シリウスをさがして…

もちっぱち

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今しなきゃいけないこと✴︎

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電話の一報をもらって、陸斗はさとしに車の鍵を借りた。


 玄関を靴を履くのを半分に豪快に開けて、バタンと音を立てて閉めた。


 エレベーターに乗ろうとしたが、ボタンを押してもなかなか来ないのを、タンタンタンと足元で足踏みする。

 階段で2段飛ばしで走って降りていく。

 ご近所のおばさんに声を掛けられたが、愛想良く、笑顔で挨拶して、通り過ぎた。

 久しぶりに帰ってきて顔を見れたのが嬉しかったのか、返答が軽かったためが、少しご不満そうだった。


 今はそれどころじゃない。

 おばさんには後でじっくり声を掛けに行こうと心の中で決めて、駐車場にあるさとしの車の青いセダンの車に乗り込んだ。



 こういう時に限って、スマホに着信が入る。車のエンジンをかけると、スマホをBluetoothで接続した。スピーカーから着信音が鳴る。ハンドルについている通話ボタンを押した。

  シートベルトをつけながら話し出す。電話の相手は、康範だった。


『陸斗? さっきはごめん。バイト今終わったところ、いつまで仙台いる?』


「康範、バイトお疲れさん。ごめん、今、運転中なんだ。日曜日の夜には帰るんだけど、ちょっといろいろ話すことあって、あとで電話するから遅くなってもいい?」

『おう。悪い、運転中か。わかった。お俺はあと家にいるから、電話でな。』

「ごめんな。」

『いいよ。気にすんな。』


 康範は、通話終了ボタンを押す。


 陸斗は、電話が切れると、ハンドルを切って車を進めた。洸から教わった地図の場所をスマホに表示させてナビを起動した。

『次の信号を右折です。』

「えっと、こっちか。割と近いな…。」

 土曜日のこともあって、車は少し渋滞していた。クラクションが遠くて鳴っている。バス停に停まっていたバスを追い越そうとしている車がいた。


 
 約15分ほどの距離に洸たちが住んでいるメゾットタイプアパートはあった。

 
近くにあった時間貸駐車場に停めて、小走りで向かう。インターフォンを鳴らして、返答を待たずに入った。

施錠はしてなかった。

「あ。なんだ。洸、鍵閉めてなかったの!? 陸斗先輩、お久しぃ。インターフォン鳴らしてすぐドア開けちゃうんっですか!?」

 美嘉は大きな声で洸に叫んですぐに入ってきた陸斗に声かけた。

「お邪魔します。まぁ、まぁ。緊急事態だから、いいでしょう……あれ、森本さん。えっと、もしかして…?そのお腹って。てか、2人、一緒に住んでたの?」

 少し汗ばんだ額を手で拭った。聞きたいことが山ほどあった。
 すぐ、美嘉のお腹の出具合で悟った。指をさす。

「そうですょ!まさかのご懐妊ー。って、私のことはいいんですよ。陸斗先輩は紬を連れてって、具合悪いんだから。てか、先輩、なんでスーツ?」

背中を両手で押して、廊下に誘導し、奥の方へすすめた。

「なんだ、なんだ。洸も父親になるの?真似すんなよ!?」

「陸斗、こっちの方が早いし。真似したのはそっちでしょ。ってそれどころじゃないってば。ほら、紬ちゃんを気にしなさい!」

 昔からお互い真似されたりすることが毛嫌いしていた。

 ソファの横でペットボトルを持っていた洸は立ち上がった。

 陸斗はソファに寝ている紬の横に座って様子を見た。


「紬、大丈夫か?」

「……大丈夫じゃない。」

 なんとも言えない自分の体の事情を表現しきれない。

 言葉は発するが、想像よりも顔が青白くなっている。

 額に手を置いてみる。
 熱はないようだ。

「紬は食べものって食べられてた?」


「ううん。さっきスポーツドリンクをほんの少しだけ飲んだくらい。気持ち悪いってよだればかり出るって言ってるよ。あー、炊飯器の匂いがダメって言われて…。」

「そっか。……今日はいつもよりぜんぜん食べてないね。水分も取れてないみたいだ。」


「脱水症状になってるんじゃないの?今日、暑いし、エアコンつけてるけど。」

「そうかも。うーん、こういうときってどこの病院行けばいいの?」


「お腹の赤ちゃんのことも気になるもんね。総合病院でいいんじゃない? どこ行っても初診だから妊婦は嫌がられるよ。今日、土曜日だし、今の時間、救急扱いでしょう。」

 美嘉は腕を組んで考えた。それを聞いた陸斗は持っていた紬の保険証と診察券を漁り始めた。

「昔行ったことある総合病院なら、カルテ残っているかもしれないから、そこに行くかな。あ、あった“杜と緑の総合病院”診察券の電話番号は…。」

 陸斗はスマホに番号を打ち込んだ。


「すいません。昔かかったことのあるんですが、今から伺ってもいいですか?診察券番号A57483で名前は谷口 紬です。生年月日はーー」

『はい、確認が取れました。お久しぶりのご来院ですね。お電話口はどちら様ですか?』

「えー…えっと、婚約者の大越 陸斗です。」

 陸斗は恥ずかしそうに顔を真っ赤にして話す。電話口の事務員の人は気にせず、返答する。

『旦那様ですね。紬様の症状はどうなさいましたか?』

 

「…陸斗、かわいいな。」

「え、なになに。聞いてなかった。先輩なんて言ったの?」

「婚約者って言って、顔赤くしてたから。」

「嘘、それだけで? 良いなぁ。初々しいなぁ。羨ましい。」

「え、俺らにもあるっしょ。そういうの。」

「そんなのあるわけないじゃん。そんなの通り越したわ。」

「え!?そんなこと言う? ひどいな。美嘉。俺にもうドキドキしないの?」

「知らない!」

 美嘉は怒り照れながら、ごまかすように台所に行って、夕ご飯の準備をはじめた。

 洸のドキドキの言葉に美嘉は変にドキドキした。


「あ、ごめんな。洸と森本さん。紬、病院連れて行くから。ありがとう。色々、話したいことあったけど、今度、また来るからその時に。」


「良いよ、気にすんなよ。俺とお前の仲だろ?」

(どんな仲だよ。従兄弟であるのは違いないけど。)

「明日には東京帰っちゃうんですよね。本当、近いうちに遊びに来てくださいね。紬と話したいことたくさんあるから。」

「あぁ。」

 陸斗はソファに横になっていた紬を横のまま抱き抱えた。

「うひゃぁ、びっくりする…。」

 紬は、具合悪すぎて会話に参加することもできなかった。持ち上げられて、ハッと状況が変わったことに気づく。

 抱いたまま、移動し、玄関の前について、横にしたまま、靴を履かせた。自分の靴を履いて、再び紬を持ち上げた。


「よっと…。お邪魔しました。」

 
 洸は脇から靴下のまま、玄関のドアを開けてあげた。


「気をつけてな。紬ちゃん、お大事に。」


 手を振って、見送った。
 美嘉も横で2人の様子を家の前から
 見守った。

 
「紬、何も言ってないけど、気持ち悪い顔しながら、しっかり先輩の首にしがみついていたね。安心したのかな。」


「やっぱり、旦那様が1番なんだねぇ。美嘉もそうじゃないの?」
 
 洸は美嘉の腰に手を回そうとした。


「ちょっと、ここ外だから。公共の場でしょ。ご近所さんに見られる!」

パシッと手を叩かれた。
外でいちゃつくのは御法度の美嘉。

「家の中ならいいのかよぉ。」

 陸斗が車を進めて、駐車場から道路に行き、いなくなるのを見送ってから、

「ほら、中に行くよ。」

 裸足で履いたサンダルをぱたぱたとしながら、洸はしっかりと美嘉の右手を左手でつかんで、その腕を持ち上げた。ニカニカと笑って喜んだ。

「手繋ぐのはありだもんねぇ。」

「手…繋ぐくらいなら、良いけど。」

 少し照れくさそうに喜ぶ美嘉だった。



***


ナビに『杜と緑の総合病院』と表示させて案内モードにセットした。約15分のところにあるらしい。

 紬は助手席に横になり、窓側を見つめて、うなっていた。

「今、病院向かってるから。もう少し頑張って。」

「手、貸して~。」

 寝返りをして、運転する陸斗の左手を要求した。シフトレバーに置いていた手を紬のそばに動かした。ぎゅっと両手で掴まれた。


「ちょ、すげー手冷たいんだけど。しかも、すごい、汗かいてるし、焦点が合ってないよ。あれ、さっきより唇乾燥してるし…脱水になってるって。」

「えー……そうかなぁ。」

 かっくんと顔を落として話さなくなった。体力が消耗してるらしい。

 陸斗は紬の体調を見て、焦りを見せた。


病院の駐車場について、すぐに病院の出入り口から車椅子を借りてきた。そっと、静かに車椅子に乗せて、緊急外来入り口に進ませた。

「こんばんは。お電話いただいてましたか?」

「はい。谷口紬です。保険証はこちらです。」

 陸斗は待合室に紬を車椅子のまま、待たせて、受付に保険証を出した。

「初めてということなので、こちらの問診票の記入をお願いします。定期のお薬は飲んでらっしゃいますか?お薬手帳をお持ちであれば出してください。」


陸斗はバックの中のポーチから紬のお薬手帳を差し出した。

待合室の椅子に座って、紬の代わりに問診票の記入を始めた。

『妊娠3か月』であることと、食欲なし、吐き気なし、フラつき、手足が冷たい、体重減少と書いた。

 今、何ができるかと考えた時に代わりに記入することくらいしか力になれない。

 自分の無力さを痛感する。

書き終えて、受付に提出した。

緊急外来ということもあり、他にも患者さんが数名待機していた。

 杖をつく高齢者とその家族、小さい生まれたばかりであろう赤ちゃんをだっこしたお母さんが待合室で待っていた。

 紬の体の震えも感じられた。

2名の先生が対応しているらしく、何分かして、割と早くに紬の番がやってきた。

「谷口さん、こちらの診察室へどうぞ。」

「はい。」

名前を呼ばれるとすぐに陸斗はグッタリしている紬を車椅子で診察室の中へ入れた。

「どうされましたか?」

自分とさほど変わらない男の先生が対応してくれた。

「えっと、つわりの症状が辛いらしくて、食欲がなく、水分もとりづらいみたいです。」

 先生は紬の両目を確認してから、口の中、唇の乾燥、両手の体温チェック、体の震え、触診をした。腕に巻くタイプの血圧を測った。

「そーですね。まずは、ごめんなさい。私は産婦人科担当ではないので、詳しくは赤ちゃんの様子は診れないのですが、とりあえず、今、紬さんは重度の脱水症状になっています。本日は点滴をしていただいた方がよろしいかと思います。食事や飲み物を満足に摂れないということなので、1日入院していかれた方がいいかなと思うのですが、どうされますか?」

「入院ですか…。必要であればお願いします。」

 紬はぼんやりしていて返答することができなかった。代わりに陸斗が答えた。それくらい体の調子が悪かったみたいだ。

「入院する際に必要な手続きは看護師の方から説明がありますので、入院していただいた方が、当院の産婦人科の医師を呼んで急遽赤ちゃんの様子を確認することが可能です。あいにく、産婦人科担当医がただいま出産に立ち会っておりまして…。心配ですよね、お腹の子の様子。本当はかかりつけ医への紹介状を出してという流れになるのですが、谷口さんのご住所が東京都になっておりますから、近所の病院では無いですよね?」

「はい。そうなんです。実家に帰省しておりまして、これから病院探ししようとしていたところで、東京のクリニックからは仙台で受診する際の紹介状は預かっておりましたが…。」

 陸斗はバックから封筒を取り出した。


「すいません、見せていただいてもよろしいですか?」

「あ、はい。」

 内科医担当の齋藤 京一さいとうけいいちは、陸斗から封筒を預かった。

「なるほど。そういうことですか。紬さんの場合は、当院の総合病院がいいかもしれないですね。気をつけなければいけないことがあるようなので…。体重減少の振り幅が大きいというご指摘がありますから。お子さんがもしかしたら成長しないまま出産する可能性もあると。産婦人科の安藤耕輔あんどうこうすけが担当させて頂くと思います。このまま、こちらの紹介状預からせてもらってもよろしいですか?」



「はい。大丈夫です。よろしくお願いします。」


「長くなってすいません。すぐに入院の手続きをしましょう。待合室にてお待ちください。看護師からお話ありますから。」


 陸斗は、紬が座る車椅子を後ろに引いて、待合室に行った。

 紬が入院となると、家族に連絡しなければならない。

 まだ結婚の話が解決できないうちに、こういった事態になるとは思ってもない。

 
 看護師から入院の説明を受けると、そのまま紬を病室へ連れて行ってもらえた。病室ですぐに点滴となる。

 その間、陸斗は入院に必要なものを揃えることと、どちらの両親ともに連絡することにした。


 スマホを持つ手が震える。


 連絡をしないわけにはいかない。


 
 まず初めに連絡したのは紬の父の遼平だった。


『もしもし…。』


不機嫌そうな声で出た。


「陸斗です。すいません、夜分遅くに申し訳ないんですが、紬が体調崩しまして、杜と緑の総合病院に入院することになったのですが、その連絡に電話させていただきました。頭冷やすと言ってそのまま戻れずにすいません。」


『…そうか。確かに…何も話は終わっていないな。君の話を聞いてなかったのは申し訳ないと思う。ただ、紬が入院するって話だから…とりあえず、そちらに今から向かうよ。話の続きはその時に。』


「はい。緊急外来受付の方から入れるそうなので、そちらからお願いします。」


『何か必要なものはあるのか?』


「今、ラインで書類の写真送ります。もし準備できればお願いします。」


『分かった。』


 遼平はそう返事をすると電話を終わらせた。


 陸斗は今度はさとしに電話をかけた。


「父さん、ごめん、今病院にいて、紬が入院することになった。車借りてていいかな。」


『お、おう。陸斗か? 紬ちゃんが入院?大丈夫なのか?いつ退院予定?陸斗は明日帰れるのか?俺、代わる?』


「うーんと、これから点滴するって。今から紬のお父さんたち来るから、もし代われるなら明日のお昼頃来てもらえると助かるけど、退院はいつかは決まってない。まだお腹の子の様子見れてないんだ。」


『そっか。わかった。そしたら陸斗、付き添いで泊まりだよな。着替え持って行くか?荷物置いてっただろ?』

「え、でも、車借りてるし。いいよ、何とかなるから。」

『そしたら、遼平たちと交代してくれば良いんじゃないか?』

「あー、でも、気まずいよ。俺は気にしないから。」

『はいはい。んじゃ、明日な。』


 電話を終えると、ふと着信履歴を見て、康範の文字が見えた。

 気軽に電話できる状態ではないと、ポケットにスマホをしまった。


 陸斗は紬が寝ている病室に行き、ベッドの横に座って、そっと顔をのぞいた。

 点滴をしている最中だったが、顔色が幾分落ち着いてきた。

 少し笑って眠っていた。


 安心して、ふとんの上に両腕を、置いて顔を埋めた。

 
 今日の疲れがどっと出たらしく、眠気に勝てなかった。


 その様子を入院準備物を持ってきた遼平が病室に入って、見ていた。着ていたシャツもぐしゃぐしゃに、それでも紬のそばに離れずに寄り添っている。

 まるで昔の自分を見ているようだった。

 陸斗が紬を思う気持ちはあの時、紗栄が点滴をするために付き添った遼平と同じだったのではと頭がよぎる。


 くるみの前で思い出してはいけないと顔を横に振る。


「あら、陸斗くん、頑張って紬のこと見てるじゃない。一緒に寝ちゃってるけど…それでも2人の結婚反対しちゃうの?」


くるみは、病室に入り、ベットで横になっている紬とふとんの上に顔を埋めて眠る陸斗を見つめた。


「……最初から反対なんてしてないよ。俺は陸斗くんなら紬のこと任せられるって思ってたし…。でも、少し不安だったから、くるみのお父さんの真似してみただけだよ。」


「お父さんね…思い出すわ。遼平がお父さんに言われてたこと。紬に言うこと同じだと初めから気づいていたから…。遼平はその言葉で本気出したものね。陸斗くんは、遼平と違って慎重になってるかもしれないね。」


「悪かったな、雑で。」


「そう言うわけじゃないけど…。ほら、荷物置いて、私たちは行きましょう。2人の邪魔はしちゃいけないから。」


 くるみはそう言って、必要なものが入った紙袋を陸斗の足元に置いて、その場を立ち去った。


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