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第36話【最終回】
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よく晴れた日だった。
遠くてウグイスが鳴くのが聞こえる。
「比奈子ー、朝だぞ。」
目覚まし時計をセットしてスヌーズ機能を使っていたのに三度寝はしていただろうか。
リビングから
晃の起こす大きな声で目と体が起きた。
「はーい!」
部屋に置いていた服にパジャマから服に着替えて、ランドセルの中身を確認する。
身の回りのことはほとんど自分でできた。
できないのは宿題をこなすこと。
元々、絵里香だった頃も勉強は
好きじゃなかった。特に算数。
掛け算割り算が始まった時から
頭は回らなくなる。
いつも父の晃に聞きながら解いていた。
そのかわり、国語の解き方は聞かなくても
すぐに答えられた。
昔から国語は得意だった。
言葉を交わさなくても、
どうにか手話や筆談でなんとかなっていた。
人生2回目もこのくらいは
こなせていた。
今日は、緊張する参観日。
丁寧にプリントを交換されたあの日。
見せたくなかったのに、たまたま覗いた
ランドセルの中を晃に見られた。
それは1週間前のこと。
夕食を食べる前に晃は言う。
「あれ、参観日あるの?」
黙って頷く。
「え、比奈子ちゃんの参観日?」
晃の実母の榊原恵子《さかきばらけいこ》は、食卓に食器を運びながら、問いかける。
晃の母親と3人で住み始めて、
5年は経過していた。
晃の父親は晃が最初の結婚して
すぐに病気で亡くなっていた。
それまで、
ずっと1人暮らしをしていた恵子は、
まさか長男が帰ってくるとはと
喜んでいた。
恵子は、足腰も丈夫で、
ドラッグストアの店員として
パートタイムで今でも働いている。
参観日プリントをマジマジと見る。
「あれ、この日、
晃、有給使って休み取った日じゃないの?
会社から言われてたんじゃないの?」
「え、どれ見せて。
いつよ?」
ネクタイをほどいて、プリントを見た。
「あ、本当だ。
偶然にも休み取った日じゃん。
なんだ、床屋行こうと思ってたけど、
せっかくだから、比奈子をしっかり
見てくるかな?
参観日終わったら床屋行くから。
な?比奈子。」
比奈子の頭をポンと撫でた。
本当は来てほしくなかった。
見なくてもいいのにと。
作り笑顔で返した。
祖母の恵子もニコニコと喜んでいた。
親子が仲が良くて安心していたようだ。
心の中は微妙だったが。
そして、参観日当日。
何だか、食欲が無くて、
朝ごはんはバナナだけで終わらせた。
手話で行ってきますと言って、
ランドセルを背負った。
「比奈子、俺、見に行くからな。
3時間目の算数な。
楽しみにしてるから。」
静かに頷いて、玄関のドアを開けた。
スニーカーをトントンと蹴って
整えた。
仕事着ではなく
グレーのポロシャツに黒のスラックスを
着ていた晃は心配そうに比奈子を
見送った。
***
比奈子は自宅から徒歩で向かった。
いつも通り、紬に挨拶をされてから
昇降口に着いた。
そう、また、水曜日であるにも
関わらず、給食着の袋をぽふっと
頭にぶつけられる。
走ってきた隆二だった。
いつもより元気がない。
「ちょっと、毎回毎回。比奈子ちゃんに
ぶつけるやめなさいよ!!」
紬が叱ってくれる。
比奈子は守ってくれる友達がいて
ありがたかった。
「べーっだ!!」
典型的な小学生だった。
比奈子はそんなのお構いなしに
教室に行った。
クラスでの隆二との関係はさっぱり
していた。
話しかけられば話すが、
比奈子から積極的に会話することは
なかった。
学校でしか会えないことが不満のため
行動することに積極的になれなかった。
尚更、さっぱりな関係に不満を持つのが
隆二のようだった。
いつも意地悪しては
構ってほしい態度をあらわしている。
どうやら、今日は参観日ということも
あっておとなしかった。
「みなさんおはようございます。
今日は、参観日ですね。
いつもの皆さんの様子をお父さん
お母さんに見てもらいましょうね。」
「はーい。」
2時間目終わりの休み時間。
ざわざわと学校中が賑やかになってきた。
晃がスリッパと保護者ネームプレートを
持って、駐車場に到着していた。
「あれ、お久しぶりです。
杉本美咲の母です。
比奈子ちゃんパパですね。」
「あ、どうも。
もしかして、BBQでご一緒だった…。」
果歩はまだ生きていた頃に、
ママ友同士で集まってBBQしていた。
「そうですそうです。
あれから5年も経ってるんですもんね。
あっという間で。
うちなんて長男が小学6年生になりまして
今日は妹の美咲3年生クラスと
2箇所に時間見てそれぞれに
行かないといけないんですよ。」
「お兄ちゃん、もうそんなに大きく
なりましたか。あっという間ですね。
2箇所回るのはお疲れ様です。
あれ、お父さんとかはお休み
取れなかったんですか?」
「…実は、うち、離婚してまして。
シングルマザーで頑張ってます。
今では、1人の方が気が楽って感じ
なんです。」
晃は申し訳ない顔をした。
「あ、すいません。
余計なこと聞きましたね。
失礼しました。」
「いいですよ。気にしないでください。
比奈子ちゃんのうちだって、
シングルファザーじゃないですか。
お互い頑張りましょう。
果歩も天国で応援してますって。」
ニコニコと割り切ったように杉本亜梨沙は
答えた。
比奈子と美咲はクラスが違うため
学校内の廊下でお別れした。
果歩の事情も知っている
保護者で良かったと逆に良かったと
安心した。
口は災いの元。
あまり話しすぎに気をつけようと思った。
比奈子の教室に入ると
何人かの保護者の方々が、
保護者名簿に丸をして、
出席リストをチェックしていた。
晃も並んで、丸をつけた。
一覧表を見ると、佐々木隆二という名前が
目についた。
この子も比奈子の同級生で、
一緒にBBQしたママ友だと
気づいた。
チャイムが鳴って、教室にそれぞれ
入り始めた。
ギリギリになって、中に入ってきたのは
佐々木あずさだった。
佐々木隆二の母だった。
その母の隣には、小さな女の子が
くっついて歩いていた。
どこかで見たことがありそうな
風貌だった。
「算数の割り算について、
今日は授業をしていこうと思います。
お父さんお母さん見てますからね。
頑張っている姿を見せましょうね。」
先生は黒板に問題を書いて、
指名をし、答えを書いてもらうという流れ
で割り算の勉強がすすめられた。
黒板を利用するのは昔から同じだが、
黒板のとなりには大きなテレビが置かれている。
そこには、授業で使うタブレット画面が
使用されている。
デジタル化が進んでこんなに便利に
なってるとは、
時代が違うなと晃は思った。
割り算が苦手な比奈子は
恥ずかしさもあるのか
全然手をあげようとしなかった。
隆二といえば率先して何度も手を
あげている。
指名にあたれば、答えも正解していて
優秀だった。
いつもよりはりきっているなと
思った比奈子だった。
授業が無事終わった。
ふざけることなく、真面目に授業を
受けていて晃は感心した。
ふと廊下に出るとさっきの佐々木あずさに
声をかけられた。
「あら、比奈子ちゃんパパ。
お久しぶりです。
お元気にしていましたか?
頑張ってますね。お父さん。」
「はい。おかげさまで元気ですよ。
それより、その子って
もしかして、隆二くんの
妹さん?」
「よかった元気そうで。
果歩が亡くなって、
シングルになったじゃないですか。
心配してたんですよ。
おばあちゃんと住むようになったって
比奈子ちゃんから隆二伝いで情報を聞いて
安心してました。
あー、会ってなかったですもんね。
そうなんです。
隆二の妹の佐々木夏帆《ささきかほ》
って言います。今年で3歳になりました。
比奈子ちゃんママと同じ名前ですけど、
夏生まれなので、
夏の帆で漢字は違うんですよ。
ほら、夏帆、挨拶して。」
夏帆は、あずさのワイドパンツの横に
しがみついてはなれようとしなかった。
挨拶どころか隠れている。
晃は、異様にその子が気になった。
「そうだったんですか。
隆二くん、お兄ちゃんになったんですね。
かわいがるんじゃないですか?」
「全然そんなことないんですよ。
とにかく、果歩はわがままで
自分の思い通りにならないと
すぐ癇癪おこすから
お兄ちゃんタジタジで
逃げ回りますよ。
2歳でも自己主張激しいですよ!」
あずさは夏帆の頭を撫でて話す。
ミディアムヘアのストレートでさらさらで
細かった。
どこかで見たことある目の下のほくろ。
猫のように目が大きい。
まつげも長い。
ふと、晃は、夏帆の肩を触れてみた。
一瞬、走馬灯のように
果歩との過去が頭の中に飛び込んできた。
亡くなった瞬間の事故の現場、
黒い猫が横切ったあのシーンが
晃の頭の中に入ってくる。
晃の前髪がどこから吹くのか風で
舞い上がった。
(まさか、この子。
小松果歩の生まれ変わり?!)
「どうかしました?」
「あ、いえ、別に。
なんでもないです。」
「シングルになって大変かと思いますが、 何かあったら協力しますから
声をかけてくださいね。」
「ありがとうございます。
お言葉だけ受け取ります。
大丈夫ですよ。
それじゃ、失礼します。」
晃はあずさの横を通り過ぎようとした。
頭の中に『晃』と呼ぶ果歩の声がした。
後ろを振り返ると、
あずさの足元で隠れていた
夏帆がちらっとこちらをじーと
見つめていた。
晃は生唾をごくりと飲み込んだ。
榊原 晃は、どこに行っても何をしても
榊原絵里香と小松果歩から逃れられないのかもしれない。
ソウルメイトというのか
死んでもまた生まれ変わって
自分の前に現れる。
そういう運命なんだと現実を受け入れた。
またこの3人の取り巻く環境で
それぞれのストーリーが
繰り広げられていく。
安息の地なんてどこにもない。
小松果歩は、
わがままを言えなかった前世を
現世は佐々木夏帆になって
子どものうちにたくさん
わがままを言って解消していた。
大人でも子どもでも
わがままを言いたいときはある。
誰かが気づいて
受け止めてくれたら
どんなに楽か。
世の中、そんなに甘くはない。
苦しくても今を生きて
楽しむ努力をしないといけないんだと
学んだ。
いつか生まれ変わって
やりたかったことができるかも
しれないとーーー
【 完 】
遠くてウグイスが鳴くのが聞こえる。
「比奈子ー、朝だぞ。」
目覚まし時計をセットしてスヌーズ機能を使っていたのに三度寝はしていただろうか。
リビングから
晃の起こす大きな声で目と体が起きた。
「はーい!」
部屋に置いていた服にパジャマから服に着替えて、ランドセルの中身を確認する。
身の回りのことはほとんど自分でできた。
できないのは宿題をこなすこと。
元々、絵里香だった頃も勉強は
好きじゃなかった。特に算数。
掛け算割り算が始まった時から
頭は回らなくなる。
いつも父の晃に聞きながら解いていた。
そのかわり、国語の解き方は聞かなくても
すぐに答えられた。
昔から国語は得意だった。
言葉を交わさなくても、
どうにか手話や筆談でなんとかなっていた。
人生2回目もこのくらいは
こなせていた。
今日は、緊張する参観日。
丁寧にプリントを交換されたあの日。
見せたくなかったのに、たまたま覗いた
ランドセルの中を晃に見られた。
それは1週間前のこと。
夕食を食べる前に晃は言う。
「あれ、参観日あるの?」
黙って頷く。
「え、比奈子ちゃんの参観日?」
晃の実母の榊原恵子《さかきばらけいこ》は、食卓に食器を運びながら、問いかける。
晃の母親と3人で住み始めて、
5年は経過していた。
晃の父親は晃が最初の結婚して
すぐに病気で亡くなっていた。
それまで、
ずっと1人暮らしをしていた恵子は、
まさか長男が帰ってくるとはと
喜んでいた。
恵子は、足腰も丈夫で、
ドラッグストアの店員として
パートタイムで今でも働いている。
参観日プリントをマジマジと見る。
「あれ、この日、
晃、有給使って休み取った日じゃないの?
会社から言われてたんじゃないの?」
「え、どれ見せて。
いつよ?」
ネクタイをほどいて、プリントを見た。
「あ、本当だ。
偶然にも休み取った日じゃん。
なんだ、床屋行こうと思ってたけど、
せっかくだから、比奈子をしっかり
見てくるかな?
参観日終わったら床屋行くから。
な?比奈子。」
比奈子の頭をポンと撫でた。
本当は来てほしくなかった。
見なくてもいいのにと。
作り笑顔で返した。
祖母の恵子もニコニコと喜んでいた。
親子が仲が良くて安心していたようだ。
心の中は微妙だったが。
そして、参観日当日。
何だか、食欲が無くて、
朝ごはんはバナナだけで終わらせた。
手話で行ってきますと言って、
ランドセルを背負った。
「比奈子、俺、見に行くからな。
3時間目の算数な。
楽しみにしてるから。」
静かに頷いて、玄関のドアを開けた。
スニーカーをトントンと蹴って
整えた。
仕事着ではなく
グレーのポロシャツに黒のスラックスを
着ていた晃は心配そうに比奈子を
見送った。
***
比奈子は自宅から徒歩で向かった。
いつも通り、紬に挨拶をされてから
昇降口に着いた。
そう、また、水曜日であるにも
関わらず、給食着の袋をぽふっと
頭にぶつけられる。
走ってきた隆二だった。
いつもより元気がない。
「ちょっと、毎回毎回。比奈子ちゃんに
ぶつけるやめなさいよ!!」
紬が叱ってくれる。
比奈子は守ってくれる友達がいて
ありがたかった。
「べーっだ!!」
典型的な小学生だった。
比奈子はそんなのお構いなしに
教室に行った。
クラスでの隆二との関係はさっぱり
していた。
話しかけられば話すが、
比奈子から積極的に会話することは
なかった。
学校でしか会えないことが不満のため
行動することに積極的になれなかった。
尚更、さっぱりな関係に不満を持つのが
隆二のようだった。
いつも意地悪しては
構ってほしい態度をあらわしている。
どうやら、今日は参観日ということも
あっておとなしかった。
「みなさんおはようございます。
今日は、参観日ですね。
いつもの皆さんの様子をお父さん
お母さんに見てもらいましょうね。」
「はーい。」
2時間目終わりの休み時間。
ざわざわと学校中が賑やかになってきた。
晃がスリッパと保護者ネームプレートを
持って、駐車場に到着していた。
「あれ、お久しぶりです。
杉本美咲の母です。
比奈子ちゃんパパですね。」
「あ、どうも。
もしかして、BBQでご一緒だった…。」
果歩はまだ生きていた頃に、
ママ友同士で集まってBBQしていた。
「そうですそうです。
あれから5年も経ってるんですもんね。
あっという間で。
うちなんて長男が小学6年生になりまして
今日は妹の美咲3年生クラスと
2箇所に時間見てそれぞれに
行かないといけないんですよ。」
「お兄ちゃん、もうそんなに大きく
なりましたか。あっという間ですね。
2箇所回るのはお疲れ様です。
あれ、お父さんとかはお休み
取れなかったんですか?」
「…実は、うち、離婚してまして。
シングルマザーで頑張ってます。
今では、1人の方が気が楽って感じ
なんです。」
晃は申し訳ない顔をした。
「あ、すいません。
余計なこと聞きましたね。
失礼しました。」
「いいですよ。気にしないでください。
比奈子ちゃんのうちだって、
シングルファザーじゃないですか。
お互い頑張りましょう。
果歩も天国で応援してますって。」
ニコニコと割り切ったように杉本亜梨沙は
答えた。
比奈子と美咲はクラスが違うため
学校内の廊下でお別れした。
果歩の事情も知っている
保護者で良かったと逆に良かったと
安心した。
口は災いの元。
あまり話しすぎに気をつけようと思った。
比奈子の教室に入ると
何人かの保護者の方々が、
保護者名簿に丸をして、
出席リストをチェックしていた。
晃も並んで、丸をつけた。
一覧表を見ると、佐々木隆二という名前が
目についた。
この子も比奈子の同級生で、
一緒にBBQしたママ友だと
気づいた。
チャイムが鳴って、教室にそれぞれ
入り始めた。
ギリギリになって、中に入ってきたのは
佐々木あずさだった。
佐々木隆二の母だった。
その母の隣には、小さな女の子が
くっついて歩いていた。
どこかで見たことがありそうな
風貌だった。
「算数の割り算について、
今日は授業をしていこうと思います。
お父さんお母さん見てますからね。
頑張っている姿を見せましょうね。」
先生は黒板に問題を書いて、
指名をし、答えを書いてもらうという流れ
で割り算の勉強がすすめられた。
黒板を利用するのは昔から同じだが、
黒板のとなりには大きなテレビが置かれている。
そこには、授業で使うタブレット画面が
使用されている。
デジタル化が進んでこんなに便利に
なってるとは、
時代が違うなと晃は思った。
割り算が苦手な比奈子は
恥ずかしさもあるのか
全然手をあげようとしなかった。
隆二といえば率先して何度も手を
あげている。
指名にあたれば、答えも正解していて
優秀だった。
いつもよりはりきっているなと
思った比奈子だった。
授業が無事終わった。
ふざけることなく、真面目に授業を
受けていて晃は感心した。
ふと廊下に出るとさっきの佐々木あずさに
声をかけられた。
「あら、比奈子ちゃんパパ。
お久しぶりです。
お元気にしていましたか?
頑張ってますね。お父さん。」
「はい。おかげさまで元気ですよ。
それより、その子って
もしかして、隆二くんの
妹さん?」
「よかった元気そうで。
果歩が亡くなって、
シングルになったじゃないですか。
心配してたんですよ。
おばあちゃんと住むようになったって
比奈子ちゃんから隆二伝いで情報を聞いて
安心してました。
あー、会ってなかったですもんね。
そうなんです。
隆二の妹の佐々木夏帆《ささきかほ》
って言います。今年で3歳になりました。
比奈子ちゃんママと同じ名前ですけど、
夏生まれなので、
夏の帆で漢字は違うんですよ。
ほら、夏帆、挨拶して。」
夏帆は、あずさのワイドパンツの横に
しがみついてはなれようとしなかった。
挨拶どころか隠れている。
晃は、異様にその子が気になった。
「そうだったんですか。
隆二くん、お兄ちゃんになったんですね。
かわいがるんじゃないですか?」
「全然そんなことないんですよ。
とにかく、果歩はわがままで
自分の思い通りにならないと
すぐ癇癪おこすから
お兄ちゃんタジタジで
逃げ回りますよ。
2歳でも自己主張激しいですよ!」
あずさは夏帆の頭を撫でて話す。
ミディアムヘアのストレートでさらさらで
細かった。
どこかで見たことある目の下のほくろ。
猫のように目が大きい。
まつげも長い。
ふと、晃は、夏帆の肩を触れてみた。
一瞬、走馬灯のように
果歩との過去が頭の中に飛び込んできた。
亡くなった瞬間の事故の現場、
黒い猫が横切ったあのシーンが
晃の頭の中に入ってくる。
晃の前髪がどこから吹くのか風で
舞い上がった。
(まさか、この子。
小松果歩の生まれ変わり?!)
「どうかしました?」
「あ、いえ、別に。
なんでもないです。」
「シングルになって大変かと思いますが、 何かあったら協力しますから
声をかけてくださいね。」
「ありがとうございます。
お言葉だけ受け取ります。
大丈夫ですよ。
それじゃ、失礼します。」
晃はあずさの横を通り過ぎようとした。
頭の中に『晃』と呼ぶ果歩の声がした。
後ろを振り返ると、
あずさの足元で隠れていた
夏帆がちらっとこちらをじーと
見つめていた。
晃は生唾をごくりと飲み込んだ。
榊原 晃は、どこに行っても何をしても
榊原絵里香と小松果歩から逃れられないのかもしれない。
ソウルメイトというのか
死んでもまた生まれ変わって
自分の前に現れる。
そういう運命なんだと現実を受け入れた。
またこの3人の取り巻く環境で
それぞれのストーリーが
繰り広げられていく。
安息の地なんてどこにもない。
小松果歩は、
わがままを言えなかった前世を
現世は佐々木夏帆になって
子どものうちにたくさん
わがままを言って解消していた。
大人でも子どもでも
わがままを言いたいときはある。
誰かが気づいて
受け止めてくれたら
どんなに楽か。
世の中、そんなに甘くはない。
苦しくても今を生きて
楽しむ努力をしないといけないんだと
学んだ。
いつか生まれ変わって
やりたかったことができるかも
しれないとーーー
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