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第1章 『神樹界 ~隔絶された世界~』
第二十三話 シフォンダール編 ~荒廃した町並~
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荒廃した高い建物が立ち並ぶ、狭い通路をリューザは馬を引いて進む。辺りはすっかり暗がりだ。道の脇の民家からはか細い明かりが漏れ、時折窓からこちらをじっと見る者もいた。
「気にするな。部外者が珍しくて気になってるんだろう。ここの人間はああいう風にいいカモがいないかあそこから伺ってるんだ」
「あの、ここって本当にシフォンダールなんですか?」
リューザは恐る恐るジョセフを見上げて尋ねる。改めてみると、そこそこ顔立ちの整った青年だ。顔についた黒ずみは玉に瑕だが。
「ああ、ここはあんたの言ってる"シフォンダール"で間違いないだろう」
「ふーん、荒んだ場所よね。イメージと違うって言うか、ここの空気を吸ってるだけでおかしくなっちゃいそうだわ」
気が付くと追いついたブレダがリューザの横に並ぶようにして歩みを寄せてきた。彼女は口鼻を布切れで覆って少しでも空気を体内に入れないよう試みている。
「因みに、あんたたちが通ってきたのは町の南門だな。シフォンダールには五つの門が設けられているが、南門はほとんど」
なるほど、道理で門番がいなかったわけだとリューザは一人納得する。
「ふーん、そんな珍しいアタシたちの素性を聞こうとはしないのね」
「そんなことに興味はないよ。この町では自分が生き残るので誰もが精一杯なんだ。他人の事情に首を突っ込んでる暇なんてないのさ。……今はこんなんだけど、ここも俺がガキだった頃はもう少しマシな場所だったんだけどな……」
そう話すジョセフの顔にほんの少しの影が差す。
「ああ、わりぃ。俺の身の上話なんてどうでもいいよな」
少し間を開けた後で、慌てたようにジョセフは少し笑みを浮かべて二人を見る。そんな彼の様子を勘ぐってブレダは疑念を抱いたようだ。
「はぁ? アンタなに思わせぶりな態度取ってんの? 言いたいことがあるなら全部言いなさいよ! アタシたちはただでさえこの町に不案内だってのに!」
「確かにこの町が現在のようになってしまった原因は気になります。もしかしたら、ボクたちの目的を達成するための糸口になるかもしれないですから」
そんな二人の様子に、ジョセフは呆れた様子でため息を吐くと、吐き捨てるように言葉を放った。
「王国だ……」
「え……?」
「王国の奴らがこの町を裏切ったんだ……」
リューザがジョセフの声色の変化に気が付き彼の顔を見ると、その目に静かな怒りが見える。
「はぁ? 何よ、王国って! そんなの聞いてないわよ!」
「王国ってのはこの町から東にある渓谷を越えて、さらに東にあるマジェンダって国のことさ。この町は北東と南を繋ぐ商業都市として造られた、謂わばこの"巨人の足跡"における交通の要衝だった。そしていつしか王国に依存していたんだ。町の上層部は町を守ることを怠った。警備兵は王国から雇い入れて、町の運営は王国からの使者に任せきりだ。そして、マジェンダは散々に利用して依存させた挙句に見捨ててこの町を堕落へと追い込んだんだ……それで今はこの様だ」
どうもこの町には、何やら不穏が渦巻いているようだ。
そして、彼の説明の中でリューザはふと違和感を覚えた。"巨人の足跡"の北東と南をこの町が繋いでいるという部分だ。町の北東はともかく、南は今までリューザたちが馬で駆けてきた道だ。村や町どころか人っ子一人ともすれ違わなかったのだ。南であったのは森に住んでいたマルサルと、その付近に住む馬飼いの二人だけだ。まさか見落としていただけでどこかに町の一つでもあったのだろうか、森で見た廃墟も気になる、それともあるいは……。
その時、ふとリューザの目に道の脇の地面を這う一人の少女がとまる。小さな赤いワンピースは泥に汚れ、息を切らせながら少女は道の脇で何かものを探すように手で地面の感触を確かめながら必死で動き回っている。
リューザが思わず立ち止まると、ジョセフは振り返る。
「気にするな。この町では弱肉強食。ああいう立場の弱いやつは、ああやって同情を誘って何も知らない旅人を騙して金を得るんだ」
「で、でも……」
「ジョセフの言うとおりだわ。アタシは今非常に疲れているの。そんなのに構ってる暇なんてないのよ」
ブレダも先を急ぎたそうにそう言う。リューザも仕方なく同意して、二人に従って歩みを進める。
しかし、もう一度背後になった少女へと振り返った時、リューザよりも小さな身体を震わせ必死に探し続ける彼女の姿を見てリューザは心を打たれる。
「やっぱり……放っておけないよ……!」
そう言うとリューザは少女のもとへ駆け出す。
「おい!」
ジョセフとブレダの牽制も無視してリューザは少女のそばまで来るとしゃがんでいる彼女の肩をそっと叩く。
「えっと……大丈夫? どうしたの?」
驚いた様子の彼女の目は赤くなっている。枯れるほどに泣きじゃくっていたのだろうか。少女は嗚咽交じりの声で答える。
「ママに……届けるお金を落としちゃって……」
「そっか。なら……これを持っていくといいよ」
そう言いながらリューザが袋から取り出したのは、マルサルから貰った金貨の一枚だ。この金貨にどれくらいの価値があるかはわからないが少なくとも貨幣としてこの町では品物との交換手段になることは間違いないだろう。
「これ……本当にいいの」
その金貨を見ると少女は驚きとともに少し畏怖の表情を浮かべる。そんな彼女にリューザは優しく語り掛けるのだ。
「こんなに暗くなっているし、きっと君の母さんも心配してるよ。早く持って行ってあげなよ」
リューザが微笑みながらそう言うと、安心したのか少女は震えを止めてそっと深呼吸をする。
「うん……ありがとう……」
そう言うと少女は初めてリューザに笑顔を見せると立ち上がって路地裏へとかけていくのだった。リューザはその様子を見送ると、急いでジョセフたちのいる元へと戻っていく。
戻ってきた再びジョセフの後を歩き出すリューザに対して、ブレダは恐ろしい剣幕で言い寄ってくる。
「まったく、バカなことしたものね! あーあ、もったいない。そんな風に善行もどきのことしてたら、こっちが割を食うってのに!」
「でも、あの娘、喜んでたよ」
リューザが笑顔でそう言うので、話にならないと思いブレダも参ってしまったようだ。ジョセフもそんなリューザに困り顔を見せるのだった。
暫く話をしているうちにかなり歩いたようだ。そして、ふとジョセフが平静な声色で二人に声をかける。
「おっと……そろそろ着くぜ」
そう言った彼の視線の先を見やると、目の前には草臥くたびれた二階建ての木造の建物が建っていた。外観はあまりにも殺風景だ。ここが宿泊所であるということは言われてもすぐに気が付くのは難しいだろう。
「悪いが、俺から話せるのはここまでだ。もう夜も更けてる、旅に付かれているのなら早く休息をとるべきだろう」
辺りはすっかり夜闇に包まれていた。道沿いの民家から漏れる明かりで辛うじて周りの様子が確認できる状態だ。
「そうですね。なら続きは明日にでも聞かせてくださいよ。……いいですか?」
リューザは上目遣いで、ジョセフに尋ねる。
普段ならジョセフは仕事が終わったら放ったらかしにして断ってしまうところだが、今はなぜかそうする気にもなれないと感じている。どうも、リューザといると調子が狂ってしまう。彼がまだ年端もいかない少年に見えるからだろうか。実のところ、その原因はジョセフ本人にもわからない。らしくもない自分の姿にジョセフは戸惑う。
そして彼は少し迷いを見せた末、思わず答えてしまう。
「ああ。構わない。俺はこの裏の厩にいるから、会いたければそこに来い。なんだか、お前は……ここにいる人間とは違う気がするんだ」
「ありがとう、ジョセフさん!」
リューザは感謝を述べると、左手をポケットに突っ込み、入口の木戸のノブに右手をかけてゆっくりと開ける。
「まあ、ボロい宿泊所だこと。こんなところにアタシを泊める気なの、リューザ?」
ブレダはリューザに迫りくるように尋ねる。
「おいおい、ここまで喋らせておいてやっぱり泊まらないなんて、そりゃないぜ! それに、寝てる間の追剥には遭いたくはないだろ?」
その言葉にブレダは少しびくっとすると、渋々とリューザの後を追って部屋内へと入っていった。
「へへっ、まいどあり!」
ジョセフは笑顔で二人を見送った。
キャラクター紹介
ジョセフ 22歳、シフォンダールの南のスラムに暮らす青年。東のマジェンダ王国を嫌っている
「気にするな。部外者が珍しくて気になってるんだろう。ここの人間はああいう風にいいカモがいないかあそこから伺ってるんだ」
「あの、ここって本当にシフォンダールなんですか?」
リューザは恐る恐るジョセフを見上げて尋ねる。改めてみると、そこそこ顔立ちの整った青年だ。顔についた黒ずみは玉に瑕だが。
「ああ、ここはあんたの言ってる"シフォンダール"で間違いないだろう」
「ふーん、荒んだ場所よね。イメージと違うって言うか、ここの空気を吸ってるだけでおかしくなっちゃいそうだわ」
気が付くと追いついたブレダがリューザの横に並ぶようにして歩みを寄せてきた。彼女は口鼻を布切れで覆って少しでも空気を体内に入れないよう試みている。
「因みに、あんたたちが通ってきたのは町の南門だな。シフォンダールには五つの門が設けられているが、南門はほとんど」
なるほど、道理で門番がいなかったわけだとリューザは一人納得する。
「ふーん、そんな珍しいアタシたちの素性を聞こうとはしないのね」
「そんなことに興味はないよ。この町では自分が生き残るので誰もが精一杯なんだ。他人の事情に首を突っ込んでる暇なんてないのさ。……今はこんなんだけど、ここも俺がガキだった頃はもう少しマシな場所だったんだけどな……」
そう話すジョセフの顔にほんの少しの影が差す。
「ああ、わりぃ。俺の身の上話なんてどうでもいいよな」
少し間を開けた後で、慌てたようにジョセフは少し笑みを浮かべて二人を見る。そんな彼の様子を勘ぐってブレダは疑念を抱いたようだ。
「はぁ? アンタなに思わせぶりな態度取ってんの? 言いたいことがあるなら全部言いなさいよ! アタシたちはただでさえこの町に不案内だってのに!」
「確かにこの町が現在のようになってしまった原因は気になります。もしかしたら、ボクたちの目的を達成するための糸口になるかもしれないですから」
そんな二人の様子に、ジョセフは呆れた様子でため息を吐くと、吐き捨てるように言葉を放った。
「王国だ……」
「え……?」
「王国の奴らがこの町を裏切ったんだ……」
リューザがジョセフの声色の変化に気が付き彼の顔を見ると、その目に静かな怒りが見える。
「はぁ? 何よ、王国って! そんなの聞いてないわよ!」
「王国ってのはこの町から東にある渓谷を越えて、さらに東にあるマジェンダって国のことさ。この町は北東と南を繋ぐ商業都市として造られた、謂わばこの"巨人の足跡"における交通の要衝だった。そしていつしか王国に依存していたんだ。町の上層部は町を守ることを怠った。警備兵は王国から雇い入れて、町の運営は王国からの使者に任せきりだ。そして、マジェンダは散々に利用して依存させた挙句に見捨ててこの町を堕落へと追い込んだんだ……それで今はこの様だ」
どうもこの町には、何やら不穏が渦巻いているようだ。
そして、彼の説明の中でリューザはふと違和感を覚えた。"巨人の足跡"の北東と南をこの町が繋いでいるという部分だ。町の北東はともかく、南は今までリューザたちが馬で駆けてきた道だ。村や町どころか人っ子一人ともすれ違わなかったのだ。南であったのは森に住んでいたマルサルと、その付近に住む馬飼いの二人だけだ。まさか見落としていただけでどこかに町の一つでもあったのだろうか、森で見た廃墟も気になる、それともあるいは……。
その時、ふとリューザの目に道の脇の地面を這う一人の少女がとまる。小さな赤いワンピースは泥に汚れ、息を切らせながら少女は道の脇で何かものを探すように手で地面の感触を確かめながら必死で動き回っている。
リューザが思わず立ち止まると、ジョセフは振り返る。
「気にするな。この町では弱肉強食。ああいう立場の弱いやつは、ああやって同情を誘って何も知らない旅人を騙して金を得るんだ」
「で、でも……」
「ジョセフの言うとおりだわ。アタシは今非常に疲れているの。そんなのに構ってる暇なんてないのよ」
ブレダも先を急ぎたそうにそう言う。リューザも仕方なく同意して、二人に従って歩みを進める。
しかし、もう一度背後になった少女へと振り返った時、リューザよりも小さな身体を震わせ必死に探し続ける彼女の姿を見てリューザは心を打たれる。
「やっぱり……放っておけないよ……!」
そう言うとリューザは少女のもとへ駆け出す。
「おい!」
ジョセフとブレダの牽制も無視してリューザは少女のそばまで来るとしゃがんでいる彼女の肩をそっと叩く。
「えっと……大丈夫? どうしたの?」
驚いた様子の彼女の目は赤くなっている。枯れるほどに泣きじゃくっていたのだろうか。少女は嗚咽交じりの声で答える。
「ママに……届けるお金を落としちゃって……」
「そっか。なら……これを持っていくといいよ」
そう言いながらリューザが袋から取り出したのは、マルサルから貰った金貨の一枚だ。この金貨にどれくらいの価値があるかはわからないが少なくとも貨幣としてこの町では品物との交換手段になることは間違いないだろう。
「これ……本当にいいの」
その金貨を見ると少女は驚きとともに少し畏怖の表情を浮かべる。そんな彼女にリューザは優しく語り掛けるのだ。
「こんなに暗くなっているし、きっと君の母さんも心配してるよ。早く持って行ってあげなよ」
リューザが微笑みながらそう言うと、安心したのか少女は震えを止めてそっと深呼吸をする。
「うん……ありがとう……」
そう言うと少女は初めてリューザに笑顔を見せると立ち上がって路地裏へとかけていくのだった。リューザはその様子を見送ると、急いでジョセフたちのいる元へと戻っていく。
戻ってきた再びジョセフの後を歩き出すリューザに対して、ブレダは恐ろしい剣幕で言い寄ってくる。
「まったく、バカなことしたものね! あーあ、もったいない。そんな風に善行もどきのことしてたら、こっちが割を食うってのに!」
「でも、あの娘、喜んでたよ」
リューザが笑顔でそう言うので、話にならないと思いブレダも参ってしまったようだ。ジョセフもそんなリューザに困り顔を見せるのだった。
暫く話をしているうちにかなり歩いたようだ。そして、ふとジョセフが平静な声色で二人に声をかける。
「おっと……そろそろ着くぜ」
そう言った彼の視線の先を見やると、目の前には草臥くたびれた二階建ての木造の建物が建っていた。外観はあまりにも殺風景だ。ここが宿泊所であるということは言われてもすぐに気が付くのは難しいだろう。
「悪いが、俺から話せるのはここまでだ。もう夜も更けてる、旅に付かれているのなら早く休息をとるべきだろう」
辺りはすっかり夜闇に包まれていた。道沿いの民家から漏れる明かりで辛うじて周りの様子が確認できる状態だ。
「そうですね。なら続きは明日にでも聞かせてくださいよ。……いいですか?」
リューザは上目遣いで、ジョセフに尋ねる。
普段ならジョセフは仕事が終わったら放ったらかしにして断ってしまうところだが、今はなぜかそうする気にもなれないと感じている。どうも、リューザといると調子が狂ってしまう。彼がまだ年端もいかない少年に見えるからだろうか。実のところ、その原因はジョセフ本人にもわからない。らしくもない自分の姿にジョセフは戸惑う。
そして彼は少し迷いを見せた末、思わず答えてしまう。
「ああ。構わない。俺はこの裏の厩にいるから、会いたければそこに来い。なんだか、お前は……ここにいる人間とは違う気がするんだ」
「ありがとう、ジョセフさん!」
リューザは感謝を述べると、左手をポケットに突っ込み、入口の木戸のノブに右手をかけてゆっくりと開ける。
「まあ、ボロい宿泊所だこと。こんなところにアタシを泊める気なの、リューザ?」
ブレダはリューザに迫りくるように尋ねる。
「おいおい、ここまで喋らせておいてやっぱり泊まらないなんて、そりゃないぜ! それに、寝てる間の追剥には遭いたくはないだろ?」
その言葉にブレダは少しびくっとすると、渋々とリューザの後を追って部屋内へと入っていった。
「へへっ、まいどあり!」
ジョセフは笑顔で二人を見送った。
キャラクター紹介
ジョセフ 22歳、シフォンダールの南のスラムに暮らす青年。東のマジェンダ王国を嫌っている
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