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第1章「泡沫夢幻」
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しおりを挟む新たな懐中時計は手に入れたが、謎はさらに深まったまま、俺は亜門家を後にした。
帰り際琴音さんは「また遊びに来てね」と笑顔で送り出してくれて、俺はそれにお礼とお辞儀で返した。
亜門文月とは何者なのか。
これも明日学校で先生に訊けば何か答えが得られるのだろうか。果たして先生は素直に教えてくれるのかは疑問だが、ここまで来たら絶対に問い質さなくては俺の気が済まない。
決意を新たに決めて、今度は隣町にある公園、通称星見の丘へ向かっていた。
電車で15分、駅から徒歩10分ほどの場所にその公園はある。
初めて足を踏み入れるが、割と大きめのその公園は小さな子が遊べるような遊具は一切なく、綺麗な芝生が視界を緑一色に染めるような広い広場がただあるだけの、家族連れやカップルがピクニックに出かけるには絶好の場所だった。
今はもう夕方も過ぎて暗くなってきたからか、人気は少なく何となく寂しい雰囲気だ。
きっと昼頃に来ていればその印象も変わったんだろう。
この広場から少し歩いて小山を上った先に星見の丘と呼ばれる天体観測にはうってつけの場所があるらしい。
待ち合わせの場所はその丘だ。
一体どんな理由があってその場所を指定したのかはわからないが、文句を言っても始まらないので、俺は言われた通りその丘へ向かうべく足を動かした。
広場から歩いて15分程度だろうか、おそらくここが星見の丘だろうという場所に着いた。
そこは周りの木々から少しだけ開けた場所で、上を見上げると確かに星を見るのに絶好のポイントだと思えた。
ちょうどいい場所に設置されたベンチに腰掛けて周りを見回す。
どうやら待ち人はまだ到着していないようだ。スマホで時間を確認するが待ち合わせの時間より10分ほど早く着いてしまったらしい。
俺はもう一度星が見え始めた夜空へ視線を上げる。
今日は…というか最近か、デジャヴというものをよく感じるようになった。
この公園も、この丘も、さっきから来たことがあるような気がしているのだ。見覚えがないはずなのに見覚えがある。不思議な感覚だった。
何故だろう、昔…いやつい最近…いや未来で?俺はこの夜空を誰かと一緒に見上げたことがあるような…その人と一緒に温かな時間を過ごしたような…忘れたくないって…俺はあの時確かに………。
…………―――――――――ガサッ
「っ!?」
どこか分からない時間に思いを馳せていたその時、すぐ傍から物音が聞こえて、俺は反射的に振り向いた。
振り向いた先、そこには見知らぬ男性が所在無さげに立っていた。
その人は俺を見つめて、困ったように視線を彷徨わせている。もしかしてこの人が独歩の言っていたタイムマシンを修理できる人…なのだろうか?
男性は見た感じ30代くらいのスラリとした背の高い人だ。
雰囲気だけで言えばどこか気難しそうな…今現在眉間に皺を寄せているせいだろうけど…少し近づきがたい印象の男性だった。
「えっと…貴方が独歩の知り合いの方…ですか?」
「………………」
男性は俺の質問に答えないまま、何故かポケットから取り出したメモ帳に何かを書き始める。
一体何だろうとその動向を見守っていると、書き終わったのか男性はその書いたメモ帳を俺に見えるように掲げる。
そのメモ帳にはこう書かれていた。
【僕は喋れません。なので筆談でお願いします。君の言う通り僕が独歩の知り合いです。お待たせしてすみません。】
「あ、そうなんですね…えっと、耳は聴こえてるんですか?」
男性はその問いにこくんと一度頷いた。
メモ帳の言葉を見る限りどうやら見た目ほど気難しい人ではないようだ。男性は更にメモ帳に文字を走らせ始めたので、俺は書き終わるまでその姿をじっと見つめた。
【僕の名前は久作とでも。早速ですが時計を見せてください】
「あ、はい」
ポケットに仕舞っていた懐中時計を差し出すと、久作さんは宝石にでも触れるようにそっと慎重に受け取って、じっと時計を観察し始めた。
それにしても久作って、たぶん偽名…だよな。そういえば少し前に宇田川君が夢野久作の話をしていた気がするけど、久作って名前はその文豪から取ったのだろうか。
国木田独歩の次は夢野久作って…独歩の関係者は皆本好きなのだろうか。
そんなことを考えていると、時計を観察し終わった久作さんが再びメモ帳にペンを走らせて、書き終わったそれを俺に見せてくれる。
そこにはこう書かれていた。
【これならすぐに直せます。30分ほどお時間いただいていいですか?】
「えっ、30分で直せるんですか!?」
驚き思わず大きな声になった俺にも久作さんは動じず、コクリと頷いた。
【近くに僕の車を停めてあるので、そこで直してきます。結生さんはここで待っていてください。】
「は、はい…」
あまりにもあっさり直せると聞かされて戸惑う俺を置き去りに、久作さんは踵を返して去っていく。
その背を呆然と見送るしかできない俺は、傍から見るとかなり間抜けな顔をしているんじゃないだろうか。
だって仕方ないだろう。世紀の大発明と言ってもおかしくないタイムマシンの故障を、30分で直せるとか簡単に言われたら誰だって驚く。というか驚き通り越してなにも考えられなくなるというものだ。
一体何者なんだあの久作とかいう人物は。
それとも俺が知らないだけで、昨今の日本ではタイムマシンとは気軽に作れるものなのだろうか。いやあり得ないだろ。
などと混乱のあまり脳内で一人ボケツッコミを繰り返しているうちに、あっという間に30分が過ぎていた。
まだ放心状態の俺の前に久作さんは戻ってくると、その手に持った懐中時計を俺に差し出した。
「えっと…直ったんですか?」
こくん。
久作さんは何でもない事のように、当然の顔をして頷く。
やっぱりにわかには信じられない。
受け取った懐中時計は渡す前となんら変わっていないように見える。本当に直ったんだろうか。
疑いの目で手の中の懐中時計と久作さんの顔を交互に見ていると、ポケットに入れていたスマホが震えた。
取り出し確認すると独歩からの着信だった。
タイミングが良すぎる気がするんだが、もしや独歩はどこかでこっちを見ているんだろうか。
嫌な想像に嫌悪感を感じながら独歩からの着信に出る。
『出るのが遅い』
相変わらず電話から聞こえるのは加工された声だった。
その声にも辟易しながら、俺はため息を吐きたいのを堪えて返事を返す。
「悪かったな」
『ふん。で?時計は直ったのか?』
「たぶん…なぁこの久作さんって何者だよ」
『そいつの事は詮索するな。知って後悔するのはお前だ』
「はぁ?どういう意味、」
『お前は宇田川咲良のことだけ気にしてればいいという事だ。これ以上の荷物なんてお前は持てないだろう。それで、文月という男には会えたのか?』
「……あぁそれは…」
今の言葉には色々追求したい気がするが、どうせ教えてはくれないんだろうと諦めた。
ちなみに久作さんは俺の腰掛けるベンチに同じように腰を下ろして、ボーっと夜空を見上げている。まだ帰るつもりはないようだ。
そんな久作さんを横目に見ながら、独歩に今日の出来事を報告することにした。
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