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第3章

第3話 繋がり

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冒険者組合への登録も終わり、登録の証明書であるプレートを受け取る。
 プレートは、ドッグタグ程度の大きさで、階級の名前と同じ素材で作られている様だ。そして、冒険者の身分を証明する物の為、紛失した場合は、悪用される可能性があり、再発行にはお金がかかる。
 勿論だが、紛失している間に、トラブルに巻き込まれても組合側は一切の責任を負わない。

 4人それぞれが、自分の名前が彫られたプレートを受け取った後、森で遭遇した魔物の素材を幾つか受付の女性に差し出した。
 明日羽達との戦闘があった為、危険性の高い魔物の素材ではなく、危険性の低い――弱い魔物の素材をアイテムボックスから取り出す。

「素材は、これで全てですね?」
「はい」
「分かりました。それでは、素材を専門の職員が確認して、買取の代金を準備して参ります。暫くは、彼方の方でお待ち下さい」

 受付の女性の指示に従って、併設されている酒場の空いている席に向かう。
 酒場では、相変わらず依頼を終えた冒険者達が酒を飲みながら、大声で騒いだり笑ったりしている。そんな冒険者達から距離を取る為、空いている席に向かおうとした時、酒の臭いを漂わせる男が近寄って来た。
 赤い肌に、額に伸びた2つの角。片方――右側の角は途中で折れてしまっているが、男の種族を判別するには充分な特徴だ。
 魔族の中でも優れた筋力と様々な耐性を持つ戦闘部族――鬼族。
 大男と呼ぶに相応しい体格と筋骨隆々とした姿は、傷のある強面と相まって、子供なら泣いて逃げ出す風貌だ。

「わっ」

 メデルも驚いて、俺の後ろに隠れる。

「何か用ですか?」
「見所のありそうな新人冒険者に、辺境都市アテラの冒険者としての流儀を教えてやろうと思ってな」

 酒の臭いを漂わせて、ニヤリと挑発的な笑みを浮かべる。

「流儀?」
「おう!お前達みてぇな奴は、直ぐに調子に乗って早死にするからな。まずは、中堅以上の冒険者に師事して、色々教わるのが堅実だ」

 危険の多い辺境都市アテラで、冒険者を生業とするなら冒険者同士の繋がりは重要にはなるだろう。

「だが、タダって訳にはいかねぇ」
「……」
「この世に、タダより怖い物はねぇからな」
「どうすれば良いですか?今は、お金にあまり余裕がないんですが……」

 俺の言葉を聞いて、酔った男は笑みを深める。

「簡単だ。体で払ってくれたら充分だ」
「……」
「そっちの赤髪のお嬢ちゃんは勿論だが、白髪のお嬢ちゃんも喜ぶ奴等は大勢いるぞ。それに、お前も良い顔をしてるじゃねぇか」

 酒か、汗か、何かで湿った手が肩に置かれる。
 皮膚が硬くなり、剣ダコによってゴツゴツと凹凸のある手から、この男が努力もせずに『金』のプレートをぶら下げている訳ではない事が理解出来た。

 だが、冒険者としての実力は兎も角、役者の実力も素人ではなさそうだ。

「どうだ?」
「……」

 近い距離で、男と目が合う。

「っ」

 その瞬間、何故か分からないが、男は肩から手を離して数歩下がる。その表情は、先程までの演技とは別物の様に見えた。

「鬼族は、ドワーフ族程ではないが、酒豪の種族だ。そう簡単に、酔いが回る筈がない」
「……」
「それに、台詞は上手いけど、貴方の目は常にヴィルヘルムとリツェアの動きを警戒していた。欲に溺れて、人を手篭めにしようとする人が、そこまで慎重にはならない」

 鬼族の男は、先程まで浮かべていた笑みを完全に消す。

「……いつから気付いてた?」
「『それに、お前も良い顔をしてるじゃねぇか』って、言った辺りですかね」
「ちっ、嘘つけ……。最初から気付いてやがっただろ?」
「……」

 返答せずに、肯定する。

「俺は、カシム・グランブールだ。短い付き合いになるかもしれねぇが、よろしく」
「ぁ……はい」
「嫌だけど……えぇ」
「いや、さっきのは本気で冗談だからなっ」

 リツェアとメデルから受ける拒絶の視線を受けて、カシムは必死に弁明する。


「雪さん、こちらが買取の料金となります」

 事の成り行きを見守っていた受付の女性が、お金を持って近寄って来る。そして、優しい声音で話し始めた。

「先程のは、アテラ冒険者組合の『新人試し』と呼ばれる一種の催しの様な物なんです」
「何故、そんな物が?」

 ヴィルヘルムの問いに、受付の女性は「未来ある新人冒険者の為です」と答えた。
 
 「ある程度実力のある人は、直ぐに危険地帯に踏み込んで命を落とす事が多いんです。だから、こうして定期的に新人冒険者の実力を確かめたり、鼻を折ったりしてるんですよ」

 そう言って、受付の女性は、メデルとリツェアに冷たい眼差しで睨まれたままのカシムが、同業者の冒険者達に笑われている姿を見ていた。

 その姿を見て、現代の冒険者の在り方が、10年で良い方向に変わった事に気付く。
 当時――10年前の戦時中は、冒険者は王国の騎士の手が回らない仕事を熟す為の道具として考える人達が多かった。
 実力の有無など関係なく、危険な場所――戦場などに投入されて命を散らして、また代わりが補充される。軍人の中には、騎士よりも統率が取り難く、信用出来ないが、金で雇えて命の価値が安い戦力、と考える人がいた。

 だが、現代は、組合とベテラン冒険者が、新人冒険者を護り、育てていく様になっている。
 アテラの冒険者組合だけかもしれないが、少しずつでも前に進んでいる姿に妙な感情が湧く。

 俺は、その感情から目を逸らして、組合の出口の方向に向かった。



 ⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎


  アテラの中心に近づくに連れて、人通りは落ち着いて来た。それによって、ヴィルヘルムとメデルも歩く事に困る事が減っている様子だ。

「色々な人がいるんですね」
「少なくても、あんなマッチョな変態には会いたくなかったわね」

 メデルの言葉に、カシムの事を思い出してリツェアは表情を曇らせる。

「そうか、なかなか面白そうな奴だと思ったが」
「はいはい、マッチョはマッチョに優しいのね」
「……足りないよりマシだと思うが?」

 小馬鹿にした様なリツェアの言動に、やや挑発的な言葉でヴィルヘルムは返答した。
 リツェアとヴィルヘルムは、共に足を止めて睨み合う。

「また始まりましたね」
「2人の事より、宿を探すか」

 俺が適当な宿を探している間、ヴィルヘルムとリツェアは、なんだかんだとずっと睨み合ったままだった。
 流石のメデルも、今回は片側の味方をする事なく、心配そうに時折後ろを振り返る事に留まっている。

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