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第2.5章 

第2話 深海の試合

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 薄暗い闘技場へと続く道を歩きながら、俺は先程見ていた光景を思い出す。
 風巻の周りに人が集まり、声をかけていた。
 澤輝の周りからも、人が絶えない。

 風巻と澤輝も異世界人の中では、5本の指に入る実力者だ。
 だが、俺とは違い、常に周囲の人々を気にかけている。事実、異世界人達が纏まっているのは、澤輝や風巻がいるからだ。

 人を束ねて、導く力。
 きっとそれは、俺にはない力だ。

 俺は、早乙女に、『仲間が負ければ、自分も負けるのか?』と言った。
 
――だが、俺には、護ってくれる仲間がいるのか?

「……っ」

 息を吐き出す。

『らしくない』と自分を叱咤する。
 そうしている間に、闘技場の出入り口を通り抜けていた。そして、目の前には、海堂が立っている。
 
「これより、最後の試合を始める」

 鎧を纏う騎士が、試合の始まりを告げた。

 
「おい、やる気あんのか?」

 この場に立つ異世界人達の感情は、1人1人が違う。
 己の強さを証明したい者、力を競い合いたい者、傷付ける事を恐れる者。
 目の前に立つ海堂は、明らかに、己の強さを証明したい者だ。
 
 だが、俺を睨む海堂は、何故か苛立っている。

「少し強いからって、俺の事は眼中にねぇってか?あ?」

 俺は、海堂の事が気に入らない。
 地球にいた頃に、凍夜や他の生徒達を虐めていた事を踏まえなくても、総合的に分かり合えないと確信している。それでも、今日の海堂は様子が可笑しい。

「……」
「無視かよ。相変わらず、テメェは気に入らねぇ」
「同感だ」

 海堂が舌打ちをし、俺に向かって足を踏み出す。

「……来い」

 海堂の構えには、不思議な迫力がある。
 自分に匹敵するか、上回る実力者が、距離を詰めて来ている事に、俺の警戒心が警報を鳴らし始めた。

「ふっ!」

 突如として、海堂が地面を抉る様にして地面を蹴る。
 海堂が攻撃に転じる際に行う急加速。
 一時的に速度を上昇させるスキル――『加速』を合わせた動きに、初見の異世界人達は対応する事が出来なかった。
 風巻は、体勢を崩され、そのまま連撃と力技で押し負けた。澤輝も一時的に劣勢まで追い込まれ、固有スキル『聖なる剣』を使い、状況を覆すしかなかった。

「っ!」
 
 観客席から見るのと、対峙し体感するのでは、感じる速度の変化が予想以上だ。それでも、海堂の動きを見失う程ではない。
 手甲を装備した右拳の一撃を『武具召喚アーマーコール』で呼び出した盾で防ぐ。

「……」
 
 海堂の戦法は、超至近距離から放たれる打撃――インファイトだ。
 今までの対戦相手の殆どは、海堂の初撃を受けて体勢を崩し、そこから始まる連撃を受けて敗れた。
 確かに、鉄の盾から響く重い一撃に耐えられる異世界人は殆どいない。

「っ!」

 海堂は、初撃を防がれた事に驚く事はなかった。
 寧ろ、表情一つ変えずに、第二撃を放つ。

「くっ……」

 威力が僅かにだが上がって来ていた。
 異世界人同士でのスキルの情報共有は、自己申告となっている。その為、俺は海堂のスキルを一部しか把握していない。
 だが、俺達が取得するスキルの多くは基礎的なスキルだ。それ故に、ある程度のスキルの名前と効果は予測する事が出来る。
 
「おいおいっ、護ってるだけか!?」

 海堂は、勘違いをしている。
 確かに、複数のスキルの効果が合わさった海堂の攻撃は強力だ。
 だが、海堂が固有スキルを使用していない様に、俺も手の内を見せた訳ではない。

「いや、これからだ」

 盾を一瞬で収納し、右手に短剣を召喚する。

「ちっ、今度は短剣かっ」

 眼前に構えられていた盾が消えた事で、僅かに海堂の動きに迷いが生じた。その隙を突いて、短剣を振るう。そして、同時に体術の技を放つ間合いをはかる。
 海堂の攻撃に最も重要なのは、足の動きだ。その動きさえ制限し、把握して仕舞えば、海堂の動きを予測する事や回避する事も出来る。

「どうした?お前が得意な超近距離戦闘インファイトだぞ」

 海堂は、防御の訓練に出席していても、手を抜いている事が多い。だからと言って、護る事が上手い訳でなく、攻撃の殆どを身体能力と勘に任せて回避が出来てしまう。
 ある意味、戦闘センスが他の異世界人達より抜きん出てしまっているが故に、回避以外の防御は弱い。

「クソ、野郎っ!!」

 短剣を躱した所に肘打ちを撃ち込み、後ろに後退する。

「逃げんなっ」
「……」

 攻める事に重点を置き過ぎている海堂は、簡単な挑発にすら応じてしまう。
 右手の短剣に変わり、使い慣れた槍が現れ、両手で握る。
 槍を迫って来ていた海堂に向けて、放つ。
 海堂は、咄嗟に避ける事が出来ず、籠手を装備した腕を交差して槍の直撃を防ぐ。
 だが、勢いを殺し切れず、海堂は後方に吹き飛ぶ。

 俺は槍を投降用の槍――短槍へと変え、海堂に向け放つ。それを海堂は、獣のような反射神経を持って紙一重で躱した。

「〝戦の武皇アー・レクス〟」

 短槍が瞬時に手に戻り、再度海堂に向け放つ。
 だが、海堂は〝身体強化〟を行う事で躱す。そして、その勢いのまま、拳を放つ。

「おらっ!」

 俺は放たれた拳を躱し、逆に海堂の腕を掴む。そのまま海堂の力を利用し、一本背負いの要領で投げ飛ばす。
 海堂は勢い良く地面に叩き付けられ、苦しそうな悲鳴を上げて、呼吸を整えようと咳き込む。俺も、乱れ始めた呼吸を整える為、数歩後退する。

「はぁ、はぁ、はぁ……」
「クソがっ!やってくれたな、てめぇ!!」

 海堂は、血走った目で俺を睨み付けながら、叫ぶ。
 戦闘で重要なのは、常に冷静でいる事だ。
 今の海堂は、それが欠如している。だからこそ、攻撃が単調で読みやすい。

 海堂の体に、赤黒いオーラが纏わりつく。

「〝復讐の狂戦士モルドレッド〟!!」

 固有スキルを行使した瞬間、海堂自身が巨大になったかのように錯覚する。その瞬間、海堂が先程の倍以上の速度で迫り、攻撃を放った。
 初撃の緩急を付けた動きよりも、更に速い急加速に、俺の反応が遅れてしまう。
 咄嗟に、盾を召喚するのが、間に合わない事を感じる。
 反射的に後方に体重を移動させ、拳を防御しつつ僅かに跳ぶ。それでも、攻撃の威力を殺し切る事は出来ない。
 胸の辺りから全身に走った激痛に、一瞬意識が白く染まり、地面に体を叩き付けられた衝撃で覚醒した。

「げぼっ…げほ……」

 額を切ってしまい、血が頬をつたり地面に落ちる。額の傷は浅くても、多量の血が流れてしまう。それに、血を拭う一瞬が決定的な隙になる可能性もある為、盾を召喚し直ぐに構える。

「くくく、どうした?ビビったか?あぁあ!」

 獣のように海堂が叫ぶ。

「……喚くな」
「ああ?」
「まだ勝負は決まっていない」

 俺の言葉を聞いた瞬間、海堂に張り付いていた残虐的な笑みが消えた。

「いつまで強きでいられるか、試してやるよ」

 高速で移動する海堂の攻撃を〝身体強化〟を施し躱す。
 異世界人の中で〝身体強化〟を行えるのは、澤輝、海堂、風巻、俺の4人だけだ。その4人でも、〝身体強化〟を完全に取得出来た者はいない。
 一時的な強化や強化出来る部位にも、偏りが出てしまう。

 何度か海堂の攻撃を躱し、数発は受けてしまったが、直撃は盾で防いだ。
 だが、遂に陣の端に追い詰められる。

「さぁ、無様に場外か、死ぬ程に痛ぶられるか選べよ」
「俺が勝つ」
「……上等だ。死ねよ」

 〝身体強化〟が掛けられた強烈な拳の一撃が、振り抜かれる。

「〝戦の賢王マルス〟」

 全力で放たれた海堂の攻撃を盾で完全に防ぐ。
 固有スキル〝戦の賢王マルス〟の効果は、武具の破壊を代償にして、武具の力を100%発揮する。

 俺は、破壊された盾には目もくれず、『武具召喚アーマーコール』で籠手を召喚する。
 
「〝剛力〟」

 どんな生物でも、動作の合間には必ず動きが止まる一瞬がある。
 筋力・腕力を強化するスキル――『剛力』と〝身体強化〟により体が強化された。

「〝戦の賢王マルス〟」
 
 破壊を代償に、最大限の力が発揮される籠手で海堂を殴り飛ばす。
 骨が軋む様な音がなる。

「!!??」

 海堂は魔法陣の外側に弾き出された。
 既に、固有スキル〝復讐の狂戦士モルドレッド〟の赤黒いオーラも消えている。

 一瞬で魔法陣の外側に弾き出される程の一撃。それは、魔法陣が投げれば、致命傷になっていた可能性の高い攻撃だ。
 異世界人――生徒達が、意識的に避けていた『死』を与える程の攻撃を放った俺に対して、恐怖が籠った視線が向けられる。

 俺は、それに対して視線を向ける事なく、息が乱れたまま、その場から離れた。
 
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