35 / 40
肌荒れ対策ときめき大作戦
しおりを挟む
「雲一つない、夏の青空のような美しい碧だ……。君のその大きな瞳にずっと映っていたい」
リオノーラの輪郭に、整えられた長い手指が添えられる。耳が甘く蕩けるような台詞、隠し切れない熱の籠った穏やかな声。
彼女の大きな瞳には、国が傾くほどの美男が映り込んでいた。
(旦那様はかっこいいけど……)
三十代後半になる夫アレスは、年齢をまったく感じさせない外見をしている。服のサイズは二十代の頃から変わっていないし、黒々とした癖のない髪も、適度に艶のある肌も妬ましくなるほど美しい。美貌を保っているからと言って、過度に若作りをしているわけではなく、年相応の落ち着きと色気がある。まさに女性の夢が詰まっていた。
「……どうだ? 肌の調子は良くなりそうか?」
「う~ん。胸はキュンキュンしますけど……」
リオノーラは自分の顔に触れる。ざらつきと吹き出物は消えていなかった。
彼女はここ数週間、肌の不調に悩んでいた。
天気が安定しないせいか、毎日何を着ていいか分からなくなるほど気温が変わる。寒暖差に振り回されて、体調だけでなく肌の状態も不安定になってしまった。
医者に見せたり化粧品を工夫したり。夜はなるべく早く寝るようにしたが、それでも肌荒れは治らない。
困り果ててアレスに相談したところ、『女性はときめくと肌が綺麗になると聞くぞ』と言い出した。
そこで手っ取り早くときめく為に、ありとあらゆる恋愛小説の胸キュン台詞を言ってもらっているのだ。
幸いなことに、アレスの部屋にはリオノーラが買い込んだペーパーバックの恋愛小説が山のようにあった。
胸キュン台詞は仕入れ放題だ。
だが……。
「旦那様にときめくだけで、肌が綺麗になりそうにはないですね……」
甘い言葉を囁かれば胸の奥は疼くが、肌に良い影響があるとは思えない。アレスに事実を伝えると、彼は握り拳を作った。
「よし、もっと言おう!」
「……何でですか?」
効果があるとは思えないと伝えたはずなのに。
「君にときめかれたいからだ。いつまでも愛されたいからな」
「お肌……」
「欲求不満なんじゃないのか?」
「昨日、満たしたばかりですけど……」
昨日も二人はこの部屋で会っていた。そして今と似たような会話をしていたら、『性的に満たされていないからだろう』とアレスが言い出し、寝室に連れ込まれて身包みを剥がされたのだ。
「……足らなかったんだな、申し訳ない」
「いや、充分ですよ。あれ以上していたら、私の足腰が立たなくなりますって」
それはそれは甘々とろとろになる素敵な時間だったが、まぐわうのには体力がいる。二日連続は無理だ。身体の変なところが筋肉痛になるし、嬌声をあげすぎて喉が潰れる。
「大丈夫だ。優しくするから」
「優しくされても、声がガラガラになりますよ」
「一人暮らしの男の部屋にノコノコやってきて、行為を拒否するとは何事だ」
「家族が暮らす部屋ですよ」
ふと、部屋の中にある姿見鏡を見る。
灰色の騎士服姿の麗しい長身美形が、髪も肌もパサパサなエプロンドレス姿の太ましいおばさんに迫っていた。
「だ、旦那様、よく私を見てください。髪も肌もパサパサで、その、性的な対象にするのは厳しいでしょう?」
「何を言っているんだ。少しパサついてるぐらいが色気を感じられてちょうどいいし、肌荒れしてるぐらいで君の魅力的は失われないぞ?」
どうということはないと言わんばかりにアレスは言い放つ。
(くっ……! 駄目だわ。今日も、もう拒否できない……っ!)
こちらがどうしても駄目だと言えばやめてくれるだろうが、本当に駄目か? と問われれば、そういうことをしたい気持ちは多少は、ある。
「……す、少しだけですよ?」
「ありがとう!」
ああ、なんて爽やかな笑顔なのだろうか。
たぶん、少しだけでは終わらないだろうなと思いながらも、リオノーラはアレスに連れられて寝室へ向かった。
◆
──小一時間後。
「きゅぅ……」
寝台の上には、まとめていた髪を解き、丸裸になったリオノーラが倒れていた。精も根も尽き果てた。そんな顔をしてシーツの上にうつ伏せている。
「今日も良かったぞ。世界一可愛かった」
「……そうですか。それは良かったです……」
現役で騎士をやっているアレスと、一般的な主婦と変わらぬ生活を送っているリオノーラでは、同じ三十代半ば過ぎでも体力がまるで違った。
「子ども達のことは俺に任せろ。エミリオのお迎えに行ってくる。詰所で娘達の宿題をみるから、少し遅くなる。夕飯は外で食べよう。店を予約してくるから、何か食べたいものはあるか?」
「おさかな……さっぱり系がいいです……」
「魚料理な」
アレスは寝台から出ると、きびきびとした動きで身支度を整えていく。ものの数分で隙のない騎士服姿に戻った彼は、振り向きざまにこう言った。
「二時間は戻らない。ゆっくりしていろ」
「はぁい……」
足音も扉を閉める音もほとんど立てず、アレスは部屋から出ていった。
(かっこいい……)
子どもの世話を完璧にしてくれて、自分に自由な時間をくれる夫は本当にかっこいいとリオノーラはうっとりする。
お言葉に甘えて、寝台の上でしばらくダラダラする。この部屋にある恋愛小説の続きを読みたい気持ちはあるが、身体が重怠くて布団から出たくない。
(旦那様の匂いがする……)
シーツからは、ほんのり柑橘系の爽やかで甘い匂いがした。
リオノーラの肌は一週間後、何事もなかったかのようにいつもの調子を取り戻した。季節の変わり目で、一時的に肌荒れしていただけだったらしい。
<完>
リオノーラの輪郭に、整えられた長い手指が添えられる。耳が甘く蕩けるような台詞、隠し切れない熱の籠った穏やかな声。
彼女の大きな瞳には、国が傾くほどの美男が映り込んでいた。
(旦那様はかっこいいけど……)
三十代後半になる夫アレスは、年齢をまったく感じさせない外見をしている。服のサイズは二十代の頃から変わっていないし、黒々とした癖のない髪も、適度に艶のある肌も妬ましくなるほど美しい。美貌を保っているからと言って、過度に若作りをしているわけではなく、年相応の落ち着きと色気がある。まさに女性の夢が詰まっていた。
「……どうだ? 肌の調子は良くなりそうか?」
「う~ん。胸はキュンキュンしますけど……」
リオノーラは自分の顔に触れる。ざらつきと吹き出物は消えていなかった。
彼女はここ数週間、肌の不調に悩んでいた。
天気が安定しないせいか、毎日何を着ていいか分からなくなるほど気温が変わる。寒暖差に振り回されて、体調だけでなく肌の状態も不安定になってしまった。
医者に見せたり化粧品を工夫したり。夜はなるべく早く寝るようにしたが、それでも肌荒れは治らない。
困り果ててアレスに相談したところ、『女性はときめくと肌が綺麗になると聞くぞ』と言い出した。
そこで手っ取り早くときめく為に、ありとあらゆる恋愛小説の胸キュン台詞を言ってもらっているのだ。
幸いなことに、アレスの部屋にはリオノーラが買い込んだペーパーバックの恋愛小説が山のようにあった。
胸キュン台詞は仕入れ放題だ。
だが……。
「旦那様にときめくだけで、肌が綺麗になりそうにはないですね……」
甘い言葉を囁かれば胸の奥は疼くが、肌に良い影響があるとは思えない。アレスに事実を伝えると、彼は握り拳を作った。
「よし、もっと言おう!」
「……何でですか?」
効果があるとは思えないと伝えたはずなのに。
「君にときめかれたいからだ。いつまでも愛されたいからな」
「お肌……」
「欲求不満なんじゃないのか?」
「昨日、満たしたばかりですけど……」
昨日も二人はこの部屋で会っていた。そして今と似たような会話をしていたら、『性的に満たされていないからだろう』とアレスが言い出し、寝室に連れ込まれて身包みを剥がされたのだ。
「……足らなかったんだな、申し訳ない」
「いや、充分ですよ。あれ以上していたら、私の足腰が立たなくなりますって」
それはそれは甘々とろとろになる素敵な時間だったが、まぐわうのには体力がいる。二日連続は無理だ。身体の変なところが筋肉痛になるし、嬌声をあげすぎて喉が潰れる。
「大丈夫だ。優しくするから」
「優しくされても、声がガラガラになりますよ」
「一人暮らしの男の部屋にノコノコやってきて、行為を拒否するとは何事だ」
「家族が暮らす部屋ですよ」
ふと、部屋の中にある姿見鏡を見る。
灰色の騎士服姿の麗しい長身美形が、髪も肌もパサパサなエプロンドレス姿の太ましいおばさんに迫っていた。
「だ、旦那様、よく私を見てください。髪も肌もパサパサで、その、性的な対象にするのは厳しいでしょう?」
「何を言っているんだ。少しパサついてるぐらいが色気を感じられてちょうどいいし、肌荒れしてるぐらいで君の魅力的は失われないぞ?」
どうということはないと言わんばかりにアレスは言い放つ。
(くっ……! 駄目だわ。今日も、もう拒否できない……っ!)
こちらがどうしても駄目だと言えばやめてくれるだろうが、本当に駄目か? と問われれば、そういうことをしたい気持ちは多少は、ある。
「……す、少しだけですよ?」
「ありがとう!」
ああ、なんて爽やかな笑顔なのだろうか。
たぶん、少しだけでは終わらないだろうなと思いながらも、リオノーラはアレスに連れられて寝室へ向かった。
◆
──小一時間後。
「きゅぅ……」
寝台の上には、まとめていた髪を解き、丸裸になったリオノーラが倒れていた。精も根も尽き果てた。そんな顔をしてシーツの上にうつ伏せている。
「今日も良かったぞ。世界一可愛かった」
「……そうですか。それは良かったです……」
現役で騎士をやっているアレスと、一般的な主婦と変わらぬ生活を送っているリオノーラでは、同じ三十代半ば過ぎでも体力がまるで違った。
「子ども達のことは俺に任せろ。エミリオのお迎えに行ってくる。詰所で娘達の宿題をみるから、少し遅くなる。夕飯は外で食べよう。店を予約してくるから、何か食べたいものはあるか?」
「おさかな……さっぱり系がいいです……」
「魚料理な」
アレスは寝台から出ると、きびきびとした動きで身支度を整えていく。ものの数分で隙のない騎士服姿に戻った彼は、振り向きざまにこう言った。
「二時間は戻らない。ゆっくりしていろ」
「はぁい……」
足音も扉を閉める音もほとんど立てず、アレスは部屋から出ていった。
(かっこいい……)
子どもの世話を完璧にしてくれて、自分に自由な時間をくれる夫は本当にかっこいいとリオノーラはうっとりする。
お言葉に甘えて、寝台の上でしばらくダラダラする。この部屋にある恋愛小説の続きを読みたい気持ちはあるが、身体が重怠くて布団から出たくない。
(旦那様の匂いがする……)
シーツからは、ほんのり柑橘系の爽やかで甘い匂いがした。
リオノーラの肌は一週間後、何事もなかったかのようにいつもの調子を取り戻した。季節の変わり目で、一時的に肌荒れしていただけだったらしい。
<完>
213
お気に入りに追加
715
あなたにおすすめの小説
勘違い妻は騎士隊長に愛される。
更紗
恋愛
政略結婚後、退屈な毎日を送っていたレオノーラの前に現れた、旦那様の元カノ。
ああ なるほど、身分違いの恋で引き裂かれたから別れてくれと。よっしゃそんなら離婚して人生軌道修正いたしましょう!とばかりに勢い込んで旦那様に離縁を勧めてみたところ――
あれ?何か怒ってる?
私が一体何をした…っ!?なお話。
有り難い事に書籍化の運びとなりました。これもひとえに読んで下さった方々のお蔭です。本当に有難うございます。
※本編完結後、脇役キャラの外伝を連載しています。本編自体は終わっているので、その都度完結表示になっております。ご了承下さい。

純白の檻からの解放~侯爵令嬢アマンダの白い結婚ざまあ
ゆる
恋愛
王太子エドワードの正妃として迎えられながらも、“白い結婚”として冷遇され続けたアマンダ・ルヴェリエ侯爵令嬢。
名ばかりの王太子妃として扱われた彼女だったが、財務管理の才能を活かし、陰ながら王宮の会計を支えてきた。
しかしある日、エドワードは愛人のセレスティーヌを正妃にするため、アマンダに一方的な離縁を言い渡す。
「君とは何もなかったのだから、問題ないだろう?」
さらに、婚儀の前に彼女を完全に葬るべく、王宮は“横領の罪”をでっち上げ、アマンダを逮捕しようと画策する。
――ふざけないで。
実家に戻ったアマンダは、密かに経営サロンを立ち上げ、貴族令嬢や官吏たちに財務・経営の知識を伝授し始める。
「王太子妃は捨てられた」? いいえ、捨てられたのは無能な王太子の方でした。
そんな中、隣国ダルディエ公国の公爵代理アレクシス・ヴァンシュタインが現れ、彼女に興味を示す。
「あなたの実力は、王宮よりももっと広い世界で評価されるべきだ――」
彼の支援を受けつつ、アマンダは王宮が隠していた財務不正の証拠を公表し、逆転の一手を打つ!
「ざまあみろ、私を舐めないでちょうだい!」

夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。
辺野夏子
恋愛
セファイア王国王女アリエノールは八歳の時、王命を受けエメレット伯爵家に嫁いだ。それから十年、ずっと仮面夫婦のままだ。アリエノールは先天性の病のため、残りの寿命はあとわずか。日々を穏やかに過ごしているけれど、このままでは生きた証がないまま短い命を散らしてしまう。そんなある日、アリエノールの元に一人の子供が現れた。夫であるカシウスに生き写しな見た目の子供は「この家の子供になりにきた」と宣言する。これは夫の隠し子に間違いないと、アリエノールは継母としてその子を育てることにするのだが……堅物で不器用な夫と、余命わずかで卑屈になっていた妻がお互いの真実に気が付くまでの話。
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろうにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。

獣人の世界に落ちたら最底辺の弱者で、生きるの大変だけど保護者がイケオジで最強っぽい。
真麻一花
恋愛
私は十歳の時、獣が支配する世界へと落ちてきた。
狼の群れに襲われたところに現れたのは、一頭の巨大な狼。そのとき私は、殺されるのを覚悟した。
私を拾ったのは、獣人らしくないのに町を支配する最強の獣人だった。
なんとか生きてる。
でも、この世界で、私は最低辺の弱者。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる