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第2章

第6話 ある少年の世界

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 俺の名は、深海庸平。
 今俺は、小学校からの幼馴染と剣を構え向き合っている。

 本当は、こんな事をしたくない。
 なのに、どうしてこんな事になったのだろう……。
 最初のきっかけは、あの異世界召喚だ。

 急に教室の床が光出した後、俺は何が起こったのか分からなかった。
 ただ呆然と女神を名乗る水晶から聞こえる声と異世界へ転移した後、澤輝の声とそれに応えるクラスメイトの声を聞いていた。
 何度も夢だと自分に言い聞かせても、目の前の光景がクラスメイトの声が、これがどうしようもない現実なのだと無情にも突き付けて来る。
 俺は、別に地球での平凡な毎日に嫌気がさしていた訳ではない。
 寧ろ、そんな毎日に満足していた。だから、俺はこんな世界なんて望んでいなかった。

 押し寄せて来る負の感情を何とか抑えようと、地球にいた頃から最も信頼を寄せている友達――凍夜を探す。
 凍夜は、クラスメイトの1番後ろの方で冷静に周りを観察していた。
 俺は、その姿を見て、何故かホッとした。

 しかし、話しかけようと近付くにつれ、凍夜が海堂に殴られている時の光景を思い出し、今までの自分が行っていた行動が頭の中で蘇る。

「……ぁっ」

 俺は何で助けなかった……?
 俺は大切な友達を見捨てて、一体何をしていたんだ。
 俺の恩人で、俺の唯一無二の親友に、俺は何て事を……。

 後悔が俺の心を満たし、次に燃える様な自身への怒りに変わった。そして、いつの間にか進んでいた足は止まり、拳を掌が白くなる程に握り締めて痛みを感じる程だった。
 それからの日々は、どうにか謝罪する機会を探っていた。そして、召喚から7日目に、凍夜を建物の裏に連れて行く海堂達の姿を見つけた。
 気付くと俺は、湧き上がる怒りを胸に、そちらに向けて歩いていた。その隣をいつの間にか、クラスメイトの風巻さんが歩いていた。
 俺達は会話をする事はなく、凍夜が連れて行かれた建物の裏に向かって進む。そこで目に入ったのは、海堂が凍夜に向けて魔法を放つ所だった。
 俺は、咄嗟にアイテムボックスから、槍を取り出し魔法に向けて躊躇なく放つ。槍は、『戦の武皇アー・レクス』の補正を受け、見事に魔法を貫いた。

 その後、何とか凍夜と会話をしたが、彼は俺達を側に置きたくない様子だった。そうしている内に、凍夜は城の中に入って行ってしまった。

「……はぁー、俺は…」

 結局謝れ無かった。
 その時、隣からチョンチョン、と腕を指で突かれたので、そちらを見る。そこには、クラスNo. 1美少女、学校の女神など、様々な二つ名で呼ばれる風巻刹那さんが俺を見上げていた。
 さっきまで全く意識していなかったが、一度意識してしまうと胸がドキドキと高鳴る。
 俺を見上げる綺麗な黒目、僅かに汗をかいている首筋、服を押し上げる胸……。

 目のやりばに困る!

 誤解がない様に言っておくが、俺は彼女いない歴=年齢。更に、会話が苦手で、特に異性と話す事が苦手だ。
 そんな事を考えてるとも知らず、風巻さんは平常運転で俺に話しかけて来る。

「彼は相変わらずね」
「……あ、あぁ」
  
 どうして俺はいつも、こんな無愛想な返答しか出来ないんだ。だから、周りから何を考えてるか分からないって言われたり、恐がられるんだ。

「それにしても、深海は一ノ瀬と仲が良かったのね」

 そう言われた瞬間、俺は後悔や自己嫌悪で顔を顰めてしまった。

「…………幼馴染だ」
「そうなの」

 気を使ってくれたのか、それ以降風巻さんが俺と凍夜の事について聞いて来る事は無かった。

 その後はどうも話が続かず、区切りの良い所で風巻さんと別れた。
 俺は、自分のコミュニケーション能力が欠如している事を改めて体感しつつ自分の部屋に戻った。


 ■■■■■


 昼の鐘が鳴り、仮眠から眼が覚めた。
 部屋を出て食堂に向かっていると、海堂の取り巻きの1人である早乙女が、凍夜の部屋の方に向かって行くのが見えたので後を追う。

「……おい」
「ぇ?ひぃ!」

 振り返った瞬間早乙女が、小さな悲鳴を上げた。

「……」

 昔から何度も似た反応をされて来たので、今更気にする事ではない。
 そう、ちょっとグサッと来ただけだ。

 でも、今の何が悪かったんだ。
 普通に話しかけたつもり何だが……。

「……何をしている?」
「えっと、僕……謝ろうと思って」

 早乙女はどうやら、訓練後の虐めに参加してしまった事や今までの事を凍夜に謝りたくて部屋に向かっていた様だ。そんな事情を聞いていると、廊下の角を曲がって風巻さんがやって来た。

「何してるの?」

 風巻さんの顔は笑っていたが、目が笑っていなかった為正直に話す事にした。

「ふーん。それじゃ、私も行くね」

 風巻さんは「話はまだ終わってないから」と言って微笑んでいたが、目が笑っていない。

「あれ、風巻さんってこんなキャラだっけ?」

 早乙女の問いに「さぁな」とだけ返して置く。
 3人で凍夜の部屋に向かうと、廊下の先にある部屋の扉が開き凍夜が出て来た。その為、俺達は咄嗟に隠れてしまった。
 反射的に隠れてしまった故に、話しかけに行き難く、廊下の角から凍夜の様子を観察する。

 上から順に、俺、風巻さん、早乙女となっている。

「あれ……一ノ瀬君、何処行くんだろ?」
「あっちは、城の外ね」

 俺達異世界人は、行動の制限を受けてはいない。

 だが、皆騒ぎがした。
 俺は何も言わず、凍夜を追う。その後ろを2人も着いて来た。
 俺達は、凍夜の後を追い城内から外に出る。


□□□□□


 凍夜の向かっている方向から、何となく王都の外に向かっているだろう事は予想できた。

 だが、城壁の外の魔物は強い。
 召喚されて2日目に、魔物との戦闘を見せて貰ったが、正直戦闘に特化した固有スキルを持つ俺でも勝てるか分からない敵だ。そんな危険地帯に、回復の固有スキルしか持たない友達が行こうとしている。
 声をかけ止めるべきだと距離を詰めようとした所で、凍夜は道の脇道に入って行った。
 俺は、友達が外に向かっていないのだと安心したが、同時に行き先が分からなくなった。その為、後を追って脇道に入って行く。道幅は奥に行くほど広くなり、その奥は人気が全くない。
 その時、俺の勘が危険だと警報を鳴らしたが、既に遅かった。

「何か用か?」
「「「!!」」」

 角を曲がった所には、凍夜が俺達を待ち構えていた。
 驚く俺達に、凍夜君は刃物の様な光を宿した瞳で聞いてきた。

「それで、俺に何の様だ?深海、風巻、それと早乙女」
「いや、僕達は、その……」
「帰れ」

 刃物の様な光を宿した凍夜の瞳が、凍えるような冷気を放っているように感じる。

「これ以上俺に関われば、容赦しない」 

 城で話した時とは、まるで別人の様に雰囲気が違う。

「そ、そんな……」

 それでも、相手が凍夜なら迷う必要はない。

「……断る」
「私も嫌よ」
「……ここで、凍夜を見失ったら.....2度と、届かない気がする」

 漠然と感じていた不安をなんとか言葉にして伝えると、少しだけ凍夜の放っていた冷たさが緩んだ。

 だが、次の瞬間、二つの魔法が発動された。

「しょうがない。第三階梯魔法〝静音サイレント〟第四階梯魔法〝濃霧ミスト〟」

 まず、場が音が漏れない空間に変わり、第四階梯魔法〝濃霧ミスト〟が俺たちを囲む様に現れ、外側からの視界を封じた。
 この領域を作り出すレベルの魔法を同時に発動するのは、魔法に補正を受ける生徒でも到達していない高度な技だ。

「2つの魔法を同時に発動!?」
「第四階梯!?」

 風巻さんと早乙女の驚きは当然だ。
 召喚された生徒達が、現在使える最高位の魔法は第三階梯の魔法までだ。
 たかが1つ上の魔法と思うかもしれないが、その1つ上の魔法をクラスメイトの誰1人として習得出来ていない。

 だが、それをクラスで1番魔力が少ない凍夜が、当たり前の様に使っている事に俺も驚いている。

「俺は、国を出る。そして、2度とお前達とは関わるつもりはない」
「駄目だ。凍夜……」

 必死に言葉を探す俺を見て、凍夜が嗤った。
 俺らしくないとでも思っているのだろう。そして、次の瞬間、凍夜が凄まじい速度で俺に肉薄する。

「遅過ぎるぞ。深海」

 反射的に伸ばされた手を弾こうとしたが、俺の動作より速く、凍夜の手が俺の服の襟を掴む。
 驚異的とも言える速度と力だが、俺は逃げる事なく立ち向かう。
 左足を滑り込ませる様に踏み込み、右足から腰を勢い良く回転させて、凍夜の事を横方向に向けて背負い投げの様に投げようとした。

 だが、一瞬で体勢が崩された。
 何が起こったのか分からず、気付いた時には体が宙に浮き、体の自由が失っていた。そして、そのまま重量に引かれて体を地面に打ち付ける。

「がはっ」

 肺から息が吐き出され、背中から衝撃と痛みが走る。暫く感じていなかった敗北の苦さが、広がった。たった一度の投げ技で、俺の体は凍夜の強さに屈してしまった。そして、俺の武術家としての本能が、『手を抜かれた』事を理解するのに時間は必要なかった。

「ぅ……」

 強い。
 技の理解など出来なくても、自分などでは到底届かない高みに、凍夜が達している事は理解出来た。

 だが、俺に『諦める』という選択肢はない。
 俺は、震える手足に力を込めて立ち上がった。

「実力差は歴然だぞ?」

 凍夜の言葉は、現実を事実として突き付けている。
 
 だが、自分の弱さを理由に、逃げる事だけはしたくなかった。
 油断なく、冷静にアイテムボックスから取り出した剣を構えて、凍夜の一挙一動に意識を集中する。
 この先の事など考えない。今この瞬間に全力を注ぐ。そして、互いの溝が埋まるかは分からないが、凍夜と話さなければいけない。
 すると、凍夜は、俺達から距離を取って口を開いた。

「分かった」

 感情のこもった声の後に、凍夜から放たれた魔力が物理的な圧力となって俺達を襲った。

「何っ」
「ひぃ!?」
「何て魔力なの!?もしかして、澤輝以上……」
「俺が、澤輝以上か。本当に、そう思うか?」
「どういう、意味だ?」
「俺は、紛い物の勇者とは次元が違うぞ」

 〝濃霧ミスト〟の内部で、魔力が暴れ狂っている。そして、凍夜は澤輝の事を『紛い物』と読んでいた。

 『紛い物』とは、何の事だ。
 お前は一体、何を知っている?

「どうした。俺を止めるんじゃないのか?」

 凍夜の声に、遠のいていた意識がはっきりとした。

「そうだ」

 俺は、本能的な恐怖を断ち切るかの様に凍夜に向かって足を踏み出した。
 たったそれだけで、俺の息は荒くなり、足が震える。
 
 ――恐い。

 頭で理解する恐怖とは違う。俺の体と魂が凍夜に怯えている。どれだけ勇気を振り絞っても、まるで喉に切先が触れている様な感覚が消える事がない。
 隣で風巻さんと早乙女も武器を構え直したのを感じた。

「構えは上々だ。戦意はギリギリ及第点。そして、良い覚悟だ」

 凍夜との物理的な距離はそう離れていない。
 
 だが、そこにはあまりにも圧倒的な開きがある様に俺は感じた。それでも、目の前に立つ凍夜だけを見て、闘志を昂らせて剣を構える。

 正直、目線を外したら腰が抜けそうだった。

「お前等の覚悟に敬意を表し、俺も全力で行くぞ」
「「「!!」」」

 俺の額に大粒の汗が流れる。

 俺は、漸く理解出来た。
 俺達が今対面している人物は、自分程度では対峙する事さえ許されない、絶対強者なのだと。そして、自分の力の全てに絶望した。

 ――何て小さな力なんだ。

 俺は、この異世界に召喚された事を不快に思う裏で、他者より優れた力を貰った事に優越感を感じていたのかもしれない。

 だが、今やっと分かった。
 俺は、周りのクラスメイトよりほんの少しだけ強い力を貰い、自惚れていたに過ぎない。愚かな子供だったのだ。
 
 また現実は、俺に無情にも真実を突き付ける。
 俺は、無力のまま立っている事しか出来ない。あの時と何も変わっていなかった。

 瞬き一つせず見ていた凍夜の突き出した右手に、魔力が集まり剣の姿に変わって行く。

 「底無き欲望宿りし聖剣よ 我が手に顕現せよ!
 万物を喰らい尽くせ【聖剣・暴食王ベルゼネス】!!」

 凍夜の右手に顕現したのは、漆黒に覆われた剣。まるで、深淵から汲み上げた闇そのものと言われても疑い様のない禍々しさを感じる。
 
 俺の思考の全てが、恐怖に塗りつぶされて行く。

「聖剣!?澤輝と同じ……」
「澤輝の剣は、聖剣じゃない」

 凍夜の持つ聖剣が、僅かに蠢いた様に見えた。
 光の反射だったのか、凍夜が手を動かしただけなのかは分からない。それが分かっている筈なのに、俺には凍夜の持つ聖剣が巨大な口を開ける化け物の様にしか見えなくなっていた。

「え?」
「……どういう事だ?」

 俺達の問いに答えず、凍夜は聖剣を軽く振るった。
 たったそれだけの動作によって、嵐の様に暴れ狂っていた周囲の魔力が消えた。

 いや、何故か俺には分かった。
 この空間に暴れ狂っていた魔力は、聖剣に根こそぎ喰い尽くされてしまったのだ。
 
「あれ、魔力が……」 

 早乙女と風巻さんは、状況が理解出来ていない。

 だが、俺に2人を気づかう余裕はなくなっていた。
 俺の額か、汗が頬を伝い地面に落ち、呼吸が徐々に荒くなって行く。そして、気付いた時には、恐怖と困惑を混ぜ合わせた声で、叫んでいた。

「……凍夜…それは一体何だ?」
「言った筈だ。本物の聖剣だ」
「馬鹿な事を言うな!それが、そんな化け物が剣な筈がない!」

 普段の俺からは、想像出来ない程に焦っていた。

 いや、焦らずにはいられなかった。

「お前に教える必要はない」

 凍夜が聖剣を構えた。

「終わらせるぞ」
「来る!」
「「……っ!」」

 見た事がない凍夜の瞳。
 敵意、殺意、そんな安直な言葉では、言い現す事など出来ない、底の見えない瞳だ。
 風巻さんに言われるまでもなく、凍夜の聖剣に意識を集中する。

 相手は凍夜だ。大切な友達だ。
 俺が本気で戦っても勝てる見込みはないだろう。だったら、全力で戦って止めるしかない。

 だが、その覚悟すら俺の驕りだった事を直ぐに理解させられた。

 ――ドサッ。

 一瞬の出来事だった。
 視界から凍夜が消え……次の瞬間、隣に立っていた筈の風巻さんが倒れていた。

「何!?」
「次は、お前達だ」

 状況を理解するより前に、目の前に凍夜が聖剣を手に持ち立っている。
 動きが全く見えなかった。

「うぅぉぉおおお!!」

 反射的に剣を振り抜く。殺さないようにする事なんて考えず、無意識に目の前の敵に、命を刈り取るべく全力で剣を振るった。
 剣の軌道は、真っ直ぐに凍夜の首に向かって進む。速度も振り抜いた体の感覚も悪くない。
 寧ろ、今まで繰り返して来た斬撃の中でも最高の斬撃の自信がある。

「無駄だ」

 しかし、剣が届く事はなく、根元からまるで獣に食い千切られたかのように刀身がなくなっていた。

「!?」

 一瞬の動揺。
 現実離れし過ぎた光景に、俺の頭は思考を諦め、体が動かせなくなった。
 凍夜の聖剣を持つ手が動く。

「た、盾魔法〝風の盾ウィンド・シルド〟」

 俺と凍夜の間に、風の盾が具現化した。

 だが、凍夜の聖剣の前には、あまりにも頼りなく感じてしまう。

「魔力を食い尽くせ、【暴食王ベルゼネス】」

 気付いた時には、盾を食い破り、聖剣が俺の胸を貫いていた。

「がはっ……ぅ」

 全力で戦って止める……?
 何を俺は、自惚れていたんだ。
 俺程度じゃ、戦いにすらならなかったじゃないか。

 体から力が抜け、その場に膝を付く。
 胸が熱く、激痛が走った。自分の中から、熱い何かが流れ落ちて行く感覚に恐怖が込み上げてくる。呼吸もままならず、身体の力が抜けて行くのと、胸を貫かれた現実が、間近に迫った死を連想させる。

「…っ、俺は…ま、だ……」

 死にたくない……っ。

「安心しろ。死にはしない」

 熱の込もらない凍夜の声が聞こえると同時に、胸から聖剣が引き抜かれた。

「ぅっ………」

 聖剣が抜かれた途端、俺の体は重力に引かれ硬く冷たい地面に倒れた。そして、意識もだんだんと遠くなって来る。

「ただ、魔力を殆ど喰ったから暫くは動けないだろうけどな」





 
 薄れゆく意識の中で、俺の横を通り抜ける凍夜に手を伸ばす。




 
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