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第5話
本当の気持ち
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真っ白な世界ってあったんだ。
目の前に何もない。音も聞こえない。
匂いも、何も感じない。何もない世界ってこんな感じなんだね。走馬灯がかけめぐる。いつも頭の中にあるのは、
大越さとし。恨んでいたはずなのに、
私の心をえぐる。
本当は自分に嘘ついていた。好きじゃないふりしてた。学校の教室内で友達と話す彼、無邪気に笑っていた。私はいつも本と向き合っていたけれど、視線に入る彼が気にしないようにしても目に入る。ただ、本を構えているだけで中身なんて全然覚えていない。何読んでたかな。小説の火垂るの墓だったかな。いや、村上春樹の本だったかな。いや、半沢直樹の原作本だったかな。そんなの覚えていない。近くにいる誰かが不意に目に入る。花鈴の彼氏って言われた時から変に意識し始めたのはその頃だった。
ーー 「紗栄! 紗栄!」
遠くで私を呼ぶ声がする。聞き慣れた声。さわやかなシトラスのような香りが漂いそうな耳触りのいい声だった。声変わり本当に終わっているか気になった。
電車の汽笛が鳴った。蒸気機関車が無いのに、そんな音するんだってはじめて知った。
「大丈夫でしたか?」
電車の管理しているJRの社員が黄色いジャンパーを着て、私に話しかけている。でも、後頭部がふわふわしてる。あれ、誰かの膝まくらしてる。誰だろう。横になっている。ここは線路の上。知っている。何かのアニメでやっていた。電車のホームには、誤って転落しても助かるように電車とホームの間にくぼみがあること。私はそのくぼみに入ったようだ。でも、自分で入った覚えないし、この膝まくらの人なのかもしれない。
「あの、もし、ご無事であれば早急にご移動願いたいのですが…。」
「あ、はい。大丈夫そうです。今、すぐに動きます。紗栄? 起きられる? ごめん、動かすね。」
眠りから覚めたような寝ぼけ眼でいたら、急に体が持ち上がった。これは、まさかのお姫様抱っこ。そして、頼んでもない観衆。拍手が巻き起こる。頭の疑問符がきえない。そのまま、紗栄はさとしにお姫様抱っこで運ばれた。ホームの上にあがるとやっと駆けつけた救急隊が担架を準備していた。さとしは救急救命士の人に紗栄を手際よく担架に乗せた。駅の前に停めてある救急車まで着いて行った。
「よろしくお願いします。念のため、病院に連れてってください。外傷は無いと思うんですが。」
「はい。ご苦労さまです。同行者の方はいらっしゃいますか?」
「あ、はい。この子の家族が近くにいますので、花鈴! ほら、一緒に救急車乗って。」
群衆の中の泣き明かしたであろう顔でくしゃくしゃの花梨が急に呼ばれて驚いた。目を擦って、仕切り直した。気になって、ホームから慌てて、こちらまで近づいていた。
「え、私行くの?」
「同行者は家族って決まってるんだよ!俺、個人情報知らないから! ほら、乗って。」
花鈴はさとしに押されて、救急車に乗り込んだ。バタンと扉が閉まると同時にサイレンが鳴り響いた。さとしは病院まで走るのを見送った。
「さてと…処理しないとな。」
左肩をポンと叩かれた。学校近くに通う和敏が駅にいる。妖怪が出たかと思うような態度でおどろいた。
「な、なんで。お前がいるんだよ!」
「すまん。一部始終見てた。かっこよかったよ。お前……涙出てきそう。」
「いや、見てたのね。そもそも、なんでここにいるのよ。」
「まぁまぁ、剣道道具一式、ホームに置きっぱなしだったぞ。命より大事な道具だって言ってたのを忘れるなんてな。優しい和敏くんが持ってきました。礼はいらない。すまん、今から塾だ。詳細はおって連絡する。」
「……塾、そういうことね。さんきゅ。助かる。親父の言いつけで大事にしろってことだから命よりってことはないけど。っておい、もう行くのかよ!」
後ろむきに右手を振って別れを告げた。信号が赤になろうとしている。横断歩道を渡った和敏が向かい側の塾に入っていく。ため息をついて、安堵した。荷物を持ち直して、JRの事務所に向かった。さっきの事故で何か損害が発生しないかを確認に行った。
「あ、きみ、さっきの、勇敢な少年だね。」
みどりの窓口に行くとすぐに言われた。
「あれ、もう有名人なんですか。」
「そうだね。ここでバッチリ監視カメラ映ってたからね。もしかして、その事故の件で?」
「カメラか。あ、そうです。何か、手続きとか大丈夫でしたか? 電車の遅延とかありませんでしたか?」
人身事故や踏切事故が起きると、損害賠償を本人や加害者が払わなければならない。それが故意的だったのならば、なおさら責任は重い。何分何時間何人の人に影響が出たかなど、それは計り知れない。金額は一生かけても払えない金額になることもあるようだ。昔、線路に置き石をした小学生数名に1人あたり約840万円ほど支払う事例があったそうだ。石一つで大事件だった。さとしはそういう流れを知っていた。実体験した訳ではないが、時事ニュースはよく見ていた。
「申し訳ないけれど、あれは、実は、こちらの責任でもありました。あの時、混雑してて行列が乱れてたのをしっかり監視カメラでとらえてて、その混んでるときに清掃員が何でか掃除ロボットを動かしていたから、ドミノ倒しの拍子であの子落ちてしまったんです。危ないところ、君が彼女助けてくれたから被害がありませんでした。ありがとう。……ちょっと待って君右肘から血出てる! 医務室に寄っていって。」
慌てて、JR社員が医務室に案内した。右の肘は制服ごしから出血していた。くぼみに紗栄を滑り込んで助けたときにひきづってついた傷。さとしはてっきりよくない想像をして、花鈴が紗栄を押したもんだと思っていた。原因は後ろに大きな掃除ロボットがセンサーに反応してハトの餌にしたであろうスナック菓子を見つけたため、混雑な中動きまわっていた。近くに清掃員はいなかった。周りにいたお客さんは押されてドミノ倒し状態だったようだ。ブレザーを脱いで、消毒をして、包帯を巻いてもらった。すり傷で済むのが奇跡だと話す。
「ここまでして守りたかったのか。」
「い、いえ、そんなことないです。あ、床を出血で汚して申し訳ありません。俺、掃除しますよ。」
「気にしないでいいよ。皮肉かもしれないが、さっきの掃除ロボットが消毒しながら、床綺麗にしてくれるから。ま、今回は大きなニュースにしたくないからさ、何も損害賠償出ないってことで内密に頼むよ。その代わり、偽ニュースでテレビやラジオで放送されるかもしてないけど、年齢だけで名前とかは出さないからよろしくお願いします。」
「え? なんで。ロボットが原因ですってニュースにならないんですか?」
「いろいろあるんだよ。大人の事情。電車の車体は影響出なかったし、時間の遅延も無かった。全然問題ないね。これがロボットって言ってみなよ。日本の大手のロボット会社が潰れるでしょ。問題があったのはそうだなぁ、かろうじて言えるのは清掃員の不手際ってところかな。厳重注意で良いでしょ。君のおかげで誰も死者は出なかったわけで。」
「ちょっとすいません。」
グーパンチでさとしは社員の頬をたたいた。体が思いっきり吹っ飛んだ。怪我しているはずの右手だった。
「人の命なんだっていうだ。地位とか名誉とか守りたいのかよ。大人の事情? ただ大げさにしたくないだけだろう。結局、ニュースで流れるのはフェイクで、それで俺らがネットで晒されたらどうしてくれるんだよ!」
息が上がる。大人は大人の事情ってすぐ言うんだ。真っ当なやつはどこにもいない。正々堂々と言えない人が多すぎる。自分の身ばかり守って大事なことはおろそかにする。子供の駄々っ子と一緒じゃないか。どっちが大人だよ。
「……今の若い子は熱いね。嫌いじゃないよそういうの。」
頬を手でおさえながら、起き上がる。
「これで、有給とれるかもしれないな、疲れていたから感謝するよ。君に。」社員は引き出しから何かをとりだした。
「よし、わかった。その、ネットで誹謗中傷が気になっているんだよね。何かあったら、この名刺に連絡して、弁護士通してどうにか解決するから、これでいい?」
少し、冷静になったのか、社員の宮島裕樹は、頬を殴ったことを一度も怒りはしなかった。自分自身も納得してなかった。このやり方は間違っているって知っていた。若さゆえの考え方に感心した。
「君もいずれわかる。大人の組織の中で生活するってどうしようもないことあるんだよ。」
けがしていない左肩を叩かれた。名刺に記された名前が目に焼きついた。
宮島裕樹(みやじまひろき)
この人は違う気がするとーー
目の前に何もない。音も聞こえない。
匂いも、何も感じない。何もない世界ってこんな感じなんだね。走馬灯がかけめぐる。いつも頭の中にあるのは、
大越さとし。恨んでいたはずなのに、
私の心をえぐる。
本当は自分に嘘ついていた。好きじゃないふりしてた。学校の教室内で友達と話す彼、無邪気に笑っていた。私はいつも本と向き合っていたけれど、視線に入る彼が気にしないようにしても目に入る。ただ、本を構えているだけで中身なんて全然覚えていない。何読んでたかな。小説の火垂るの墓だったかな。いや、村上春樹の本だったかな。いや、半沢直樹の原作本だったかな。そんなの覚えていない。近くにいる誰かが不意に目に入る。花鈴の彼氏って言われた時から変に意識し始めたのはその頃だった。
ーー 「紗栄! 紗栄!」
遠くで私を呼ぶ声がする。聞き慣れた声。さわやかなシトラスのような香りが漂いそうな耳触りのいい声だった。声変わり本当に終わっているか気になった。
電車の汽笛が鳴った。蒸気機関車が無いのに、そんな音するんだってはじめて知った。
「大丈夫でしたか?」
電車の管理しているJRの社員が黄色いジャンパーを着て、私に話しかけている。でも、後頭部がふわふわしてる。あれ、誰かの膝まくらしてる。誰だろう。横になっている。ここは線路の上。知っている。何かのアニメでやっていた。電車のホームには、誤って転落しても助かるように電車とホームの間にくぼみがあること。私はそのくぼみに入ったようだ。でも、自分で入った覚えないし、この膝まくらの人なのかもしれない。
「あの、もし、ご無事であれば早急にご移動願いたいのですが…。」
「あ、はい。大丈夫そうです。今、すぐに動きます。紗栄? 起きられる? ごめん、動かすね。」
眠りから覚めたような寝ぼけ眼でいたら、急に体が持ち上がった。これは、まさかのお姫様抱っこ。そして、頼んでもない観衆。拍手が巻き起こる。頭の疑問符がきえない。そのまま、紗栄はさとしにお姫様抱っこで運ばれた。ホームの上にあがるとやっと駆けつけた救急隊が担架を準備していた。さとしは救急救命士の人に紗栄を手際よく担架に乗せた。駅の前に停めてある救急車まで着いて行った。
「よろしくお願いします。念のため、病院に連れてってください。外傷は無いと思うんですが。」
「はい。ご苦労さまです。同行者の方はいらっしゃいますか?」
「あ、はい。この子の家族が近くにいますので、花鈴! ほら、一緒に救急車乗って。」
群衆の中の泣き明かしたであろう顔でくしゃくしゃの花梨が急に呼ばれて驚いた。目を擦って、仕切り直した。気になって、ホームから慌てて、こちらまで近づいていた。
「え、私行くの?」
「同行者は家族って決まってるんだよ!俺、個人情報知らないから! ほら、乗って。」
花鈴はさとしに押されて、救急車に乗り込んだ。バタンと扉が閉まると同時にサイレンが鳴り響いた。さとしは病院まで走るのを見送った。
「さてと…処理しないとな。」
左肩をポンと叩かれた。学校近くに通う和敏が駅にいる。妖怪が出たかと思うような態度でおどろいた。
「な、なんで。お前がいるんだよ!」
「すまん。一部始終見てた。かっこよかったよ。お前……涙出てきそう。」
「いや、見てたのね。そもそも、なんでここにいるのよ。」
「まぁまぁ、剣道道具一式、ホームに置きっぱなしだったぞ。命より大事な道具だって言ってたのを忘れるなんてな。優しい和敏くんが持ってきました。礼はいらない。すまん、今から塾だ。詳細はおって連絡する。」
「……塾、そういうことね。さんきゅ。助かる。親父の言いつけで大事にしろってことだから命よりってことはないけど。っておい、もう行くのかよ!」
後ろむきに右手を振って別れを告げた。信号が赤になろうとしている。横断歩道を渡った和敏が向かい側の塾に入っていく。ため息をついて、安堵した。荷物を持ち直して、JRの事務所に向かった。さっきの事故で何か損害が発生しないかを確認に行った。
「あ、きみ、さっきの、勇敢な少年だね。」
みどりの窓口に行くとすぐに言われた。
「あれ、もう有名人なんですか。」
「そうだね。ここでバッチリ監視カメラ映ってたからね。もしかして、その事故の件で?」
「カメラか。あ、そうです。何か、手続きとか大丈夫でしたか? 電車の遅延とかありませんでしたか?」
人身事故や踏切事故が起きると、損害賠償を本人や加害者が払わなければならない。それが故意的だったのならば、なおさら責任は重い。何分何時間何人の人に影響が出たかなど、それは計り知れない。金額は一生かけても払えない金額になることもあるようだ。昔、線路に置き石をした小学生数名に1人あたり約840万円ほど支払う事例があったそうだ。石一つで大事件だった。さとしはそういう流れを知っていた。実体験した訳ではないが、時事ニュースはよく見ていた。
「申し訳ないけれど、あれは、実は、こちらの責任でもありました。あの時、混雑してて行列が乱れてたのをしっかり監視カメラでとらえてて、その混んでるときに清掃員が何でか掃除ロボットを動かしていたから、ドミノ倒しの拍子であの子落ちてしまったんです。危ないところ、君が彼女助けてくれたから被害がありませんでした。ありがとう。……ちょっと待って君右肘から血出てる! 医務室に寄っていって。」
慌てて、JR社員が医務室に案内した。右の肘は制服ごしから出血していた。くぼみに紗栄を滑り込んで助けたときにひきづってついた傷。さとしはてっきりよくない想像をして、花鈴が紗栄を押したもんだと思っていた。原因は後ろに大きな掃除ロボットがセンサーに反応してハトの餌にしたであろうスナック菓子を見つけたため、混雑な中動きまわっていた。近くに清掃員はいなかった。周りにいたお客さんは押されてドミノ倒し状態だったようだ。ブレザーを脱いで、消毒をして、包帯を巻いてもらった。すり傷で済むのが奇跡だと話す。
「ここまでして守りたかったのか。」
「い、いえ、そんなことないです。あ、床を出血で汚して申し訳ありません。俺、掃除しますよ。」
「気にしないでいいよ。皮肉かもしれないが、さっきの掃除ロボットが消毒しながら、床綺麗にしてくれるから。ま、今回は大きなニュースにしたくないからさ、何も損害賠償出ないってことで内密に頼むよ。その代わり、偽ニュースでテレビやラジオで放送されるかもしてないけど、年齢だけで名前とかは出さないからよろしくお願いします。」
「え? なんで。ロボットが原因ですってニュースにならないんですか?」
「いろいろあるんだよ。大人の事情。電車の車体は影響出なかったし、時間の遅延も無かった。全然問題ないね。これがロボットって言ってみなよ。日本の大手のロボット会社が潰れるでしょ。問題があったのはそうだなぁ、かろうじて言えるのは清掃員の不手際ってところかな。厳重注意で良いでしょ。君のおかげで誰も死者は出なかったわけで。」
「ちょっとすいません。」
グーパンチでさとしは社員の頬をたたいた。体が思いっきり吹っ飛んだ。怪我しているはずの右手だった。
「人の命なんだっていうだ。地位とか名誉とか守りたいのかよ。大人の事情? ただ大げさにしたくないだけだろう。結局、ニュースで流れるのはフェイクで、それで俺らがネットで晒されたらどうしてくれるんだよ!」
息が上がる。大人は大人の事情ってすぐ言うんだ。真っ当なやつはどこにもいない。正々堂々と言えない人が多すぎる。自分の身ばかり守って大事なことはおろそかにする。子供の駄々っ子と一緒じゃないか。どっちが大人だよ。
「……今の若い子は熱いね。嫌いじゃないよそういうの。」
頬を手でおさえながら、起き上がる。
「これで、有給とれるかもしれないな、疲れていたから感謝するよ。君に。」社員は引き出しから何かをとりだした。
「よし、わかった。その、ネットで誹謗中傷が気になっているんだよね。何かあったら、この名刺に連絡して、弁護士通してどうにか解決するから、これでいい?」
少し、冷静になったのか、社員の宮島裕樹は、頬を殴ったことを一度も怒りはしなかった。自分自身も納得してなかった。このやり方は間違っているって知っていた。若さゆえの考え方に感心した。
「君もいずれわかる。大人の組織の中で生活するってどうしようもないことあるんだよ。」
けがしていない左肩を叩かれた。名刺に記された名前が目に焼きついた。
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