無能な陰陽師

もちっぱち

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第51話 鬼柳の秘密 弐

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 狐の里に飛来してきたのは、大きなカラスの影虎だった。白狐兎の様子を見て来るように酒杏童子に指示された。地面に足がつくとともに強い風が吹いた。

「お前は、迅の相棒の式神じゃないのか?」
「……相棒だと思ったことはない」
「違うのかよ」
「……お前は殺される」
「?!」

 その一言を呟くと、景虎は、翼を大きく広げて、空にはばたいた。白狐兎は背中に強い念を感じ、立つのもやっとだった。手足がぶるぶると震えた。頭につけていた仮面がぽろんと地面に落ちる。後ろには酒杏童子の気配を感じた。

「白狐兎、どうしたの?」
 まだ飛ばしていない綿毛を持ちながら、空狐は白狐兎の仮面を拾って声をかけた。すると、空狐の真横をしゅんと弓矢が飛んで、地面に突き刺さった。瞬時に気づいた白狐兎は、空狐の体を抱えてよけていた。息が荒かった。

「白狐兎ぉ!」
 抱えられながら、顔を覗く空狐に白狐兎はパッと正気に戻って、顔を赤くした。

「あ、悪い。危なかったな……」
 体を起こして、地面に突き刺さった弓矢を引きぬいた。よく見ると矢文だということがわかった。誰が飛ばしたかはわからない。あたりを見渡しても誰もいなかった。空狐は、ちょこんと元に戻されて、疑問符を浮かべた。急いで、矢についていた紙を開くと、走り書きの汚い墨字で書いていた。

【白狐兎の命はない】
 
 字を書くのが苦手の大嶽丸が書いたものだった。差出人の名前を書くのも忘れている。

「これって、まさか、迅の相棒さんからなのか」
「……白狐兎、どうかした? えー、何それ、すごい汚い字。まぁ、良く言えば芸術作品なのかなぁ」
「兎の部分、何だか蝶々みたい」
「そんな楽しめる内容じゃないだろ。俺、狙われてるんだぞ」
「白狐兎なんて、いろんな人から恨まれているって」
「は?! 誰にだよ」
「しーらない。風狐行こうよ。おばあちゃんがおはぎ作るって言ってたよ」
「空狐はいつも食べ物のことばかりねぇ」
「いいじゃん、別に。おばあちゃんのおはぎ美味しいんだもん」
 手を繋いで、姉妹仲良くお屋敷の中の方へ走って行った。
 白狐兎は、ひつじ雲が広がる空を眺め、手紙がついていた矢をバキッと2つに折った。

「狙われてたまるかってんだ」
 ポイっとくさむらに投げると、少し腫れたところで白狐兎を見ていた喜代が睨みつけていた。

「あ、拾わないと!」
 冷や汗をかいて、投げた矢を拾った。喜代の前ではいい子でいなければならない。大人になった今でも同じだった。



◆◇◆

 
――警視庁の詛呪対策本部

 鬼柳は1人寂しく、デスクの上で知恵の輪を解いていたが、なかなかほどけない。考えて考えても頭から煙が出るくらいだった。

「鬼柳さん、この間の修理費用、綺麗に請求書出来上がりましたよ」
 
 九十九部長は額に手を乗せて、汗を拭いた。パソコンの前で請求書をせっせと作っていた。やっとこそできあがった。領収書を照らし合わせに苦労した。

「ちょっと、待ってくださいよ。なんで、いつも俺ばっかり請求書発行されるんですか。土御門だって、やらかしてますよね。あと、外部の人間ですけど、白狐兎だって原因作りましたよぉー?」
「あー。上層部から鬼柳さんにって言われているんです。なんで、外部の白狐兎さんに請求しないといけないんですか。鬼柳さん、頭使ってくださいよ。妖怪退治をほぼやってもらってそれはひどくないですか?」
「……むっきーーーだから、なんで、上層部は俺なんだよ!!」
「??? それはわかりません」
 
 九十九部長は綺麗に作った請求書を茶封筒に入れて、丁寧に鬼柳兵吉様と手書きで記入した。

「これでいいですね。期日は年末ですから。ボーナスで賄ってくださいね」
 最上級のきらきら笑顔で両手で封筒を渡す九十九部長。いつもは無愛想なのにこの時ばかり可愛い顔して近づいてくる。鬼柳はそれがたまらなくて、反論さえもできない。

「もう、仕方ないですね。いつも笑顔ふりまいてくださいよ。俺に」
「……いつも? できるわけないじゃないですか」
 
 急に無表情になる九十九部長は何事もなかったようにデスクに戻っていく。鬼柳は涙がちょちょぎれていた。そこへバタンとドアが勢いよく開いた。

「先輩、仕事らしいっすよ。行かないっすか」
「あぁ?」
 
 涙を流しながら、振り向く。顔が細くなっていた。

「死んだ魚の顔みたいっすね。魚食べたから?」
「さーてね?」
「行かないと給料引くからなって、警視監に言われたんですけど……」
 その言葉を聞いて、鬼柳は迅の首根っこをつかんで、すぐに駆け出した。

「いたたたたた……。先輩、俺、ネコでもうさぎでもないっす!! 放してください」
「おっと、力を入れすぎたな」
 廊下に出て数メートル進んだところでパッと急に放すとどんとしりもちをついた。

「乱暴な……ひどいっすよ。扱いが荒すぎる。鬼だ、鬼」
「おう、俺は鬼柳だからな」
「そんなの知ってるつーの。まったく、困った先輩だ」

 迅は、手で尻をパンパンとたたいて仕切り直して、体を起こした。

「仕方ねぇーな」
 鬼柳は、迅の手をつかもうとしたが、すでに体は起きていた。

「先輩の手は借りないっすよ。べーだ」

 目の下に指を置き、舌を出して鬼柳から逃げ出そうとした。そんなじゃれ合いが廊下で繰り広げられた。
 屋上の塔の上にカラスの影虎がようやく戻ってきていたが、鬼柳と迅のぎゃーぎゃー叫ぶ声を聞いて、ため息をつく。

「そうやっていられるのも今のうちだな……」

 西の空では夕日が静かに沈んでいた。今日は残業になりそうだ。
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