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友達がいない夫婦

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「旦那様、聞いてください……」

 この日も、リオノーラはアレスの部屋にいた。
 テーブルに着き、顔の前で手を組んだ彼女は、思い詰めた様子でこう言った。

「何だ?」
「……この歳になると、友達がいなくないですか?」

 リオノーラは、三十代半ばのどこにでもいる平凡な兼業主婦(だと本人は思っている)。日々何かと忙しくしている彼女は感じていた。
 自分、友達がいなくない? と。

「……友達って必要か?」

 アレスはこぽぽぽと音を立て、カップに琥珀色の湯を注ぐ。あたりには煮だったような渋い匂いが広がった。

「別に話し相手なら、王城にも母子寮にもいるだろう」
「王城にいるのは仕事の関係者、母子寮にいるのはお母さん仲間です。こう……、立場とか関係なく子どもの頃のように純粋に楽しく付き合える友達がいないな! とふいに思いまして」

 時間がある時にさらっと訊ねていき、家の前で「あーそーぼー」と声をかけるだけで遊べる。
 そんな友達が久しくいないと思い、リオノーラは切なさを覚えていた。

「……娘達を見て思うのです。気軽に遊べる友達がいっぱいいるあの子達が羨ましいなって」
「……まぁ、分からんでもない。俺も子どもの頃は暗殺の修行ばかりしていたから、友達の存在が羨ましかったな」

 友達がいない夫婦の間に、しばし沈黙が流れる。

「……まぁ、紅茶が冷めないうちに食べてくれ」
「……ありがとうございます」

 リオノーラの目の前には、どこか濁った色をした紅茶と、四角く切られた美味しそうなパウンドケーキがあった。
 紅茶には、たっぷりミルクを注ぐ。そうしないと、とても飲めたものではないだろうから。
 アレスは紅茶を淹れるのが苦手なのだ。

 パウンドケーキにフォークを入れる。しっとり柔らかなそれは、口にしなくても美味しいと分かる。
 フォークにのった黄金色のスポンジを、口に運ぶ。
 口の中いっぱいに卵とミルク、そして砂糖の優しい甘さが広がった。

「美味し……」
「良かった。材料を工夫して糖質と脂質を減らしてみたんだが、上手くいったようだな」

 これはアレスの手作りケーキだった。市販のケーキはどうしても美味しさ重視でカロリー過多だということで、アレスが家族のために低カロリーのケーキや菓子をたびたび作っているのだ。

「めちゃくちゃ美味しいです。いくらでも食べられそう!」
「ケーキは一人一個だぞ」

 甘くなった口にミルクティーを流し込む。
 一瞬にして、幸せな甘さがかき消えた。

(なんで旦那様はこんなに美味しいケーキが作れるのに、お茶を淹れるのは駄目なのかしら……)

 別にアレスは茶葉の量を間違えてはいないし、蒸らしの時間も適切なのだ。だが、カップに注いだ瞬間、それは激渋い紅茶に変化する。不思議でしょうがない。

「まずいのか……」
「ケーキが甘いですから、ちょうどいいです」

 リオノーラは何度も紅茶の淹れ方をアレスに教えたのだが、まったく改善はされない。
 仕方がないので、これはこういうものだと割り切って飲んでいる。

「……話が逸れましたね。そう、私には友達がいないのですよ」
「そもそも君は立場があるから、相手が恐縮してしまうんじゃないか?」
「そうなんですよ……。そもそも対等な立場で接してくれる人がいないというか」

 子どもの頃は良かった。相手が自分の地位をあまり理解しておらず、心から楽しく遊べた。

「……しょうがない。俺が友達付き合いをしてやろう」
「えっ?」
「俺は君の過去も現在もよく知っているから、良い友達になれると思うが?」

 理解ある夫であるアレスは、困ったように笑いながらそう提案してくれた。

「……で? 友達としたいことがあるんだろう?」
「したいこと?」
「具体的にしたいことがあるから、友達がほしいのだろう。……違うのか?」

 友達がほしいとは思っていたが、友達と何がしたいかまでは考えていなかった。
 少し考えたリオノーラは、ぽんと手のひらを打つ。

「私……缶蹴りがしたいです!」

 子ども数人で集まってやった缶蹴り。夢中になって何時間も興じていたことを思い出した。

「……缶蹴りか。二人きりじゃ難しいから、今から適当に何人か呼ぶか」
「今からするんですか?」
「思いついた時が、実行すべき時だ」

 二人は王城に戻ると、適当に目についた人間に声をかける。缶蹴りをしようと誘うと、意外にも好感触で、中庭にはあっという間に人が集まった。

「……皆缶蹴りがしたかったのですね」
「たまには童心に戻りたいのだろう」

 しばらくすると子ども達も学校から帰ってきて、一緒に缶蹴りをした。
 リオノーラは心から笑い、楽しい時間を過ごしたのだが……。

 翌日。

「ふぐぅ……っ!」

 そこには寝台の上で悶えるリオノーラがいた。
 心は子どもに戻れても、身体はそういうわけにはいかなかったのである。

 <完>
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