27 / 34
新たな関係
しおりを挟む
仮住まいで過ごす最初の夜。エリオンが手作りしたという夕食を囲んだ。
カブと人参のクリーム煮も、ニンニクとチリだけで炒めたシンプルなパスタもとても美味しかったが、特に感動したのはメインディッシュの肉料理だ。鴨だろうか。ローストされた薄切り肉の上にはベリーのような甘酸っぱいフルーツソースが掛かっていて、これがもう頬が落ちそうになるぐらい美味しかった。
鴨もローストも得意じゃないが、これならいくらでも食べられそうだ。
「美味しい! しっとり柔らかくて食べやすいです!」
「良かった。料理は昔から得意なんだ」
「えっ、料理なんて出来たんですか?」
「ん? フレデリクが言ってなかったか? エヴニール家で毎朝出していた食事は俺が作ったものだが……」
「うそっ、嘘ですよね?」
「そんな嘘をついて何になる」
ここにきて衝撃の新事実が発覚する
私がエヴニール家で食べていた朝食は、なんとエリオン自ら用意したものだった。
「まっ、まさかパンもスープもエリオン様が……?」
「そうだ。ジャムも手作りだし、ハムも自分で燻製にした。料理は唯一の趣味だからな」
いやいやありえないだろう。
そう思ったが、この人は何かと規格外なところがある。ちまちま下ごしらえしたり、朝も早くから調理場で色々やっていてもおかしくないのかもしれない。いや、想像できないけど。
ふつう料理が趣味な人が、朝、羊皮紙に視線を落としたまま食事をするだろうか。
うちの実家の父も料理が好きな人だが、食べることにも全力だったのでかなり違和感がある。
「君はいつも美味しそうに食べるし、色々アレンジしてもりもり食べてくれるから作りがいがあったよ。君が妻で本当に良かったと思った」
それならそうと言ってくれれば良かったのに。本当にこの人は肝心なことほど言葉が足らない。
あの朝食をエリオンが本当に作っていたのなら、メニューのこととか味の感想を言いあって、朝の時間をもっと楽しく過ごすことが出来たのではないか?
「塩パンも、野菜のポタージュもハムもぜんぶ好きでした……」
「そうか。パンに横から切れ目を入れて、野菜やハムを詰めている君を見てそういう手があったかと思ったな。……嬉しそうに食べてくれる君が好きだった」
あれはやけっぱちでやった行為だ。
どんな話を振っても聞いてるんだか聞いてないんだか、ろくな返答をしてくれないこちらを見てくれないエリオンに反抗して、あえてマナー的によろしくない食事の仕方をした。
「私は……。ろくに返事をしてくれないし、こちらも見てくれないあなたに、毎朝悲しく思っていました」
「すまない。朝は食事の準備をしていたせいで、食事時間に仕事をするはめになってしまって……」
「唯一私たちが一緒にいられる時間だったのに」
「そうだな……。君には本当に悪いことをした。こうやって今、自分が生きていることが分かっていたら、君のことをもっと構ったと思う。俺は西国の植民地で命を落とすと思っていたから」
西国には、王家の血をひく元帝国軍の師団長が地下に潜伏しているとの噂があった。王立騎士団の将を一人で何人も打ち倒したという凄腕の騎士で、西国の残党を集め、いつか大規模な武力蜂起を起こすのではないか、と。
「俺は西国に隣接するエヴニール領の人間として、どうしても元帝国軍の師団長イライアスを討つ必要があった。刺し違える覚悟だった」
「エリオン様……」
「アレクシアに生きるように言われていなかったら、捨て身の作戦を取ったかもしれない。今こうして君と食事ができているのも、君のおかげだ。ぜひ、礼と詫びがしたい」
自分にまっすぐに向けられる翡翠の瞳。
壮絶な戦いを潜り抜けてきたからだろうか、エリオンの目にはある種の凄みがあった。
「礼と詫び?」
「近衛の指南役は領主と違って暇でな。時間がある。朝昼晩の食事の用意と片付けは俺がしよう。まだまだアレクシアには食べてもらいたいものがたくさんあるんだ。アレクシアは何が好きなんだ? ぜひ聞かせてほしい。君の喜ぶ顔がもっとたくさん見たい」
こんな展開、ありえるのだろうか。
自分が鬱々とした気持ちでエヴニールで過ごしていた頃、唯一これは悪くないと思っていた朝食が、実はエリオンが用意していたものだったとは。
明らかにウキウキしているエリオンをみていると、胸の奥が甘く疼く。
このまま流されて、上手くまとまってしまいたいとさえ思えてくる。
──踏ん張りきれるかしら……。
鴨のローストを、また一切れ口に運ぶ。
こんなに美味しい食事を毎回出されたら、食べることが何よりも好きな私はあっという間に陥落してしまうかもしれない。
◆
半年後、まんまと胃袋を掴まれてしまった私は、エリオンの専属従者として正式に仕えることになった。
エリオンと仮住まいで過ごした半年間は、今までの事が嘘だったかのように穏やかだった。
男女の関係になる気配すらなく、昔からの気のおけない友人のように私たちは毎日三食の食事を一緒に楽しんだ。
会話は料理を通して盛り上がることもあれば、沈黙が続くことも当然あったけど、視線を上向かせれば、目があい、笑い合う間柄は心を温めた。
エリオンは無理に復縁を迫っては来なかった。はにかみながら、たまに私に好きだと伝えてくれることはあったけど、それだけだ。
変わり者だが良いところもあると思い、私はエリオンの従者になることを決めたのだった。
「これからも共にいよう、アレクシア」
「はい、エリオン様」
「……これにサインをしてくれないか?」
これから私の主人となるエリオンが、おずおずと一枚の書類を差し出してきた。
主従の契約書類かと思い、何気なく書類の表題を見ると、そこには『復縁届』とあった。
ぴくりと、羽ペンを持った私の手が止まる。
ぱちぱちと瞬きをし、もう一度表題を確認してから、エリオンの顔をじっと見つめる。
「……エリオン様、こちらの書類は?」
「これからも俺達が共にいるための契約書だ」
「いや……でもこれ、復縁届って書いてあるんですが」
「何か問題があるのか?」
大ありだ。
そんな話一言もしていないのに。
私が『どうして?』と言わんばかりの視線を投げると、エリオンはどこか呆れたように言った。
「君は子どもが欲しいと言っていただろう? 夫婦にならなければ子どもは作れない。俺は私生児生まれで苦労したから、婚姻関係外で子作りはしない」
──私生児? エリオン様が?
たしかにエリオンの兄と彼は髪の色がまったく違う。
彼の髪の色は移民に多い黒髪だ。
「俺は伯爵だった父が、南方の騎馬民族だった母と交わって作った戦争の駒だ。俺は十五になる歳まで母方の実家で育ったんだ。母は俺を産んで亡くなったから、父が迎えに来た時は嬉しかったが、当然のように父の元で育った兄を見て思うことはあったよ」
「そうだったんですか……」
知らなかった。
マクシミリアンと母親が違うのかもしれないと思ったことはあったが、エリオンの母親は後妻だと思っていた。
「俺はアレクシアと家族になりたいし、家族を増やしていきたい。……駄目ならもう二度と結婚は迫らない。君のことは一従者として扱おう」
エヴニール家にいた頃のように、エリオンは無理やり迫ってくることは無かった。
私はひとつ息をはくと、羽ペンを再び取り、迷うことなく妻の欄に署名した。
緊張したからか、少し文字が歪んでしまった。
「……アレクシア、いいのか?」
信じられないと言わんばかりに、エリオンは目を見開いている。
私は無言で頷いた。
破顔するかと思っていたのに、エリオンは大きな手で自分の顔を覆い、うつむいてしまった。
「エリオン様?」
「……ぜったいに駄目だと思った」
肩を震わせていた。
指の間から鼻をすするような音もする。
エリオンは泣いていた。
「やだあ、もう! 泣かないでくださいよ!」
「すまない……」
「謝らなくてもいいですよ」
まさかこの場でエリオンが泣くとは思わなかった。こんなに大きな身体をしているのに、子どもみたいだ。
どこまでもエリオンは予想外の行動をする人だ。
「……今度は絶対に幸せにする」
「はい」
「もう卑猥なことは言わない」
「……はい」
「身体の部位も褒めないし、子どもが出来る日以外は行為を求めない」
「そ、それはもっと流動的でいいと思います」
子作り目的だけの行為をするのも、ちょっと寂しい。この半年間でそんな風に考えられるようになっていた。まあ、この仮住まいでは身体の関係に一度もなっていないけど。
「これからうちの兄や君の両親を説得せねばな。俺は君を不幸にした稀代のクズ野郎だ」
「そうですね」
「……あっさり肯定するんだな」
「だってあなたはクズではありませんか! 私の気持ちなんか一つも考えず、勝手な行動や言動ばかりして。おかげで私の心のなかはめちゃくちゃになったのですよ?」
「うぅ、そうだな……。そんなクズ野郎とよく復縁を考えてくれた」
テーブルの上で手を握られる。
結婚していた時と何も変わらない、ごつごつした温かな手。
「まあ、これからは言いたいことを言わせて貰いますから!」
「お手柔らかに頼む」
お互い、視線を合わせて笑い合う。
私たちの新たな関係はまたここから始まるのだ。
<本編完結>
※後日談掲載予定あり
27
お気に入りに追加
3,232
あなたにおすすめの小説
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。
義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。
石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。
実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。
そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。
血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。
この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。
扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」
「恩? 私と君は初対面だったはず」
「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」
「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」
奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。
彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
メイドから家庭教師にジョブチェンジ~特殊能力持ち貧乏伯爵令嬢の話~
Na20
恋愛
ローガン公爵家でメイドとして働いているイリア。今日も洗濯物を干しに行こうと歩いていると茂みからこどもの泣き声が聞こえてきた。なんだかんだでほっとけないイリアによる秘密の特訓が始まるのだった。そしてそれが公爵様にバレてメイドをクビになりそうになったが…
※恋愛要素ほぼないです。続きが書ければ恋愛要素があるはずなので恋愛ジャンルになっています。
※設定はふんわり、ご都合主義です
小説家になろう様でも掲載しています
王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~
石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。
食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。
そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。
しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。
何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。
扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。
小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる