契約妻と無言の朝食

野地マルテ

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※ 朝の執務室で

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 エリオンの綺麗な顔がゆっくり近づいてくる。
 涙で濡れた目でぼおっと見上げていると、口を何か生温かいもので塞がれた。

「ふぅっ……んっ!」

 私はこういうことの経験が一切ない。キスをされたのだと認識するのに少々時間が掛かってしまった。ぶにぶにと弾力のある皮膚の感触と、唇を割り、口内に入ってくる湿った吐息に背中がゾクゾクした。
 何でこのタイミングで初キス。結婚式でさえ、手の甲に軽く唇を落とされただけだったのに。

 朝の執務室、誰が来るか分からない。
 時間帯的に家令のお爺さんがいつ来てもおかしくない。
 私はエリオンのシャツを掴み、ぐっと引っ張った。
 自分とは違う、がっちりと固い身体に意識してしまい、手が震えてしまった。

 唇は一度外されたけど、口づけを邪魔されたエリオンの翡翠の瞳は明らかに怒っていた。

「自分から誘ったくせに……」
「だ、だって、ここは朝の執務室ですよ? 誰が来るか分からないのに……」
「……今朝は君をここへ呼ぶから、家令には休みを取るように伝えた。使用人たちにも午前中は執務室に近寄らないように言い含めてある。……ここでするのが嫌なら、隣の仮眠室へ行こう」
「するって、何を?」
「子どもが出来るような行為だ」

 地を這うようなエリオンの声に、ひっと小さく悲鳴が漏れる。
 こんな朝っぱらから⁉︎ はじめてなのに⁉︎ というかいきなり⁉︎ と頭の中が混乱した。

 なんだこの急展開は。
 昨日までは朝の挨拶ぐらいしか、まともに交わしたことがない夫婦だったのに。振れ幅が大きすぎる。
 私は首をぶんぶん大きく横に振った。

「嫌です! こんな朝から……!」
「人がまぐわうのに時間帯は関係ない」
「えっ、え」

 腕を引っ張られて、半端強引に連れてこられた場所は、小さな簡易ベッドと何も置かれていない机があるだけの小さな部屋だった。窓はあるが、薄手の白いカーテンがぴっちり閉められている。
 こんなところで嘘でしょうと思ったが、エリオンは私の胸元のリボンを慣れた様子でしゅるんと解いた。今日の私は白地に赤いリボンがついたドレスを着ていた。

「今日は脱がせやすそうなドレスで良かった」

 エリオンの口元に弧が描かれる。妖艶な笑みに頭がクラクラする。

 ──いやいや何これ、流されて大丈夫な事なの……?

 私たちは正式な夫婦だ。ここでエリオンに抱かれても何ら問題はない。でも、状況的に抵抗したくなるわけで。

「旦那様……!」

 しかし、抵抗したところでたいした抵抗にもならない。エリオンは伯爵になるまでエヴニール私設兵団の団長だった。ただの貧しい子爵家のお嬢様だった私に、ドンと胸を押されたぐらいではびくともしない。

 胸元のリボンをすべて解かれ、ビスチェごとドレスをずるりと下にさげられる。肩だけでなく、胸の膨らみまで丸出しになった。今日着ていたドレスは、社交会で着るようながちがちに防御力の高いドレスではない。一箇所紐解かれてしまえば、すぐに脱げてしまう。

「アレクシアは胸まで可憐なのか。乳輪が小さくて色素が薄いな」
「やっ、や、そん……そんな」

 軽い手つきで私の双丘を揉みながら、エリオンは嬉しそうに言う。彼はこういうことの経験があるのかもしれない。女性の乳房を前にしても、平静でいたから。
 かさついた大きな手でむにりと胸を掴まれると、妙な気持ちになってくる。親指と人差し指を使い、絶妙な力加減でくにくにと乳首を揉まれると、何故か脚の間が落ち着かなくなってきた。太ももを擦り合わせて、這い上がっているもどかしい衝動に耐える。

「ドレスの裾が邪魔だな、脱ごうか」
「は、はい」
「……いい子だ」


 言われた通りドレスを脱ぎ、机の上に立て掛ける。私は白いショーツとストッキング、ガーターベルトだけの姿になった。

「おいで」

 簡易ベッドの上に座ったエリオンが手招きする。これは本当に現実なのか? 私が見ているいやらしい夢ではないのか? よくわからないまま私は彼に言われた通り、ガーターベルトとショーツ姿のまま、彼の膝の上に跨った。
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