無能な陰陽師

もちっぱち

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第4話 ホールケーキ   

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渋谷のスクランブル交差点の喧騒に耳を塞ぎたくなる。相変わらず、歩行者の行きかう街で混み具合は半端なかった。日本人だけじゃなく、観光で訪れていた外国人も少なくない。そこから離れた場所にあじさいの花壇が綺麗な小学校があった。放課後の校門付近は下校途中の小学生でいっぱいだ。

「たっくん、今日、家に遊びに行っていい?」
「えー、お母さんが今日から習い事行くって言われたから、今日は無理だよ。別な日でね。バイバイ」
「ちぇ……。つまらないの!」

 宮島瑛人《みやじまえいと》は、小学1年生。今年ランドセルを背負い始めたばかりで、宿題もさぼりがち。おばあちゃんが見てくれるというが、うるさくていつも友達とゲームしている。今日もいつも遊んでいた幼馴染の石澤匠《いしざわたくみ》君と遊ぶ予定だったが、習い事だとふられてしまう。道端の石ころを蹴飛ばしていると通学路に緑色のものがあった。何だろうと気になって、近づいてみた。

「う、うわぁあああ!!」

 瑛人は腰が抜けて、尻もちをつき、地面に両手をついた。

「な、何これ。き、気持ち悪い……」

 嘔吐しそうになる。両手で口を塞ぐ。側溝の近くにあったのは、大きなウシガエルの死体だった。ただ、死んでいるだけなら、気にしないのだが、お腹の中から内臓が溢れ出ていた。胴体には爪跡のようなもので傷がついていた。ちょうど近くにあった交番にかけつけた。

「お、おまわりさん!!! お、まわりさん、ちょっと、大変なんだ。ちょっと来てよ」

 たまたま、交番に呼び出されていた土御門迅が巡査部長より先に腕を引っ張られた。

「え。嘘、あ? 俺、行くの?」

 巡査部長は啓礼をして黙ってお辞儀する。

「マジかよ。俺、別件で呼び出されたのに、さらに別な仕事? 仕方ねぇな。おい坊主、何があったんだ?」

「こっちこっち。ほら、見てよ。気持ち悪いんだよ」

 迅は、ピキンとこめかみが痛くなるくらいの念を感じた。ウシガエルが内臓を飛び出して死んでいる。胴体はほぼめちゃくちゃになっていた。

「だ、誰がこんなことを。いや、これ、人がやってないな……」
「え、人間じゃないの? 動物? でも気持ち悪いよ。早く片付けてよ。吐きそうだよ」

 その言葉を発した瞬間、瑛人の前に俊足で黒い何かが通り過ぎた。またピキンとこめかみに念が飛んできて、頭痛がする。大股でかがみ、右手を地面について構えた。迅は機敏に空中に瑛人を抱えて、飛んだ。避けなければ、やられていた。目を凝らして、見ると、漆黒のカメレオンのように舌の長い鬼だった。

「うわぁ、怖い!!」

 高所恐怖症と鬼の姿を見てダブルの恐怖を味わう瑛人に、迅は慌てて、地面に飛び降りた。

「悪い、カエルの原因はあいつが犯人なんだ。危険だから今すぐに逃げろ。カエルと同じになるぞ」

「そ、そ、そんなの絶対に嫌に決まってるだろ!!!!!」

 瑛人は、迅の言葉を聞いてさらに恐怖を覚える。トリプルパンチの恐怖でおしっこがちびりそうになった。変な恰好でまっすぐ続く道路を駆け抜けた。

「烏兎翔、あいつ守ってやれ」

 ぼわんと現れた式神の烏兎翔は腹が減っているようでご機嫌斜めに迅を目で殺す。

「わかった、後でたくさん餌用意するから頼む。急げ」

 指2本を突き出して、指示を出す。念を込めると、烏兎翔の瞳は紫に変わった。瑛人の後を追いかけて、足に瑛人の服をひっかけて安全なところに運んだ。

「さーて、サシで勝負しましょうか。カメレオンだか鬼だかわかねぇやつよ」

ジーンズポケットから2本指でお札を取り出し、目をつぶって念を込める。

「急急如律令《きゅうきゅうにょりつりょう》!」

 瞬間移動するカメレオンタイプの舌鬼は、あっちこっちに移動する。迅は術を唱えると、一時的では行動を阻止したが、効き目が遅い。街中の方へ飛んでいく。急いで、ジャンプして追いかけた。

「あ、待て!! そっちは行くな!! ちくしょ、通じる訳ねぇか」

 迅は高く何度もジャンプして、舌鬼の後を追う。移動途中、路上で歩行者たちに目撃されたが、気にもせずに追いかけた。 

 そんな時、交差点の横断歩道でご機嫌のサラリーマンが歩いていた。
 会社員の36歳。西条卓俊《さいじょうたかとし》。

「あいつ、楽しみに待ってるかな」

 笑みをこぼして、手にはケーキのボックスを持っていた。今日は、息子の5歳の誕生日。親子で一緒に選んだお気に入りのイラストが描かれたホールケーキだった。鬼をやっつけるアニメが好きな息子は刀をもった緑色と黒色の服を着た主人公を描いてほしいと言っていた。今日は誕生日当日。仕事も定時に帰っていいぞと上司に言われて、ケーキ屋で予約していたものを取りに行った帰りだ。これからあと徒歩15分の距離で自宅のマンションに着く予定だった。
 遠くの方で悲鳴が聞こえる。迅が追いかけていた舌鬼がジャンプして街の真ん中を移動していた。周りの歩行者や赤信号でとまっていたドライバーも恐怖でいっぱいだった。口から見えるとんがった牙と長い舌が目立っている。ケーキを持っていたスーツ姿の卓俊は目の前に舌鬼とご対面する。
 口からよだれを出す舌鬼は、卓俊の両肩をしっかりとつかみ頭からかみついて、爪で腹を割き、内臓を長い舌で吸い込んだ。迅が到着する頃には手の施しようがないくらいな姿へと変貌していた。一瞬の出来事だった。迅は舌鬼の姿にびっしょりだった。

「……間に合わなかったか」
 
バラバラになった卓俊の体の横にはホールケーキがぐちゃぐちゃに崩れて落ちていた。その様子を見て、迅は察した。5と書かれた数字が誕生日を祝うはずだったと腹のそこから悔しがる。髪の毛が逆立ち、戻ってきた式神の烏兎翔が迅の肩に乗る。怒りがマックスになった。

「雷槌《いかづち》・壱」

 怒りに任せて、術式が強化された。迅の瞳は金色に光り出し、地面から風が沸き起こる。札を掲げて、烏兎翔の力も加わり、舌鬼に天空から雷槌が直撃する。

「ぐわあああああぁ」

 会心の一撃を食らったようで、舌鬼は、砂のように一瞬で消えていく。
 ビルの脇から待機していた相棒の鬼柳が式神と一緒にじっと、迅の術式を眺めていた。

「俺が行かなくても大丈夫だったな……後処理は大変そうだが」

 ふっとタバコをくわえて、煙をはいた。街中の戦闘に片づけが大変だ。
 闘いを終えたあと、警察が集まった。迅は会社員の卓俊の死体の前に落ちたケーキの箱を寂しそうに見つめた。

「5歳の誕生日、祝いたかったよな」

 迅はそっとつぶやくと左肩に卓俊の亡霊が出て来た。

『……本当、たまったもんじゃないですよ。代わりに届けてくれませんか? 僕が買ったケーキダメになったけど、息子は待ってるから』

「……誕生日が最悪になっただろうけど、ケーキくらいは食べたいっすよね。よし、俺が一肌脱ぎますよ」

 腕まくりをして、悔いが残る卓俊の霊と一緒にケーキを買いに向かった。あいにく、イラスト入りのものにはできなかったが、特大ケーキを迅の財布から買ってもらった。卓俊は涙が出るくらい喜んだ。

『それを渡してもらえたら、成仏できますよ』

「それは、良かったな。俺の財布は寂しくなったけどな」

 とほほと涙を流していたが、卓俊の家の前、チャイムを鳴らして、玄関前にケーキだけを置いた。卓俊が亡くなったことを息子に知らせたくなかったからだ。玄関のドアを開けた妻と息子は不思議そうにしながらもニコニコと笑顔で喜んでいた。

『俺は笑顔を見れただけで満足だ』

 卓俊は遠くから家族2人の様子を見て、涙を流して消えていった。

「良かった」

 迅もほろりと頬から涙を流す。鬼に倒された人の思いは辛いものだ。最期に卓俊の力になれてほっとした。

「土御門、珍しく、いいことしたんじゃないか?」

迅は、鼻をずずっとすする。

「珍しくは余計っす」
  
 鬼柳の脇を通り過ぎる。外は弧月が輝いていた。

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