラのように」
オーピメンは本当に心配そうに、眉を下げた。ミトスはどうしたものかと、長い息を吐いた。とりあえず、オーピメンと会話をしてみることにした。
「知っていたんだね。祖父にもらったウサギを死なせてしまったこと」
「見ていましたからね。ココアを飲みましょう」
「普通のココアなら」
ミトスは真顔で言った。オーピメンは吹き出す。
「あなたの目の前で作りますよ」
湯が沸くと、オーピメンはキッチンテーブルにマグカップを置いて、新品のココアを開けてミトスからよく見えるように作った。差し出されたマグカップをミトスは素直に受け取る。
「どうも」
素っ気なく言って、ココアを飲む。濃いめだった。オーピンメンはキッチンテーブルから椅子を運んで来て、ミトスの斜め前に座った。正面に来ない辺り、少し配慮したなとミトスは思った。誘拐されて、配慮もおかしい話だとミトスは心の中で笑った。
「ビオラは落ちたのではありません」
オーピメンは言った。ミトスはマグカップを両手で包む。
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