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天界 編

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「かみーゆ、あげる!」

周りで丸くなっている猫たちをひょいひょいと避け駆け寄ってきて、目の前にかわいらしい花束を差し出されたカミーユは微笑んだ。
「きれいな花だな。ありがとう」
灰虎がどこからか用意してくれている本の一冊を閉じ、差し出された花束を両手で受け取ると、リュカがにぱっと笑った。
「あのね。あっちの丘のしたにあったんだよ。ぼく、ふわってして、とったんだよ」
カミーユに褒められてよほど嬉しいのか、いつも以上に興奮して黄玉の瞳がキラキラしている。
「丘…。崖まで行ったのか」

この花は崖下に生えていたんだろう。

カミーユの声色にまずいと感じたのか、リュカはとたんにしゅんとしてしまう。
「だ、だってきれいだったから。かみーゆにあげたいっておもったんだもん」
「花を持ってきてくれたのは嬉しいけど、まだちゃんと飛べないだろ。危ないことはしちゃだめだってカミーユが言ったこと忘れたのか」
「わすれてないよ!でもぜったいかみーゆにお花みせたいってがんばったんだ!」
一生懸命に説明するリュカの黄金色の巻き毛を撫でる。
「もう危ないことしないな?」
「……」
「リュカ」

「そのくらいで許してやれ」

視線を黄金の巻き髪から上げれば、黒虎が目の前に立っていた。

カミーユは見上げながら黒虎を睨んだ。
「黒虎が見てたんだろう。どうして危ないことをさせる」
「ちゃんと飛べてたぞ。さすが俺の子だ」
全く反省していない黒虎がリュカと目線を合わせるように屈み、黄金色の巻き髪をくしゃくしゃっと混ぜる。
褒められたリュカは嬉しそうに黒虎を見上げている。

「リュカとおにごっこしてこい」

カミーユの周りで寛いでいた猫たちに指示した黒虎が、ちゃっかりカミーユの隣に腰を下ろした。

「おとうさま!ぼくもかみーゆとお話ししたい!」
「父さまが先だ。リュカはこいつらとおにごっこに行ってこい」
「かみーゆひとりじめだめ!」
「おまえは父さまの後だ」
「りゅかさま あっちで おにごっご しましょう」
「あっちのほうに いちごが なっていましたよ」
「いちご!すき!」

リュカは食べ物でうまく気を引いた黒虎の従属たちと一緒に、転がるように駆けて行った。

「大人げないなあ」
「最近はカミーユとゆっくりできていなかったからな」

天界に政はないと言っていたが当然それは嘘で、王様である黒虎は割と忙しい。

今朝も早くからどこかへ出かけていて、帰ってくるなりリュカにねだられ、かなり遠い丘まで連れて行ってくれていた。



きれいな色の卵はひと月ほどで孵化し、産まれてきたのがリュカだ。

瞳は黒虎に、髪の色はカミーユに、肌の色は隔世遺伝なのか白くてちょっと驚いた。

もうすぐ5歳になる息子は顔立ちがますますカミーユに似てきた。

白馬はヒトとの子は魔力が期待できないと言っていたけれど、今のところ神同士の子供と比較しても遜色ない。
魔王黒虎と、ヒトではあるが精霊の血を継いでいるカミーユの子だからこそかもしれない。

魔力だけではなく治癒能力も高いというおまけもついてきた。
まだ幼児のうちから治癒力が高いのは神でも稀とのことで、従属猫たちはすごいすごいと城中を駆け回ってまるで自分のことのように自慢していた。

「治癒力はカミーユの血だな」黒虎はそう言いながら俺の黄金色の髪を手に取り弄んでいたっけ。

天界で異様に伸びが速くなった髪は、こまめに肩甲骨辺りで整えているが、「もっと長い方がいい」とか「もう切るのか」とか黒虎がうるさい。


相変わらずカミーユの髪で遊ぶことに飽きもしない黒虎の横顔を見ると、疲れが滲んで見えた。

最近どこに行っているんだろう。

ここ数日、朝から遅くまで出かけている。リュカが落ち着いたころからカミーユも王城の中のこまごましたことを手伝わせてもらっているからこそ、最近の黒虎の様子が分かり気になっていた。
灰虎もいないことが多い。

どこかに囲う女性でもできたのかと思ったが、そうではないことはリュカの鼻が教えてくれた。
獣の血が混じっているせいか、視覚より嗅覚の方が優れているリュカは「おんなのひとのにおいしないよ」と突然言い出して目を丸くした。

どうやらカミーユの心をよんで答えたらしい。子供ながらに怖い。


「なんだカミーユ。接吻したいのか」

じっと見つめていたらしい。
気づけば黒虎のにやりと口の端を上げた顔がすぐそこにあった。

「ば、外で」

否定しようと開いた口が黒虎の厚い唇に塞がれた。
閉じるより先に舌が滑り込み、歯列を舐められ、もっと奥へと入ってくる。喉の方まで責められ、黒虎の唾液を飲み込んだ。
長く蹂躙されていた口がようやく解放されたとき、カミーユは息も絶え絶えだった。

「…なんか入れただろ」

軽く睨むカミーユに黒虎が笑う。
笑っているのに何だか悲し気に見えて、それを訪ねようとしたのに、瞼を開けていられなくなった。

「くろ…ら…?」

瞼が下り、綺麗な紺青の瞳が見えなくなったカミーユの力が抜け、黒虎にもたれた。
黒虎は胸にもたれたカミーユの黄金色の髪をひと房指に絡め、まるで惜しむようにゆっくりと指で梳いた。



*

目覚めると姫籠だった。

子供はリュカが産まれて以来作ろうと試みたことはない。

大昔に人間界から迎えた嫁が3人の子を産んだ。その嫁は短命だったらしく、末の子が大きくなるころにはもう天界にいなかったそうだ。
そのことから思ったのか、異界の者が神の子を産むことは母親の生命力も奪うのではと”心配症黒虎”が現れ、リュカだけでいいと言われたのだ。
カミーユも獣と交わることにはやはり抵抗があるので積極的にはならず、子供はリュカだけだ。

黒虎の「カミーユとの子以外はいらない」というアピールなのかはわからないが、追い出されていないので未だに姫籠にとどまっている。


目覚めてすぐに灰虎が姫籠に現れた。
トレイに水差しとコップを乗せているのはいつも通りだが、灰虎の表情が気になった。
「……どれくらい寝てた」
「二刻ほどです」
カミーユはゆっくり毛皮の敷布から上体を起こす。
それに合わせ水差しからコップに甘い水を注ぎ渡された。受け取って喉を鳴らしながら飲み干す。

「……黒虎に眠らされた」

コップを手にしたままぽつりと零した声に、灰虎はしばらく間を空け、話し始めた。
「くろとら様も悩んでいたのでしょう。…私から事情を話すようにとおっしゃられました。判断はカミーユ様に任せると」

黒虎が疲れて見えた理由。

嫌な予感にカミーユの心臓が激しく波打つ。




「……コンスティアンの王が重篤です」







【補足】”リュカ”=呼び名≠真名 リュカは天界の食物を食べられます
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