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第3章
第15話 事はまわる
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「次からは、カシムさんが手を離したら、俺も手を離しますね。時間も俺が数えます」
「はぁっ、はぁ、」
「この課題が達成出来るまで、カシムさんは魔力操作だけを鍛えて下さい」
地面に蹲って呼吸を整えるカシムの背中を摩りながら、ミルが俺を睨む。
「どうして、直ぐに辞めなかった!」
「や、やめろ……」
「ハイリさんが『手を離せ』と言わなかったからですよ」
「お前、ハイリが直ぐに止められない事を分かってたな」
ミルの警戒心を剥き出しにした言葉に、「そうかもしれませんね」と返答する。
「次、私の仲間に手を出したら許さない」
「貴方程度でどうするつもりですか?」
その瞬間、早業と呼ぶべき動作でミルは弓に矢を番える――が、その体を支える足は地面から離れ、体も宙に浮いていた。
「?!」
現状を把握するより早くミルの小柄な体は地面に叩きつけられ、喉元に冷たい切先が添えられた。
「頭に血が上り過ぎだぞ。所詮は遊びだ」
ヴィルヘルムの敵意など宿さない呆れた視線を受け、ミルは現状を把握した。
未だ万全に動けないカシムとハイリの背後には、リツェアが立ち、自分が狙った俺の前にはメデルが光属性の防御魔法を展開している。
「これが、お前の浅はかな行動の結果だ」
ヴィルヘルムは冷たく言い放ち、槍を喉元から離す。
「強くなければ、何も護れない。だが、弱い者には、弱い者の戦い方と立ち回り方がある。少しはそれを考えろ」
「あんたもよ、ハイリ。周りの仲間の手綱位握って起きなさい」
ヴィルヘルムとリツェアに、言われたハイリとミルは返事をする事はなかったが、力なく項垂れていた。
「主、私も何か言った方がよろしいでしょうか?」
「無理はしなくて良いぞ」
「はい!」
探索を一足早く開始した俺達の後をカシム達がついて来る。
だが、その表情は痛恨の一撃を受けた後の様に晴れない。
暫く周囲を探索し必要な量の半分くらいは、薬草を採取する事が出来た。
「雪、俺達は森の奥を探して来る」
「誰と行くつもりだ?」
俺の問いかけに、ヴィルヘルムは覇気の籠った声で「ミル、行くぞ」と名前を呼ぶ。
先程の件があった所為か、ミルはハイリの方を見てから、「はい」と怯えた声で返事をしながら頷く。
「遅いっ。判断は早くしろ」
「は、はい!」
ミルの声が僅かに震えている。
だが、機嫌があまり良くないヴィルヘルムが、猛虎が如き覇気を放っている為、しょうがないのかもしれない。
ヴィルヘルムは、俺と同じ様にカシム達とは距離をとり、あまり深く関わらない様にしていた。
だが、考えを変えた様だ。
ヴィルヘルムは、ミルを引き連れて森の奥へと向かう。
「どうしたんでしょうか?」
「虎男なりに特訓をつけるつもりなんじゃない」
「と、特訓!」
心配にそうにミルの消えた方向を見つめるハイリの元に、メデルが駆け足で向かって行く。
「ハイリさん!」
「あ、何でしょう?」
「私達も特訓しましょう!」
「え、私とですか?」
「はい!ハイリさんと特訓すれば、私ももっと主の役に立てる気がします!」
突然のメデルからの提案に、ハイリは困惑してしまう。
「それは……大丈夫ですかぁ?」
「きっと大丈夫!私の勘がそう言ってます!」
メデルと共に行動する様になって、彼女の直感が良く当たる事は知っている。その為、許可を求めて来たメデルに、「分かった」と返答をした。
「はぁ、あっちは私に任せて。そっちは宜しく頼むわよ」
「ああ」
事前に調べた情報では、この辺りにリツェアやヴィルヘルムが苦戦する程の魔物は生息していない。
勿論、情報に上がらない魔物が生息している可能性はある。それでも、あの2人なら――。
「……何を考えているんだ」
無意識に2人なら大丈夫だろう、と考えていた事に気付く。
少し前まで、誰も信用出来なかった。誰かと関わるのが鬱陶しくて、目障りに感じていた筈なのに、気づけば俺の周りには人が集まっている。
「……深海」
聖都で俺に手を伸ばした友人だった彼の事を思い出す。
あの時の事は、今更後悔はしていない。それでも、昔の俺なら……と考えてしまう。
だが、深海が手を伸ばしたのは、今の俺にじゃなくて、昔の俺にだ。
俺は、彼の知る俺じゃない。
「フカミって何の事だ?」
「何でもない。それより、魔力の循環が乱れてるぞ」
「そ、そうか?」
常に〝身体強化〟を行う様に言ってはいたが、あまりにも質が悪い。
何より、自覚がないのが問題だ。
感覚派の多い戦士にとって、魔力の循環を矯正するのは鬼門に近い。戦闘中、魔力操作に意識が向いてしまうと直感的な回避や反撃が鈍ってしまう事がある。
「手を出してくれ」
「また、アレをやるのか?」
カシムの顔が引き攣る。
「あんな全力ではやらないよ」
疑う気持ちを隠そうともしないカシムは、躊躇しながら右手を出す。
俺は、少し震えている手を握って少しずつ魔力を流し込む。
「人が体内に魔力を貯蓄する方法は2つある。1つは、体内で魔力を作ること。もう1つは、外部から取り込んだ魔力を自分の魔力へ変換する事だ」
「それは知ってるが……」
「なら、俺の魔力は何処に流れてる?」
俺は、細かく説明する様にカシムに伝える。
「あー……手から腕に流れて、脇腹の辺りを通って足に向かってるな。その後は、昇って来て、胸の辺りに向かってる……」
自分の魔力は、最初から自分の物だ。それ故に、体は自分の魔力を感じ難い。
だが、他人の魔力は異物だ。冷たいや暑い、重い、軽いなど様々な違和感を感じやすい。魔力に敏感な魔族なら、尚更だ。
「流れを感じたら、俺の魔力を早く動かせ」
「は、早く?」
「力むな。寧ろ、力を抜いて、魔力の通り道を広げるイメージだ」
「っ、結構難しいな……」
そうは言っているが、流石は魔族だ。
魔力を感じるセンスは、人間の並以上はある
俺は、カシムから手を離す。
「今の感覚は忘れるなよ」
薬草採取を続ける為に、俺は歩き出す。その後を時折可笑しな唸り声を上げながら、カシムが付いて来る。
「なぁ、俺の魔力操作ってどのくらい酷いんだ?」
「……」
「いや、そこで黙るなよ」
必死に魔力を操作しているカシムは、隣を歩きながら俺の方を横目で伺っている。
「正直、魔族という事を踏まえれば――」
「……」
「剣を初めて握った子供……以下だな」
「以下なのかよ」
これでも振り絞った答えだったが、カシムには予想以上に衝撃的だった様だ。
◾︎◾︎◾︎◾︎
陽が傾く前まで薬草採取を行い、必要な分の薬草は集める事が出来た。
森の外に向かう途中で、ミルを連れたヴィルヘルムと合流する。背後でヴィルヘルムに付いて歩くミルは、分かれる前よりも汚れや擦り傷が増えていた。
「お、おいっ、ミル大丈夫か?」
「……ん。なんとか」
明らかにヴィルヘルムの方を向いてから、ミルは返答をした。
「目的の薬草と他の依頼の分も採取しておいた」
籠には2種類の薬草が入っていた。
「あっ!皆さんっ」
声が聞こえて、森の出口の方からメデルが駆けて来ていた。その右手には、鳥の翼の様な紋様――精霊痕が刻まれていた。
「なんだ、あれは?」
「精霊と契約した証?!」
ヴィルヘルムの疑問に、ミルの呟きが答えとなる。
ミルの言う通り、メデルに刻まれた精霊痕は、精霊と契約した証だ。精霊痕から感じる魔力からして、精霊の格自体は、決して低くはない。
そんなメデルの後ろをいつも通りのリツェアと顔色の悪いハイリが歩いて来る。
「主っ、主!私、光の精霊さんと契約出来ました!」
嬉しそうに駆け寄って来たメデルは、俺の側で予測していた事を報告して来る。
だが、精霊魔法は妖精族固有の魔法だ。その中でも、光と闇の精霊は、契約が困難な存在だという事は知っている。
幾ら聖獣と言っても、そう簡単に取得出来るものではない。
可能性があるとしたら、メデルに種族という壁を越えるだけの素質――いや、才能があったという事だ。
「ハイリさんに協力して貰ったら、この子が答えてくれたんです!」
嬉しそうに話すメデルの精霊痕が、メデルの感情に呼応する様に僅かな光を放つ。その現象を見ただけで、メデルと契約した精霊が、彼女に好意的な事が分かる。
「はぁっ、はぁ、」
「この課題が達成出来るまで、カシムさんは魔力操作だけを鍛えて下さい」
地面に蹲って呼吸を整えるカシムの背中を摩りながら、ミルが俺を睨む。
「どうして、直ぐに辞めなかった!」
「や、やめろ……」
「ハイリさんが『手を離せ』と言わなかったからですよ」
「お前、ハイリが直ぐに止められない事を分かってたな」
ミルの警戒心を剥き出しにした言葉に、「そうかもしれませんね」と返答する。
「次、私の仲間に手を出したら許さない」
「貴方程度でどうするつもりですか?」
その瞬間、早業と呼ぶべき動作でミルは弓に矢を番える――が、その体を支える足は地面から離れ、体も宙に浮いていた。
「?!」
現状を把握するより早くミルの小柄な体は地面に叩きつけられ、喉元に冷たい切先が添えられた。
「頭に血が上り過ぎだぞ。所詮は遊びだ」
ヴィルヘルムの敵意など宿さない呆れた視線を受け、ミルは現状を把握した。
未だ万全に動けないカシムとハイリの背後には、リツェアが立ち、自分が狙った俺の前にはメデルが光属性の防御魔法を展開している。
「これが、お前の浅はかな行動の結果だ」
ヴィルヘルムは冷たく言い放ち、槍を喉元から離す。
「強くなければ、何も護れない。だが、弱い者には、弱い者の戦い方と立ち回り方がある。少しはそれを考えろ」
「あんたもよ、ハイリ。周りの仲間の手綱位握って起きなさい」
ヴィルヘルムとリツェアに、言われたハイリとミルは返事をする事はなかったが、力なく項垂れていた。
「主、私も何か言った方がよろしいでしょうか?」
「無理はしなくて良いぞ」
「はい!」
探索を一足早く開始した俺達の後をカシム達がついて来る。
だが、その表情は痛恨の一撃を受けた後の様に晴れない。
暫く周囲を探索し必要な量の半分くらいは、薬草を採取する事が出来た。
「雪、俺達は森の奥を探して来る」
「誰と行くつもりだ?」
俺の問いかけに、ヴィルヘルムは覇気の籠った声で「ミル、行くぞ」と名前を呼ぶ。
先程の件があった所為か、ミルはハイリの方を見てから、「はい」と怯えた声で返事をしながら頷く。
「遅いっ。判断は早くしろ」
「は、はい!」
ミルの声が僅かに震えている。
だが、機嫌があまり良くないヴィルヘルムが、猛虎が如き覇気を放っている為、しょうがないのかもしれない。
ヴィルヘルムは、俺と同じ様にカシム達とは距離をとり、あまり深く関わらない様にしていた。
だが、考えを変えた様だ。
ヴィルヘルムは、ミルを引き連れて森の奥へと向かう。
「どうしたんでしょうか?」
「虎男なりに特訓をつけるつもりなんじゃない」
「と、特訓!」
心配にそうにミルの消えた方向を見つめるハイリの元に、メデルが駆け足で向かって行く。
「ハイリさん!」
「あ、何でしょう?」
「私達も特訓しましょう!」
「え、私とですか?」
「はい!ハイリさんと特訓すれば、私ももっと主の役に立てる気がします!」
突然のメデルからの提案に、ハイリは困惑してしまう。
「それは……大丈夫ですかぁ?」
「きっと大丈夫!私の勘がそう言ってます!」
メデルと共に行動する様になって、彼女の直感が良く当たる事は知っている。その為、許可を求めて来たメデルに、「分かった」と返答をした。
「はぁ、あっちは私に任せて。そっちは宜しく頼むわよ」
「ああ」
事前に調べた情報では、この辺りにリツェアやヴィルヘルムが苦戦する程の魔物は生息していない。
勿論、情報に上がらない魔物が生息している可能性はある。それでも、あの2人なら――。
「……何を考えているんだ」
無意識に2人なら大丈夫だろう、と考えていた事に気付く。
少し前まで、誰も信用出来なかった。誰かと関わるのが鬱陶しくて、目障りに感じていた筈なのに、気づけば俺の周りには人が集まっている。
「……深海」
聖都で俺に手を伸ばした友人だった彼の事を思い出す。
あの時の事は、今更後悔はしていない。それでも、昔の俺なら……と考えてしまう。
だが、深海が手を伸ばしたのは、今の俺にじゃなくて、昔の俺にだ。
俺は、彼の知る俺じゃない。
「フカミって何の事だ?」
「何でもない。それより、魔力の循環が乱れてるぞ」
「そ、そうか?」
常に〝身体強化〟を行う様に言ってはいたが、あまりにも質が悪い。
何より、自覚がないのが問題だ。
感覚派の多い戦士にとって、魔力の循環を矯正するのは鬼門に近い。戦闘中、魔力操作に意識が向いてしまうと直感的な回避や反撃が鈍ってしまう事がある。
「手を出してくれ」
「また、アレをやるのか?」
カシムの顔が引き攣る。
「あんな全力ではやらないよ」
疑う気持ちを隠そうともしないカシムは、躊躇しながら右手を出す。
俺は、少し震えている手を握って少しずつ魔力を流し込む。
「人が体内に魔力を貯蓄する方法は2つある。1つは、体内で魔力を作ること。もう1つは、外部から取り込んだ魔力を自分の魔力へ変換する事だ」
「それは知ってるが……」
「なら、俺の魔力は何処に流れてる?」
俺は、細かく説明する様にカシムに伝える。
「あー……手から腕に流れて、脇腹の辺りを通って足に向かってるな。その後は、昇って来て、胸の辺りに向かってる……」
自分の魔力は、最初から自分の物だ。それ故に、体は自分の魔力を感じ難い。
だが、他人の魔力は異物だ。冷たいや暑い、重い、軽いなど様々な違和感を感じやすい。魔力に敏感な魔族なら、尚更だ。
「流れを感じたら、俺の魔力を早く動かせ」
「は、早く?」
「力むな。寧ろ、力を抜いて、魔力の通り道を広げるイメージだ」
「っ、結構難しいな……」
そうは言っているが、流石は魔族だ。
魔力を感じるセンスは、人間の並以上はある
俺は、カシムから手を離す。
「今の感覚は忘れるなよ」
薬草採取を続ける為に、俺は歩き出す。その後を時折可笑しな唸り声を上げながら、カシムが付いて来る。
「なぁ、俺の魔力操作ってどのくらい酷いんだ?」
「……」
「いや、そこで黙るなよ」
必死に魔力を操作しているカシムは、隣を歩きながら俺の方を横目で伺っている。
「正直、魔族という事を踏まえれば――」
「……」
「剣を初めて握った子供……以下だな」
「以下なのかよ」
これでも振り絞った答えだったが、カシムには予想以上に衝撃的だった様だ。
◾︎◾︎◾︎◾︎
陽が傾く前まで薬草採取を行い、必要な分の薬草は集める事が出来た。
森の外に向かう途中で、ミルを連れたヴィルヘルムと合流する。背後でヴィルヘルムに付いて歩くミルは、分かれる前よりも汚れや擦り傷が増えていた。
「お、おいっ、ミル大丈夫か?」
「……ん。なんとか」
明らかにヴィルヘルムの方を向いてから、ミルは返答をした。
「目的の薬草と他の依頼の分も採取しておいた」
籠には2種類の薬草が入っていた。
「あっ!皆さんっ」
声が聞こえて、森の出口の方からメデルが駆けて来ていた。その右手には、鳥の翼の様な紋様――精霊痕が刻まれていた。
「なんだ、あれは?」
「精霊と契約した証?!」
ヴィルヘルムの疑問に、ミルの呟きが答えとなる。
ミルの言う通り、メデルに刻まれた精霊痕は、精霊と契約した証だ。精霊痕から感じる魔力からして、精霊の格自体は、決して低くはない。
そんなメデルの後ろをいつも通りのリツェアと顔色の悪いハイリが歩いて来る。
「主っ、主!私、光の精霊さんと契約出来ました!」
嬉しそうに駆け寄って来たメデルは、俺の側で予測していた事を報告して来る。
だが、精霊魔法は妖精族固有の魔法だ。その中でも、光と闇の精霊は、契約が困難な存在だという事は知っている。
幾ら聖獣と言っても、そう簡単に取得出来るものではない。
可能性があるとしたら、メデルに種族という壁を越えるだけの素質――いや、才能があったという事だ。
「ハイリさんに協力して貰ったら、この子が答えてくれたんです!」
嬉しそうに話すメデルの精霊痕が、メデルの感情に呼応する様に僅かな光を放つ。その現象を見ただけで、メデルと契約した精霊が、彼女に好意的な事が分かる。
応援ありがとうございます!
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