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画材店から戻ったミトスは、レアーメのデザインを参考にして、細かいサイズも含めデザイン案を夜のうちに描き上げた。次の日の朝、ミトスは早速レアーメに見てもらった。
「すごい。想像以上」
レアーメは嬉しそうにした。それからさらに刺しゅう糸を見せたり、細かいところを詰めていった。そして、二日でミトスはタペストリーを完成させた。タルク夫妻は喜び、すぐに窓際にタペストリーを飾ってくれた。店の外から三人でそれを眺める。
「こういう仕事をしていたんですか?」
ステアが尋ねる。ミトスは首を横に振った。
「趣味です。長い趣味です」
レアーメがもったいないというように、声を上げる。
「よかったら、うちの棚にミトスの作品おかない? 勿論、売り物として。お店の彩にもなるしさ」
レアーメが提案する。悩むことなく、ミトスは頷いた。
「ありがとう。いくつか出来たら持ってくるよ」
ミトスは自分ができる仕事について考えた。実績がないから、店をすぐに出すのは無理だ。とりあえず、本屋で電話帳を買うため、ミトスはタルクカフェを後にした。
「窓のタペストリー、すごくいいね。あれ、かなり腕がいい」
タルクカフェができた日からの常連であるアシス・ローズがレアーメにタペスタリーを褒めた。アシスは毎日、コーヒーをテイクアウトして行く。
「二階に引っ越してきた人が作ってくれたの。そのうち、店に商品並ぶと思うから、よかったら見てね」
「へぇ」
アシスは店を出たあと、コーヒーを飲みながらタペストリーを見つめた。
「やっぱり上手い」
そう、独り言を零すと、仕事場に向かった。
ミトスが本屋に行くと、壁に張り紙がしてあった。
【セドニ・サルファー十周年記念の画集は売り切れです】
ミトスは店に入り、店員に電話帳の場所を聞いた。それを買ったあと、店のいちばん目立つ平棚に、店の外にあった貼り紙と同じものが貼ってあった。棚の端に積まれた雑誌があり、ミトスは手に取って、開く。
「あ」
そこには昨日、画材店で会った男のインタビューが載っていた。十年前から「劇団ヨン」のポスター手がけている画家で、他にも様々なポスターやパッケージデザインを手掛けている売れっ子の画家だった。ミトスは昨日、広場で見た「シズ」の巨大なタペストリーを思い出す。あれもサルファーの作品だった。それは有名人で当たり前だとミトスは納得して、雑誌を元に戻すと店を出た。
ミトスは手芸店に寄った。タルクカフェに置く商品にやる気を出していた。刺しゅう糸、無地のハンカチ、ポーチ、ブローチなどの材料を沢山カゴに入れて、会計に持って行く。店主が商品を数えている間、ミトスは店主の後ろに求人のポスターを見つけた。
「あの、少し失礼します」
「はい?」
女店主のラリマがずらした眼鏡を直しながら、顔を上げる。
「あの、求人はまだ決まっていませんか?」
ラリマがふり返る。ああ、とこぼす。
「まだ、誰も」
「面接を受けさせていただけませんか? 知識はまあまあ、あると思います」
ラリマはミトスを観察する。ミトスはとりあえず、背筋を伸ばした。
「明日、十一時に店に来られるかい?」
「来ます」
ミトスは即答した。家に帰ると、ミトスはポーチの刺しゅうを三つ作った。それを次の日、タルクカフェに持って行くとレアーメがすぐに置いてくれた。ステアが名刺を作った方がいいと助言した。タルクカフェのタペストリーのようにオーダーメイドの刺しゅうを引き受けたらいいという提案だった。ミトスはやらない選択肢はなかった。ミトスが面接に向かったあと、アシスがバラのポーチを買って行った。ミトスは手芸店の面接に受かった。ミトスの新生活は何もかも、上手く行き過ぎていた。
六月。ミトスはハンカチにスズランの刺しゅうをしていた。来月には「シズ」の舞台公演がはじめる。それに便乗したものだった。ミトスにも商売人のいい意味での図太さができはじめていた。出勤前に、タルクカフェに商品を並べに行く。棚の隅に置いている名刺が無くなっている。手芸店の仕事で使っているエプロンのポケットに入れている名刺を半分持って帰ろうとミトスは考える。店主のラリマが、材料をラリマの店で揃えること、押し売りをしないことを条件に、希望の客に名刺を渡すことを提案してくれた。ミトスは男のときよりも心が逞しくなっていた。
「前にサルファーさんがからかった子、隣の手芸店で働き出したよ」
新しい筆の買い出しに来たサルファーにルーサイトは意味ありげに教えた。
「からかった子?」
サルファーはピンと来なかった。ルーサイトは喉を鳴らす。
「アンタさんのことを知らなかった、田舎のお嬢さん」
「ああ」
サルファーは思い出した。
「刺しゅうがね、上手な子だよ。着てるエプロンに施しているんだけど、言い腕をしている。はい、まいど」
商品を詰めた紙袋を受け取ると、サルファー画材店を出た。するとちょうど、ミトスが手芸店の前を掃いていた。サルファーは迷わず歩み寄ると、声をかけた。
「やあ、精が出るね」
サルファーがミトスに微笑む。明らかな冷やかしだった。
「すごい。想像以上」
レアーメは嬉しそうにした。それからさらに刺しゅう糸を見せたり、細かいところを詰めていった。そして、二日でミトスはタペストリーを完成させた。タルク夫妻は喜び、すぐに窓際にタペストリーを飾ってくれた。店の外から三人でそれを眺める。
「こういう仕事をしていたんですか?」
ステアが尋ねる。ミトスは首を横に振った。
「趣味です。長い趣味です」
レアーメがもったいないというように、声を上げる。
「よかったら、うちの棚にミトスの作品おかない? 勿論、売り物として。お店の彩にもなるしさ」
レアーメが提案する。悩むことなく、ミトスは頷いた。
「ありがとう。いくつか出来たら持ってくるよ」
ミトスは自分ができる仕事について考えた。実績がないから、店をすぐに出すのは無理だ。とりあえず、本屋で電話帳を買うため、ミトスはタルクカフェを後にした。
「窓のタペストリー、すごくいいね。あれ、かなり腕がいい」
タルクカフェができた日からの常連であるアシス・ローズがレアーメにタペスタリーを褒めた。アシスは毎日、コーヒーをテイクアウトして行く。
「二階に引っ越してきた人が作ってくれたの。そのうち、店に商品並ぶと思うから、よかったら見てね」
「へぇ」
アシスは店を出たあと、コーヒーを飲みながらタペストリーを見つめた。
「やっぱり上手い」
そう、独り言を零すと、仕事場に向かった。
ミトスが本屋に行くと、壁に張り紙がしてあった。
【セドニ・サルファー十周年記念の画集は売り切れです】
ミトスは店に入り、店員に電話帳の場所を聞いた。それを買ったあと、店のいちばん目立つ平棚に、店の外にあった貼り紙と同じものが貼ってあった。棚の端に積まれた雑誌があり、ミトスは手に取って、開く。
「あ」
そこには昨日、画材店で会った男のインタビューが載っていた。十年前から「劇団ヨン」のポスター手がけている画家で、他にも様々なポスターやパッケージデザインを手掛けている売れっ子の画家だった。ミトスは昨日、広場で見た「シズ」の巨大なタペストリーを思い出す。あれもサルファーの作品だった。それは有名人で当たり前だとミトスは納得して、雑誌を元に戻すと店を出た。
ミトスは手芸店に寄った。タルクカフェに置く商品にやる気を出していた。刺しゅう糸、無地のハンカチ、ポーチ、ブローチなどの材料を沢山カゴに入れて、会計に持って行く。店主が商品を数えている間、ミトスは店主の後ろに求人のポスターを見つけた。
「あの、少し失礼します」
「はい?」
女店主のラリマがずらした眼鏡を直しながら、顔を上げる。
「あの、求人はまだ決まっていませんか?」
ラリマがふり返る。ああ、とこぼす。
「まだ、誰も」
「面接を受けさせていただけませんか? 知識はまあまあ、あると思います」
ラリマはミトスを観察する。ミトスはとりあえず、背筋を伸ばした。
「明日、十一時に店に来られるかい?」
「来ます」
ミトスは即答した。家に帰ると、ミトスはポーチの刺しゅうを三つ作った。それを次の日、タルクカフェに持って行くとレアーメがすぐに置いてくれた。ステアが名刺を作った方がいいと助言した。タルクカフェのタペストリーのようにオーダーメイドの刺しゅうを引き受けたらいいという提案だった。ミトスはやらない選択肢はなかった。ミトスが面接に向かったあと、アシスがバラのポーチを買って行った。ミトスは手芸店の面接に受かった。ミトスの新生活は何もかも、上手く行き過ぎていた。
六月。ミトスはハンカチにスズランの刺しゅうをしていた。来月には「シズ」の舞台公演がはじめる。それに便乗したものだった。ミトスにも商売人のいい意味での図太さができはじめていた。出勤前に、タルクカフェに商品を並べに行く。棚の隅に置いている名刺が無くなっている。手芸店の仕事で使っているエプロンのポケットに入れている名刺を半分持って帰ろうとミトスは考える。店主のラリマが、材料をラリマの店で揃えること、押し売りをしないことを条件に、希望の客に名刺を渡すことを提案してくれた。ミトスは男のときよりも心が逞しくなっていた。
「前にサルファーさんがからかった子、隣の手芸店で働き出したよ」
新しい筆の買い出しに来たサルファーにルーサイトは意味ありげに教えた。
「からかった子?」
サルファーはピンと来なかった。ルーサイトは喉を鳴らす。
「アンタさんのことを知らなかった、田舎のお嬢さん」
「ああ」
サルファーは思い出した。
「刺しゅうがね、上手な子だよ。着てるエプロンに施しているんだけど、言い腕をしている。はい、まいど」
商品を詰めた紙袋を受け取ると、サルファー画材店を出た。するとちょうど、ミトスが手芸店の前を掃いていた。サルファーは迷わず歩み寄ると、声をかけた。
「やあ、精が出るね」
サルファーがミトスに微笑む。明らかな冷やかしだった。
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