愛の充電器がほしい

もちっぱち

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第32話

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颯太は
家を飛び出して
美羽を追いかけようと
走って
徒歩10分かかる駅に
向かったが、
途中、何だか気持ちが弱まって
走るのをやめて歩いた。

自分が追いかけて
どうすればいい。

紬は美羽と一緒にいたいと言う。

自分の本当の気持ちは
もちろん一緒に美羽といたい。

でも、バツイチ子持ちの自分と
一緒にいたいと本当に
美羽は思っているのか。

さっきまでは
本当の家族みたいに
温かい空気になった。

自信が無くなってきた。

歩幅が小さくなる。

駅の改札口に着くと、
列車が駅に入る音が聞こえた。

アナウンスが鳴っている。

立ち止まって
たくさんの乗客が目の前を
行き交っていく。

少し肩がぶつかる人もいたが、
気にせず立ち止まる。

音が消えた感覚になった。

ビデオの早送りをしているように
周りは忙しなく動いている。

美羽はどこにもいない。

帰ると行っていたが、
そこにはいなかった。


その頃の美羽は、駅前にあるカフェで
キャラメルマキアートを飲みながら
外を見ていた。

颯太のいる反対方向の景色を眺めていた。


お互い近くにいることを知らない。



颯太が誰かのものでは
無くなった瞬間、
まっさらになる。


どうぞご自由にと
いう状態になって
本当にそれでいいのかと
疑問を感じ始めた。



もしかしたら、
既婚者ということを
知っていて、
妻より
自分を選んでくれた
という
優越感に浸っていたのかもしれない。


つくづく嫌な女になってしまった。


人ものは取ってはいけないって
教わっていたのに


熱しやすく冷めやすい。


自分のものになってしまった瞬間
もういらないって気持ちなのか。



いや、会社を退職して、
仕事の安定がないから



現実を受け入れられないのかもしれない。



腕の中に顔を埋めて思いふける。



仕事もプライベートも
宙ぶらりん。


心の充電も満たされぬまま
その日は2人とも会えなかった。


変わり映えない日が流れては
1週間が経とうとしていた。



◇◇◇


 在宅勤務で仕事依頼を始めた美羽は、
 1人ゆったりとした生活を過ごしていた。

 仕事以外の人とは
 誰とも連絡は取っていない。
 
 温かいものを入れると絵柄が変わる
 マグカップにコーヒーをいれて、
 テーブルに運ぶと
 インターフォンが鳴った。


「はーい、どちらさま?」


 時間は午前10時半。


「俺。」


「詐欺だな…。」

 
 美羽はインターフォン越しに
 無視して
 その場から離れようとした。

「拓海です!!」

 ドアを開けた。
 ドアのチェーンは外していない。

「これ、取って。」

「やだ。不審者対策。」

「いいからさ。」

「はいはい。」


 美羽は仕方なしにドアを開けて、
 拓海を中に入れた。

「なんの用事?
 こんな朝に。
 仕事は?」


「外回り行ってることになってる。」


「いつから営業職になったのよ。
 ほぼほぼ、デスクワークでしょうが。」


「まあまあ…。
 それより、美羽。
 仕事、辞めたって?」

 テーブルに資料が乱雑に置かれていた。
 仕事依頼の関係書類だった。
 拓海はその紙をとって読んでみた。


「なんで知ってるの?」


「いや、元同期のやつがさ、
 美羽の会社ビルの5階だっけかな?
 そこで働いてて、
 美羽の会社が倒産したって聞いて…。
 大丈夫なのかなって…。」

 慌てて、拓海が持った紙を
 取り返して資料を全て片付けた。


「いやいや、突然来て、
 勝手に紙類をいじるのやめてよ。
 情報早いのね、知るの。
 倒産したのは本当だよ。」

 片付けボックスに入れてはテーブルを
 綺麗にして、マグカップに
 拓海用のコーヒーを入れた。

「ふーん。
 やっぱ、本当だったんだ。」


「だーかーらー。
 別れたんだから。
 関係ないじゃん。
 放っておいてよ。
 気にしないで。」


「……そう言いながらも
 コーヒーは出してくれるのね。」

 拓海は、早速入れてくれたコーヒーを
 飲んだ。

「……。」

 何も言わずに美羽もコーヒーを飲んだ。

「どこか仕事紹介しようかと思って
 来たんだけどさ。
 必要ないなら別にいいけど。」

「そんな交友関係広いっけ。
 私の仕事、
 広告関係なの知ってるでしょう。」 

「知ってるっつぅの。
 同期のやつとか転職して
 広告代理店で働いてたりするからさ。
 どうかなって…。」

「えー、でも、もう
 在宅ワークするって決めたし。
 今、個人的に依頼が少しずつだけど
 入ってるから。
 これからどこかに勤めるのは
 ちょっといいかなって。」

「へ?
 そうなん。
 個人的に仕事依頼?
 めんどくない?
 税金の計算とか。」

「そうだけどさ、
 どこかに会社行くより
 楽ちんなんだよね。
 少し朝寝坊できるしさ。」
 
「そんなで稼げるの?」

「まだこれから。
 実績残さないと
 仕事依頼は増えないから。」

「…でも、大変なんでしょ?」

「……大変じゃないとは言えないけど。」


 頭に腕組んで
 天井を見る。

「俺が養ってやろうか?」


「???」


「冗談だよ。」


立ち上がって、
美羽の頭をポンポンと軽く
たたく。

「あんま、無理すんなよ。
 んじゃ、帰るわ。
 これから上司と取引先と会食なんだわ。」

頭をかいて

「……えらくなったのね。」


「一応ね、昇格したよ。
 元気そうでよかったわ。
 ちょっと倒産したって
 気になったから
 寄ってみた。
 悪かったよ、元彼は帰りまーす。」


 美羽は、立ち上がって
 駆け出す。


「待って!!」


 後ろから拓海の腰に手を回す。


「なになに、朝からどうしたんだよ。
 俺、元彼だろ?」

 冗談で返したのが
 本気モードだった美羽。

 本当はギリギリの生活で
 辛くて寂しかった。
 同僚もいなければ、
 友達という友達もいない。

 元彼と言えど、来てくれただけでも
 嬉しかった。


「……。」



拓海は、
美羽の頭をヨシヨシと撫でた。



「あいつは?
 子持ちのおじちゃまはどうしたんだよ。」



「……今は何も言わないで。」



「……あ、そう。」


 少しの間だけ
 ぬくもりが欲しかった。


「美羽、ごめん。
 もう時間だ。」


 腕時計を指さして言う。


「うん、ごめん。
 ありがとう。」


 顎クイして、
 拓海はそっと美羽にキスをした。


 数秒してすぐに玄関のドアを開けた。

 何も言わずに立ち去った。

 靴音が通路を響かせていた。


 玄関のドアを背中をつけて
 しゃがんだ。


 自分は何やってるだろう。

 
 気持ちがふわふわしてる。


 別れるって決めて
 別れた相手に求めてる。


 少しでも気持ちが落ち着いた自分に
 いらだちを覚えた。


 絶対だめ、拓海だけは。
 裏切られることが多かったから。


 わかっていたはずなのに。

 
 美羽は前髪をかきあげて
 泣いた。

 
 外の交差点では救急車が走っていた。

 
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