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第57話

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いつもの教室が
今日は違って見えた。

笑みがこぼれて
普通の表情ができない。

幸せすぎると
表情って元に戻せないんだ。

席に座り、頬杖をつくと、
斜め前に座る凛汰郎とバッチリ目があった。
ぱたぱたと軽く手を振られたが、
それどころではなく、ニコッと笑いかける
だけで余裕がなかった。
顔が耳まで赤くなるのがわかる。

熱があるのかな。

照れて照れて、下を向いた。

机がカッターか何かで一本の白い線が
引いてあることに気づく。

今まで
そこまでマジマジと机を見たことがない。

でへへとまたえくぼを出して、
笑ってしまう。

こんな感情になるのは初めてだ。

2日前は、雅俊と約束したはずの
一足早いクリスマスデートだった。
でも、なぜかドタキャンされて、
急遽助っ人のように現れたのは
凛汰郎だった。

それもこれも、雅俊の作戦だったとは、
まだ知らなかった雪菜。

しっかりと光のページェントも見て、
ケーキも食べて、高級なステーキも食べた。

まさか、そのあとに
サプライズがあるとは思わなかった。

それは、雅俊が計画したわけじゃなく、
雪菜と凛汰郎で話していて、突然決まった。

前に一緒に見る約束していた
レンタルDVDで一緒に映画見ることを
やっていなかったと、
思い出して、
夕飯を食べてから凛汰郎の家で
映画を見ては、
そのまま朝まで帰らなかった。

もちろん雪菜の両親には、
女友達の家に泊まるという
口実を作っていた。

翌日、学校があったが、
両親には素知らぬ顔して、
朝に具合悪いと嘘ついて、
ズル休みして家に帰っていた。

そう言いつつも、
母の菜穂は雪菜のことを
薄々感づいていて、
父の龍弥には絶対ばれないように
ごまかしていた。

雪菜が帰って来て、
菜穂は、
とても幸せそうな顔を見ると
外泊や嘘をついたことなど
どう責めようか、
こんなに幸せなら
いいじゃないかと叱る気にもならなかった。

その日、凛汰郎の父と妹の柚樺はというと、
たまたま父の実家にいる祖父が具合悪くして
父が呼ばれて
外泊していたため、特に問題なかった。

凛汰郎は、
1人、留守番するようにと言われていた。

花屋は臨時休業になっていた。

2人きりになれる
絶好のチャンスだったということだ。

休み時間に、緋奈子が前の席に座って、
頬杖をついて、こちらを見た。

「ゆーきな。
 ねぇ、朝からなーに?
 その顔。
 昨日、休んだのってズル休みっしょ?」

「え?なんでなんで。
 違うよ。
 調子悪かったんだって。
 顔はいつもの顔だよ。
 どこも変わってないよぉ。」

「絶対いいことあったんだ。」

「えぇー?」

「顔にかいてるよぉ。」

「どんな?」

「私は幸せですって!」

「……。」

 雪菜は、突然、無表情にして、
 わからないようにしてみる。
 だが、数分で顔が崩れて
 またでれでれになる。

「そっかなー。普通だよぉ。」

「さては、やったねぇ?
 雅俊くんと?」

「え?ちょっ…。」

 雪菜は、緋奈子の口に人差し指をあてた。
 小声で話し出す。

「もう、雅俊とは付き合ってないよ。
 まだ言ってないけど!」

「え?!だって、日曜日会ったとき、
 ドタキャンしたとか何とか…。
 デートする予定じゃなかったの?」

「そうだけど…。
 いろいろあって。
 ここでは話しにくいから。
 あとでね。」

「え、何それ。どういうことよ。」

 緋奈子は納得できずに自分の席に戻っていく。
 チャイムが鳴って、授業が始まろうとしていた。

 凛汰郎は、丸聞こえだった2人の話に
 呆れた顔でため息をついていた。



◇◇◇


 昼休みのチャイムが鳴った。

 今日は、雅俊にはっきり言わないといけない日と
 決めていた。
 それは、凛汰郎にも了承済だ。
 緋奈子に真実を話すのは置いておいて、
 お弁当を持っては、いつも雅俊と会う屋上に向かった。

 カザミドリが相も変わらずに右2回か左3回に回っている。
 風が強いのだろうか。混乱しているようだ。


 ベンチに座って、雅俊が来るのを待ちながら、
 ペットボトルの機能性表示食品の体脂肪を減らすと
 言われているお茶をぐびぐびと飲んだ。
 部活をやめてから運動不足であることを
 体で感じていた。
 ダイエットしないとと思いながら、
 お茶にも気を使っていた。

 念のため、スマホを見て、ラインも送ってみる。

『屋上に来れたし。』

『昔の人?!』

 と返事が来たかと思えば、
 屋上の扉がガチャリと開いた。

「こっち見てるし。
 誰だができないっしょ。」

 雅俊は不満そうにもう一度扉を閉めて
 やり直す。
 雪菜はめんどうだなと思いながら、
 扉と反対方向に顔を向けた。

 テイク2が始まった。
 突然、ドラマの撮影現場かと思ってしまう。
 抜き足差し足忍び足で、雪菜の後ろ側にまわって
「誰だ?」と両目を隠した。

「…これやらなきゃだめ?」

「ちょっと雰囲気でないでしょう?!」

「いやいや、もうわかってるし。
 意味ないよ。」

「まったく、テイク3ね。」

「いいから!座って。」

「わかったよ、仕方ないなぁ。」
 
 雅俊は、ベンチにまたがった。
 
「誰がやるか。ドラマじゃないんだから。
 NG大賞なら何回でも出れるわ。」

「トロフィもらえるね。すごいじゃん、雪菜。」

「もう深堀しなくていいよ。それは。」

「んで?なんかあんの?
 珍しいじゃん。誘うの。」

 雅俊は、お弁当袋からびっくりするくらいの
 おにぎりを出した。

「ちょっと待って、話進める前に
 そのおにぎり何?
 というか、おにぎりなの?」

「これ?母ちゃんが作ったおにぎらず。
 美味しいそうでしょう?ツナマヨだよ。
 珍しいんだよ。料理嫌いの母ちゃんが
 作ったんだから。」

「そっか。でかすぎて
 ツッコミどころありすぎだよ。
 確かに雅俊のお母さん、
 料理好きじゃないって言ってたもんね。
 いつもおっぴばあちゃんか
 おばあちゃんが作るって話もんね。」

「そうそう。俺は、下手でもこうやって
 作ってくれる母ちゃんの食べるんだ。
 かわいそうだからね、食べてあげないと。」

「親孝行だね。喜ぶよ、お母さん。」

「だろ?へへん。」

 ぼーっとおにぎらずを食べる雅俊を
 見つめるが、話さないといけないことを思い出す。

「って、言うか。
 雅俊!私、言いたいことあって。」

「知ってるよ、平澤先輩のことだろ?」

「え、あ。えー--…。
 うん、そうだけど。」

「見くびるなよ。
 何年、雪菜のこと見て来たと
 思ってるのさ。
 お前が何が言いたいかことくらい
 予想つくっての。
 わかりやすいからなぁ。本当。
 心理戦なんてできないっしょ。
 ポーカーフェイスとか。」

「……そ、そんなことないよ。 
 できるし。ほら。」

 無表情になってみたが、主旨を脱線させている。

「あんなぁ、そういうことじゃないんだよ。
 嘘つけないってこと。
 誰が、無表情になれって言ったんだよ。
 これだから、雪菜は。
 困ったちゃんだね。
 まぁ、それがおもしれぇんだけどさ。」

「むむむ…。」

「つまりは、お前はもう、
 俺は眼中にないってことっしょ。」

「あ!?」

 目を丸くして驚いている。
 図星だったことを表してしまっている。

「せめて、少しくらい違うよって言ってほしいけど。」

「違う違う。」

「もう遅いって。
 てかさ、ありがたく思ってよ。
 日曜日のデート。
 本当は俺、さらさら行く気なかったから。
 平澤先輩誘ったのも俺だし、
 風邪ひかなくても、俺じゃなく
 平澤先輩に行ってもらおうとしてたから。」

「え、風邪ってバイト先の人引いたんじゃなかったの?
 雅俊が風邪ひいたの?」

「あ、やべ。ばれた。
 言っちゃった。」

「えー?どういうこと?
 大丈夫だったの?」

「うん、まぁ、平気。
 ただの風邪だし。
 知恵熱ってやつかもしんないけどな。」

「ふーん。」

「って言いながら、そんなに心配してないっしょ。」

「うん、ごめん。
 雅俊は不死身だと思ってるから。」

「おい。俺も人間だぞ。」

「はいはい。
 え、なに。
 ってことは、私たちは
 雅俊プロデュースの
 デートしたってことなの?」

「おう。そうなるな。
 名称があるとするならば、
 俺はプロデューサーか。
 かっこいいな。」

「……なんか、おもしろくない。」

「なんでよ?いいじゃん。
 どうせ俺といてもそこまで
 盛り上がらないわけだし。
 結局俺の単方向の想いだったわけでしょう。
 理想は双方向だけど。」

「両想いってことね。
 雅俊は好きだけど、恋愛の好きじゃない気がする。」

「ラブじゃなくてライク?」

「英語でいえば、そうなのか。
 ごめんね。
 でも結局はお隣さんだから。
 これからもライクな関係でよろしくね。」
 
「別にいいよ。
 大体学校で会う回数も減ってたしさ。
 歴代で2位の交際記録ね。
 1か月半だから。」

「2位で長い方なんだ。 
 1位は梨沙さんでしょう。」

「……うん。そだね。」

 急にシリアスになる雅俊。
 雪菜は、何となく、
 考えてることが分かった気がした。

 東の空には雲から雲に虹が綺麗に出ていた。

 これからいいことがありそうだ。




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