無能な陰陽師

もちっぱち

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第24話 鏡の中の憎悪 肆

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午前10時。会社ではお茶出しの時間だ。それぞれの湯呑やマグカップを回収に女子社員はまわっている。瀧野瀬麻衣《たきのせまい》は誰よりも早く立ち上がり、仕事をてきぱきこなしていた。それを見た係長の深沢 亮は高校の同級生であったこともきっかけに既婚者であることを黙り、深い関係になっていた。何回か会ううちに麻衣は既婚者だということを知り、自分自身の存在価値に疑問を感じるようになる。離婚せずに密会を重ねる意味があるのだろうか、愛されているのかと自己肯定感が下がる。それでも会ってくれることが生きがいとなり、ズルズルとぎりぎりの綱渡りをしていた。こんなことをしたいわけじゃない。自分に嘘をつき続けて、過ごすのが嫌だという憎悪が怨念に代わり、雲外鏡を呼び寄せた。それに加え、坂上郷子も濱田課長と不倫関係であることを同期にも言えずに悩んでいた。
 性別は女である雲外鏡は自分を見ているようで共鳴し合った。雲外鏡に命を奪われたのは瀧野瀬麻衣と坂上郷子の2人だった。




 晴明神社の夏詣に呼ばれた迅は境内を歩いていた。
 たくさんの青、赤、黄色などのカラフルな風鈴が飾られて、風が吹くと風鈴の音が響いていた。笹の葉には願いを書いた短冊が飾られていた。手水舎には紫陽花や向日葵の花が飾られていた。

「珍しいな、昔は夏詣なんてやらなかったのに」
「……刑事さん」
「参拝客の方? すいません、手洗いますよねって……体透けてるしって瀧野瀬麻衣さんと坂上郷子さんですか!?」
 
 参拝客だと思って後ろを振り返ると背後霊として着いてきていた2人が揃ってならんでいた。生きていた姿と同じで怖さは無かった。

「突然、話しかけてすいません。私たちのこと見えてますよね。お願いがあるんですけど……」
「まさか、心残りがあるとかの話ではないですよね?」
「そのまさかです……」
 血の気のない笑みで答える。幽霊だから仕方ない。迅は、ぐったりとうなだれた。そこへ祖父の土御門 嘉将が奥から現れた。

「迅、仕事はしていたのか?!」
「じいちゃん、夏詣だから来いって言ったんだろう?」
「あぁ、そうだったな。悪い悪い。見てみろよ。頑張ったんだぞ、100個の風鈴とそこの紫陽花綺麗に飾られているだろう?」
「……これを見せたかったのか? 綺麗だけども、どうせばあちゃんに手伝ってもらったんだろ? あとバイト巫女さんたちと……」
「まぁな。働き者のバイトさんたちで助かるよ。それより、そのお2人さんは迅の彼女か? お前もモテるなぁ。女の子を傷つけるなよぉ?」
「ち、ちげーよ。じいちゃん、よく見てみろよ。この2人、人間じゃないって」
「……うそ、まさか。こんなべっぴんさんな幽霊いるわけなかろうよ。ほらほら、神社の奥の方へおいで、良いお札あげるから」
「何、誘導してるんだよ。そんなで成仏したら俺の仕事なんていらないだろ」
「ち……」
「じいちゃん、今舌打ちした?」
「可愛い子と話できると思ったのに……」
「鼻の下伸びてるから!」
「うっさいわ」
「ほら、2人とも行きますよ。エロじじいは放っておいてください」
「「はーい」」
「な、なんだって?!」
 憤慨する嘉将だった。迅は冷静に2人の依頼をどうしてほしいか真剣に聞いていた。烏兎翔は、空の上、優雅に飛んでいた。


◇◇◇

ーー瀧野瀬麻衣の要望ーー

 瀧野瀬麻衣は、生前、ずっと自分は悪いと思い続けて、不倫関係を続けてきたが、相手の本音を知りたい。それを知ってすっきりさせたかった。深沢亮は、2人の女性を好きになっていてずるいとずっと思っていたが、本音をいつも聞けずにいた。

「深沢さんの自宅に行きますよ?」
「はい。お願いします」
 
 瀧野瀬麻衣と坂上郷子は、迅の後ろに着いて歩いた。2LDKのアパートの一室のチャイムを鳴らした。

「はーい」
 
 午後8時。静かに亮が玄関に出て来た。目の下に大きなクマを出して生気が無いように見えた。

「こんばんは。警視庁の土御門 迅と申します。瀧野瀬麻衣さんの件についてお聞きしたいのですが、お時間よろしいでしょうか」
「もしかして、詛呪対策本部の方ですか? 今回妖怪が関係していたって言う……」
「あ、ご存じですか。話は早いですね。その瀧野瀬麻衣さんからの依頼というか聞いてほしいという話で……」
「え? 麻衣が近くにいるんですか?」

 少し明るくなった表情で亮は辺りを見渡すが、何も見えない。霊感はない。

「あー、積もる話もありますので、中に入っても大丈夫ですか」
「あ、すいません。気づかずにどうぞ中へ。散らかってますが……」

 麻衣の要望で部屋の中の様子を見たいということだった。迅は早くしてと動く麻衣をよそにそっと中に入る。散らかった部屋のテーブルには、ビール空き缶やカップ麺の食べかす、お惣菜パックの残りものなどそのままになっていた。慌てて、亮は片づけようとする。

「いやぁ、すいません。本当散らかってて、片づけるの苦手なんですよね」
「あ、いいですよ。ここのクッションに座ってますから」
「あ、それ、カビ生えてて……これにどうぞ」
「す、すいません。ありがとうございます」

 カビというワードにぞぞっと鳥肌が立った。迅は、真新しいクッションに座る。どう見ても既婚者には見えない。

「あの……ご結婚されていたんではないんですか?」
「結婚してましたね。戸籍上で……別居ですが。夫婦として成立はしてなかったんですよ。もう、終わってました。俺たちは。でも、子どもの親権問題で裁判までなりまして時間がかかってなかなか決めかねていたんです。離婚するってことを」

 深沢は冷蔵庫からペットボトルのサイダーをカップに入れて、コースターの上に乗せて出した。コースターに乗せただけで少し綺麗に見えた。

「そうだったんですか。あの、それっていつ頃からそうなってたんですか」
「うーん、1年は経ちますね。麻衣にはずっと本当のことが言えなくて、既婚者だということも言いづらかったですね。俺にとっては麻衣は大事な人だと思っていて、離婚が成立したら、結婚も考えていたんですが、まさかこんなことになるとは思ってなくて……最近、しっかり眠れていないんですよね」
 横でしっかり聞いていた麻衣は、そっと亮の後ろに立って、背中を撫でた。かなり苦労していたとは知らず、勝手に想像していた生活とはかけ離れていた。亮のプライドで部屋の中に入れたくなかった理由が分かった。本当は結婚していても夫婦として成り立たない場合もある。そこまで考えられなかった。

「ごめんなさい。私の勘違いだった。もっと早くに気づいていれば、よかった。でも亮の気持ちが知れてすっきりしました。刑事さん、ありがとう」
 麻衣は涙を大量に流して、すっと姿を消した。満足した顔で上に登って行った。

「麻衣さん、亮さんの本音聞いてすっきりしたみたいです。成仏できますね」
「麻衣が? そ、そうなんですね。良かった……」
 亮が麻衣の話を聞いただけで涙が自然と出て来た。クマが出ていたのは涙を流しすぎたせいかもしれない。
「それじゃぁ、失礼します」
  迅は亮のアパートを後にした。

「次は坂上郷子さん。あなたですね」
「私……麻衣みたいにハッピーエンドじゃない。ドロドロだから聞きたくない。でも心残りだ」
「どうしますか?」
「でも、本当の気持ちが知りたいだけだから。ちょっとだけ覗くじゃだめかな」
「分かりました。そしたら、濱田課長の自宅に向かいますので、坂上さんだけ、自宅の中に入って確認してもらっていいですか? 俺が行くときっとややこしいですよね。3股してる男性ってちょっと近寄りがたいですし……」
「ですよね。私もそう思います。んじゃお願いします」
「了解です」

 迅は、烏兎翔の足を両手でつかみ、午後9時の夜空を飛んだ。
 月と星は雲に隠れて暗かった。
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