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第1章 『神樹界 ~隔絶された世界~』
第十九話 シフォンダール編 ~馬貸しと馬~
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丘を下りきった二人は、ひたすらにどこまでも広がる草原を歩き続けていた。道はなかったものの、遠目に左右に広がる崖のおかげでなんとか行く先を見失わず歩みを進めることができている。
強い日差しのせいか、ブレダは少しばて気味だ。それもそうだろう。今まで深い森の中で日を浴びることが極端に少なかったことに加えて、この辺りには森とはうって変わって木の一本も見つからず強い日差しを直接に受けることになっているのだ。
ブレダは頻りに不満を口にするが、その度にリューザは慣れた対応で彼女を励ました。
「ボク、馬って本物を見るのは初めてだからちょっと楽しみだなぁ」
リューザがふと呟く。
フエラ村では牧畜は羊が多く次点で仔馬がいたが、人を乗せられるほどの馬を飼育するということは全くなかったのだ。それどころか、リューザは野生でも生息しているのを見たことがなかったため、絵で見ることや物語の中でしか知ることはなかった。
そんな目を輝かせるリューザにブレダは少々呆れ気味だ。
「あんたってホントガキよね。馬を見るぐらいでこんなにはしゃぐなんて」
「だって初めての体験っていつになってもワクワクしない?」
「別に……。アタシは馬に乗るのなんて初めてじゃないし」
そんなことを言っているうちに、リューザの視線の先に一軒の小屋が見えた。藁ぶきの屋根に木造の平屋だ。
「ブレダ、民家が見えてきたよ! あれがマルサルさんの言ってた馬貸しさんじゃないかな?」
近寄っていくにつれて、民家の近くには馬屋らしき小屋とそれらしき木柵が見えてくる。
「はぁ……なんだか思ったよりも時間がかかった気がするわね。あの地図が正しいのだとしたら馬で町まで本当に五日で行けるのかしら……」
ブレダは不満そうな顔で僅かな懸念を抱く。
小屋の前に着くとリューザは小屋の木の扉を叩いて家主を呼びかける。
「すみません。どなたかいますか?」
返事はなかった。
風に運ばれ乾草の香りがする。
「留守なのかしらね?」
ブレダがそう言ったその時、突然扉が開け放たれる。現れたのは背の高い中年の男だった。整えられた茶髪や髭、そして黒く気品溢れる服装は、粗末な小屋とは無縁といった様相でどこか不釣り合いな違和感を覚える。
呆気にとられる、ふたりに男は低く落ち着いた声で話しかける。
「やあ、こんなところに客人なんて珍しいね。しかも子供ときたか……」
一瞬、怖気づいた様子を見せたもののブレダは直ぐに立て直して、突っかかる勢いで男に反応する。
「アタシはブレダ。んでこっちのちっこいのはリューザよ。ここに来た要件を手短に言うわね。アタシたち森に住んでるマルサルさんて人から、アンタに頼めばシフォンダール町へ行くための馬を貸してくれるって聞いたのよ。というわけで、アタシたちに馬を貸してくれないかしら?」
「ちょっと、ブレダ!」
あまりにも図々しくさばさばとした物言いに、あまりにも失礼ではないかとリューザは注意を入れようとするが、馬貸しの方はあまり気に留めていない様子だ。彼はブレダの言葉に対して話を進める。
「へえ……なるほどね。マルサルの頼みとあっちゃあ断るわけにはいかねえな。いいだろう」
「あら? 案外簡単に借りれちゃうものなのね」
いった本人であるブレダが口に手を当てて拍子抜けした様子を見せるが、それはリューザも同様だ。確かにマルサルに言われた通りの事にはなったものの、まさかこんなにもスムーズに事が進むとは想いもしていなかったのだ。
「ちなみに、俺のことは何も聞いてねえのか?」
その言葉にリューザは首をかしげる。
「いえ。……えっと何かまずかったですか?」
馬貸しは少し考えるそぶりを見せる。
「いや……。ならいいんだ。あいつにも考えあってのことだろうしな」
「馬なら、馬小屋にピサとラニーがいるはずだ。あいつらなら気性も穏やかだから、お前たちでも扱いやすいかもしれんな。小屋の手前にいる茶色い毛並みのやつらだ」
「ありがたく使わせていただきます!」
そう言って去ろうとするリューザだったが、思い出したように馬貸しの方へと振り向く。
「そうだ! マルサルさんからの伝言で、これから一月の間はマルサルさんのもとへは近づかないで欲しいとのことだそうです」
「一月か……。了解だ。伝達感謝するぜ。……それはそうとここで借りた馬はシフォンダールに着いたら、町の厩舎に預かってもらえるはずだ。俺はそことも繋がっているんでな」
馬貸しは渋くそう言うと、小屋の奥へと消えていった。
無事に馬を借りることのできた二人は、小屋から少し離れた馬小屋へと向かっていく。馬小屋の軽く立てつけられた木戸を開けると、獣臭いにおいが忽ち鼻に入ってくる。
ブレダはそのにおいに露骨に不快感を示して布で口鼻を覆っている。
リューザが左右を見ると確かに二頭の茶色い毛の馬が見えた。この二頭が馬貸しの言っていたピサとラニーなのだろうか。リューザはゆっくりとその二頭に近づいていく。近くで見ると毛並みがきれいに整えられていて、主と同じくどこか気品を感じた。
リューザはその毛をそっと撫でる。
「どっちがピサでどっちがラニーなのかな?」
「どっちでもいいから早くして。今すぐここから出たいんだけど……」
ブレダに言われるがままにリューザは二頭の繋がれてる縄を解いて小屋の外へ出す。馬のおとなしい様子を見て、これなら自分も乗れそうだとリューザはほっと息をつく。そうしている間にブレダの方は慣れた仕草であっという間に馬に跨った。
「リューザ、アンタも早くしなさい」
ブレダに急かされ、リューザは危なげを見せながらもなんとか馬の鞍に跨り、両足を鐙に固定する。
そして、馬の足が進めたところで、リューザはふと違和感を感じる。
「あ、あれ? なんか思ってたのと違う」
リューザの乗った馬はゆっくりと足を進めていき、一向に走る気配がないのだ。
気が付けばブレダにあっという間に突き放されてしまっている。振り返ったブレダがリューザの様子を見て怒りをあらわにする。
「おっそっ!! そんな速さじゃ歩くのと対して変わらないじゃないのよ!!」
「ちょっと待って! これ、ボクには難しいよ! 振り落とされないようにするのだけでも一苦労なんだ」
乗っている馬が一歩一歩と足を進めるたびにリューザの身体は前後へと振り回される。
「ああもう! このへぼ! アタシの見様見真似でいいからさっさとしてよね!!」
広い草原に、二人の声が響き渡った。
強い日差しのせいか、ブレダは少しばて気味だ。それもそうだろう。今まで深い森の中で日を浴びることが極端に少なかったことに加えて、この辺りには森とはうって変わって木の一本も見つからず強い日差しを直接に受けることになっているのだ。
ブレダは頻りに不満を口にするが、その度にリューザは慣れた対応で彼女を励ました。
「ボク、馬って本物を見るのは初めてだからちょっと楽しみだなぁ」
リューザがふと呟く。
フエラ村では牧畜は羊が多く次点で仔馬がいたが、人を乗せられるほどの馬を飼育するということは全くなかったのだ。それどころか、リューザは野生でも生息しているのを見たことがなかったため、絵で見ることや物語の中でしか知ることはなかった。
そんな目を輝かせるリューザにブレダは少々呆れ気味だ。
「あんたってホントガキよね。馬を見るぐらいでこんなにはしゃぐなんて」
「だって初めての体験っていつになってもワクワクしない?」
「別に……。アタシは馬に乗るのなんて初めてじゃないし」
そんなことを言っているうちに、リューザの視線の先に一軒の小屋が見えた。藁ぶきの屋根に木造の平屋だ。
「ブレダ、民家が見えてきたよ! あれがマルサルさんの言ってた馬貸しさんじゃないかな?」
近寄っていくにつれて、民家の近くには馬屋らしき小屋とそれらしき木柵が見えてくる。
「はぁ……なんだか思ったよりも時間がかかった気がするわね。あの地図が正しいのだとしたら馬で町まで本当に五日で行けるのかしら……」
ブレダは不満そうな顔で僅かな懸念を抱く。
小屋の前に着くとリューザは小屋の木の扉を叩いて家主を呼びかける。
「すみません。どなたかいますか?」
返事はなかった。
風に運ばれ乾草の香りがする。
「留守なのかしらね?」
ブレダがそう言ったその時、突然扉が開け放たれる。現れたのは背の高い中年の男だった。整えられた茶髪や髭、そして黒く気品溢れる服装は、粗末な小屋とは無縁といった様相でどこか不釣り合いな違和感を覚える。
呆気にとられる、ふたりに男は低く落ち着いた声で話しかける。
「やあ、こんなところに客人なんて珍しいね。しかも子供ときたか……」
一瞬、怖気づいた様子を見せたもののブレダは直ぐに立て直して、突っかかる勢いで男に反応する。
「アタシはブレダ。んでこっちのちっこいのはリューザよ。ここに来た要件を手短に言うわね。アタシたち森に住んでるマルサルさんて人から、アンタに頼めばシフォンダール町へ行くための馬を貸してくれるって聞いたのよ。というわけで、アタシたちに馬を貸してくれないかしら?」
「ちょっと、ブレダ!」
あまりにも図々しくさばさばとした物言いに、あまりにも失礼ではないかとリューザは注意を入れようとするが、馬貸しの方はあまり気に留めていない様子だ。彼はブレダの言葉に対して話を進める。
「へえ……なるほどね。マルサルの頼みとあっちゃあ断るわけにはいかねえな。いいだろう」
「あら? 案外簡単に借りれちゃうものなのね」
いった本人であるブレダが口に手を当てて拍子抜けした様子を見せるが、それはリューザも同様だ。確かにマルサルに言われた通りの事にはなったものの、まさかこんなにもスムーズに事が進むとは想いもしていなかったのだ。
「ちなみに、俺のことは何も聞いてねえのか?」
その言葉にリューザは首をかしげる。
「いえ。……えっと何かまずかったですか?」
馬貸しは少し考えるそぶりを見せる。
「いや……。ならいいんだ。あいつにも考えあってのことだろうしな」
「馬なら、馬小屋にピサとラニーがいるはずだ。あいつらなら気性も穏やかだから、お前たちでも扱いやすいかもしれんな。小屋の手前にいる茶色い毛並みのやつらだ」
「ありがたく使わせていただきます!」
そう言って去ろうとするリューザだったが、思い出したように馬貸しの方へと振り向く。
「そうだ! マルサルさんからの伝言で、これから一月の間はマルサルさんのもとへは近づかないで欲しいとのことだそうです」
「一月か……。了解だ。伝達感謝するぜ。……それはそうとここで借りた馬はシフォンダールに着いたら、町の厩舎に預かってもらえるはずだ。俺はそことも繋がっているんでな」
馬貸しは渋くそう言うと、小屋の奥へと消えていった。
無事に馬を借りることのできた二人は、小屋から少し離れた馬小屋へと向かっていく。馬小屋の軽く立てつけられた木戸を開けると、獣臭いにおいが忽ち鼻に入ってくる。
ブレダはそのにおいに露骨に不快感を示して布で口鼻を覆っている。
リューザが左右を見ると確かに二頭の茶色い毛の馬が見えた。この二頭が馬貸しの言っていたピサとラニーなのだろうか。リューザはゆっくりとその二頭に近づいていく。近くで見ると毛並みがきれいに整えられていて、主と同じくどこか気品を感じた。
リューザはその毛をそっと撫でる。
「どっちがピサでどっちがラニーなのかな?」
「どっちでもいいから早くして。今すぐここから出たいんだけど……」
ブレダに言われるがままにリューザは二頭の繋がれてる縄を解いて小屋の外へ出す。馬のおとなしい様子を見て、これなら自分も乗れそうだとリューザはほっと息をつく。そうしている間にブレダの方は慣れた仕草であっという間に馬に跨った。
「リューザ、アンタも早くしなさい」
ブレダに急かされ、リューザは危なげを見せながらもなんとか馬の鞍に跨り、両足を鐙に固定する。
そして、馬の足が進めたところで、リューザはふと違和感を感じる。
「あ、あれ? なんか思ってたのと違う」
リューザの乗った馬はゆっくりと足を進めていき、一向に走る気配がないのだ。
気が付けばブレダにあっという間に突き放されてしまっている。振り返ったブレダがリューザの様子を見て怒りをあらわにする。
「おっそっ!! そんな速さじゃ歩くのと対して変わらないじゃないのよ!!」
「ちょっと待って! これ、ボクには難しいよ! 振り落とされないようにするのだけでも一苦労なんだ」
乗っている馬が一歩一歩と足を進めるたびにリューザの身体は前後へと振り回される。
「ああもう! このへぼ! アタシの見様見真似でいいからさっさとしてよね!!」
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