無能な陰陽師

もちっぱち

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第49話 鼻高々の天狗 六

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ごたごたの散らかった部屋を片付けていた迅は、警視庁の詛呪対策本部の廊下に壊れたパソコンモニターを床に置くと、空中にmangroveマングローブの社長秘書の大石 百花の霊体が浮かんでいた。

「うわぁ?!」
「……そんな驚かないでよ」
 百花は、腕を組んでふわふわと浮いている。自分が幽霊だと気づいていない。

「そんな恰好して驚かない方がおかしいつーの」
「え? どういうこと?」
「あんた、もう死んでいるよ。赤鬼が乗り移っていたみたいだけどな」
 
百花は、慌てて、近くにあったトイレに移動して、鏡を見た。体が透けて足が無いことに気づいた。

「嘘でしょ?!」
「いや、本当だし」
「私は生き残る予定だったのよ?」
 百花は、青筋を立てて、恐ろしい顔をあらわにしていた。

「生き残る予定ってどういうことだよ。まさか、あんたが社長を殺したわけじゃないよな」
「そうよ。今頃気づいたの? まぁ、こうやって死んでしまったのなら、逮捕もされないでしょうけど、そもそも証拠もないんだから無理よ」

迅はその言葉を聞いて、握りこぶしに力が入った。手のひらから血がにじみ出る。

「1人の人間を殺しておいて、よくものうのうとそういう発言ができるなぁ」
「何をしようって言うの? 何かお仕置きされる?」
「それは俺にはできない。地獄の閻魔様にでも舌を抜かれるんじゃないか」

 話すのも嫌気がさして、迅はフロアの片づけ方を続行すると、ゴミ袋を持った鬼柳にぶつかった。

「土御門、さぼるなよ!」
「さぼってないっすよ。この人が話しかけて来るから!!」
「……え? 何、どうした?」
「知らねぇっす」
 そう吐き捨てて、中に入る。鬼柳と百花が鉢合わせた。

「あれ、社長秘書の大石 百花さんですよね」
「え? おっさん、誰ですか」
「こんなに強烈なキャラクターの私を覚えてないのですか」
「は? どこか強烈……」

 迅は、ドアから顔だけをぴょこんと出して

「先輩、その人が犯人っすよ」
「な?! なんだって?!」
「どうせ、死んでるし、逮捕できないわよ」
 百花は腕を組んで横を向きながら、ため息をついた。

「まぁ、死んでるんですからね。いいか。それじゃぁ、失礼しますね」
 鬼柳は、もうここにいる意味はないかと迅に続いて、片づけ方を継続した。何だか腑に落ちない百花はなんでここにいるかを思い出した。

「ちょちょ、ちょっと、待って!!」
 百花は、フロアの中に入る鬼柳の前に立ちはばかる。

「えー、何ですかぁ。逮捕できないですし、証拠もないんですよね。捕まえられないですからもう、いいですよ」
「違う違う。私、やり残したことがあるからここにいるの」
「え、まさか、人を殺してくれとかの願いは叶えられませんよ」
「……そんなこと分かってるわよ。そうじゃなくて、子供いるから。夫も……」
 鬼柳は両手に持っていた荷物をどさっと置いた。

「え、大石さん。まさか不倫していての社長に手をかけたってことですか?!」
 思いがけず、大きな声を出してしまう。その声に反応したのは九十九部長だった。

「なになに、その話。どんなドラマな展開?!」
 昼ドラマが大好きな九十九部長は、鼻息が荒くなっていた。

「だって、社長が悪いんですよ。離婚してくれないと、給料を渡さないとか。一緒にいないなら、家庭をぶち壊すって言われて……。先に手を出したのはあっちなのにさ」
「はぁ、次から次へと不満が出ますねぇ……」
 九十九部長は呆れた顔でつぶやいた。

「それで、何をやり残したんですか」
 鬼柳はため息をついて、念のため真剣に聞き入った。

「子供に嘘ついたこと謝りたい」
「え? 不倫していたことですか?」
「……違います。本当の母親は私じゃないってことを伝えないと」
「それは小さければ、酷な話……てか、母親が違うってどういうことですか」
「だから、本当の母親と一緒に暮らして、幸せになってほしいってこと。私では嫌な思いさせてしまったから。母親らしいことできてなかったし……」
「それって、その母親って誰なんですか?」
「双子の姉なのよ。私がごり押しで訴え続けたら、そういう流れになった」
「むむむ……波乱な展開によくもまぁ、飛び込んでいきましたね」

 迅は少し離れたところから話を聞いていて、たばこを1本ふかした。とても面倒な案件だなと感じる。
 鬼柳は仕方なしに百花とともに、大石家の自宅に向かうことになった。

「土御門ー、お前、運転して」
「えー、行かなきゃだめっすか」
「おう、当たり前」

 鬼柳は手招きして、迅を呼び寄せる。嫌そうな顔をして、仕方なくとぼとぼと着いて歩いた。九十九と大津、大春日はご機嫌に手を振って、2人を見送った。自分たちがやる必要がなくて本当に良かったと安堵していた。


 ◆◇◆


 白い本棚の上、位牌とおりんが置かれていた。大石 百花の息子の斗煌《とき》と父親の孝太郎がりん棒で音を鳴らして、丁寧に拝んでいた。

「お母さん、今年の梨は少しだけ小ぶりだけど美味しいよ。おっぴおばあちゃんと仲良くしていたかな」
「そうだな、きっと仲良く、梨を食べるよ」
「うん、そうだといいけど」
 斗煌は、あてがっていた梨をつまようじに差して食べていた。

「あ、お父さん。璃花《りな》おばさんってお葬式に来る?」
「ああ、たぶん。来るんじゃないか? 仕事の調整できて休み取れたって言ってたぞ」
「そうなんだ。嬉しいなぁ」
「お? そんなに楽しみなのか」
「だって、お母さんに似てるじゃない。双子だしさ。何より、僕といっぱい遊んでくれるからさ」
「そっか。斗煌は璃花おばさん好きなんだな。喜ぶぞ」
「……でもさ、あまり璃花おばさんのことばかり言ってると、お母さんに怒られるから。僕は一番好きなのはお母さんだけだから」
「え? 急に変わるのか」
「だって、お母さんの作った肉じゃがは誰よりも負けないくらい美味しいし、何より僕のために作ったものだったから。でも、もう食べられないと思うと物凄く悲しいけどね」
 斗煌は、母の百花の写真を見て、涙していた。本当は璃花が母親だと知っていた父は、斗煌の前では絶対言えないなと感じていた。
 玄関をすり抜けて廊下で斗煌の声をしっかりと聞いていた百花は、涙が止まらなかった。

「大石さん、中入っていいんですか?」
 百花は、鬼柳の声に反応してすぐに玄関の外に戻った。

「あ、ごめんなさい。あのぉ、もう大丈夫になったんですけど……」
 涙を拭いながら、笑顔取り戻そうとした。

「え、もういいってどういうことっすか」
 迅が問う。

「私、しっかり親としてやっていた時もあったって気づいたから。もう斗煌の言葉で救われました。行きましょう。閻魔様でも地獄でも覚悟を決めていましたから」
「……急に強気ですね」
「威勢がいいのは嫌いじゃない」

「いえ、ここまで一緒に来ていただきありがとうございました」
 百花は、そう言って、天国か地獄かの審判の間に上がって行った。
 鬼柳と迅は空を見上げる。

「いろいろやらかしてはいるけど、少しだけでも天国に行けるといいなぁ。親として、しっかりと生きていたからな」
「さてね。殺人事件起こしてますからねぇ。まぁ、俺はどうでもいい話ですが」

 未だ百花の行動に納得できない迅は、舌打ちしてすぐにタバコをふかす。複雑な思いだ。鬼柳は丁寧に手を合わせて、拝んだ。

 夕日が沈む西の空には、横に広がった雲がオレンジ色になっていた。
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