24 / 34
仮住まい
しおりを挟む「ここに来る前に君の家へ謝りに行ったよ」
こぽぽと音を立てながら、エリオンはポットにヤカンの湯を注ぐ。良い茶葉なのか、花のような華やかな香りがぱっとあたりに広がる。
柔らかな日の光が入る応接室。
私たちはエリオンの仮住まいにいた。
エリオンは紅茶を淹れることが出来たのか、と驚く前に、うちの実家へ行ったと告げられてびっくりした。
「なぜ……」
「二年の婚姻の約束だったのに、俺のせいで半年で終わってしまっただろう? 契約満了金も当初の四分の一しか支払えていなかったし、残りの四分の三を支払える目処が立ったから、あらためて君の家へ謝罪に行ったんだ」
やたらとお金の話になる。私があの日、執務室で喚いたからだろうが。
「……私の両親は受け取ると言ったのですか?」
「理由を話してなんとか受け取りを了承して貰った。……これで君の家の情勢が少しは上向くといいのだが」
「お金はどこで……」
「ああ、西国で反乱軍の将を俺が討ち取ったんだ。かなり厳しい戦いだったが、そのぶん破格の褒賞金が出た。これでエヴニール家の体面も保てると思う」
大手柄を立てたはずなのに、そう呟くエリオンの声には力がない。
傍目には五体満足そうに見えるが、もしかしたら戦が原因で彼は何か瑕疵を負ったのかもしれない。
自分には関係のことだと思いたいのに、彼に何かあったのかと思うと落ち着かない気持ちになる。
本来ならば、ざまあみろと思う場面だろうに。
鮮やかな色をしたカップの中身を見つめていると、エリオンに「何も入っていないから」と言われてしまった。
「別に、疑ってませんよ。何か入れられてるなんて」
「そうか」
やはり会話はろくに続かない。
気まずい雰囲気は相変わらずだ。
でも、何か話さなければと思い、周囲を見た。
エリオンが近衛部隊から提供されたという仮住まいは、一人で暮らすには広すぎる邸宅だった。
二階建ての戸建で、応接室を含めると六つも部屋があるらしい。
「アレクシアも一緒に暮らすか? 一人で住むには広すぎる」
白を基調とした明るい内装に、日当たりも良い。まだこの屋敷は建てられてから日が浅いのか、クロスの糊の匂いがする。椅子やテーブルなどの調度品も真新しい。
自分が家庭を持ち、夫婦で暮らし始めるのならこんなところが良い。思わず、そう妄想してしまうほど素敵な場所だった。
「そうですね」
外からの風を受け、ふわりと広がるレースのカーテンを見つめながら肯定の言葉を返すと、カップの持ち手を取ったエリオンの手がぴくりと止まった。
「一緒に暮らしたいです」
私がそう言うと、エリオンは切れ長の瞳を見開いた。
彼はまさか、私が頷くとは思わなかったのだろう。悪い冗談のつもりで一緒に暮らさないかと言ったのかもしれない。
私はエリオンのことが心配だった。
今だけでも側にいたいと思った。
私は王城の使用人と言っても、ただの掃除係に過ぎない。部屋付きの侍女ではないので王城内に暮らす義務はない。
住居は自由なのだ。
「……いいのか?」
「はい」
またベッドに引きずり込まれてしまう可能性を考えたが、もしもそうなったところで最悪避妊薬でも飲めばいいし、今さらエリオンから何かされたところで、私自身は何も変わらないとも思う。
どこか弱った様子の彼を見て、少し絆されてしまったのかもしれない。自分でも甘いなと思う。エヴニール家で彼と過ごした時間は悲惨なものだったのに。
それに今の私はエリオン以外の男性に興味を持てないし、結婚相手を探そうとも思えない。
だから私はエリオンと向き合って、自分の気持ちに決着をつけたいと思った。
せっかく再び逢えたのだから。
「別にいいなと思っている男性がいるわけではないですし、結婚相手を探そうとも思っていません。今の私は完全に自由の身です。あなたと二人で暮らして、まわりから何を言われても気にしません」
「……なるほど、では君を俺の部屋付きに指名しよう」
「部屋付き?」
「ああ、この家は一人で暮らすには広いだろう? 手入れをする者を一人つけてはどうかと近衛の副官から言われたんだ。指南役の仕事は忙しくないし、俺一人でも維持できると断ったのだが……。君がここに住んでくれるのなら、君を俺の部屋付きに指名しよう。そうすれば、王城で掃除係をしなくても済むだろう?」
──へ、部屋付き……。
そうか、その手があったかと思った。
でも、エリオンのお世話係として彼と一緒に暮らすだなんて。それこそ一般家庭の妻のようだ。
「よろしくお願いします」
「ああ、こちらこそよろしく頼む。君を俺の部屋付きにする手配はこちらでしておこう」
──ヘレナになんて言おう。
妙に勘の鋭い彼女は、エリオンのことをかなり警戒していた。
私はヘレナにエヴニール家で契約妻をやっていたことを言っていない。私はエヴニール家で働いていた元使用人ということになっている。それなのに、エリオンと私の間に何かあったんじゃないかとヘレナは勘ぐっているのだ。
私がエリオンの部屋付きになったと聞いたら、さぞや怒ることだろう。『警戒心がなさすぎる!』と。
13
お気に入りに追加
3,232
あなたにおすすめの小説
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。
義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。
石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。
実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。
そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。
血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。
この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。
扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
冤罪から逃れるために全てを捨てた。
四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)
【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」
「恩? 私と君は初対面だったはず」
「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」
「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」
奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。
彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
メイドから家庭教師にジョブチェンジ~特殊能力持ち貧乏伯爵令嬢の話~
Na20
恋愛
ローガン公爵家でメイドとして働いているイリア。今日も洗濯物を干しに行こうと歩いていると茂みからこどもの泣き声が聞こえてきた。なんだかんだでほっとけないイリアによる秘密の特訓が始まるのだった。そしてそれが公爵様にバレてメイドをクビになりそうになったが…
※恋愛要素ほぼないです。続きが書ければ恋愛要素があるはずなので恋愛ジャンルになっています。
※設定はふんわり、ご都合主義です
小説家になろう様でも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる