わがままだって言いたくなる

もちっぱち

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第29話

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空気が乾燥していた。

埃っぽい空間に追いやられている。

咳が出やすい。

体が潤う水が欲しい。


気持ちは目の前に真っ暗な闇の
空間が広がって、
両足に足かせをつけられていて、
鉄格子に囲まれたような感覚だ。

鉄の棒に手を乗せて、
必死に脱出しようにも
かたくて動かない。


声が出せない。

言いたいことが言えない。

字に表すとしても上手く書けない。

ジェスチャーもどうすればいいかなんて
わからない。

人間、話しているから伝わるし、

文字も書くってことで
できないこともできる

第三者に知られたくないことも声に出して
話してしまえばわからないのに

文字にしてしまうと他にも見られるという
リスクがある。

文字にするリスクもある。


まだ3歳という脳ではひらがなもギリギリで
⚪︎か◻︎か△の記号しか書けない。

頭の中ではいろんなこと考えているのに
現実は厳しい。



家に帰ってきて、どっと疲れた比奈子は、
ソファに寝っ転がった。


果歩は、荷物を片付けながら、
比奈子の様子を伺うが
一見、いつもの比奈子と変わりない。


「俺、
 ちょっと汗かいたから
 シャワーしてくるわ。」

 晃はエアコンのない場所で
 何時間も過ごしたため、
 汗でびしょびしょの体を
 さっぱりさせたかった。

「うん。」

 果歩は、持っていたバックを下に置いた。


「比奈子、何か飲みたいの、ある?
 そうだなぁ、りんごジュースはいる?」

 横になった体で静かに頷いた。

「持ってくるから待っててね。」
 
 自分の飲み物のレモンティーとともに、
 冷蔵庫に入っていたりんごジュースを
 コップに注ぎ入れた。

 いつもは自分で持ってきなさいと言う
 果歩は珍しく飲み物を準備してくれた。

 どういう風の吹き回しだろうと思いながら
 ジュースを飲んだ。

 ありがとうの感謝の言葉を発することも
 なく黙って飲む。

 一時的に話せないだけではないだろうかと
 疑問に思いながら、
 気になって、
 シャワーしている晃に聞きに行く。

「ねー!!比奈子、なんで
 声出ないの?!
 疲れているから今だけじゃないの?」


「え?!」

 頭にシャワーをかぶっていた晃は
 驚いて振り向いた。

「ちょ、今、シャワーしていたから
 聞こえなかった。
 待って、急いで終わらせるから。」

 蛇口のひねる音が響く。
 果歩は棚にあったバスタオルを晃に
 渡す。

「あ、ありがとう。」

 頭、顔、体と順番に体を拭いて
 すぐにルームウエアに着替えた。

「んで?
 なんだっけ。」

「……比奈子の話。」

「うん。声のことね。」
(果歩には本当のこと言えないしな。
 でも黙っておくことはできないから…。)

 リビングのソファに座り、比奈子の頭を
 軽くぽんと撫でた。

「きっと、あれじゃない?
 俺が、塁と瑠美のこと気にしたから
 ショックだったんじゃないの?
 他にきょうだいいたことが。」

「そんな、軽いノリで言うこと?」

「別に軽いノリで言ってないって。
 子どもは繊細って言うじゃん。
 きょうだいがいて
 やったーって喜ぶ子も
 いるけど、
 比奈子は嫌だったんじゃないのかと
 俺は思うんだけど。」

(適当に話作ってるんだな。
 まぁ、納得させるには、そんな感じが
 ちょうど良いのかな。)

 話に合わせて、比奈子は軽く頷いた。

「そっか。
 そういうことか。
 私もあずさに聞かれたから根掘り葉掘り
 色々言っちゃったからな。
 比奈子、聞いてたかな。」

「それもあるのかもな。」

「…私のせいって?」

「言ってないだろ、別に。」


「そう聞こえる。」


「被害妄想激しすぎ。
 大丈夫だって、果歩が大変な時は
 俺が何とかするから。」

「…本当かな。」


「信じてないの?」


 これまでの行動を見れば、
 信じたい気持ちも薄れていく。


「わかった。今度は誓うよ。
 嘘つかないし、果歩を助けるって。
 な?」

(声出なくても絵里香だから
 多少考えてることわかる部分
 あるはずだ。
 比奈子そのものよりきっと…。)


 疑いの目を向けながら、果歩は
 どうにか納得した。

晃は、比奈子の不安そうな目を見て、
頭をポンポンポンと軽く撫でた。

比奈子は、触られた頭を確認して、
髪を整えた。

その様子を見て、果歩は少し嫉妬した。

そんなふうに接してたことあったかなと
思い返す。

親子あるはずで、
当たり前の光景なはずなのに
いつものと違う雰囲気を感じ取ったのか
胸のあたりがモヤモヤした。




****


翌朝、スズメの鳴き声で目を覚めた。

親子で川の字になって寝るようになった寝室で1人トイレに起きた。

トイレの流す音が聞こえた。

晃が後ろからついてきていた。

ガチャとトイレのドアを開けた。

時刻は午前5時半。
起きるにしては早すぎた。

「目、覚めた?」

 比奈子はこくんと頷いた。
 
「ちょっと待ってて、俺もトイレ。」

 トイレを済ませた晃は比奈子とともに
 リビングに行く。

「喉乾いただろ?今、水出すから。」

 蛇口のレバーを動かして、
 コップに水と冷蔵庫の氷を入れた。

 ゆっくりと口に含み入れた。

 いつもは言われる前にしたことない。

 話せないことで空気を読み、
 これをしてあげた方がいいのかなと
 考えるようになった。

 逆に話せないことでメリットがあるんだと
 感じた。

「果歩、納得してくれたかな。
 心配だよな。
 でも、声、出ないって結構不便だよな。
 しかも、まだ文字書けないし
 どうすりゃいいかわからないな。」

 ほぼ独り言を比奈子に言う。
 返答はできない。
 ただ、頷いた。

「でも、俺、わかるよ。
 食べたいものとか
 好きなもの、覚えてるし、
 そのまま変わらないでいるのなら
 俺が出すから、安心して。な?」

 比奈子は、ぼんやり聞き逃した。
 もう、返事をするのを億劫で
 適当に流していた。
 
 いつも、そんなことしたことないのに
 今更だなっと思った。

 リビングの扉が開いた。

「おはよー。2人とも早いね。
 てか、晃、誰に話しかけてるの?
 比奈子、話せないのに…。」

晃はヒヤッとした。
話の内容聞かれたかとドキドキした。
明らかに比奈子3歳に話してる感じじゃなかった。絵里香だと思って言っている。

バレてないかが気になった。

「あ、果歩も起きたのか。
 寝てても良いんだぞ。
 独り言だって。」
 
適当にごまかした。

果歩の嫉妬心が出た。
比奈子は話せなくても、晃が話してて何の問題ないはずを、2人で話して欲しくない気持ちがあった。

晃が話すというのは
普段の生活の中で少ない方だったからだ。


「比奈子、今日、
 おっぴおばあちゃんの
 お見舞い行くからね。」

 比奈子はニコッと笑顔で頷いた。

 母の果歩には良い顔しておかないと
 何かが起きそうで怖かった。

 晃は、スーツに着替えに別室へ移動した。

「比奈子も、服着替えておいで。」

 言われるまま比奈子は行動した。

 声が出せないということは
 反発ができない。
 
 言われるがまま行動することが増える。

 やってほしいと訴えたいが
 それは難しい。

 ここからいろんなことが言われる前に
 できることを増やしていった。

 本来ならば母に甘えるんだろうところを
 ショートカットして過ごした。

 晃もわかっていてやっているだろうと
 思い、見ていた。

 そんな日常が小松家では
 変わりつつあった。
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