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第3章
第4話 商会
しおりを挟むレイヴァース辺境領の辺境都市アテラに到着した翌日。
俺達は再び、リツェアの案内で都市の大通りを歩いていた。
辺境都市には、東、南、西、北の4方向に門がある。そして、門から反対方向の門に向かって真っ直ぐ大通りが作られていた。
その中で俺達が歩いているのは、最も商会や露天などが多く立ち並ぶ東の門側の大通りだ。
「ここにお前の知人が、店を出しているのか?」
「そうよ。金の亡者だけど、口は硬いし、価値がある人への投資は厭わない人よ」
ヴィルヘルムは、リツェアの言葉から相手の姿を想像したのか、「大丈夫なのか?」と呟いていた。
俺も正直、名前を聞くまでは半信半疑だったが、目的の人物の名前を聞いてからは、会う事には賛成している。
この世界で10年前――3年以上前に出会った彼女のままなら、最悪正体を見抜かれても協力してくれる可能性も僅かにあると思ったからだ。
リツェアは、重い息を吐きながら、ガラス張りとなっている店に入って行く。
店の入り口には、『フォンティーヌ商会』と達筆な文字で商会の名前が書かれていた。そして、店内には、薬草を用いて製作する薬品――ポーション、軟膏、飲み薬が置いてあり、加工前の材料も売られている。
客も俺達以外にも数人おり、普通の一般市民から軽装備を着用した冒険者と思われる人達まで商品を真剣に吟味していた。
俺はリツェアの案内で店の奥の受付に向かう。
「悪いけど、マンドラゴラを持って来たってクローリアに伝えてくれる?それと、リツェアが来たって事も」
「申し訳ありませんが、どちら様でしょう」
困惑する店員に、嫌々ながらリツェアは答える。
「元レイヴァース辺境伯の領土軍所属のリツェア・ツェレス・クイーテルよ。クローリア・フォンティーヌとは……腐れ縁ね」
「……分かりました。少々お待ち下さい」
奥に姿を消した店員に向けてか、その奥に待つクローリアに向けてなのか、盛大なため息をリツェアは吐く。
「お前も軍人だったのか」
「……まぁね」
「そんな素振りはなかったが……」
「嫌で退役したし、元々軍人なんて私に向いてなかったのよ」
ヴィルヘルムと振り返る事なく話をしていたリツェアは、俺とメデルを向けて「驚いた?」と問いかけて来た。
「驚きました!」
「驚いたよ」
おそらくだが、ヴィルヘルムは元軍人だ。
基礎が固まった槍術や歩行術、仕草や私生活の中に染み付いた習慣を見れば何となく察する事が出来る。
だが、リツェアからは何も読み取れなかった。
先程奥に消えた店員の女性が、扉を開けて戻り、「奥へどうぞ」と許可が降りた事を説明される。
その後、俺達は、店員の少女に付いて商会の長い廊下を歩く。そして、奥の大きく、重厚感のある扉の前まで案内された。扉の表面の装飾を見る限り、かなりお金をかけているだろう。
まず、案内してくれた少女が扉をノックし入室の許可を得る。
「どうぞ」
部屋の中から聞こえたのは、綺麗な女性の声だった。
俺は少女から頷かれ、扉を開ける。
部屋の正面の奥には大きな仕事机があり、綺麗に整頓された書類が積まれていた。そして、その先には、金髪翠眼のエルフの女性が堂々と座っていた。
窓から差し込む光を浴び、キラキラと光る金髪と異性を誘惑するように整った顔には、他人を値踏みする静謐な感情が宿っている。
「失礼します」
俺に続いて、3人も部屋に入室する。そして、促されるままに、向かい合ってソファーに座った。俺とクローリアの間にあるテーブルには、物を置く為のトレイが置かれていた。
「私は、クローリア・フォンティーヌ。ここフォンティーヌ商会の商会長をしているわ。腐れ縁の1人を除いて、初めましてになるかしら」
ヴィルヘルムとメデルが、横目でリツェアの様子を伺う。
「そうね、久しぶり」
「ええ、久しぶり。それより、私の勧誘を断って、大陸各地を放浪した結果が貧乏人なの?」
貧乏人と言ったのは、着用している、サイズの合わない男物の服を見て判断したのだろう。
「今は詳しくは話せないけど、色々あったのよ」
「……まぁ、良いわ。思い出で懐は膨れないし」
「相変わらずね」
「そうね、私は変わってないわ」
表情が変わる瞬間、テーブルに準備されていた紅茶に口をつける事でクローリアの表情の変化を見失った。そして、紅茶の入ったティーカップを置いた時には、部屋に入った時と同じ余裕の笑みを浮かべている。
「さて、早速だけどマンドラゴラを見せて貰えるかしら?」
クローリアは、俺の正体に気付いた素振りなど見せずに商談を進める様に促す。
俺は頷いて、アイテムボックスから、植物の根が土偶の様な形になっている魔物の死体を取り出して、トレイの上に置く。
「……確かに、マンドラゴラで間違いないわね」
じっくりとマンドラゴラを鑑定し、クローリアは視線を俺達の方に向ける。
マンドラゴラは、森の奥地に生息し、発見が困難な魔物だ。それでも、マンドラゴラ自体の危険性は低く、子供でも倒せる程度の力しかない。
だが、マンドラゴラは身の危険を感じると、周辺の魔物を呼び寄せる絶叫を上げる為、マンドラゴラの討伐・捕獲は困難と言われている。その所為で、冒険者組合で買取を依頼すれば、変な勘繰りをされてしまうと考え、フォンティーヌ商会に持って来たのだ。
「貴方達、名前は?」
「はい。雪と言います」
「メデルです」
「ヴィルヘルムだ」
「そう、3人とも優秀なのね」
一つ一つの言動が、計算されているかの様に絵になっている。
クローリア・フォンティーヌは、俺の知人でもあるとは言え、正体を明かして良いのか判断は難しい。
「さて、マンドラゴラの買取は、金貨6枚で如何かしら?」
いきなり提示された高額買取の値段に、メデルが「ひゃ」と言う様な悲鳴を上げる。
この世界の通過は、銅貨、銀貨、金貨、白金貨の順に価値が高額となって行く。
一般的な市民は、主に銅貨と銀貨のみを使用し生活をする。中には、金貨を見る事なく一生を終える人も少なくないだろう。
特に、白金貨を使うのは貴族や王族、一部の大商人くらいだ。
「……」
値段を聞く限りでは高額だが、マンドラゴラの市場価格を調べて来るのを忘れていたので厳密な所はわからない。
「言っておくけど、金貨6枚は適正な価格よ。他の店に確認して貰っても構わないわ」
「……」
部屋の外や天井など、魔力感知で分かる範囲で部屋を囲んでいる人数を確認した。
おそらく、数は6人。気配を消すのが上手いし、襲って来る様子が無い事から護衛だろう。
すると、クローリアには聞こえない程の小声でヴィルヘルムが話しかけて来た。そして、メデルも混ざる。
「どうする?」
ヴィルヘルムは、言外に『正体を明かして、協力を仰ぐか?』と聞いているのだろう。
「悪い感じはないです」
メデルは、聖獣として特性故か、自分に向けられる悪意には敏感だ。
何より、クローリア・フォンティーヌが聖王国の味方とは考え難い。
何故なら、クローリアは、明日羽が腕を奪った妖精国女王シルヴァーリア・フォンティーヌの実妹だからだ。
このフォンティーヌ商会に来る前に、シルヴァーリア・フォンティーヌの治めていた妖精国の現状を確認したが、数年前に滅亡していた。その原因は分からず、様々な目撃証言や憶測が当時は飛び交っていたそうだ。
リツェアとヴィルヘルムも、当時の同様の話を聞いていたらしい。
俺自身、シルヴァーリア・フォンティーヌとの面式は殆どなかったが、彼女が若くして女王となり、妖精国を治めていた事は知っている。
10年前、彼女が他国の圧力に屈する事なく、中立の立場を貫いてくれた事で、多くの人々の命が護られた。
クローリアは、そんな姉のやり方が、ジリ貧だと反発して国を出て戦争に参加した妖精族――エルフ族の1人だ。
だが、クローリアは、心の中では姉の覚悟や苦悩に気付いており、自分の力で妖精国を護ろうとしていた。
だからこそ、目の前で平然としているクローリアの心の何処かには、姉と故郷を失った喪失感がある。
今更、俺の正体を明かした所で、協力してくれるかは分からない。
寧ろ、明日羽がシルヴァーリアを殺したと知った時に、敵となるかもしれない。それなら、最初から伝えない方が最善だ。
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