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第9話
ネットの情報は瞬く間に広がる
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音が消えた世界にいるようだった。外はチラホラと粉雪が静かに降っている。辺りは忙しなく人々が行き交っていて、車やバスも雪で音がかき消されたように静かに走っていた。交差点では信号機の音が鳴り響いていた。雪の重みで時々聞こえにくくなっている。それでも、歩行者は寒空の中、気にせず歩き続けている。
「ちょっと早いから、待ってよ。」
紗栄は、足早に行くさとしを呼び止めた。さとしは、険しいジャングルで秘宝を見つけたかのように目がキラキラしている。後ろを振り返って、本当にさりげなく自然に紗栄の手を握って、横断歩道を走り抜けた。紗栄は、無意識に高鳴る鼓動を止めることができない。顔の前に白い吐息が舞い上がる。
「ほら、もうすぐ目的地に着くから。」
後ろを振り向かず、駅を指差した。紗栄が線路に落ちたと言う事件があった駅だった。JR職員の宮島裕樹に連絡していた。駅の中にあるみどりの窓口に声をかけた。
「大越さとしですが、宮島裕樹さんはいらっしゃいますか?」
「はい。宮島ですね。ただ今、会議中ですので、こちらでお待ちください。」
しばらく待合室で待つことになったようだ。待っている間に黄色い声援が飛んできた。OLであろう女性たちが近づいてきた。
「ねぇねぇ、君って今SNSで話題になっている大越くんだよね?」
「あ……はい。そうですけど。」
「やっぱりそうなんだ。実物はカッコイイよね。ね、みゆき。」
「うんうん。ジュノンボーイのモデルとか受ける気ないの?」
「俺、そういうの興味ないんで……行こう、紗栄。」
機嫌を害したのか、いつも断らないお人好しのさとしが拒否した。紗栄は信じられなかった。
「え? だってここで待ってなきゃいけないんじゃ?」
「いいから。」
グイッと紗栄の腕を引っ張る。
ミーハーなOLたちの相手をするのはまっぴらごめんだったさとしは、紗栄との2人の時間を奪われたみたいで不機嫌になった。あの2人から抜け出すには、立ち去るしかないと思っていた。
「すいません。急いでいるんで……。」
OL2人の間をすり抜けて、その場を後にした。グイグイ引っ張って早歩きで進んだ。紗栄は痛かった。
「ちょっと、痛いんだけど! 止まってよ。」
手を離して立ち止まった。
「ごめん。俺、ああいうの好きじゃないんだよね。ちょっと、宮島さんに出てきてもらうように電話するわ。」
少し有名人になった大越さとしは、拳で語り合った経験のある宮島裕樹に電話した。会議はもう終わっていたようだ。駅の改札出入り口で待っていた。慌てて、やってきた宮島ににんまり笑って出迎えた。
「さとしくん! 待たせてごめんな。とりあえず、あそこに行こう。君は雪村さんだよね。君も、一緒にいいよ。」
「呼び出しには早いっすね。宮島さん。」
「人使いが荒いよ。これでも勤務中だよ? ……まぁ君と会うのも仕事のうちだけど。」
紗栄はぺこりとおじぎした。近くにあったスターバックスに入った。宮島を先頭に並んでいく。
「適当に選んで、おごるから。」
「さすが、大人だね。宮島さん。んじゃ、遠慮なく、キャラメルラテのトールサイズで。紗栄は?」
「え?え? わからない。ここ何があるの?」
「紗栄、初めて? んじゃ俺と同じにしちゃお。美味しいから。よろしく宮島さん。」黙って頷く紗栄。
「はいはい。んじゃ、キャラメルラテトールサイズ2つとブラックコーヒー1つでお願いします。」
宮島が店員に颯爽と注文する姿と大きな長財布をサッと取り出して支払いを済ます格好を見て、大人っぽく見えた紗栄だった。
「んじゃ、じっくり話を聞きますか。電話では多少聞いてたけども、どういうことか説明してくれる?」
席にすわり、テーブルに頼んだコーヒーとキャラメルラテ2つを置いた。紗栄は初めて見るキャラメルラテを見てほっこりしていた。
「あの、電車で線路に落ちたことなんですけど、前に宮島さんが言ってましたよね。掃除ロボットが原因だって、それは間違いないですか?」
「確かに、僕はそう言ったね。それは事実だよ。でも、SNSで広がってる動画や写真は、まるで、雪村さんの妹さんが押したようになっているね。こちらとしても、真実を訴えたいところだけど、いくらインターネットで広がったことをそれは違いますなんて広げたところで間違いを指摘しても焼石に水なんだ。人間は欲深くて粗探しが好きな生き物。真実を知ってもそれが広がることは難しいと見ているよ。犯罪かどうかを訴えるのは弁護士とか警察の話になるんだよ。どうする?」
宮島は現実的な話をしている。どんなに真実をこれだと認めても世論が考えることまでは変えられない。悪口は書いたものがそのまま広がっていく。後から消しても見た人の頭に残り続ける。誹謗中傷の事件は多数存在する。裁判を起こす人もいるが、訴えをおこうすまでに費用と期間が想像を絶するくらいかかる。一度世に出回ったことは真実かのようにまた剥がれないステッカーのように流されていくのだ。
「宮島さん、やっぱりそれは、上司に言われていることなんですか? 宮島さん個人の意見はないんですか?」
目をつぶり、ため息をついてから話し始めた。
「……実は、さっきの会議も、SNSで事件の誹謗中傷の話だった。ネット上にはもちろん、掃除ロボットのことを流している人もいたんだ。これが原因だと。でもそれ以上に雪村花鈴さんの誹謗中傷のことが酷すぎて、誰もそのことには触れていない。みんな、いじめるようなドロドロした人間が多いってこと。だから、この駅や電車で事件が発生しかねないから、対策を練っていたんだ。僕たちにできることは乗客を守ることしかない。それが、上司の指示だ。僕は…。会社のイエスマンでしかない。申し訳ないが、これはこれ以上大事にはしてほしくない。助けになれなくてすまない。」
膝に両拳をおき、深くおじぎをした。さとしは、声を失った。相談して、どうにか解決してくれるものだと思っていた。紗栄も下を向いて俯いた。ふと、そんな時、さとしのスマホが鳴っていた。バイブレーションが何回も震えている。
「はい、さとし……いま、どこ、いや、待てよ。いま、いくから。そのままそこにいるんだぞ!……すいません、今行かなきゃいけないところがあって、ちょっとだけ待ってもらえませんか?」
「ああ、いいけど。昼休憩まだなら待てるよ。」
「ありがとうございます!」
電話を出てすぐに、さとしは青ざめた様子で店をとびだした。様子がおかしかったが、紗栄は気にせず、急ぎの用事があったんだろうと、宮島さんと談笑していた。それが、妹の花鈴の電話だと知らずに。
一方、その頃。
「花鈴、そこからおりて!」
電車が行き交う陸橋の上で花鈴が立っていた。もう、生きている価値をなくした。あと少し動けば、電車が行き交う線路に真っ逆様になってしまう。
「わたし、もうしぬから。もう、生きてる価値ない。必要としてくれる人がいないから。」
「いや、いるよ。ここに。俺が生きてて欲しいって思うから!」
「さとしの好きな人知っているよ。」
「花鈴だよ!」
「ちがう、お姉ちゃんなの知ってる。紗栄でしょ。本当は紗栄だって初めから知ってたから! 知ってた上で、ライン交換したし、一緒に過ごしてたもん。でも、もういい。私はもういなくなるから。」
本音を見透かされたようで、一瞬間が空いた。
「‥…守るから。俺、花鈴守るから。おりてきて、お願い。」
真実はさておき。嫉妬されてはいけないと今の状況を変えようとした。
「でも、私、犯罪者のまま生きていくの辛い。姉を殺した妹ってSNSで言われてるし、逮捕されちゃう。もう太陽の下では生きられない生活は嫌なの!」
「大丈夫! 花鈴は何も悪いことしてない。駅のホームにあった掃除ロボットが花鈴の背中おして、紗栄を押してしまった。だから、花鈴は悪くない。逮捕はされないよ? 悪いのはSNSで誹謗中傷している人だよ。」
「……本当?」
自分を疑っていた花鈴はそう聞いて、涙が止まらなかった。のぼっていた橋の上からおりようとしたが、さとしは軽やかに花鈴を受け止めた。どさっとさとしの上に花鈴がのった。さとしは、右肘を打ちつけた。少し血が出ていた。まだ治っていない傷だった。
「さとし、ごめんなさい。痛かったよね。ありがとう。」
花鈴はそっとさとしの左頬にキスをした。さとしは素っ気ない態度で立ち上がった。どう対応すればいいかわからず、花鈴の頭をなでなでした。花鈴はもう気持ちが離れていることを知っていた。
「……うん。もう、死にたいなんて言うな。花鈴はどんなときでも太陽みたいなかわいさ持っているんだから大事にして生きて。」
「それって告白?」
少し期待して聞いてみた。
「違うよ。褒めただけ。」
「なんだ、違うんだ。私、逮捕されないよね。」
「さっきから言っているじゃん。押したのはロボットって。花鈴も被害者だよ。」
さとしの言葉に、信じることができなかった花鈴。自分自身の命と引き換えに想いを手に入れることはできないかとさとしのことを試そうと考えていたが、物凄い分厚い壁が目の前に立ちはばかっていることに気づく。どこか、真実の想いは勘繰らないでと言われてるかのようだった。
「……でも、もう私ネットで犯罪者扱いされてるし、学校でもそのことで、言われてて行きたくないし、家にいても、塀にスプレーでラクガキされてて、さらし者になってるし、近所で噂広がって居場所がないから、生きている意味あるのかなって。いくら真実が私じゃなくてもこのありさまだよ。どうすれば良いの?」
花鈴の置かれている状況を聞いて、ただならぬことになっていると愕然とした。さとしはあごに指を置いて考えた。
「……まず、真実じゃないことを広げたのは、ネットの中でそれは犯人が必ずいるはず。その塀の落書きも、もちろん犯罪だし、器物損壊罪だよ。ネットの誹謗中傷は名誉毀損なんだよ。自分のことは、違うって訴えないといけないんだよ!」
(え、わたし、今怒られてる? 嫌がらせ受けてるわたしが、なんで?)
「え、さとし、怒ってる?」
「嫌なことは嫌って言うって教わらなかった? 悲劇のヒロインも良いけど、きちんと訴えることも大事だから! あ、そうだ。花鈴、会って欲しい人いるから着いてき怒られてることに拍子抜けして、言われるがまま着いていく。今まで、こんなに怒られることはなかった。顔が可愛いからが理由か知らないが、多少嫌なことが起こっても周りがフォローしたり、花鈴は違うと間違ってることを指摘する人がいなかった。親からも真っ向から注意されたこともなく、育ってきた。周りの経験談や体験談でダメなことを知ることがよくあった。言われるがまま、さとしに着いていくと、カフェには姉と一緒にスーツを着た会話する男性の姿をみつけた。花鈴は姉の紗栄が男性と関わるのを見ただけで嫉妬心が生まれる。誕生日にぬいぐるみをプレゼントされているのを見ただけで嫉妬するのと同じで会話しているだけで闘争心が芽生えるようだ。
「あ、さとしくん。待っていたよ。僕はそろそろ仕事に戻らないと行けないんだけど、本題をどうするか結論を聞きそびれていて…。」
手をあげて手招きする宮島裕樹は、腕時計を指さして焦る姿を見せた。紗栄は、宮島と談笑して幾分気持ちが落ち着いていた。年上と話をするのは父親や先生以外いなかったため、新鮮だった。
「お待たせしてすいません。紗栄の妹から電話あって…とりあえず連れて来ました。ほら、駅員の宮島さん。例の事件で防犯カメラのこと聞いたから本当だよ。」
花鈴は未だに信じていなくて、ずっと自分が悪いと思い続けていた。大人な宮島を見て、いろんな感情がこみあがってきた。事件の真実を知っている人に会えたことの喜びと姉と一緒にいて仲睦まじく会話していることに羨ましさを覚えたこと、さっきまで落ち込んで生きているのが嫌だったこと。それ以上に期待できそうな大人な男性が目の前にいること。一目惚れしてしまったのだ。
「花鈴?ウチにいたんじゃないの?」
紗栄は血相を変えて妹に寄り添う。制服が多少ボロボロになっていた。
横にいる宮島は話を聞こうとしていたが、間近で雪村花鈴を見たのは初めてで、読者モデルをしている彼女にドキドキしていた。本物は違うのだなと紗栄とは違う気持ちになった。
「……。」
嫉妬といろんな感情が込み上がって何も言えなくなった。
「……君が雪村花鈴さんだよね。まあ、隣座りなよ。話聞くから。」
花鈴が来てから一転して、宮島は様子が変わった。さっきまで突き放すような態度だったのに、全然雰囲気が違う。さとしは疑問に思った。
兎にも角にも、花鈴とさとしは一連の今の状況を説明した。誹謗中傷の他に家に被害があること、学校でも居場所がないくらいに話題になっていること、学生生活に多大なる影響を与えることに熱心に伝えた。それが甲となしてか、宮島は上司に掛け合って弁護士と相談してくれることを約束した。警察にも事情を説明するとのことだった。それの条件が一つあって、花鈴とライン交換することだった。ただのナンパじゃないかとツッコミを入れたくなったさとしだったが、グッと堪えた。
「…と言うか、宮島さん…既婚者じゃないですか? 左手に指輪…。」
慌てて、左手を隠したがすでに遅し。
「違う違う。これはアクセサリーだから! 今後事件のことで話し合いとかあるかもしれないですからね。頼むよさとしくん。」
声が裏返っている宮島。大人はいろんな事情がおありのようで。花鈴の方は…割とまんざらではない様子だった。ライン交換をして、少し頬を赤らめていた。何も話さないが、さとしと紗栄は勘づいてしまったようだ。2人はアイコンタクトをして黙っておこうと頷き合った。
「ちょっと早いから、待ってよ。」
紗栄は、足早に行くさとしを呼び止めた。さとしは、険しいジャングルで秘宝を見つけたかのように目がキラキラしている。後ろを振り返って、本当にさりげなく自然に紗栄の手を握って、横断歩道を走り抜けた。紗栄は、無意識に高鳴る鼓動を止めることができない。顔の前に白い吐息が舞い上がる。
「ほら、もうすぐ目的地に着くから。」
後ろを振り向かず、駅を指差した。紗栄が線路に落ちたと言う事件があった駅だった。JR職員の宮島裕樹に連絡していた。駅の中にあるみどりの窓口に声をかけた。
「大越さとしですが、宮島裕樹さんはいらっしゃいますか?」
「はい。宮島ですね。ただ今、会議中ですので、こちらでお待ちください。」
しばらく待合室で待つことになったようだ。待っている間に黄色い声援が飛んできた。OLであろう女性たちが近づいてきた。
「ねぇねぇ、君って今SNSで話題になっている大越くんだよね?」
「あ……はい。そうですけど。」
「やっぱりそうなんだ。実物はカッコイイよね。ね、みゆき。」
「うんうん。ジュノンボーイのモデルとか受ける気ないの?」
「俺、そういうの興味ないんで……行こう、紗栄。」
機嫌を害したのか、いつも断らないお人好しのさとしが拒否した。紗栄は信じられなかった。
「え? だってここで待ってなきゃいけないんじゃ?」
「いいから。」
グイッと紗栄の腕を引っ張る。
ミーハーなOLたちの相手をするのはまっぴらごめんだったさとしは、紗栄との2人の時間を奪われたみたいで不機嫌になった。あの2人から抜け出すには、立ち去るしかないと思っていた。
「すいません。急いでいるんで……。」
OL2人の間をすり抜けて、その場を後にした。グイグイ引っ張って早歩きで進んだ。紗栄は痛かった。
「ちょっと、痛いんだけど! 止まってよ。」
手を離して立ち止まった。
「ごめん。俺、ああいうの好きじゃないんだよね。ちょっと、宮島さんに出てきてもらうように電話するわ。」
少し有名人になった大越さとしは、拳で語り合った経験のある宮島裕樹に電話した。会議はもう終わっていたようだ。駅の改札出入り口で待っていた。慌てて、やってきた宮島ににんまり笑って出迎えた。
「さとしくん! 待たせてごめんな。とりあえず、あそこに行こう。君は雪村さんだよね。君も、一緒にいいよ。」
「呼び出しには早いっすね。宮島さん。」
「人使いが荒いよ。これでも勤務中だよ? ……まぁ君と会うのも仕事のうちだけど。」
紗栄はぺこりとおじぎした。近くにあったスターバックスに入った。宮島を先頭に並んでいく。
「適当に選んで、おごるから。」
「さすが、大人だね。宮島さん。んじゃ、遠慮なく、キャラメルラテのトールサイズで。紗栄は?」
「え?え? わからない。ここ何があるの?」
「紗栄、初めて? んじゃ俺と同じにしちゃお。美味しいから。よろしく宮島さん。」黙って頷く紗栄。
「はいはい。んじゃ、キャラメルラテトールサイズ2つとブラックコーヒー1つでお願いします。」
宮島が店員に颯爽と注文する姿と大きな長財布をサッと取り出して支払いを済ます格好を見て、大人っぽく見えた紗栄だった。
「んじゃ、じっくり話を聞きますか。電話では多少聞いてたけども、どういうことか説明してくれる?」
席にすわり、テーブルに頼んだコーヒーとキャラメルラテ2つを置いた。紗栄は初めて見るキャラメルラテを見てほっこりしていた。
「あの、電車で線路に落ちたことなんですけど、前に宮島さんが言ってましたよね。掃除ロボットが原因だって、それは間違いないですか?」
「確かに、僕はそう言ったね。それは事実だよ。でも、SNSで広がってる動画や写真は、まるで、雪村さんの妹さんが押したようになっているね。こちらとしても、真実を訴えたいところだけど、いくらインターネットで広がったことをそれは違いますなんて広げたところで間違いを指摘しても焼石に水なんだ。人間は欲深くて粗探しが好きな生き物。真実を知ってもそれが広がることは難しいと見ているよ。犯罪かどうかを訴えるのは弁護士とか警察の話になるんだよ。どうする?」
宮島は現実的な話をしている。どんなに真実をこれだと認めても世論が考えることまでは変えられない。悪口は書いたものがそのまま広がっていく。後から消しても見た人の頭に残り続ける。誹謗中傷の事件は多数存在する。裁判を起こす人もいるが、訴えをおこうすまでに費用と期間が想像を絶するくらいかかる。一度世に出回ったことは真実かのようにまた剥がれないステッカーのように流されていくのだ。
「宮島さん、やっぱりそれは、上司に言われていることなんですか? 宮島さん個人の意見はないんですか?」
目をつぶり、ため息をついてから話し始めた。
「……実は、さっきの会議も、SNSで事件の誹謗中傷の話だった。ネット上にはもちろん、掃除ロボットのことを流している人もいたんだ。これが原因だと。でもそれ以上に雪村花鈴さんの誹謗中傷のことが酷すぎて、誰もそのことには触れていない。みんな、いじめるようなドロドロした人間が多いってこと。だから、この駅や電車で事件が発生しかねないから、対策を練っていたんだ。僕たちにできることは乗客を守ることしかない。それが、上司の指示だ。僕は…。会社のイエスマンでしかない。申し訳ないが、これはこれ以上大事にはしてほしくない。助けになれなくてすまない。」
膝に両拳をおき、深くおじぎをした。さとしは、声を失った。相談して、どうにか解決してくれるものだと思っていた。紗栄も下を向いて俯いた。ふと、そんな時、さとしのスマホが鳴っていた。バイブレーションが何回も震えている。
「はい、さとし……いま、どこ、いや、待てよ。いま、いくから。そのままそこにいるんだぞ!……すいません、今行かなきゃいけないところがあって、ちょっとだけ待ってもらえませんか?」
「ああ、いいけど。昼休憩まだなら待てるよ。」
「ありがとうございます!」
電話を出てすぐに、さとしは青ざめた様子で店をとびだした。様子がおかしかったが、紗栄は気にせず、急ぎの用事があったんだろうと、宮島さんと談笑していた。それが、妹の花鈴の電話だと知らずに。
一方、その頃。
「花鈴、そこからおりて!」
電車が行き交う陸橋の上で花鈴が立っていた。もう、生きている価値をなくした。あと少し動けば、電車が行き交う線路に真っ逆様になってしまう。
「わたし、もうしぬから。もう、生きてる価値ない。必要としてくれる人がいないから。」
「いや、いるよ。ここに。俺が生きてて欲しいって思うから!」
「さとしの好きな人知っているよ。」
「花鈴だよ!」
「ちがう、お姉ちゃんなの知ってる。紗栄でしょ。本当は紗栄だって初めから知ってたから! 知ってた上で、ライン交換したし、一緒に過ごしてたもん。でも、もういい。私はもういなくなるから。」
本音を見透かされたようで、一瞬間が空いた。
「‥…守るから。俺、花鈴守るから。おりてきて、お願い。」
真実はさておき。嫉妬されてはいけないと今の状況を変えようとした。
「でも、私、犯罪者のまま生きていくの辛い。姉を殺した妹ってSNSで言われてるし、逮捕されちゃう。もう太陽の下では生きられない生活は嫌なの!」
「大丈夫! 花鈴は何も悪いことしてない。駅のホームにあった掃除ロボットが花鈴の背中おして、紗栄を押してしまった。だから、花鈴は悪くない。逮捕はされないよ? 悪いのはSNSで誹謗中傷している人だよ。」
「……本当?」
自分を疑っていた花鈴はそう聞いて、涙が止まらなかった。のぼっていた橋の上からおりようとしたが、さとしは軽やかに花鈴を受け止めた。どさっとさとしの上に花鈴がのった。さとしは、右肘を打ちつけた。少し血が出ていた。まだ治っていない傷だった。
「さとし、ごめんなさい。痛かったよね。ありがとう。」
花鈴はそっとさとしの左頬にキスをした。さとしは素っ気ない態度で立ち上がった。どう対応すればいいかわからず、花鈴の頭をなでなでした。花鈴はもう気持ちが離れていることを知っていた。
「……うん。もう、死にたいなんて言うな。花鈴はどんなときでも太陽みたいなかわいさ持っているんだから大事にして生きて。」
「それって告白?」
少し期待して聞いてみた。
「違うよ。褒めただけ。」
「なんだ、違うんだ。私、逮捕されないよね。」
「さっきから言っているじゃん。押したのはロボットって。花鈴も被害者だよ。」
さとしの言葉に、信じることができなかった花鈴。自分自身の命と引き換えに想いを手に入れることはできないかとさとしのことを試そうと考えていたが、物凄い分厚い壁が目の前に立ちはばかっていることに気づく。どこか、真実の想いは勘繰らないでと言われてるかのようだった。
「……でも、もう私ネットで犯罪者扱いされてるし、学校でもそのことで、言われてて行きたくないし、家にいても、塀にスプレーでラクガキされてて、さらし者になってるし、近所で噂広がって居場所がないから、生きている意味あるのかなって。いくら真実が私じゃなくてもこのありさまだよ。どうすれば良いの?」
花鈴の置かれている状況を聞いて、ただならぬことになっていると愕然とした。さとしはあごに指を置いて考えた。
「……まず、真実じゃないことを広げたのは、ネットの中でそれは犯人が必ずいるはず。その塀の落書きも、もちろん犯罪だし、器物損壊罪だよ。ネットの誹謗中傷は名誉毀損なんだよ。自分のことは、違うって訴えないといけないんだよ!」
(え、わたし、今怒られてる? 嫌がらせ受けてるわたしが、なんで?)
「え、さとし、怒ってる?」
「嫌なことは嫌って言うって教わらなかった? 悲劇のヒロインも良いけど、きちんと訴えることも大事だから! あ、そうだ。花鈴、会って欲しい人いるから着いてき怒られてることに拍子抜けして、言われるがまま着いていく。今まで、こんなに怒られることはなかった。顔が可愛いからが理由か知らないが、多少嫌なことが起こっても周りがフォローしたり、花鈴は違うと間違ってることを指摘する人がいなかった。親からも真っ向から注意されたこともなく、育ってきた。周りの経験談や体験談でダメなことを知ることがよくあった。言われるがまま、さとしに着いていくと、カフェには姉と一緒にスーツを着た会話する男性の姿をみつけた。花鈴は姉の紗栄が男性と関わるのを見ただけで嫉妬心が生まれる。誕生日にぬいぐるみをプレゼントされているのを見ただけで嫉妬するのと同じで会話しているだけで闘争心が芽生えるようだ。
「あ、さとしくん。待っていたよ。僕はそろそろ仕事に戻らないと行けないんだけど、本題をどうするか結論を聞きそびれていて…。」
手をあげて手招きする宮島裕樹は、腕時計を指さして焦る姿を見せた。紗栄は、宮島と談笑して幾分気持ちが落ち着いていた。年上と話をするのは父親や先生以外いなかったため、新鮮だった。
「お待たせしてすいません。紗栄の妹から電話あって…とりあえず連れて来ました。ほら、駅員の宮島さん。例の事件で防犯カメラのこと聞いたから本当だよ。」
花鈴は未だに信じていなくて、ずっと自分が悪いと思い続けていた。大人な宮島を見て、いろんな感情がこみあがってきた。事件の真実を知っている人に会えたことの喜びと姉と一緒にいて仲睦まじく会話していることに羨ましさを覚えたこと、さっきまで落ち込んで生きているのが嫌だったこと。それ以上に期待できそうな大人な男性が目の前にいること。一目惚れしてしまったのだ。
「花鈴?ウチにいたんじゃないの?」
紗栄は血相を変えて妹に寄り添う。制服が多少ボロボロになっていた。
横にいる宮島は話を聞こうとしていたが、間近で雪村花鈴を見たのは初めてで、読者モデルをしている彼女にドキドキしていた。本物は違うのだなと紗栄とは違う気持ちになった。
「……。」
嫉妬といろんな感情が込み上がって何も言えなくなった。
「……君が雪村花鈴さんだよね。まあ、隣座りなよ。話聞くから。」
花鈴が来てから一転して、宮島は様子が変わった。さっきまで突き放すような態度だったのに、全然雰囲気が違う。さとしは疑問に思った。
兎にも角にも、花鈴とさとしは一連の今の状況を説明した。誹謗中傷の他に家に被害があること、学校でも居場所がないくらいに話題になっていること、学生生活に多大なる影響を与えることに熱心に伝えた。それが甲となしてか、宮島は上司に掛け合って弁護士と相談してくれることを約束した。警察にも事情を説明するとのことだった。それの条件が一つあって、花鈴とライン交換することだった。ただのナンパじゃないかとツッコミを入れたくなったさとしだったが、グッと堪えた。
「…と言うか、宮島さん…既婚者じゃないですか? 左手に指輪…。」
慌てて、左手を隠したがすでに遅し。
「違う違う。これはアクセサリーだから! 今後事件のことで話し合いとかあるかもしれないですからね。頼むよさとしくん。」
声が裏返っている宮島。大人はいろんな事情がおありのようで。花鈴の方は…割とまんざらではない様子だった。ライン交換をして、少し頬を赤らめていた。何も話さないが、さとしと紗栄は勘づいてしまったようだ。2人はアイコンタクトをして黙っておこうと頷き合った。
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