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オーピメンはこれまでに何人もの画家に同じ仕事を頼んでいた。けれど、どの画家もオーピメンを満足させることはできず、サルファーに依頼したと話した。
「儚い青年で、落ち着いていて、優しくて、いつも冷静でいまして。そこが少し、冷めているようにも見えるお方でした」
オーピメンの顔は綻んでいる。サルファーの顔は硬直している。
「あー、そうですか。髪の色はどうでしょう」
サルファーが質問を投げる。
「柔らかい色です」
オーピメンはそれ以上何も言わない。サルファーはプライトと目を合わす。どの画家も描けないはずだと、ふたりは納得した。どんなに質問を投げても、オーピメンは見た目の特徴をひとつも言わなかった。名前も教えなかった。サルファーは、できるだけ早く帰ることにシフトチェンジする。スケッチブックに適当な輪郭を描く。想像の儚い輪郭。
「その青年の年齢は二十歳でしたね」
サルファーより十歳ほど若い。
「その青年の趣味とか、特技は?」
「刺しゅうが得意でした。このブローチも彼が」
オーピメンは嬉しそうに胸のブローチをサルファーに見せつけた。
「何の花でしょう?」
「ビオラです。うちの庭にも毎年咲きます」
「なるほど」
サルファーは愛想な会話をして、鉛筆を回す。刺しゅうで思い浮かぶのは、ミトスだった。サルファーにとって、ミトスに儚さはなかった。けれど、落ち着いていたし、冷静そうには見えた。スズランの刺しゅうをする彼女の背中から冷めた印象もない。サルファーはミトスをモデルにしてそこに、儚さと冷たさを盛り込むことにした。早く帰りたいので、やけくそだった。
「髪は短めでいいですか?」
「柔らかい髪です」
オーピメンが言う。サルファーは微笑んで、勝手に短くした。それからは黙って鉛筆を動かした。
「僕的にはこんなイメージです。ご希望に沿える自信はないですが」
サルファーはしらじらしく言いながら、スケッチブックをオーピメンに差し出した。オーピメンはそれを受け取り、言葉を失う。
「申し訳ないです。今回、お金はいりませんので。お力になれず、誠に申し訳ないありませーん。じゃあ」
サルファーが立ち上がる。その腕をプライトが引いた。サルファーは眉間に皺を寄せる。プライトは顎でオーピメンを指した。オーピメンは涙を流していた。そして、サルファーの描いたスケッチにすがって咽び泣いた。そして叫んだ。
「これで、これで描いてください! 金は出します。全財産出します。この家を売ってもいい!」
オーピメンはまた泣く。サルファーは茫然とし、プライトは頭を抱えた。
ミトスは刺しゅうの依頼相談をタルクカフェでやるようになった。店が空いていたら、こっちも助かるからとステアが言った。ミトスはそれに甘えた。けれど、だんだん自分の店が欲しいという願望が強くなっていった。
「トンボ?」
フローラが二度目の依頼に来たので、ミトスはタルクカフェで相談をすることにした。今日は息子のシリマは連れて来ていなかった。
「シリマの誕生日が来月なんです。何が欲しいか聞いたら、背中の肩の部分にトンボの刺しゅうが入ったシャツが欲しいって。去年、公園で遊んでいたら偶然、シリマの肩に止まって。その話が好きで、何回もするんです。私がミトスさんに刺しゅうしてもらったのを見て、ずっと羨ましがっていて。シャツは勿論、こっちで準備して渡します。虫とか、できますか」
ミトスは野花や動物ばかりで、虫はテントウムシぐらいしかやったことがなかった。刺しゅうの依頼は今、ちょうどなかった。ベスの依頼も終わり一昨日、届けたばかりだった。
「一回、練習もかねてやってみるので、一週間後くらいにそれで一度シリマ君に確認お願いできますか。少し、時間はかかるかもしれません」
「一週間過ぎてもいいので、ミトスさんのタイミングでまたお電話ください。ごめんなさい、急に」
フローラが申し訳なさそうにした。スミレの刺しゅうのトートバッグを使っていた。
「いや、嬉しいです。今、時間あるので。ありがとうございます」
フローラは新商品のバレッタを買って帰って行った。
「ご贔屓さんができたね」
レアーメがコーヒーをお代わりしてくれた。
「おかげ様で。ホットケーキください」
タルクカフェの今月のフルーツは、メロンだった。来月は葡萄だと聞いて、ミトスはブドウの木の刺しゅうをしようと考える。
「話、少し聞こえて来たけど、トンボどうするの? まだ、公園には飛んでないわよ」
ホットケーキを運んで来たレアーメが心配する。ミトスは思わず笑った。
「さすがに捕まえられないなぁ。まあ、無難に図書館に行きます」
「それもそうか」
ふたりは笑い合う。ミトスはホットケーキを食べたら、図書館に行くことにする。フローラが言うには胴体が鮮やかな黄緑色のトンボだということだった。ホットケーキを食べ終え、メロンを口に運ぶミトスに影がかかる。ミトスが見れば、サングラスをかけた背の高い男が窓の向こうに立っていた。男はサングラスを額に上げる。
「あ」
サルファーだった。
(ちょっと)
サルファーはそう口を動かして、窓から見えない所に消えた。ミトスはメロンを飲み込むと、店を出た。
「儚い青年で、落ち着いていて、優しくて、いつも冷静でいまして。そこが少し、冷めているようにも見えるお方でした」
オーピメンの顔は綻んでいる。サルファーの顔は硬直している。
「あー、そうですか。髪の色はどうでしょう」
サルファーが質問を投げる。
「柔らかい色です」
オーピメンはそれ以上何も言わない。サルファーはプライトと目を合わす。どの画家も描けないはずだと、ふたりは納得した。どんなに質問を投げても、オーピメンは見た目の特徴をひとつも言わなかった。名前も教えなかった。サルファーは、できるだけ早く帰ることにシフトチェンジする。スケッチブックに適当な輪郭を描く。想像の儚い輪郭。
「その青年の年齢は二十歳でしたね」
サルファーより十歳ほど若い。
「その青年の趣味とか、特技は?」
「刺しゅうが得意でした。このブローチも彼が」
オーピメンは嬉しそうに胸のブローチをサルファーに見せつけた。
「何の花でしょう?」
「ビオラです。うちの庭にも毎年咲きます」
「なるほど」
サルファーは愛想な会話をして、鉛筆を回す。刺しゅうで思い浮かぶのは、ミトスだった。サルファーにとって、ミトスに儚さはなかった。けれど、落ち着いていたし、冷静そうには見えた。スズランの刺しゅうをする彼女の背中から冷めた印象もない。サルファーはミトスをモデルにしてそこに、儚さと冷たさを盛り込むことにした。早く帰りたいので、やけくそだった。
「髪は短めでいいですか?」
「柔らかい髪です」
オーピメンが言う。サルファーは微笑んで、勝手に短くした。それからは黙って鉛筆を動かした。
「僕的にはこんなイメージです。ご希望に沿える自信はないですが」
サルファーはしらじらしく言いながら、スケッチブックをオーピメンに差し出した。オーピメンはそれを受け取り、言葉を失う。
「申し訳ないです。今回、お金はいりませんので。お力になれず、誠に申し訳ないありませーん。じゃあ」
サルファーが立ち上がる。その腕をプライトが引いた。サルファーは眉間に皺を寄せる。プライトは顎でオーピメンを指した。オーピメンは涙を流していた。そして、サルファーの描いたスケッチにすがって咽び泣いた。そして叫んだ。
「これで、これで描いてください! 金は出します。全財産出します。この家を売ってもいい!」
オーピメンはまた泣く。サルファーは茫然とし、プライトは頭を抱えた。
ミトスは刺しゅうの依頼相談をタルクカフェでやるようになった。店が空いていたら、こっちも助かるからとステアが言った。ミトスはそれに甘えた。けれど、だんだん自分の店が欲しいという願望が強くなっていった。
「トンボ?」
フローラが二度目の依頼に来たので、ミトスはタルクカフェで相談をすることにした。今日は息子のシリマは連れて来ていなかった。
「シリマの誕生日が来月なんです。何が欲しいか聞いたら、背中の肩の部分にトンボの刺しゅうが入ったシャツが欲しいって。去年、公園で遊んでいたら偶然、シリマの肩に止まって。その話が好きで、何回もするんです。私がミトスさんに刺しゅうしてもらったのを見て、ずっと羨ましがっていて。シャツは勿論、こっちで準備して渡します。虫とか、できますか」
ミトスは野花や動物ばかりで、虫はテントウムシぐらいしかやったことがなかった。刺しゅうの依頼は今、ちょうどなかった。ベスの依頼も終わり一昨日、届けたばかりだった。
「一回、練習もかねてやってみるので、一週間後くらいにそれで一度シリマ君に確認お願いできますか。少し、時間はかかるかもしれません」
「一週間過ぎてもいいので、ミトスさんのタイミングでまたお電話ください。ごめんなさい、急に」
フローラが申し訳なさそうにした。スミレの刺しゅうのトートバッグを使っていた。
「いや、嬉しいです。今、時間あるので。ありがとうございます」
フローラは新商品のバレッタを買って帰って行った。
「ご贔屓さんができたね」
レアーメがコーヒーをお代わりしてくれた。
「おかげ様で。ホットケーキください」
タルクカフェの今月のフルーツは、メロンだった。来月は葡萄だと聞いて、ミトスはブドウの木の刺しゅうをしようと考える。
「話、少し聞こえて来たけど、トンボどうするの? まだ、公園には飛んでないわよ」
ホットケーキを運んで来たレアーメが心配する。ミトスは思わず笑った。
「さすがに捕まえられないなぁ。まあ、無難に図書館に行きます」
「それもそうか」
ふたりは笑い合う。ミトスはホットケーキを食べたら、図書館に行くことにする。フローラが言うには胴体が鮮やかな黄緑色のトンボだということだった。ホットケーキを食べ終え、メロンを口に運ぶミトスに影がかかる。ミトスが見れば、サングラスをかけた背の高い男が窓の向こうに立っていた。男はサングラスを額に上げる。
「あ」
サルファーだった。
(ちょっと)
サルファーはそう口を動かして、窓から見えない所に消えた。ミトスはメロンを飲み込むと、店を出た。
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