王様の伴侶 -続・辺境村から来た少年-

ひなた理実

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西の辺境-衛兵養成所 編

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廊下に面していない方の扉が開いて、カミーユはびくりと寝台から上体を起こした。寝台横の燭台の蝋燭に点けてもいないのに柔らかく灯った焔が、開いた扉から入ってくる人を映し出す。
入ってきたのは当然陛下であるレアンドロだ。その扉は隣の陛下の私室に続くものなのだから。

先日の気まずい空気のまま別れた夕食以来だ。久しぶりに見るレアンドロにカミーユの胸は軋んだ。

「…もう寝ていたか」
レアンドロは私室に戻る気配はなく、ゆっくりとカミーユのいる寝台に近づいてくる。カミーユもゆっくりと寝台に座り直し、寝台横に立ったレアンドロを正面に向き直った。

「…俺はレオニダに行く」

努めてゆっくりと言葉にしなければ声が震えそうだった。レアンドロに隠れるように、斜め後ろについた右手は無意識に敷布を握りしめている。

「決めたんだ」

寝台脇の燭台だけの薄明りの中、レアンドロの濡羽色の瞳が揺れたのをカミーユは気づけない。

「おまえが王宮にいない間」
沈黙を破るようにレアンドロの声が部屋に響く。
「ハーレムに立ち入るのを、おまえは許せるのか」

カミーユの喉が唾を呑もうとしたが、咥内が渇いていて喉奥がひきつっただけだった。右の拳が一層敷布を握りしめる。

「…女ともできるって聞いた」

レアンドロの目の下が僅かに動き、それに呼応するように寝台の灯りが揺れた。

「…ランベルトか」

レアンドロの返答にカミーユはことさら声を大きくして話し出した。
「俺がいると世継ぎとかいろいろ難しいだろ?これを機会に」
「カミーユ」
名前を呼ばれた途端、部屋の中の空気が一気に張り詰めた。
カミーユは手のひらに爪が食い込むほど敷布を握りしめる。

寝台横に立っていたレアンドロが片膝を寝台に乗り出し、カミーユを掻き抱いた。
カミーユの心臓がさっきまでとは違う意味で跳ねる。

「レ、レアン」
「……すまない」
「……」
「おまえに…カミーユに辛い思いをさせることなどわかっていたのに、それでも俺はおまえを手元に置いておきたかった。…いや、傍にいてほしいと願った」
「レアンドロ…」

カミーユを抱きしめたレアンドロの声は震えていた。
カミーユの声も掠れている。

「誰にも渡したくないとカミーユの自由を奪っていた。緩い牢獄のような場所に閉じ込めた」
「レアン。そこまでは」
「そうだ。カミーユの意思を尊重できないほど狭量だとわかっていた。だが、やはり、それでは」

そこまで声にしたレアンドロの腕が緩み、体を離される。
薄明りの中、濡羽色の瞳と紺青の瞳が見つめ合う。

「俺の側近になろうと努力しているカミーユの背中を押せずすまなかった。俺も腹をくくる。立派な衛兵になって帰ってきてくれ」

***

「これに記入しなさい」

年明け早々。
カミーユはレオニダにある衛兵養成所に来ていた。
机に置かれたインクにペンを浸し羊皮紙に名前と年齢を記入し入舎手続きをする。

***

「…気を付けて行ってこい。休暇には必ず帰ってくるんだぞ」

レオニダに立つ朝。
公務があるにもかかわらず急いだ様子でカミーユの部屋を訪れたレアンドロが、何とも言えない表情を浮かべながら口を開いた。

週一度の休暇にはあの聖獣様が迎えに来てくれるそうだ。
どんな気紛れなのかわからないが、せいぜい利用させてもらうつもりだ。

「…ありがとう。行ってくる」

カミーユも何とか笑顔を作ってレアンドロを見つめた。

***

精霊村から連れられてきて以来ずっと王宮という鳥籠に入っていたカミーユにとって、外に出られることはもちろん嬉しかった。衛兵になるための訓練だって、レアンドロの側近になるための足掛かりになるのだ。それでもレアンドロと今以上に会えなくなること、会えない間に本当にアリエル妃と仲を深めてカミーユのことなんかもういらないと思われるかもしれないと情けなくも考えてしまう。

『俺も腹をくくる』

真摯な濡羽色の瞳に射抜かれるように見つめられたあの夜を思い起こす。


「…俺は、俺も腹をくくれたんだろうか…」
「は?何か言ったか」
「いえ。なんでもありません」
案内を務めてくれている教官補佐が振り返ったのをカミーユは真面目な顔で誤魔化した。

腹をくくらなければいけないのは自分だ。
一年で衛兵になって胸を張って王宮にレアンドロの前に立つんだ。
この先ずっとレアンドロの傍にあるために。
決意を新たにしたカミーユは舎内の簡単な案内を終え、指定された部屋に向かった。


部屋の扉を開けたカミーユの体がビクッと反応した。開けた扉から見えた部屋に人がいたからだ。そして、驚いた自分を少し恥じる。
「…急に開けてごめん。この部屋の人?」
寄宿舎は二人部屋なので、先に同室者がいても不思議でないのだ。
とはいえ、先に人がいたこともあるが、カミーユが驚いたのは同室者の肌の色だった。自分より幾分濃いくらいの琥珀色だ。コンスティアン人には王族以外で濃い肌を持つ者は珍しい。
扉を開けた時に同室者が入ってくると気づいていただろう部屋に居た男は、カミーユ以上に驚いているように見えた。
そして自分も驚いたのだから相手もこの容姿に驚くのは当然だと気づく。
琥珀色の肌に金髪、紺青の目なんてコンスティアンではかなり珍しい。コンスティアン人は白い肌に淡い茶色の髪が一般的だ。精霊を祖先に持つという辺境村の住人は髪や瞳の色は様々だったがみんな陶器のように白い肌を持っていた。
カミーユは混血らしいのだ。母リリーが父については何も教えてくれなかったため“らしい”としか言えないのだが。カミーユの父はカミーユがまだ幼児の頃亡くなったそうだ。

「…おまえが同室者か」
男は驚いていたことなどなかったように平常な声を出した。低い声だ。
「あ、うん。カミーユです」
少しだけ丁寧な口調で答える。カミーユより年上に見えたからだ。

衛兵養成所の募集要項はコンスティアンで成人と定められている16歳から、25歳までの男子のみである。同期が同年齢とは限らない。

「もしかして、イルラ出身…ですか」

イルラは隣国ラインハルトの先にある国で琥珀色の肌を持つ人が多いと本で読んだ。父親はイルラ出身なのかもしれないなとその本を読んで思ったのだ。

「そうだけど。おまえも?」
「ううん。コンスティアンだけど、父親が」
「そう」
同室者はもうその話に興味がなくなったのがまるわかりの生返事をして、備え付けられている卓の椅子に座る。
「おまえも座れば」
「あ、うん」
男の雰囲気にのまれて言われるままに向かいの椅子に座ってからはっと気づいた。
「あの、おまえってやめてくれない?俺、カミーユって名乗ったんだから。そっちは名前は?」
なんだか敬語もばからしくなったカミーユはつっけんどんに男に返すと、向かいに座っていた男が軽く瞠目した。
近いからか琥珀色の肌に青灰色の瞳が際立って見えた。そう思っている間に向かいに座った男がにやりと笑う。
「ああ、悪い。俺はイシク。よろしくな、カミーユ」
ふっと息をつくように軽く笑んだイシクを見る。

ここ二年近くはカミーユも鍛えているが、元々同年の男子と比較すると体が小さい方だった。今では食事情も向上したことと成長期に入っているのでかなり身長は伸びたのだが、如何せん筋肉はまだまだ薄い。かたやイシクは着衣姿でもがっしりした体格だとわかる。濃い琥珀色の肌に灰色の髪、青灰色の切れ長の目。大きく薄い唇は意地悪気味に口角が上がっている。
王宮でカミーユがたまに目にする侍女(勿論カミーユ付きではない)が、こんな感じのカミーユの剣術家庭教師見たさにうろちょろしていたのを思い出した。
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