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眩しい日差しにミトスは麦わら帽子をかぶる。今日は特に暑く、ミトスは麻のシャツを着ていた。サルファーは壁の影の中にいた。
「こんにちは」
ミトスが声をかける。
「ああ、久しぶりだね。手芸店の方に行ったら、今日は休みだって聞いたから」
ミトスはサルファーに名刺を渡したことを思い出す。
「あの、なんでしょうか?」
「君に、聞きたいことがあって。これから用事があったりするか?」
「ああ、図書館に行こうと思って」
ミトスのアパートから図書館はバスに乗らなければいけなかった。手芸店とは反対方向であり、休みの日のうちに行っておきたい。
「僕の家、図書館の近くなんだ。ちょうどいい、僕のアトリエで話そう。外は暑いし、お店も僕は目立つからね」
サルファーは自分の都合よく話を進め、ミトスは急かされるままにバスに乗ってしまった。バスは空いていた。
「仕事の本かい?」
少し離れて座るサルファーが聞いた。ミトスはトンボの話をする。
「それはギンだろうね。公園でスケッチしたことがある。一昨年ぐらいのだけど、色も塗ったんだ。貸すよ。役に立つよ」
ミトスは悩んだ。けれど、いい仕事をしたかった。
「では、お願いします。助かります」
「いいえ」
バスの中で、サルファーはミトスへの「用事」について一言も触れなかった。
バスを降りた場所は、木々が多かった。サルファーは森の小道のような道を進む。木漏れ日が落ちる道を遅れないようにミトスはついて行く。
「この辺りは閑静でいいよ」
道はすぐにひらけ、庭が現れる。そこに二階建ての、大きなログハウスがあった。白い枠の窓は大きく、壁は艶やかで、頻繁に手入れがされているようだった。
「いいでしょ。もともと、貿易商のお偉いさんの別荘だったらしい。一目惚れして買ったんだ」
サルファーは白いドアを開けた。ミトスを通す。絵具のにおいがした。入ってすぐの左手にあるソファをサルファーは指さす。
「そこに座って。二階にあるはずだから捜して来る。ドアは開けておくから」
サルファーはミトスの傍に扇風機を運んで来ると、二階へ駆け上がっていく。ミトスはアトリエを見渡す。一階は仕事場。二階は住居。ミトスは想像する。一階にお店と、作業場。壁の棚には沢山の刺しゅう糸。反対の棚の引き出しには、道具が入っている。いつでも、ポーチもブローチもバレッタも作れる。ドアベルが鳴ったら、店を出て客の相手をする。はっきりとした夢ができてしまったかもしれない。ミトスは惚けていた。
「あ、君は」
ミトスが我に返り見ると、プライトがドアの前に立っていた。
「こんにちは」
ミトスは立ち上がろうとした。
「いや、そのままでいい。私、マネージャーのプライトです。サルファーが連れて来たのでしょう。すみません、あいつお茶も出さずに」
プライトが帽子と書類鞄を階段の端に置いて、事務室にある簡易キッチンに行こうとする。
「あの、もうすぐに帰るので。大丈夫です。ありがとうございます」
ミトスが慌てて引き止めた。二階からドタバタ聞こえる。トンボのスケッチがなかなか見つからないようだった。すぐに帰る、と聞いてプライトはもう話はしていると思った。
「そうですか。それで、聞いたと思いますが、お知り合いでしたか?」
プライトの質問にミトスは戸惑う。
「いえ」
この否定は、聞いていることはないという意味の否定だった。プライトが頷く。偶然のそっくりさんだったのか、不思議な事だとして納得する。
「まあ、どっちにしろ何か理由を付けて断るつもりなんです。少し、危なっかしい人でしたから。もし、お知り合いだったら詳しい人柄などを聞こうと思いまして。ちなみに、ミトスさん。あなたは双子ではないですよね?」
「双子……」
「病弱で事故死したお兄さんか、弟さんだったり、」
ミトスはあからさまに動揺してしまった。プライトがまさかと思う。
「君、ユオ・オーピメンを知らないんですよね?」
ごまかさなければ、ミトスは首を横に振った。
「知りません」
目線をそらす。顔を青くしたミトスは立ち上がる。
「すみません、帰ります。サルファーさんによろしくお伝えください」
ミトスは逃げるように外に出た。サルファーが下りてきて、プライトに気が付く。そして庭の先に駆けていくミトスを見つけた。
「聞いたのか?」
サルファーがきつく聞く。
「てっきり、もう聞いたと」
プライトは戸惑いながら弁解した。サルファーは急いでミトスを追いかけ、すぐに追いついた。
「待って!」
ミトスの手首を掴む。ミトスはそれを強く振り払い、サルファーと距離を取った。ミトスは警戒心を隠さなかった。
「あの、ごめん」
サルファーはとりあえず謝った。ミトスは言った。
「申し訳ないですけど、私には何も言えません。もう、二度と私には声をかけないでください。お願いします」
顔も見ずに言われたミトスの言葉に、サルファーは傷ついてしまった。けれど、どうしていいかわからなかった。なぜか焦りしかない。
「ごめんなさい」
ミトスは背を向けて歩き出す。サルファーは慌ててミトスを追い越し、向き合った。
「これは持って行って。返さなくていいから」
サルファーはスケッチブックをミトスに押し付ける。勢いに負けて、ミトスは受け取る。
「図書館は小道を抜けたら、右に。バスで来た道を戻るんだ。すぐに分かるよ」
「ありがとう」
ミトスはサルファーを通り過ぎる。サルファーは小道を抜けて、見なくなったミトスをずっと見送って、落ち込んだ。
「こんにちは」
ミトスが声をかける。
「ああ、久しぶりだね。手芸店の方に行ったら、今日は休みだって聞いたから」
ミトスはサルファーに名刺を渡したことを思い出す。
「あの、なんでしょうか?」
「君に、聞きたいことがあって。これから用事があったりするか?」
「ああ、図書館に行こうと思って」
ミトスのアパートから図書館はバスに乗らなければいけなかった。手芸店とは反対方向であり、休みの日のうちに行っておきたい。
「僕の家、図書館の近くなんだ。ちょうどいい、僕のアトリエで話そう。外は暑いし、お店も僕は目立つからね」
サルファーは自分の都合よく話を進め、ミトスは急かされるままにバスに乗ってしまった。バスは空いていた。
「仕事の本かい?」
少し離れて座るサルファーが聞いた。ミトスはトンボの話をする。
「それはギンだろうね。公園でスケッチしたことがある。一昨年ぐらいのだけど、色も塗ったんだ。貸すよ。役に立つよ」
ミトスは悩んだ。けれど、いい仕事をしたかった。
「では、お願いします。助かります」
「いいえ」
バスの中で、サルファーはミトスへの「用事」について一言も触れなかった。
バスを降りた場所は、木々が多かった。サルファーは森の小道のような道を進む。木漏れ日が落ちる道を遅れないようにミトスはついて行く。
「この辺りは閑静でいいよ」
道はすぐにひらけ、庭が現れる。そこに二階建ての、大きなログハウスがあった。白い枠の窓は大きく、壁は艶やかで、頻繁に手入れがされているようだった。
「いいでしょ。もともと、貿易商のお偉いさんの別荘だったらしい。一目惚れして買ったんだ」
サルファーは白いドアを開けた。ミトスを通す。絵具のにおいがした。入ってすぐの左手にあるソファをサルファーは指さす。
「そこに座って。二階にあるはずだから捜して来る。ドアは開けておくから」
サルファーはミトスの傍に扇風機を運んで来ると、二階へ駆け上がっていく。ミトスはアトリエを見渡す。一階は仕事場。二階は住居。ミトスは想像する。一階にお店と、作業場。壁の棚には沢山の刺しゅう糸。反対の棚の引き出しには、道具が入っている。いつでも、ポーチもブローチもバレッタも作れる。ドアベルが鳴ったら、店を出て客の相手をする。はっきりとした夢ができてしまったかもしれない。ミトスは惚けていた。
「あ、君は」
ミトスが我に返り見ると、プライトがドアの前に立っていた。
「こんにちは」
ミトスは立ち上がろうとした。
「いや、そのままでいい。私、マネージャーのプライトです。サルファーが連れて来たのでしょう。すみません、あいつお茶も出さずに」
プライトが帽子と書類鞄を階段の端に置いて、事務室にある簡易キッチンに行こうとする。
「あの、もうすぐに帰るので。大丈夫です。ありがとうございます」
ミトスが慌てて引き止めた。二階からドタバタ聞こえる。トンボのスケッチがなかなか見つからないようだった。すぐに帰る、と聞いてプライトはもう話はしていると思った。
「そうですか。それで、聞いたと思いますが、お知り合いでしたか?」
プライトの質問にミトスは戸惑う。
「いえ」
この否定は、聞いていることはないという意味の否定だった。プライトが頷く。偶然のそっくりさんだったのか、不思議な事だとして納得する。
「まあ、どっちにしろ何か理由を付けて断るつもりなんです。少し、危なっかしい人でしたから。もし、お知り合いだったら詳しい人柄などを聞こうと思いまして。ちなみに、ミトスさん。あなたは双子ではないですよね?」
「双子……」
「病弱で事故死したお兄さんか、弟さんだったり、」
ミトスはあからさまに動揺してしまった。プライトがまさかと思う。
「君、ユオ・オーピメンを知らないんですよね?」
ごまかさなければ、ミトスは首を横に振った。
「知りません」
目線をそらす。顔を青くしたミトスは立ち上がる。
「すみません、帰ります。サルファーさんによろしくお伝えください」
ミトスは逃げるように外に出た。サルファーが下りてきて、プライトに気が付く。そして庭の先に駆けていくミトスを見つけた。
「聞いたのか?」
サルファーがきつく聞く。
「てっきり、もう聞いたと」
プライトは戸惑いながら弁解した。サルファーは急いでミトスを追いかけ、すぐに追いついた。
「待って!」
ミトスの手首を掴む。ミトスはそれを強く振り払い、サルファーと距離を取った。ミトスは警戒心を隠さなかった。
「あの、ごめん」
サルファーはとりあえず謝った。ミトスは言った。
「申し訳ないですけど、私には何も言えません。もう、二度と私には声をかけないでください。お願いします」
顔も見ずに言われたミトスの言葉に、サルファーは傷ついてしまった。けれど、どうしていいかわからなかった。なぜか焦りしかない。
「ごめんなさい」
ミトスは背を向けて歩き出す。サルファーは慌ててミトスを追い越し、向き合った。
「これは持って行って。返さなくていいから」
サルファーはスケッチブックをミトスに押し付ける。勢いに負けて、ミトスは受け取る。
「図書館は小道を抜けたら、右に。バスで来た道を戻るんだ。すぐに分かるよ」
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ミトスはサルファーを通り過ぎる。サルファーは小道を抜けて、見なくなったミトスをずっと見送って、落ち込んだ。
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