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第10話 ピエロは舞台を降りました。

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「ヘンリック様、事情は理解致しました。公爵様にはお気になさらないでくださいと、お伝えください」

そう言って私は出来るだけ儚げに微笑む。
目の端に水滴を作って、ほんの少しだけ睫毛を濡らすのも忘れない。
我ながら上手に演技が出来たのではないだろうか。
儚げな微笑みがドヤ顔に変わらない様、細心の注意を払いながら私はヴィクトリカ王妃とエラリー様へと視線を向ける。

「ヴィクトリカ王妃様、エラリー様、折角この様な場を用意して頂いたのに申し訳ありません。全ては私の不徳が原因でございます。どうか公爵様を責める様な事はしないで下さいませ。ヘンリック様はもう下がって頂いても結構です。私からの言伝を確かに公爵様にお伝えてくださいませ」

そこまで一息に言葉を紡ぐと私は瞳を閉じて俯いた。
後は王妃とエラリー様に手紙を読ませればミッション完了だ。
私はここが正念場だとばかりに一層演技に熱を入れる。
最早この場が婚約の顔合わせの場であった事など完全に忘れていた。
気分は完全に劇場の舞台の上のピエロである。
私は手に持っていた手紙をさりげなく机の上に広げて置くと、両の瞳を水滴で潤ませ、今日一番の儚い笑顔をヴィクトリカ王妃とエラリー様に向ける。

「本日は私の所為で不愉快な思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした。私は気分転換の為に少し席を外させていただきます。私の事は気にせずに、このままご寛ぎくださいませ」

そう言って優雅に一礼をして踵を返す。
勿論、振り向きざまに瞳から水滴を零すのと、声を震わせる事も忘れない。
完璧に演じきった満足感に満たされながら、私は王宮の庭園へと歩を進めた。

王宮の庭園を笑顔で散策しながら私は先ほどの場面を振り返って、我ながら渾身の演技ではなかっただろうかと自画自賛していた。
傷付きつつも気丈に振る舞い、且つ周りへの配慮も忘れないお淑やかな令嬢を見事に演じきる事が出来ただろう。
これで、エラリー様は私への口さがない噂が広がらない様あちこち根回ししてくれるだろうし、王妃様も率先して痴れ者だなんて噂を流す様な真似はしないと思いたい。

「これならエミリッタも文句言えないでしょ。私だって実家の事は少しは気にしているんだから、やる時はこれくらいはやるわよ」
「ええそうですね。お嬢様にしましては今回はかなり上手く纏められたのではないでしょうか。毎回これくらいやる気を出して対応していただけますと従者一同非常に助かります。この調子で今年はそれなりに社交も頑張ってください」
「エミリッタ!!」

独り言のつもりで呟いたその言葉に予想外の返答があって私は慌てて振り返る。
無口な従者はまるでそこにいるのが当然かの様に静かに佇んでいた。
驚く私を他所に彼女は淡々と言葉を紡ぐ。

「さてお嬢様、今回はお嬢様がそれなりに頑張って道化を演じてくれましたので、ボロが出る前にこのままお暇致しましょう。ヴィクトリカ王妃様とモンロー夫人様には既にマテウスが言伝に向かっております」
「ちょっと待って何で貴女達がここにいるの?」
「お嬢様、淑女たる者細かい事を気にしてはなりません。既に馬車の用意は終わっているので早く帰りましょう」
「王宮への不法侵入は全然細かいことではないと思うのだけれど。あと、貴女の淑女への観念はおかしいわ」
「お嬢様以外には、私どもは傷心で気落ちした主人を連れ帰る為に王宮の従者より連絡を受けた事になっておりますので気になさらず。まあ、お嬢様が私とと共に帰るののを拒むのであれば、このまま戻ってモンロー夫人様と共に帰られてもよろしいですよ。公爵様をこき下ろす言葉を聴き続けそのうちモンロー伯爵様に対する惚気が始まり、最後にはお嬢様の理想の結婚相手の話を明日の朝まで延々と聞かされる覚悟がおありでしたら」
「え?」
「今のモンロー夫人様の機嫌を考えれば、一度捕まったら簡単には逃げ出せないかと」
「さあエミリッタ、急いで帰りましょう」

私は急いで王宮を飛び出した。
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