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第72話 審判の間 弐
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赤い瓦屋根のお屋敷の奥の部屋で、酒呑童子はいつものように隣に豊満な胸の花魁娘を置き、高級な日本酒を赤い盃でちびちび飲んでいた。庭園では鹿威しの音が響いていた。
「酒吞童子様、何だか、審判の間が荒々しいですね。様子を見に行かなくてもいいですか? 地獄の鬼たちがそわそわしていますよ」
側近の角と翼を生やした女鬼《めっき》が膝をついて、状況報告する。花魁の肩に触れて、白い肌を堪能する酒呑童子は鬼のことなど聞きたくもなかったが、致し方なく、唾を吐いて女鬼の話を聞く。
「まったく、平和な時間を過ごしていたというのに、邪魔するのはどこのどいつだ。そういえば、あいつはどこ行った? あいつに頼めばいいだろ」
「酒呑童子様、もしかして、あいつというのは、大嶽丸のことでしょうか」
怒りをあらわにする酒呑童子に花魁はそろりと段差からおりようとすると、腕を引っ張られて、元に戻された。
「その通りだ。お前は、ここに座れ」
「はい。仰せのままに」
「酒呑童子様、大嶽丸でしたら、下界に行って、狐の娘を捕まえたと報告を受けましたが、何かご命令をされましたか?」
「狐? あー、1人狐の弱そうなやつを連れてこいと言ったような気がするが、なぜ審判の間が荒れているんだ? 部外者が侵入したんじゃないのか?」
「……それが、私にも不確かな情報ですから、わかりません」
「今すぐに状況を確認してこい」
「御意」
瞬間移動の術を使う女鬼は、その場から消えた。酒呑童子は瞳を赤く光らせて、空気を変えた。
「お前は私の相手をするだけでよいのだ」
酒呑童子は花魁の胸に、母に甘えるように顔をすり寄せた。いくら最強の鬼であろうと下っ端の鬼たちに指示をするという仕事をすることに嫌気を差し始める。できることなら、ゆっくり休んでいたい。そんな思いが膨れ上がる。
瓦屋根に休んでいた式神のカラスたちが、一斉に飛び立った。
◇◇◇
赤く大きな柱が立ち並ぶ審判の間では、いまだに閻魔様と大嶽丸の白熱した戦いが繰り広げられていた。土俵のようなステージに睨み続け、お互いの手を押し合った。周りには赤鬼と青鬼たちが観客になって、応援していた。力任せにやろうにもなかなかお互いに譲らない戦いだ。そこへ、迅と白狐兎が霊魂の行列に交じりながら、通りかかった。鬼と閻魔様の戦いは今までかつてないものだったため、鬼や霊魂たちはもの珍しそうに見つめていた。
「なぁ、これ見てるのいいんだけど、風狐いないよな」
「あ、ああ。どこ行ったんだろうなぁ」
迅と白狐兎があたりを見渡すと端の方で何やら体を横にして人を運んでいる赤鬼と青鬼がいた。何だか怪しく感じた迅は、じりじりと近づくと、口にタオルを巻かれてもごもご言っている風狐がいた。白狐兎は血相を変えて、腕を力いっぱい振って、思わず術を唱えた。周りには霊魂と鬼たちがざわついて2人が目立ってしまっている。白狐兎の術で強い風が吹き荒れて、背負われていた風狐の体がどんっと地面にたたきつけられた。
「何者だ?!」
術の妖気に気づいた閻魔様が端の方で騒がしくしている迅たちに大きな声で叫んだ。
「やべ!? 気づかれた」
「風狐、動けるか。逃げるぞ」
白狐兎は、急いで、風狐の口に巻かれたタオルを外して、手を貸して体を起こした。膝に擦り傷ができていたが、問題はないようだ。
「うん、大丈夫」
「まずいぞ、急げ!」
迅は、白狐兎よりも早く審判の間から逃げようとした。体を起こすのに時間がかかっていた風狐は足がもつれてうまく動けなかった。睨みをきかせた閻魔様の気がこちらにまで伝わってくる。
「あの娘?! あんなところに! 捕まえろ!!」
腕から逃げ出した風狐の居場所を探してた大嶽丸もまた、睨みをきかせて周りの鬼たちに指示を仰いだ。逃げ場がない。隙間をどうにかすり抜けて、3人は逃げ出した。どこへ逃げればいいかわからないが、とにかく下界から続く霊魂の長蛇の列の先の先に向かって走り続けた。息があがる。汗がしたたり落ちていく。後ろからは鬼たちのたくさんの追ってがくる。これが夢であってほしいと願ったが、頬をつかむと現実であることにショックを受ける。
3人とも涙が出そうなくらいに薄暗い地獄と下界をつなぐ審判の長い通路を逃げ惑った。
「酒吞童子様、何だか、審判の間が荒々しいですね。様子を見に行かなくてもいいですか? 地獄の鬼たちがそわそわしていますよ」
側近の角と翼を生やした女鬼《めっき》が膝をついて、状況報告する。花魁の肩に触れて、白い肌を堪能する酒呑童子は鬼のことなど聞きたくもなかったが、致し方なく、唾を吐いて女鬼の話を聞く。
「まったく、平和な時間を過ごしていたというのに、邪魔するのはどこのどいつだ。そういえば、あいつはどこ行った? あいつに頼めばいいだろ」
「酒呑童子様、もしかして、あいつというのは、大嶽丸のことでしょうか」
怒りをあらわにする酒呑童子に花魁はそろりと段差からおりようとすると、腕を引っ張られて、元に戻された。
「その通りだ。お前は、ここに座れ」
「はい。仰せのままに」
「酒呑童子様、大嶽丸でしたら、下界に行って、狐の娘を捕まえたと報告を受けましたが、何かご命令をされましたか?」
「狐? あー、1人狐の弱そうなやつを連れてこいと言ったような気がするが、なぜ審判の間が荒れているんだ? 部外者が侵入したんじゃないのか?」
「……それが、私にも不確かな情報ですから、わかりません」
「今すぐに状況を確認してこい」
「御意」
瞬間移動の術を使う女鬼は、その場から消えた。酒呑童子は瞳を赤く光らせて、空気を変えた。
「お前は私の相手をするだけでよいのだ」
酒呑童子は花魁の胸に、母に甘えるように顔をすり寄せた。いくら最強の鬼であろうと下っ端の鬼たちに指示をするという仕事をすることに嫌気を差し始める。できることなら、ゆっくり休んでいたい。そんな思いが膨れ上がる。
瓦屋根に休んでいた式神のカラスたちが、一斉に飛び立った。
◇◇◇
赤く大きな柱が立ち並ぶ審判の間では、いまだに閻魔様と大嶽丸の白熱した戦いが繰り広げられていた。土俵のようなステージに睨み続け、お互いの手を押し合った。周りには赤鬼と青鬼たちが観客になって、応援していた。力任せにやろうにもなかなかお互いに譲らない戦いだ。そこへ、迅と白狐兎が霊魂の行列に交じりながら、通りかかった。鬼と閻魔様の戦いは今までかつてないものだったため、鬼や霊魂たちはもの珍しそうに見つめていた。
「なぁ、これ見てるのいいんだけど、風狐いないよな」
「あ、ああ。どこ行ったんだろうなぁ」
迅と白狐兎があたりを見渡すと端の方で何やら体を横にして人を運んでいる赤鬼と青鬼がいた。何だか怪しく感じた迅は、じりじりと近づくと、口にタオルを巻かれてもごもご言っている風狐がいた。白狐兎は血相を変えて、腕を力いっぱい振って、思わず術を唱えた。周りには霊魂と鬼たちがざわついて2人が目立ってしまっている。白狐兎の術で強い風が吹き荒れて、背負われていた風狐の体がどんっと地面にたたきつけられた。
「何者だ?!」
術の妖気に気づいた閻魔様が端の方で騒がしくしている迅たちに大きな声で叫んだ。
「やべ!? 気づかれた」
「風狐、動けるか。逃げるぞ」
白狐兎は、急いで、風狐の口に巻かれたタオルを外して、手を貸して体を起こした。膝に擦り傷ができていたが、問題はないようだ。
「うん、大丈夫」
「まずいぞ、急げ!」
迅は、白狐兎よりも早く審判の間から逃げようとした。体を起こすのに時間がかかっていた風狐は足がもつれてうまく動けなかった。睨みをきかせた閻魔様の気がこちらにまで伝わってくる。
「あの娘?! あんなところに! 捕まえろ!!」
腕から逃げ出した風狐の居場所を探してた大嶽丸もまた、睨みをきかせて周りの鬼たちに指示を仰いだ。逃げ場がない。隙間をどうにかすり抜けて、3人は逃げ出した。どこへ逃げればいいかわからないが、とにかく下界から続く霊魂の長蛇の列の先の先に向かって走り続けた。息があがる。汗がしたたり落ちていく。後ろからは鬼たちのたくさんの追ってがくる。これが夢であってほしいと願ったが、頬をつかむと現実であることにショックを受ける。
3人とも涙が出そうなくらいに薄暗い地獄と下界をつなぐ審判の長い通路を逃げ惑った。
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