26 / 34
この子は本当にもう!
しおりを挟む「……契約妻? アレクシアが?」
「ええ」
観念した私は、半年間だけエヴニール家で契約妻をしていた事実をヘレナへ話した。
その半年間がどのようなものだったのかは言っていない。
婚姻していた半年間、エリオンからほぼ無視された状態で、最後の数日間は卑猥なことを言われながら無理やり抱かれたなんて正直に言ったら、ヘレナがエリオンに何をするか分からないからだ。
西国で武力蜂起があり、その鎮圧のためにエリオンが出征することになり離縁したと、私はヘレナに説明した。
「どうして客員騎士様の帰りを待たなかったの? 二年間の婚姻の約束でしょう?」
「……エリオン様のお兄様がエヴニールへ戻られたからよ。エリオン様はエヴニール家の当主ではなくなってしまったから、契約妻は必要なくなったわ」
「別に当主じゃなくても奥さんがいたっていいじゃん。それに客員騎士様はアレクシアのことがまだ好きでしょ? 『待ってて』って言われなかったの?」
「離縁はエリオン様のお兄様が決められたことよ」
離縁は私から言い出したことだ。
エリオンとは結婚してから半年間、ろくな会話がなく、このままこんな生活は続けたくないと私は喚いた。
「全部終わったことだから」
そう、すべて終わったことだ。
それなのに、未だにエリオンの存在が心から消えてくれない。
離縁して半年。私はまたエリオンと再会してしまった。
彼のことをどう思っているのか、はっきりしないまま。
「終わってないよね……? その顔は?」
私の顔を覗き込む、心配そうなヘレナの顔がそこにあった。
「アレクシアも未練あるよね?」
「……どうかしら」
「ねえ、アレクシアってエリオン様とえっちな事してた?」
──この子は本当にもう……!
顔がかああと熱くなるのを止められない。
戦慄く下唇を急いで噛むも、バレバレだろう。
ヘレナは動揺している私を見、『やっぱりな』と言わんばかりの顔をしている。
「あー……やっぱり半年間も結婚してたら色々あるよね。二人は美男美女だし」
「う、うるさい! そういうことをしてたらなんなのよっ!」
私は一方的にエリオンに乗り掛かられていただけだ。
最初はあの太くて硬いもので股をがつがつ穿られて痛いだけだったのに、最終的には気持ちよくなっていた。
今では……。そういう肉体的な行為に恐怖を感じているけど、本音を言えば、肌寂しいような気もしている。
自分でも相反する考えや気持ちが、心の中に共存する現状を理解出来ないのだ。
「たぶん、部屋付きになったらずるずる身体の関係になっちゃうよ」
「ならないわよ!」
「お互いはじめて同士だったんでしょ?」
「……だから何よ」
「焼けぼっくいに火が付きやすい状況だなって思って」
また同じことを繰り返すつもりなのかと、私だって自問自答した。
でも、エリオンの側にいたいという欲求がどうしても強くて、私は負けてしまった。
「どうしよう、ヘレナ」
「さっさと自分がどうしたいのか、答えを決めたほうがいいね。ああ、この場合は感情は抜きにしたほうがいいよ」
「感情は……抜きにする?」
「そうそう。人間なんてさ、一つのことに対して気持ちが一種類しかないなんてあり得ないじゃん? どれだけ仲がいい家族でも、イライラしたり嫌いだと思うことはあるでしょ? 」
ヘレナの言葉に、ぱちぱちと瞬きする。
「アレクシアはさー。客員騎士様に、きっと振れ幅が大きすぎる感情を持っているんだと思う。だって、普段すっごく落ち着いてるアレクシアがさ、客員騎士様のことになると、泣いたり怒ったり忙しそうだもん」
「そ、そう?」
「そう! だからさ。いっそ感情を抜きにして、客員騎士様のことを判断してみたら? 利用できそうな男だなと思ったら、さっさと自分から復縁に持ち込む。こいつはやっぱりダメだなと思ったら、部屋付きをきっぱりやめる」
「そんなの!」
「男女の仲なんてそんなもんだよ。アレクシア、王城の掃除係の仕事をいつまで続けるつもり? 病気になったらどうするの? 実家に何かあったら? ……客員騎士様は伯爵家出身の超優良男だよ。暴力振るわない金癖が悪くないなら、割り切って復縁に持ち込むのもいいんじゃない?」
そう言うと、ヘレナは窓の外を指差した。
近衛部隊が武器を振るい、演習している勇ましい様子が見えた。
黒い制服を着たエリオンの姿が見え、胸の奥が疼いた。
「観覧席を見なよ。ここにはさ、政略結婚が叶わなかったお嬢様方がわんさかいるんだよ。アレクシアは客員騎士様に好かれてるんだから、恵まれてるよ。みんな誰かに見初められたくて、一縷の望みをかけて見学に来てるんだから」
観覧席には黄色い声を上げる女性たちがたくさんいた。全員が全員、エリオンのファンだとは限らないが、この中の何人かは彼に本気で好意を抱いていたとしても不思議じゃない。
なにせ、エリオンは美形だから。
「なーんて、色々生意気なこと言ってごめんね……。アレクシア」
「……大丈夫よ、こちらこそありがとう。ヘレナ」
◆
「ヘレナに断られた?」
翌日、私はエリオンにオペラのチケットを返した。
私を仮住まいの部屋付きにする手続きを済ませた彼が、わざわざ迎えに来たのだ。
「……申し訳ありません」
「いや、謝る必要はない。このチケットは俺が勝手に用意したものだ。これは近衛騎士の誰かに譲ることにしよう」
悲しそうなエリオンの様子に胸が痛くなる。
エリオンとオペラなんてとんでもないと思う自分と、一緒に行きたかったと思う自分がせめぎあう。
「今度は、アレクシアに付き合ってもらえるような案を頑張って考えるよ」
そんな優しい言葉をエリオンは紡ぐ。
どうして今さら、彼は私に優しくするのか。
最初の婚姻の時からこうしてくれていれば、今頃子どもの一人でも腕に抱いていたかもしれないと思うと、また悲しくなった。
「今の私はただの使用人ですから」
エリオンにはエリオンなりの事情があった。彼には西国へ出征する予定があり、私と死に別れる可能性があった。エリオンは自分の死で私を悲しませたくなかったと言い、あえて半年間私と距離を取り、最後は言葉に出来ないようなことをした。
私は短い間だけでもエリオンと仲良くしたかったので、彼の考えは理解できなかったが。
二人で夕暮れの道を歩く。
会話はない。
また、ろくに交流のない毎日がはじまってしまうのだろうか。
胸にじわりと不安が広がった。
14
お気に入りに追加
3,232
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
聖女の私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。
重田いの
ファンタジー
聖女である私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。
あのお、私はともかくお父さんがいなくなるのは国としてマズイと思うのですが……。
よくある聖女追放ものです。
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。
子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。
さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。
忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。
「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」
気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、
「信じられない!離縁よ!離縁!」
深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。
結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」
「恩? 私と君は初対面だったはず」
「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」
「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」
奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。
彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
おしどり夫婦を演じていたら、いつの間にか本当に溺愛されていました。
木山楽斗
恋愛
ラフィティアは夫であるアルフェルグとおしどり夫婦を演じていた。
あくまで割り切った関係である二人は、自分達の評価を上げるためにも、対外的にはいい夫婦として過ごしていたのである。
実際の二人は、仲が悪いという訳ではないが、いい夫婦というものではなかった。
食事も別なくらいだったし、話すことと言えば口裏を合わせる時くらいだ。
しかしともに過ごしていく内に、二人の心境も徐々に変化していっていた。
二人はお互いのことを、少なからず意識していたのである。
そんな二人に、転機が訪れる。
ラフィティアがとある友人と出掛けることになったのだ。
アルフェルグは、その友人とラフィティアが特別な関係にあるのではないかと考えた。
そこから二人の関係は、一気に変わっていくのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる