【R18】声のデカい門番さんに求婚されました

野地マルテ

文字の大きさ
上 下
2 / 9

急な別れ

しおりを挟む



 結果的に言えば、私達は別れた。
 二年も付き合ったのに、別れは一瞬だった。

 フィランダーのことは、身体の相性が良くて結婚も迫って来ない都合の良い男だと思っていたのに。一人になると涙が止まらなかった。二人きりになると途端に下品になるあんな男、好きじゃないと思っていたのに。二年も一緒に過ごす内に、すっかり情が移ってしまっていたらしい。

「はぁ……」

 あんなにセックスが好きだったのに、男漁りをする気にもなれない。こんなに気落ちしたのは久しぶりだ。

「メリザンさん、元気がありませんね?」

 金属の仮面の向こう側から聞こえる声に、顔をあげる。一瞬『あなたのせいよ』と睨みたくなったけど、我慢した。おそらく私達はもう潮時だったのだ。フィランダーが別れを考えていた時、たまたまこの人が求婚してきた。ただ、それだけのことだろう。

 今日のロードリックはいつも通り甲冑を身につけていた。職務中なのだから当たり前なのだが。

「ええ、あの人とは別れましたから」
「えええっ⁉︎ あっ、……そ、そうなんですか」

 喜びが隠し切れていない驚きの声にイライラした。さっさと来客予定だけ確認して城内へ戻ろう。
 私はエプロンドレスのポケットに入れていたメモを取り出す。
 城門前にいる門番と、客室係の侍女は割と頻繁にやりとりがある。互いに来客の把握が必要だからだ。

「本日はエヴニール伯が午後一番にいらっしゃる予定です」
「客室の用意が必要ですね。了解です」

 来客予定が急に変わることはよくある。門番は知っているのに侍女は把握していない……という事態にならないよう、私はマメに城内を行き来している。また、逆もあり得る。

「本日の夕方にティンエルジュ家の私設兵団の方がいらっしゃる予定なのですが、把握されていますか?」
「そうなのですか? それは把握しておりませんでした」

 上は一箇所にさえ伝えておけば、勝手に情報が伝わるだろうと思っている。それはそうなのだが、振り回される下々の気持ちになって欲しいと思う。

「メリザンさん、凄いですよね。何でも把握しているじゃないですか。私、今までメリザンさんにどれだけ助けられてきたことか」
「何でもってことはないですよ」

 私自身、仕事はきっちりしないと気持ち悪いと思う人間だ。また、確認を怠って何か不測の事態が起こるのも嫌だなと思う。だから面倒だと思いながらも城門と客室を行き来しているのだ。

「いつもありがとうございます」
「別にロードリックさんのためじゃないです」
「ははっ、分かっていますよ」

 兜の面覆い部分の隙間から、明るい笑い声が漏れる。
 先日初めて顔を見たが、さぞかし爽やかな顔をして笑っていることだろう。

「では、私はこれで……」
「あっ、待ってくださいメリザンさん!」

 私が腰を折ると、呼び止められた。

「何か?」
「あのっ! 明日、私、非番なんです! 良かったら食事にでも行きませんか?」

 ロードリックの上擦った声にイラッとしたが、寮の部屋に一人で篭るよりはこの人と食事にでも行ったほうが精神衛生上いいかもしれない。

「分かりました。参ります」
「わぁっ! やった! じゃあ、お迎えに参りますよ!」

 キャッキャと弾んだロードリックの声。ほんの少しだけ可愛いと思ってしまった。きっとこの人は城門警備でも他のベテラン騎士達に可愛がられていると思う。たいして深い付き合いがあるわけでもない私でも、可愛いと感じたのだから。

「あんまり油を売っていると怒られてしまいますよ」
「はっ! そうですね!」
「ではまた明日」

 思えば私はロードリックの歳を知らない。たぶん年下だろうけど、いくつぐらい下なのだろうか。
 ほんの少しだけ、ロードリックのことが気になり始めていた。好意を持たれて正直悪い気はしない。だが、結婚だけは勘弁願いたいものだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

泡風呂を楽しんでいただけなのに、空中から落ちてきた異世界騎士が「離れられないし目も瞑りたくない」とガン見してきた時の私の対応。

待鳥園子
恋愛
半年に一度仕事を頑張ったご褒美に一人で高級ラグジョアリーホテルの泡風呂を楽しんでたら、いきなり異世界騎士が落ちてきてあれこれ言い訳しつつ泡に隠れた体をジロジロ見てくる話。

騎士団長のアレは誰が手に入れるのか!?

うさぎくま
恋愛
黄金のようだと言われるほどに濁りがない金色の瞳。肩より少し短いくらいの、いい塩梅で切り揃えられた柔らかく靡く金色の髪。甘やかな声で、誰もが振り返る美男子であり、屈強な肉体美、魔力、剣技、男の象徴も立派、全てが完璧な騎士団長ギルバルドが、遅い初恋に落ち、男心を振り回される物語。 濃厚で甘やかな『性』やり取りを楽しんで頂けたら幸いです!

ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?

春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。 しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。 美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……? 2021.08.13

転生令嬢は婚約者を聖女に奪われた結果、ヤンデレに捕まりました

高瀬ゆみ
恋愛
侯爵令嬢のフィーネは、八歳の年に父から義弟を紹介された。その瞬間、前世の記憶を思い出す。 どうやら自分が転生したのは、大好きだった『救国の聖女』というマンガの世界。 このままでは救国の聖女として召喚されたマンガのヒロインに、婚約者を奪われてしまう。 その事実に気付いたフィーネが、婚約破棄されないために奮闘する話。 タイトルがネタバレになっている疑惑ですが、深く考えずにお読みください。 ※本編完結済み。番外編も完結済みです。 ※小説家になろうでも掲載しています。

義兄の執愛

真木
恋愛
陽花は姉の結婚と引き換えに、義兄に囲われることになる。 教え込むように執拗に抱き、甘く愛をささやく義兄に、陽花の心は砕けていき……。 悪の華のような義兄×中性的な義妹の歪んだ愛。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

抱かれたい騎士No.1と抱かれたく無い騎士No.1に溺愛されてます。どうすればいいでしょうか!?

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ヴァンクリーフ騎士団には見目麗しい抱かれたい男No.1と、絶対零度の鋭い視線を持つ抱かれたく無い男No.1いる。 そんな騎士団の寮の厨房で働くジュリアは何故かその2人のお世話係に任命されてしまう。どうして!? 貧乏男爵令嬢ですが、家の借金返済の為に、頑張って働きますっ!

愛の重めな黒騎士様に猛愛されて今日も幸せです~追放令嬢はあたたかな檻の中~

二階堂まや
恋愛
令嬢オフェリアはラティスラの第二王子ユリウスと恋仲にあったが、悪事を告発された後婚約破棄を言い渡される。 国外追放となった彼女は、監視のためリアードの王太子サルヴァドールに嫁ぐこととなる。予想に反して、結婚後の生活は幸せなものであった。 そしてある日の昼下がり、サルヴァドールに''昼寝''に誘われ、オフェリアは寝室に向かう。激しく愛された後に彼女は眠りに落ちるが、サルヴァドールは密かにオフェリアに対して、狂おしい程の想いを募らせていた。

処理中です...