リューザの世界紀行

長倉帝臣

文字の大きさ
上 下
53 / 61
第1章 『神樹界 ~隔絶された世界~』

第五十三話 ジュノ編 ~大河を超えて~

しおりを挟む
 ジュノの大河は先日の討伐で訪れた時と同一視できないほどに変わり果てていた。

 つい先程まで干戈を交えていたようで、川岸が所々血で赤く染まっている。そして、辺りには人や狼の残骸が無慈悲な雨に打たれているのだ。時折、川を見れば遺骸が川の底で引っかかったようで、その一部が水面上に見え隠れする。もはや遅かったということなのだろうか、狼と人が戦闘を繰り広げている気配が一切しない。

 雨風に荒れ狂う大河はその色をさらに濁らせ、増水して今にも氾濫してしまいそうだ。

 リューザは雨によって薄まってもなお死臭漂う空間を、冷たい雨を身に受けながら一歩一歩前進していく。もしかしたら、まだ息のある人がいるかもしれない。幸いなことに今見えている範囲で死している者の数は十にも満たないほどだ。

 川岸で往生していると、ふと一人の人物が俯せに倒れこんでいるのが見える。近づいてみると外傷が少ないのがわかった。

 そして、その顔を見たときリューザはハッとして声を上げる。

「ニアさん……」

 前回の討伐と合わせて顔はすっかり傷だらけだがそこに倒れている人物は確かにリューザと共闘したあのニアだった。

 身体はすっかり冷え切っているようだが、幸いなことにまだ息がある。 

 リューザは彼の上半身を仰向けにすると腹の上に乗せて後方へと足を進めていく。体の小さいリューザにとっては大の大人を運ぶのにも苦労する。

 なんとか、岸の近くにあった丁度いい木の根元まで彼を運び込むと、リューザはそのままへたり込む。しかし、ぼんやりとしてなどいられない。恐らく今もここ以外の場所で村人と狼は戦火を交えているはずだ。

「リューザ……なのか……」

 ふと、隣から声がかかりリューザは驚き振り返ると倒れたニアが細く瞼を開いている。

「ニアさん! 意識を取り戻したんですね!」

「あ、ああ……。すまない、お前には迷惑をかけたな……」 

「気にしないでください、それより……」

 リューザはニアの腹の裂かれた傷を見て慌てて自分の袋の中から手当の道具を出そうとする。彼の傷はそこまで深いものではなく今のところは大丈夫そうだが、放っておけば致命傷になるかもしれない。

 そして、ふと手探りで頭陀袋の中を探していると、触り慣れない物に手が当たるのを感じた。気になって取り出してみると、それは小瓶だった。リューザにも見覚えがある。ブレダがマルサルから受け取ったといってリューザに見せてきたあのゼンブの樹液が入った小瓶だった。

 まさか、別れた時に彼女がこっそり入れたということなのだろうか。自分の気持ちにはいつだって正直なくせに、こういう時は素直ではいられないのだろうか。リューザは一瞬だけ微笑みそうになる。

「すみません、ニアさん。ちょっと失礼します」

 そう言ってリューザはニアの服を目繰り上げて彼の腹を露わにする。傷は思った以上に深く、グロテスクに固まった地に怖気づきながらも、もう片方の左手で瓶を手に取る。

 ふと瓶を見ると、中身が半分ほどにまで減っている。恐らくブレダがどこかで使ったということだろうか。しかし、今はそんなことを考えている暇はない。リューザは瓶の蓋を開けて傾け右手に付けるとニアの傷口に塗りこむ。少し染みたようでニアは一瞬だけ苦悶の表情を浮かべた。

「これで大丈夫なはずです!」

 リューザは一通り傷口に塗り終えるとそう言った。

「はは……何から何まで悪いな。感謝する。……ところで、お前はこれからどうするんだ?」
 
 その問いに対してリューザは迷いなく答える。

「討伐隊の皆さんのもとに向かいます。まだ生きている人や戦っている人が森の中にいるはずです」

 そう言うリューザに対してニアは弱弱しく口説き立てようとする。

「無茶だ……今が危険な状態だってことはお前にもわかるだろ。それにこの荒れた大河をどう渡るって言うんだ。直ぐに引き返せ、お前には自分で守らなくてはならない物があるはずだ」

「心配してくださってありがとうございます。……でもボク、決めたんです。やらないで後悔するなんてしたくないですから」

 そう言って場違いに笑うリューザにニアは呆れて吐き捨てるように言う。

「お前は馬鹿なのか……」

「そうなのかもしれません。……でも、正しい判断をして誰かを犠牲にするような判断をするくらいなら、間違った判断もいいのかなって……。って、ごめんなさい、なんだか偉そうなことを言ってしまって。それじゃあ、ボク、行ってきます。きっと皆今頃、苦境に陥っているはずですから」

 そう言ってリューザがその場を離れようとしたその時。

「リューザ……」

 歩き出したリューザをニアが呼び止める。リューザは鷹揚と彼の方へと身体を向ける。

「なんですか?」

「死ぬなよ……」

「勿論です。必ず生きて戻りますよ!」

 まるで空元気かのようにそう言うとリューザは川岸に向けて再び歩みを進めていくのだった。



 川岸のそばまで行くと、轟轟と鳴り響く音は強くなり濁流の激しさがより一層実感できた。

 この幅の広い川を渡るのは船があったとしても無謀だろう。ましてや身一つで行くのはそれどころの話ではない。

 しかし、それ以外に方法がないのだからやむを得ないのだ。

 リューザは大きく深呼吸をすると、恐れずに濁流に一歩一歩踏ん張って足を進めていく。しかし、岸から離れるにつれて川は深くなっていってしまう。見た目よりも川底は深いようで、暫く進むと足が浮いていく。

 そして、足が離れてしまうと今度は泳ぎ出す。

 パンデル湖で頻繁に泳いでいたおかげで泳ぐのは得意だ。それでも、流石にこの急流はリューザの身体に大きな負担をかけてくる。川の流れに対して垂直に泳ごうにも川の流れに沿って、意思とは反対にリューザの体はどんどん川下へと流されていく。

 川の濁りと、激しい雨のせいで視界が歪む。消耗が激しく体力もそう長くは持ちそうもない。川の幅が依然渡った時とは比べ物にならないくらいに広く感じる。

 いつの間にか、身体の力は次第に抜けていき、意識は昏倒しだす。そして、リューザは流れに身を任せたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

性奴隷を飼ったのに

お小遣い月3万
ファンタジー
10年前に俺は日本から異世界に転移して来た。 異世界に転移して来たばかりの頃、辿り着いた冒険者ギルドで勇者認定されて、魔王を討伐したら家族の元に帰れるのかな、っと思って必死になって魔王を討伐したけど、日本には帰れなかった。 異世界に来てから10年の月日が流れてしまった。俺は魔王討伐の報酬として特別公爵になっていた。ちなみに領地も貰っている。 自分の領地では奴隷は禁止していた。 奴隷を売買している商人がいるというタレコミがあって、俺は出向いた。 そして1人の奴隷少女と出会った。 彼女は、お風呂にも入れられていなくて、道路に落ちている軍手のように汚かった。 彼女は幼いエルフだった。 それに魔力が使えないように処理されていた。 そんな彼女を故郷に帰すためにエルフの村へ連れて行った。 でもエルフの村は魔力が使えない少女を引き取ってくれなかった。それどころか魔力が無いエルフは処分する掟になっているらしい。 俺の所有物であるなら彼女は処分しない、と村長が言うから俺はエルフの女の子を飼うことになった。 孤児になった魔力も無いエルフの女の子。年齢は14歳。 エルフの女の子を見捨てるなんて出来なかった。だから、この世界で彼女が生きていけるように育成することに決めた。 ※エルフの少女以外にもヒロインは登場する予定でございます。 ※帰る場所を無くした女の子が、美しくて強い女性に成長する物語です。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~

モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎ 飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。 保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。 そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。 召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。 強制的に放り込まれた異世界。 知らない土地、知らない人、知らない世界。 不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。 そんなほのぼのとした物語。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

エラーから始まる異世界生活

KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。 本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。 高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。 冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。 その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。 某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。 実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。 勇者として活躍するのかしないのか? 能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。 多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。 初めての作品にお付き合い下さい。

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

処理中です...