わがままだって言いたくなる

もちっぱち

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第1話

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遠くの方でホトトギスが鳴いている。
この辺で鳥が鳴くって珍しい。

戦国武将が争って鳴かせるくらいなのだから
聴いていて心地が良い鳴き声だ。

納得する。

都会から田んぼが広がる土地に
引っ越してきて
もう1年。

まだまだ生まれたばかりで育児に奮闘中。
母乳がもうすぐ終わりかどうかというところ。

事務の仕事も子どもが生まれてすぐに辞めて
この家でこの子のお世話に集中することに
なった。

この子のお父さんも仕事を転職して
今は市役所職員の受付業務として
働き始めた。

公務員で中途採用の求人は珍しいなと思いつつ応募した。

給料は前の会社と比べて少し下がったが、
安定の公務員。
先を見据えてのことだった。

帰ってくる時間もほぼ残業なしの
定時で帰ってくる。

むしろ、飲み会とか言ってきてもいいんだよと促したいくらい直帰してくる。

他に気になる女性はいないのかな。

別に私は今に充実しているから
良いんだけどと
8ヶ月の比奈子《ひなこ》を抱っこ紐に
乗せた。


「ひな、お腹すいた?
 それともお散歩行ってこようか?」


「あうあう…。」

まだお話しはできない。
泣いてはいないけども、
お米で出来たおもちゃを終始
あむあむと噛んでいた。

育てやすいと表現していいのか
わからないが
いつもこちらを様子観察しているようで
やたらめったら
泣くことはない。

なんだろう。
この感覚は。

もしかして、
人生2回目とかあるのかな。


「今日の夕飯は何にしようかねぇ。
 昨日はカレーだったから
 今日は…うん、肉じゃがにしよう。
 って中身一緒で、味付け違うだけって
 またパパに言われそうだね。」

独り言のように小松果歩《こまつかほ》は、
比奈子に話しかける。

ふと、キッチンまでに行く棚に置いていた
写真立てを見る。

結婚式は恥ずかしいからあげたくないし、
両親や兄妹も他県にいて、呼び寄せるのも
大変だからと写真だけ残すことにした2人。

地元の写真屋さんではドレス、タキシードの衣装を貸してくれて快く引き受けてくれた。

結婚っぽいことといえば、
指輪の購入くらい。

ダイヤはつけていると当たった時に痛いから
プラチナでできた細くて目立たないのもので
お願いした。

自分で選んだから満足してる。

でもいつも買い物するのは
私優先。

過去の過ちで失敗したくないのか
全部私に判断を委ねる。

前の奥さんにはどれだけ
我を押し通してきたのか。

住む家、乗る車、家財道具から
何から何まで全部私。

どれか一つだけでも
決めてほしいのにとため息が出る。


でも仕方ない、家を買う際の出資の補助金は
ほとんどが果歩の実家から出していた。

お金の出所を考えたら、
果歩が決めないとというところか。


この結婚では、晃は婿養子として
苗字を変更した。
榊原 晃《さかきばら あきら》から
小松 晃《こまつあきら》になった。

縁もゆかりもない土地に引っ越してきたが
バツイチということもあり、
世間体を気にしていた。


元々、3人兄弟の次男で実家を継ぐとかの話は一切出てこない。

晃が前の奥さんとの離婚手続きをした時は
泥沼の争いが起こった。


衝撃だったのは奥さんがもう亡くなっていたということ。
ずっと前の自宅に足を踏み入れていなかった晃は、奥さんの安否確認さえもしていなかった。手続きしようとした時に真実を知った。

そして、子どもたちはどこにいるかと
奥さんの実家で暮らしていたことに
驚いていた。

祖父母はあえて、
晃には子どもを会わせなかった。

情が生まれて、今後祖父母の関わりを絶ってしまうことを恐れた。

このまま私たちが育てますと宣言していた。

でも、養育費はどうするか慰謝料はどうするのかとお金の争いが起こったが、

最終的には里中家と晃とで
接点を持ちたくないということになり
お金を出す出さないは無しで
話し合いは終わった。

 もう、子どもたちとも会わないことを
 理由に離婚手続きが成立した。

 弁護士を交えてとの話し合いに
 一時は殴る蹴るの争いになったが、
 それを黙って晃は受け止めていた。


 もうやり返す価値は自分にはない。
 どうにでもしてくれと開き直っていた。


 本当に自分の行い一つで絵里香を
 死に追いやったのはわかっていたから。
 どんなに殴られても償いきれない。

 死人に口無し。

 どんなに生きてる同士で争っても
 死んだ人は元に戻らない。

 もういいんだ。
 これでいいんだ。

 新たな人生をスタートさせるんだと
 晃は自分に言い聞かせた。

 晃は
 車に乗ろうとする
 2人の姿を最敬礼で見送って
 走り去る車を見えなくなるまで
 頭を上げなかった。


****

「ただいま~。今日は何のご飯?」

 玄関に入ってすぐに晃はキッチンに行くが、果歩はいない。

ベビーベッドに寝ている
比奈子はおもちゃで遊んで
落ち着いていた。

「ひなー、起きてたね?
 ママどこに行ったかな?」

ちょんちょんとひなの頬を触る。
触られて嬉しかったのかキャキャと喜んだ。
そっと、両脇を抱えて抱っこして、
あやした。

「ちょっと、晃、手、洗った?」

別部屋で服の片付けをしていた果歩が
言った。 

「あ、やべ。洗ってないや。
 ごめんね、ひな、手を洗ってくるよ。」

 抱っこからベッドにおろそうとしたら、
 まさかのギャン泣きの比奈子。

 晃はタジタジで、また抱っこしたら
 泣き止んだ。

「ね、ほら。抱っこしてほしいって。」

「晃!!手洗いしなさいよ。」

「うわ、怖。」

 洗面所の方へ比奈子を抱っこしたまま、
手を洗いに行く。

片手に抱っこして、右手、左手の順番に泡をつけては流しての繰り返しをした。

 抱っこされた比奈子は終始嬉しそうだ。

「もう、ママ、怖いよね。
 手洗い一つですぐ怒るから。
 消毒じゃダメってうるさいよね。」

 独り言のように比奈子に話しかける。

 比奈子はその言葉を
 聞いているのか聞いてないのか
 わからないが、ずっとニコニコと
 笑顔を見せていた。

「なーに?聞こえてるけど?」

「あーーすいません、すいません。
 今、洗いました。」

「なら、よろしい!!
 あのさ、明日、9ヶ月健診あるのよ。
 市役所の中に入ってる
 健康福祉センターで
 やるんだって。
 会うかもしれないね?
 前も行った時、通りかかったかな。
 仕事中。」

「え、あ、そうだったの?
 気づかなかったかな。
 多分、接客してたからじゃないの?」

「ううん。仕事中なのに喫煙所で
 タバコ吸ってた時だよ。」

「え?うそ、見てたの?」

「タバコ、辞めてなかったんだね。
 電子タバコならいいって言ってるのに、
 変えてくれないし。
 そもそも、掛けてる医療保険も
 タバコ吸ってたら高いんだよ。
 リスクあるから。」


「ちぇ、それはどこの奥さんも
 同じこというんだな。
 ストレス発散になること
 わかってくれないんだよね。
 わかりましたよ、
 電子タバコに変えればいいんでしょ。
 また、紙タバコにして落ち着いてきたと
 思ったらまたか。」


「私は別にいいんだよ。
 晃が早死にしてもいいなら。
 それならいくらでも好きなだけ
 吸ってください。
 でも、長生きしてほしいって思うし、
 比奈子のこともあるんだから。」

晃はベビーベッドに比奈子を寝かせた。
抱っこが満足したのか次は泣かなかった。

長生きしてほしいという言葉が嬉しかったようで、晃は果歩をぎゅっと抱きしめた。

「うん、長生き…。 
 頑張る。
 でも、お願い、タバコは吸わせて。
 本当、マジで、辞めたくないの。
 ストレス半端ないから。
 お酒の買う量減らしてもいいから。
 お願いします。」
 
 土下座してまでお願いする。

「えー、お酒減らすの?
 まぁープラスマイナスのマイナスだし、
 量が減るなら良いのかな。
 仕方ない。
 んじゃ、ひなに選んでもらおう。」

 果歩は⭕️と❌の書いたメモにペンで
 書いた。

 ベビーベッドの中の右に⭕️、左に❌を
 置いた。


「ひながどっちを先に握るかで決定しよう。
 ⭕️だったら、吸ってもいい。
 ❌だったら、素直に電子タバコに変更。」

「えー、比奈子に決めさせるの?」

じっと見つめる2人。
どっちを選ぶのか興味深々だった。
ジャッジが比奈子にかかっている。
責任重大だ。

すると、メモは両手で同時に持ち上げた。


「これ、どっちよ。」


「どっちもだよ。しかも同時。
 遊ばれてるね。
 頭良いわ、この子。
 何してるかわかってるんじゃない?」


「どっちでもいいってことなのかな。」

「どうでもいいって
 思ってるかもしれないね。」

「好きな方ってことだから。
 紙タバコに決定ね。
 よし。」

晃は勝手に決める。

何かに気づいたようで
比奈子は❌のメモを上げ出した。

「え、辞めた方がいいって?」

と言ったら⭕️を上げる。
話してるうちにどっちも
あげたりおろしたりしている。

「これじゃあ、決定できないわね。
 まあ、何でもいいよ。
 好きにして。」

果歩は面倒になって、
比奈子が持っていたメモを取り出した。


夫婦喧嘩はほんの些細なことで始まるんだ。

子どもが仲介役になったとてあまり変わらないこともある。


(子どもの私に聞くの間違ってるわ…。)

 絵里香の生まれ変わりの比奈子は
 時々ふと大人びた考えになるときがある。

 赤ちゃんのふりからフーッと
 大人のようなため息をこぼした。


「え、今、果歩、ため息ついた?」


「ううん。ついてないよ。」


「気のせいか。」


 慌てた比奈子はいびきをかいて寝ていることをアピールした。

「なんだ、眠かったのか。」

 晃は額を撫でてヨシヨシしてあげた。

 接待してるようで、気疲れが半端ない
 生後8ヶ月の比奈子だった。
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