契約妻と無言の朝食

野地マルテ

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後日談

何よりも食い気が勝る

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「え、ストッキング責めしなかったの?」
「ストッキングは即効脱がされてころころ丸められて、床にポイされたわ」
「エリオン様、そこまでのスキモノじゃなかったかッ……!」
「ただ単に、知らなかったんじゃないの? ストッキングプレイなんて……」
「え~~枢機官なら皆知ってるでしょ? 貴族はスキモノばっかじゃん」

 私の報告に、ヘレナは面白くなさそうにテーブルを軽く叩き、「チッ」と舌打ちした。彼女は自分がすすめた最凶プレイを私が実行しなかったことにご立腹らしい。
 私は私たち夫婦の仲が上手くいったことをヘレナへ報告した。ヘレナの助言が無ければ、今でも私たちは一見仲は良いけれど、どこか距離のある夫婦だったかもしれない。閨事をしなくとも仲が良い夫婦はたくさんいるだろうが、少なくとも、私たちには身体の関係が必要だと思った。正直なところ、私たちは性格的には合っているとは言い難い。しかし、身体の相性は良いと思う。

「でも良かったね! 子作りできて! すぐに赤ちゃんが出来るといいよね」
「そうね、あれから毎晩七回はしてるから、きっとすぐに出来ると思うわ」
「えっ……ななかい……?」
「数を打てば当たるという話もあるでしょう?」

 すぐにでも子が欲しい私は、あれから毎晩のようにエリオンの腰にしがみついている。「体調が悪い」「疲れているんだ」と言う彼に、「もう私のことを愛していないんですか?」と瞳を潤ませて懇願している。
 私の言葉に、ヘレナは頬を引き攣らせる。

「いや、それ、エリオン様死んじゃうよ?」
「死なないわよ、エリオン様がいくつだと思っているのよ。ヘレナの恋愛対象とは違うんだから。ベビーベッドも買ったから、少なくとも今年中にはぜったい妊娠するわ」
「必死すぎる」
「きっとエリオン様に似た、美しい子が産まれてくるわ」

 うっとりとつぶやく私に、ヘレナは片眉をあげる。

「まあ、ほどほどにしなね……」


 ◆


 この後ヘレナとオペラッタの昼公演を楽しみ、私は帰路につく。枢機官の奥様生活は快適だし、楽だけど、やっぱり楽しいことだけをしているのは少々性に合わないと思う。エリオンにはもっと仕事が欲しいと言っているが、事務仕事は現状より増えることはほぼ無いらしい。
 やはり私は子どもが欲しい。
 退屈しのぎではなく、エリオンの妻としての仕事がもっとしたいのだ。

 帰宅後、エリオンが作った夕食を口に運びながら、私はそんな話をした。
 今日の夕食は牛肉の煮込みと、玉ねぎサラダ、そして黄金色をした半透明のスープだ。牛肉からエキスを取り調味したものらしいが、太めの麺がスープに絡んで美味しい。エリオンは日々、色々な国の家庭料理を作る。

 私の話を黙々と聞いていたエリオンは、玉ねぎサラダを口にしながらぼそりとつぶやいた。

「……子どもはいいが、妊娠したらしばらく何もろくに食べられなくなるな」
「そう、なのですか?」
「ああ。妊娠初期は何を食べても吐きどおしらしい。後期は医師から体重制限を受けるから、あまり好きに食べられなくなるしな」

 妊婦がそんなに大変だったとは。うちの母が弟を妊娠していた時は、大変そうなそぶりはぜんぜん見せなかったのに。
 私は食べることが何よりも好きだ。
 それに八ヶ月も制限がかかるなんて。
 エリオンの子は欲しいが、食べられなくなるのは困る。
 心の中でうむむと唸る。

「……ま、まだ、私、エリオン様と二人きりの生活を満喫したいです」
「ああ、それがいいな」

 いい年して、我が子を抱くよりも食い気を選んでしまう私は、まだまだ母になる資格がないのかもしれない。


 <後日談その一、完>
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