契約妻と無言の朝食

野地マルテ

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※ もう遅い

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「……アレクシア?」

 深夜。湯浴みを終えた私はエリオンの元を訪れていた。
 エリオンは背に大きな枕を入れて、上体が少し起き上がる状態で横になっていた。
 彼のことは嫌いだと言ったが、死んでほしくはない。私は今夜は寝ずの番をしようと思い、この医務室へやってきたのだ。
 もしもの時は私が医者を呼びに行くために。

「……旦那様が不安だと思って。今夜は私もここにおります」
「そうか、ありがとう」

 エリオンの翡翠色の瞳が細められる。頭は包帯でぐるぐる巻きになっていて頬には傷が出来ているが、力なく笑った顔はやはり美しかった。
 彼のことは嫌いだけど、彼の顔はやっぱり好みだ。もっと彼の顔立ちが普通だったら、私はあっさり嫌いになれたと思うのに。
 私は薄く微笑むエリオンにときめいてしまった自分を悔しく思いながら、頭を垂れた。

「あの、今日は……助けて頂いてありがとうございました」

 自室に戻り湯浴みをし、少し冷静になった私はエリオンに助けてもらった礼を言っていないことに気がついた。もやもやとした罪悪感が胸に広がり、このままでは眠れないと思い、お礼を言うことにしたのだ。
 嫌いな相手でも、感謝の言葉ぐらいは言ってもいいだろう。
 私の礼の言葉に、エリオンは眉根を寄せる。

「いや、君を追い詰めたのは俺だ……すまなかった。明日にでも君を実家へ帰したいが、三日後に兄達がここへ戻ってくるんだ」
「えっ、そうなんですか?」
「……ああ、今日の夕方に早馬の連絡がきた。俺たちの契約婚を決めたのは兄だ。……兄の立ち会いの元、離縁しよう」

 離縁の言葉に何故かすごく悲しくなった。
 私たちはもう少し、上手くやれなかったのだろうか。お互いに、たぶん少なからず好意はあったはずなのに、こんなにひどい最低最悪な結末を迎えてしまった。
 義兄一家と同居していた頃は、義兄たちが何かと気を利かせてくれたり、義姉が相談にのってくれたこともあったけど、私たちは打ち解けられないまま二人きりになってしまった。

 エリオンの口からあっさり離縁の言葉が出たのは、きっと私が嫌いだと言ったからだ。
 愛し合える可能性が僅かでもあったかもしれないと思うと、胸の奥が苦しくなるが、こればかりは仕方がない。
 結婚はイコール生活だ。
 ここまで感情が揺れ動く相手と一緒にいるべきではないだろう。
 一緒にいたらまたきっと、私たちは騒動を起こし、傷つけ合ってしまう。


「君には嫌われてしまったが、俺は君のことが好きだった……。もっと、上手くやれれば良かったのに。取り返しのつかない馬鹿なことばかりしてしまった。すまない……」

 ──なによ……。

 今さら好きだと言われてももう遅い。
 私は彼のことを嫌いだと言った後だ。
 言葉は発した後に取り返すことが出来ない。
 気がついたら頬が濡れていた。

「旦那様……っ、うぅっ、ふっ……」
「君を傷つけてしまった詫びは必ずする。だから、もう泣かないでほしい」

 私はベッドサイドの椅子に座っていた。頭を優しく撫でられ、私はそのままエリオンの胸に顔を埋めた。グリーン系の香水と、薄い消毒の匂いがし、胸が苦しくなる。
 どうしてこうなったのか。もっと早くに好きだと言って欲しかった。私を無視する理由も説明して欲しかった。
 私にお金を残すために無期限の結婚契約を結ぶなら、先に私のことが好きだったと言ってくれれば良かったのだ。半年間無視していたのは、仲良くすると自分が死んだ時に私が悲しむと思ったからだと、あの日あの時、執務室で言ってくれていたら。

 大きな手で後頭部を抱えられる。分厚い胸板に顔がめり込む。彼は胸元が深く開いた夜着を着ていた。温かく滑らかな肌が心地良い。少し早めの鼓動が聞こえてきて、私まで胸が早鐘を打つ。

 しばらくドキドキしていたが、エリオンの高めの体温と鼓動の音、落ち着く香りに何故かひどく安心してしまい、私はそのまま重い瞼を閉じた。



 ◆



 小鳥のさえずりが聞こえる。
 はっと目を覚まし隣を見ると、そこには瞼を閉じて横たわるエリオンがいた。

 ──しまった。寝ちゃった!

 エリオンが生きているのかと不安になったが、すぐに彼は眉根を寄せると、ううんと呻いた。その様子にほっと胸を撫で下ろす。
 怪我人の隣でぐっすり寝てしまうなんて最悪だ。私は寝ずの番をしに来たのに。
 すぐに起き上がってベッドから出ようとしたが、腕を掴まれて掛け布団の中に引きずり込まれてしまった。

「ひゃっ……⁉︎」

 私の腕を掴んだのは当然エリオンだ。彼は寝ぼけているのか、私の身体を敷布の上にどすんと横たえると、なんと覆い被さってきた。
 私を見下ろす、翡翠の双眼の鋭さにぞっとした。

「だ、旦那様……? やめてください!」

 昨夜、彼は私に謝ってきたのに。何で今私に襲いかかってきているのか。檻を作るように私の身体の両脇に腕を付く彼の胸を押す。が、当然びくともしない。

「あっ……! ちょっ!」

 首すじに顔を埋められ唇を寄せられたと思ったら、ちろりと舐められた。肌がぞわわと粟立つ。抵抗しようと思ったが、頭に包帯を巻いているエリオンを見、罪悪感がわいてしまった。
 私が躊躇している間にも、むき出しになった首すじにじっとりなぞるように舌を這わされる。ぬめぬめとした舌の感触に下腹がずきんと疼く。両足を擦り合わせながらもエリオンの身体を押して抵抗したが、彼の動きを邪魔することさえ出来ない。

「ぁんっ、あぁ……! だめ……! 旦那様……!」

 一体エリオンはどういうつもりなのか。昨夜、確かに私たちは別れることになったはずなのに。こんな卑猥な行為をするなんて。
 大きな手のひらでぎゅっと胸のふくらみを包み込まれる。すでに胸の先端は尖りきっているのか、揉み込まれると甘い痛みを感じた。硬くなった先端ごとぐにぐに揉まれるとはしたない声が漏れる。
 このままではいけないと思い、エリオンの広い背に腕を回し、彼の夜着をぐっと引っ張るも、私を愛撫する手は止まらない。
 するすると白いナイトドレスの裾が捲りあげられる。丸出しになった太ももの上を容赦なく這い回る手に、また鳥肌が立つ。
 昨夜はクロッチのある下着を履いてきたから大丈夫だろうと思っていたのに、クロッチの隙間からぬぷりと指を入れられた。

「いっっ、……いあぁあっ!」

 今までにない、荒々しい指の動きだった。一刻も早く私の隘路を慣らして使いたいのだろう。狭い媚肉の中を上下にぐにぐにと指を動かされた。
 一度指を引き抜くと、エリオンは下着の上から愛液で濡れた指で私の花芯を軽く摩った。
 強い刺激に背中がのけ反る。

 嫌だ嫌だ、感じたくない。
 私たちは別れることになったのに、何でこんな事を──

 掛け布団はすでに床の上に落ちている。
 下着も邪魔だと思われたのか、無理やり剥ぎ取られてベッドの下へぽんと投げられた。

 開かれた股の間に顔を埋められる。もうすでに肉のあわいからは愛液が滴っているのか、じゅるじゅると聞くに耐えない音で吸われ、蜜口に舌を入れられた私は言葉にならない声で叫んだ。むき出しになった敏感なところに、ぐるりと舌を這わされている。
 丸出しになった自分の足の間から包帯に包まれたエリオンの頭が見え、混乱した。
 どうして、何でと思うが、強く抵抗できない。涙で前がよく見えなくなってきた。

「あっ……ん! あっんんっ、はぁっ! ああっ……!」

 猛烈にぞくぞくして、腰を二度三度高く上げてしまった。エリオンの舌の感触に足先までびりびりした刺激が走り、私は強すぎる悦楽に啜り泣くことしか出来ない。シーツを後ろ手にぎゅっと掴むも、耐えきれず、私は目の前が真っ白になるのを感じた。
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