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天界 編
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気を失ったカミーユの傷を癒し、姫籠を抜け王の間に移った黒虎を待つ者がいた。
黒虎は気づいていながら無視している。
”虎”とは言いながら人と同じような姿だ。黒檀色の髪は下界で人間に変化した時よりずっと長く、肌の色もずっと濃い。ただ、顔立ちや目の色は同じだ。
「懐柔してから種をつけるべきだったのではございませんか」
「指図か」
「滅相もございません」
灰色の虎が頭を垂れる。
「恐れながら申し上げますが、わざわざニンゲンのしかもオスを召すことはなかったのでは」
「なかなかにない魂を持っている。ヒトであれオスであれ、俺ならどうとでもできる」
「懐柔してからのほうが着床確率が格段に上がり、性交も少なくて済みますものを」
広い王の間には黒虎のための敷物ひとつのみで、そこで寛ぐ王を、灰虎がちらりと盗み見る。
灰虎と言ってはいるが、こちらも人のような姿であり、その灰色の虹彩が王様の様子を窺う。
「うるさい」
ふて寝を決め込む王に灰虎は一礼し王の間を後にした。
王の間からずっとずっと離れた自身の執務室に入った灰虎が肩をすくめた。
ニンゲンのオスを姫籠に迎えたと知れるとかなり厄介なことになる。
王の子を産みたい者はごまんといる。なのに今上の王は戯れに誰かを寵愛しても姫籠に迎えようとはしなかった。それどころかここ数年は戯れで交わることさえも面倒そうだった。元々性交を好まない王だったのだ。それなのに、あれを入れるとは。
だがもう何者かを姫籠に迎えたことは天界中に知られているだろう。ずっと暗闇だった姫籠が煌々と輝いていたのだ。せめてニンゲンのしかもオスだと知られないようにと、あれを連れ込んでから王城は人払いをしている。
今、王城にとどまっているのは従属を除き、灰虎だけだ。
あの様子では着床は無理だろう。
さらに、次に性交を試みる障壁がかなり高くなってしまった。
今までの王と同じ王とは思えない衝動的な行動に、灰虎は大きく嘆息した。
∞∞∞∞∞
慌ただしいさなか報告を受けたランベルトが急ぎ屋敷に戻ると、エドヴァルドが机に両肘をつきその美しい赤髪を支えたまま項垂れていた。
扉を閉め、ゆっくりと近づく。
「カミーユとどこかに逃亡しようとしたそうだな」
項垂れたままのエドヴァルドは何も答えない。
「王妃を娶り子を成すのは国王の務め。カミーユも覚悟していた」
「…覚悟…?」
エドヴァルドの身体がピクリと動いた。
「覚悟ですか。…たとえ覚悟をしていても、愛する人が別の人と子をもうけたなら、どんな気持ちになるか…」
美しい赤髪を、支えた両手でかき混ぜるエドヴァルドの声が怒りに震えている。
ランベルトはエドヴァルドを沈む心情のまま見つめていた。
「自分が子を成すことができないことに、どれほど心を痛め絶望するか、気づかなかったとは言わせない!」
「それでも、これはこうなるしか、こうするしかなかった」
エドヴァルドはなおも自身の髪をぐしゃぐしゃと乱す。
ランベルトがさらに近づき、エドヴァルドを無理矢理立ち上がらせ、髪を苛む両腕を魔力で外す。
そしてその美しい青年を抱き寄せた。
「国家のためではあるが、こう仕向けたのは私だ。自身ではなく私を責めなさい」
ふたりは主従関係であるが、恋仲未満の関係でもある。
未だ口づけ止まりで、それ以上は進展していない。
いざと思ってもエドヴァルドの身体や表情がなぜかこわばり、その先へ進めない状態が続いている。
エドヴァルドは悔し気にランベルトの肩にその美しい顔を押し付けた。
しばらくしてようやくエドヴァルドは落ち着いたようだ。
それを見計らいランベルトが声をかけた。
「それで、カミーユはどこに」
「…聖獣様が」
エドヴァルドの発した言葉にランベルトの眉間にしわができた。
「聖獣様が、どこかへ連れ去ってしまいました」
腕の中のエドヴァルドの肩をそっとつかみ、体を離し、美しい赤尖晶石を見つめる。
「聖獣様は何か言っておられたか」
エドヴァルドの赤い瞳が濃茶の瞳をじっと見据えた。
「カミーユは俺が貰うと。ヒメカゴに迎えると」
姫籠。
天界の王城の一室。
天界王の子を産む役目を受けたものが入るとされる籠。
天界王の寵を受けたものしか入れない籠だという文献を読んだことがある。
コンスティアン始祖王の近しい者が、天界の王に見初められ、輿入れした時のことが記された文献だ。
創作か眉唾物だと思っていたのだが本当のことだとは。
そして。
聖獣様は本気だったのか。
いつでもふざけた態度と口調でカミーユをかまっていたが、まさか聖獣が人間のしかも男を攫っていくとは。
そして…もしやとは思っていたが、レアンドロ陛下の聖獣様が天界の王だった。
レアンドロが愛人として傍に置くカミーユを、未来の孕み腹とするべく耽々と狙っていた。
「……聖獣様は待っていたのだな」
ランベルトの呟きにエドヴァルトの美しい顔が歪む。
「カミーユが19を迎えたこの春を」
文献には天界の王に輿入れした者は齢19を迎えたばかりだったと書かれていた。人間でいう19歳が天界王への輿入れにとって重要なのかもしれない。
国中がアリエル王妃の懐妊を祝う鐘の音は続いている。今日は陽が落ちるまで国中の鐘塔の鐘が鳴り続けるのだ。
レアンドロはカミーユが連れ去られたことをまだ知らない。
知っても、国中が懐妊に湧き、安定期に入っていないアリエル妃を置いてどこにも行けはしないだろう。
それにどんなに魔力が膨大で強力だろうとも、聖獣様の力なくして人間の身で天界など行けるはずもない。
カミーユを失ったと知ったレアンドロを今度は何で癒すことができるだろう。
まだレアンドロが成人する前―――あの悲しい出来事があった時のように―――何からも心を閉ざしてしまうのではと、ランベルトは不吉な予感を否定することができなかった。
∞∞∞∞∞
黒虎は気づいていながら無視している。
”虎”とは言いながら人と同じような姿だ。黒檀色の髪は下界で人間に変化した時よりずっと長く、肌の色もずっと濃い。ただ、顔立ちや目の色は同じだ。
「懐柔してから種をつけるべきだったのではございませんか」
「指図か」
「滅相もございません」
灰色の虎が頭を垂れる。
「恐れながら申し上げますが、わざわざニンゲンのしかもオスを召すことはなかったのでは」
「なかなかにない魂を持っている。ヒトであれオスであれ、俺ならどうとでもできる」
「懐柔してからのほうが着床確率が格段に上がり、性交も少なくて済みますものを」
広い王の間には黒虎のための敷物ひとつのみで、そこで寛ぐ王を、灰虎がちらりと盗み見る。
灰虎と言ってはいるが、こちらも人のような姿であり、その灰色の虹彩が王様の様子を窺う。
「うるさい」
ふて寝を決め込む王に灰虎は一礼し王の間を後にした。
王の間からずっとずっと離れた自身の執務室に入った灰虎が肩をすくめた。
ニンゲンのオスを姫籠に迎えたと知れるとかなり厄介なことになる。
王の子を産みたい者はごまんといる。なのに今上の王は戯れに誰かを寵愛しても姫籠に迎えようとはしなかった。それどころかここ数年は戯れで交わることさえも面倒そうだった。元々性交を好まない王だったのだ。それなのに、あれを入れるとは。
だがもう何者かを姫籠に迎えたことは天界中に知られているだろう。ずっと暗闇だった姫籠が煌々と輝いていたのだ。せめてニンゲンのしかもオスだと知られないようにと、あれを連れ込んでから王城は人払いをしている。
今、王城にとどまっているのは従属を除き、灰虎だけだ。
あの様子では着床は無理だろう。
さらに、次に性交を試みる障壁がかなり高くなってしまった。
今までの王と同じ王とは思えない衝動的な行動に、灰虎は大きく嘆息した。
∞∞∞∞∞
慌ただしいさなか報告を受けたランベルトが急ぎ屋敷に戻ると、エドヴァルドが机に両肘をつきその美しい赤髪を支えたまま項垂れていた。
扉を閉め、ゆっくりと近づく。
「カミーユとどこかに逃亡しようとしたそうだな」
項垂れたままのエドヴァルドは何も答えない。
「王妃を娶り子を成すのは国王の務め。カミーユも覚悟していた」
「…覚悟…?」
エドヴァルドの身体がピクリと動いた。
「覚悟ですか。…たとえ覚悟をしていても、愛する人が別の人と子をもうけたなら、どんな気持ちになるか…」
美しい赤髪を、支えた両手でかき混ぜるエドヴァルドの声が怒りに震えている。
ランベルトはエドヴァルドを沈む心情のまま見つめていた。
「自分が子を成すことができないことに、どれほど心を痛め絶望するか、気づかなかったとは言わせない!」
「それでも、これはこうなるしか、こうするしかなかった」
エドヴァルドはなおも自身の髪をぐしゃぐしゃと乱す。
ランベルトがさらに近づき、エドヴァルドを無理矢理立ち上がらせ、髪を苛む両腕を魔力で外す。
そしてその美しい青年を抱き寄せた。
「国家のためではあるが、こう仕向けたのは私だ。自身ではなく私を責めなさい」
ふたりは主従関係であるが、恋仲未満の関係でもある。
未だ口づけ止まりで、それ以上は進展していない。
いざと思ってもエドヴァルドの身体や表情がなぜかこわばり、その先へ進めない状態が続いている。
エドヴァルドは悔し気にランベルトの肩にその美しい顔を押し付けた。
しばらくしてようやくエドヴァルドは落ち着いたようだ。
それを見計らいランベルトが声をかけた。
「それで、カミーユはどこに」
「…聖獣様が」
エドヴァルドの発した言葉にランベルトの眉間にしわができた。
「聖獣様が、どこかへ連れ去ってしまいました」
腕の中のエドヴァルドの肩をそっとつかみ、体を離し、美しい赤尖晶石を見つめる。
「聖獣様は何か言っておられたか」
エドヴァルドの赤い瞳が濃茶の瞳をじっと見据えた。
「カミーユは俺が貰うと。ヒメカゴに迎えると」
姫籠。
天界の王城の一室。
天界王の子を産む役目を受けたものが入るとされる籠。
天界王の寵を受けたものしか入れない籠だという文献を読んだことがある。
コンスティアン始祖王の近しい者が、天界の王に見初められ、輿入れした時のことが記された文献だ。
創作か眉唾物だと思っていたのだが本当のことだとは。
そして。
聖獣様は本気だったのか。
いつでもふざけた態度と口調でカミーユをかまっていたが、まさか聖獣が人間のしかも男を攫っていくとは。
そして…もしやとは思っていたが、レアンドロ陛下の聖獣様が天界の王だった。
レアンドロが愛人として傍に置くカミーユを、未来の孕み腹とするべく耽々と狙っていた。
「……聖獣様は待っていたのだな」
ランベルトの呟きにエドヴァルトの美しい顔が歪む。
「カミーユが19を迎えたこの春を」
文献には天界の王に輿入れした者は齢19を迎えたばかりだったと書かれていた。人間でいう19歳が天界王への輿入れにとって重要なのかもしれない。
国中がアリエル王妃の懐妊を祝う鐘の音は続いている。今日は陽が落ちるまで国中の鐘塔の鐘が鳴り続けるのだ。
レアンドロはカミーユが連れ去られたことをまだ知らない。
知っても、国中が懐妊に湧き、安定期に入っていないアリエル妃を置いてどこにも行けはしないだろう。
それにどんなに魔力が膨大で強力だろうとも、聖獣様の力なくして人間の身で天界など行けるはずもない。
カミーユを失ったと知ったレアンドロを今度は何で癒すことができるだろう。
まだレアンドロが成人する前―――あの悲しい出来事があった時のように―――何からも心を閉ざしてしまうのではと、ランベルトは不吉な予感を否定することができなかった。
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