シリウスをさがして…

もちっぱち

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騙せない人

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「陸斗ー、ごめん。俺、なんか情報処理部の部長の村上くんに呼ばれて、行かなきゃないから、悪いけど、1人で周ってきて。紬ちゃん、待っているんでしょう?」

 バンドの練習を終えて、楽器を舞台袖によけていると、康範が声をかけてきた。何だか、午後のライブの件で、情報処理部の部長に呼び出しを受けたらしく、学校内の散策ができなくなった。


「え、そうなの? 1人で周るのかよ。まぁ良いけどさ。」

陸斗は少し不満そうな顔をして、ズボンのポケットに手を入れて、体育館の外に出た。

 網目状のベルトが少しはみ出ていた。それがオシャレらしい。





 陸斗は昇降口にある店をフラッと通ろうとした。

「陸斗先輩!! ほら、焼きそば、買って行ってくださいよ。」

 隆介が、頭に隣のお店で買ったライダーもののお面をかぶって声をかけてきた。

 何も言わずに鉄板の上で黙々と焼きそばを焼いているのは輝久だった。

「え、君らのクラスで作ってたの?」

「そうなんすよ。昨日、康範先輩からライブチケット押し売りされたんすから。先輩のクラスの出し物ですよね?ぜひ、俺らのも買ってくださいよ。」



「あー、押し売りされたの?君も?」



「輝久に関してはすごい顔で売られてて、俺はそこまでじゃないんですが、美嘉と一緒に来てって感じでした。あれ、陸斗先輩は何するんですか?康範先輩、何も情報教えてくれなくて…。」


「噂では出回っているかもしれないけど……ひ・み・つ。来たらすぐ分かるから。んじゃ、焼きそば3つ買うわ。いくら?」

 後ろポケットから黒の皮長財布を取り出した。


「ありがとうございます!一つ300円なんで、900円です。秘密って…」


「どーせ、紬に教えたくないんですよね。」


「はい、千円!……バレた? わかってしまっても絶対言うなよ。」

「100円のお釣りっす。箸は3膳ですよね。陸斗先輩と康範先輩、あと紬ちゃんの分? 袋の中に入れておきますね。」


「おうおう。さすが、隆介くん。気がきくじゃん。その通り。さんきゅ。輝久、午後は紬のことよろしく頼むよ。信頼しんてるんだから。」

 
 陸斗は輝久の肩にポンポンと軽く叩いた。本当はイライラして、一緒にいて欲しくないのに、本音は隠し通した。良い人ぶった。

 輝久はその気持ちが言われなくてもヒシヒシと感じていた。

「言われなくても……。」

ボソッと言っている暇に陸斗は遠くの方に言ってしまった。
 後輩や同級生の女生徒に声を掛けられて忙しそうだった。ライブを楽しみにしてますとまるでアーティストみたいな対応になっている。

 振り切るのが困難な状況で冷や汗が止まらない。

 どうにか、話題の途切れるところで、用事があると、紬のクラスのお化け屋敷の教室に向かった。

(話しかけてくる人、多すぎ…全然身動き取れなかった。紬に行かないと怒られそう。)


 廊下を歩いていると、すぐに人だかりができる陸斗の周りを教室から見えた美嘉が体を半分出して、手を大きく振った。


「陸斗センパーイ。こっちでーす。」

「おう、森本さん。結構、お客さん、来てるんだね。…って、何、その衣装? まさか紬もそれ着てないよね。目のやり場に超困るんだけど…。」

 すり抜けて、美嘉の近くに来た。

「で、ですよね。着てる本人が1番恥ずかしいですよ。友達がデザインしたものなんですけど、やばいですよね。ハハハ…大丈夫ですよ。紬ちゃんはこれ着てないですから。さ、さ、中の方へどうぞ。」

 両腕で胸辺りを隠しながら、話す。

「絶対紬が着たら困る。やめてほしいわ。」

 ブツブツと呟きながら、中へ入る。

(知らない男たちに見せたくないわ。ありえない。)

「いらっしゃいませ。カフェをご利用ですか? お化け屋敷に挑戦してみますか?」

「何、これ。結構、本格的だね。カフェの作りとか、お化け屋敷…も。紬は、お化け役って聞いてたけど、中入ってもいいの?」

 辺りを見回すと、紬の家のカフェに似たようなデザインなどがあって、本当のカフェにいるようだった。

 お店のデザインの先生は紬の親の遼平に教わったらしい。

「はい。こちらからどうぞ。お荷物は横の棚に置いてください。靴は脱いでお入りください。お化け屋敷ミッションは祭壇にあるろうそくを1本取ってくるというものです。レッツトライ!頑張ってくださいね。」

 お化け屋敷受付担当の井上が、ご案内となった。

「あ、陸斗先輩来てるじゃん。紬ちゃんには言わないようが本気出す気がするよね。超、気になるよね。」

「録画しておく?」

「えー、やめておきなよ。声だけ聞いておこう。」

「それもスリルあるかも…。」

 美由紀と瑞季がコソコソと教室の端で話していた。



「ちょっと待って、真っ暗中、どうやっていくの?」

「行きのライトは用意しておりませんので、真っ暗で行くかお手持ちのスマホなどで照らして進んでください。」


「わかった。」

 陸斗は恐る恐る、分厚いカーテンを開けた。手元にはスマホのライトをつける。

 まず、はじめに出てくるは畳の上のスライム。靴下を履いてるため、感触は靴よりも敏感になっている。

 そぉーと歩くと畳のヘリに大きめのスライムを踏む。

「うひゃっ。なんだ!?」

 そのスライムにびっくりしていると、前から人体模型像の隣に同化していたゾンビに変身している田中がスライムをだらーんと落として、とても低い声で襲いかかってくる。陸斗はゾンビはシューティングゲームなどで慣れていたため、全然興味がなく、ヒョイッと体を傾けてよけた。

 ゾンビは声を出しながら、そのまま立ち去っていく。

先に進むと今度は、石膏像が青白く光り、音楽室に飾っている3人の肖像画が今にも動きそうになっていた。

 演出がすごいなと感心しながら、狭い道をゆっくり進む。

 奥には昔からあるちゃぶ台と少し大きめなブラウン管テレビが畳の上に置かれていた。横にある棚には、市松人形があり、髪が徐々に勝手に伸びている。


 日本の怖い話はどちらかといえば、苦手な方の陸斗は声にならない声になっていた。

 すると、黒い画面のテレビから映画のような演出で白いワンピースのストレート黒髪女性がゆっくりと這い出てきた。髪が多くて誰だかわからないくらいだった。


さっきまで、市松人形におびえてたはずの陸斗はフッと緊張の糸が切れたらしく、怯えるどころか、笑みが溢れていた。

 姿形は恐ろしく怖い女性に見えたが、体から発するよく嗅ぐ香水の匂いに反応した。紬だと言うことがすぐわかると、むしろこちらから少しずつ近づいていった。

 紬は目の前に陸斗がいるなんて気づかず、そのまま演技を続ける。

 ジリジリ迫って、立ち上がった瞬間に上からお客さんを見下ろそうとしたら、背が高くて、見下ろせず、むしろ見下ろされた。

 陸斗にとっては座敷わらしのように可愛く見えたようで、近づいた瞬間にキュッとハグした。

「きゃーーー。」

 紬は陸斗だと知らないで、近づいたため、驚いたのは陸斗ではなく、紬。

「し、静かにして。」


「…え。陸斗?」


 カフェの方ではお客さんが満員だったため、こちらの声が聞こえてなかったらしい。誰も反応しなかった。


「来てたの?」



「お化け役、頑張ってたね。でも、俺には通じないよ。全然怖くない。」


 髪の毛が崩れていた。暗い中、陸斗は髪を直してあげた。


「むー。頑張っているのに、怖くないってひどい。」


「俺には幸せを呼ぶ座敷わらしにしか見えない。」

 お客さんがいないか確認してからと陸斗は紬の頬に口づけた。


 近くにあった祭壇のボックスからろうそくライトを取り出した。


「そろそろ、行くよ。焼きそば、買っといたから、あっちに置いておくからあとで食べて。午後に俺のクラスも体育館で出し物あるから絶対見に来てよ。」


 陸斗は紬の頭をポンと優しく撫でた。


「うん。ありがとう。」


 別れるのが惜しい。
 陸斗が立ち去るのが切なくなった。

 持ち場にもどる幽霊さん。次のお客さんのために頑張りますと気合を入れた。


 陸斗はで出入り口でろうそくライトを井上に渡した。

「お疲れ様でした。ミッションコンプリートです!」
 

 靴を履いて、棚に置いておいた袋を持った。

「あ、森本さん。お願いあるんだけど、これ、紬に渡しておいて。」

 近くて注文待機していた美嘉はハッと陸斗の声に反応する。

「え。はい。わかりました。紬ちゃんのお化け役は、どうでしたか?」

「うん。俺には座敷わらしだわ。」

 笑いながら言う。

「陸斗先輩は、紬ちゃんってすぐわかるからですよね。知らない人はもう怖がって近づかないですよ。」


「そうなんだ。みんな騙されてるんだね。おもしろー。」


「午後のライブ楽しみにしてますね~。」


 陸斗はご機嫌に立ち去りながら、手を振っている。カーテンの脇から陸斗をのぞく紬がいた。

 次々とお客さんはやってくる。

 
 お化け屋敷とハロウィンカフェは好評そのもの。

 遊びに来ていた小中学生たちも大喜びだった。



その頃、体育館では康範が情報処理部の部長の村上とともに舞台袖で打ち合わせしていた。ライブ中にプロジェクターから流すプロジェクションマッピングのタイミングを会議していた。

 

 陸斗が横から声をかける。


「ねぇ、何してるの?」


「…ああ、陸斗か。今、村上部長とライブ中のプロジェクションマッピングのタイミングを打ち合わせ中。陸斗が歌うのは、星空がメインだから背景に映し出そうと思って…。」


「陸斗くん。久しぶり。前に部活来てくれてたと思うけど、今回プログラミングを用いて、映像を流すから、お客さんも喜ぶと思うよ。音に合わせて、演出するようになってるから。」



「村上部長、お久しぶりです。その作業、かなり時間を要したんではないですか?歌そのものは3分でも、今回2曲歌うから全部で6分前後ですよね。プログラムお疲れ様です!」


「いやいや、俺にかかっちゃ、朝飯前ですよ。文化祭に披露しなくていつするですか? 下から噴水とか、花火とか打ち上げようと思ってましたよ。」


 康範は機械の位置と映像の映り方を再確認していた。準備は万端のようだ。



 同じ3年2組のクラスメイトに声を掛けて、会場を開演してもらうよう、インカムで連絡した。




「陸斗、楽器の準備と、念のため、髪型だけ整えて! あっちに吉村さん、いるから、お願いして。」


「あー、ヘアメイク担当の人ね。了解。」



 陸斗は壇上からおりて、体育館横の控え室に向かった。


「ほら、陸斗くん!他のメンバー終わってるから、君だけだよー!」

ドラム担当の鈴木とベース担当の佐々木は先に髪型をセットしていた。

「あー、はいはい。お願いします。」

 パイプ椅子に座り,棚の上にあった鏡に目を通す。


「肌に合う合わないとかないよね? ヘアワックスつけても平気?」


「ああ、もちろん。大丈夫。」



 クラスメイトの吉村は手際よく、陸斗の髪型を無造作にワックスをつけてからトップを逆立てて、サイドかっこよく整えた。


「良いね~。俺がしたことない髪型だわ。」

「もちろん、将来は美容師目指してるから。プロになったらぜひ来てね~。」

「ヨッシーはきっとカリスマ美容師になるよ。」


 ドラムの鈴木が言う。


「俺も美容院通うから!」



 ベースの佐々木も言い始めた。


「ほら、あと、時間だから行くぞー。」

 陸斗はさらりと会話から外れて、舞台へと移動した。ちょうど時間は開演時間となっていた。
 ゾクゾクとお客さんが集まっていた。


 体育館ではオルゴールの曲が流れていた。

 カーテンが閉まった状態の舞台では、陸斗たちが楽器やマイクの前で、調整していた。

 たくさんのお客さんの前での演奏や歌うことは生まれて初めてだった。

 

緊張の瞬間が始まろうとしていた。




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