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人間、色々ある
しおりを挟む あの後、ロードリックと休みの日を合わせ、公園へ行った。思えば公園デートは初めてだった。今まで付き合った男達は皆夜にしか会ってくれなかったし、バーで一杯呑んだら宿へ行くのが定番だった。
日の当たるところで男と会って談笑する日が自分に来るだなんて、想像すらしたことがなかった。健全すぎて、寮の部屋へ帰ってから一人で笑ってしまった。
しかし、それなりに人が行き交う公園で、あんなに目立つ美丈夫と二人きりで会ったのは軽率だったかもしれない。
「ちょっと、メリザン!」
自分を呼ぶ声に振り向くと、つかつかとヒールの音を立てながらやってくる侍女仲間がいた。
「あら、マルファ。どうしたの?」
「どうしたの? じゃありませんわ!」
マルファは細い眉毛をきりりと吊り上げてこちらを睨んでいる。彼女は客室係の侍女の中でも一番格の高い家の出身者だ。目を付けられるのは厄介だなと思った。
「あなた、門番のロードリック様と公園デートをしたって本当なんですの⁉︎」
「ええ、本当よ。誘われたからね」
「まあ‼︎ まあああ‼︎ 信じられませんわぁ!! あなた、ついこの間まで補佐官のフィランダー様とお付き合いされていたのに。なんという尻軽……!」
あんまり大きな声でプライバシーに関わることを言わないで欲しい。たしかに自分でも尻軽な自覚はあるけど。
マルファはもしかして、ロードリックのことが好きだったのだろうか。彼女は良いとこのお嬢さんらしく潔癖の気があるイメージだった。
ロードリックは清潔感のある美丈夫なので、マルファの性癖に刺さった可能性はある。
「誘われたし。断る理由が無かったからね」
「んま! ちょっと色気があって美人だからって余裕ぶって! どうせあなたがまだ年若いロードリック様を誑かしたのでしょう⁉︎ 許せませんわああ‼︎」
「許せないなら、城門への連絡係、これからはあなたがやる? 別にいいわよ」
そもそも私が城門への連絡係をやっていたせいで、門番のロードリックと出会ってしまったのだ。連絡係が私からマルファへ移れば、ロードリックは彼女に関心を持つようになるかもしれない。
マルファはまだ十九歳。髪と目の色もロードリックと似ていて、声も大きい。家の格も同じぐらいで、気が合うのではないか。
そう思って連絡係を譲ろうとしたのに、何故かマルファはきょとんとしている。
「城門? 嫌ですわ。客室から遠いではないですか! あんなとこ、わざわざ行きたくありませんわ」
「遠いって……。あなた、ロードリックさんのことが好きなんじゃないの? 別に私、あなたとロードリックさんの仲を応援してもいいわよ」
「別にあんな男、好きでもなんでもないですわ!」
「じゃあ何よ……」
マルファが一体何をしたいのかちっとも分からない。
彼女は胸を張るとフンと鼻から息を吐き出す。
「私はただ単に尻軽なあなたが許せないだけです。どうして性懲りもなく男の尻ばかり追いかけるんですの? 女の幸せは男といることばかりではないと私は思います」
「残念ながら、私は男がいないと生きていけないのよ。……まっ、結婚はしたくないけど」
「ワケが分かりませんわ」
「まぁ、人間色々あるのよ」
そう、色々ある。
私が結婚願望を無くしたのも、色々あった結果だ。
侍女として働き初めてもう七年。侍女はとにかく出会いが多い。玉の輿に乗った先輩侍女もいたが、皆数年で離縁していた。格差婚はどうしても軋轢を生む。格差があれば価値観が変わるし、価値観は生活の根底に関わってくるからだ。
(私はハイレベルの男を知り過ぎてしまった)
上流・中流の貴族の子息(騎士)と付き合ってきた私は、もう市井の男では満足出来ないだろう。かと言ってロードリックのような貴族の子息と結婚しても、数年で駄目になってしまうのが目に見えている。
私は自分のせいで誰かが不幸になるのが嫌なのだ。
◆
数日後。城内の廊下を歩いていた時だった。
(あれは……?)
窓の向こう側に人影が見えた。そっと覗くと、中庭にはロードリックとマルファの姿が。城内の窓は二重になっていて向こう側の声は聞こえないが、二人とも笑顔で何やら話している。甲冑姿のロードリックは兜を外し、小脇に抱えていた。
マルファはロードリックのことを、好きでもなんでもないと言っていたのに。やはりあれは照れ隠しだったのか。
日の当たる場所で楽しげにしている二人。これ以上見ているのも良くないなと思い、視線を外し、その場から離れる。
若い二人の微笑ましい光景を目にしたはずなのに、何故か面白くないなと思ってしまう。
「はぁ……」
たった二回、二人きりで会っただけの人間に独占欲を抱いてしまう自分が心底嫌だと思った。ロードリックはマルファに笑顔を向けていた。胸の奥がもやもやする。
ロードリックは今まで自分の周りにはいなかった誠実そうなタイプだったから、知らずのうちに惹かれていたのかもしれない。頭では、自分と釣り合わないことは理解していたはずなのに。
これ以上自分の心に傷を作らないためにも、ロードリックとは距離を取ったほうがいいかもしれない。
そう思うと、胸の奥が軋んだ。
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