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ごほうびのドレス
しおりを挟む貸し衣装屋に、ドレスの採寸に来たリオノーラとアレス。ここは外国から輸入した既製品を多く取り扱っているが、オーダーメイドも可能だ。宗国ではあまり出回っていない衣装や小物が手に入ると、貴族の間で話題になっていた。
採寸を終えたリオノーラは、見本品の試着をしていたのだが、ここで新たな問題が発生した。
好きなデザインのドレスを選び、うきうきしながら姿見鏡の前に立ったリオノーラ。
だが、着飾った自身を見た彼女は驚愕する。
「似合わない……⁉︎」
そう、似合わないのである。
胸元にフリルがついた、スクエアネックの桃色のドレスが。
すっぴんだとどうしても違和感が出るので、わざわざ化粧をしたのに──それでも顔だけ浮いている。
いや、浮いているのは顔だけではない。
首元や胸まわりにもしっかり生活感が残っている。
若い頃にはなかった弛みやくすみ、小皺が出てしまっているのだ。胸の位置も心なしか下がっていた。
(痩せればなんとかなると思っていたのに……!)
現実は非情であった。若い頃ならともかく、日々の生活に追われて疲れ切った三十代半ばでは、痩せてもやつれた印象になってしまう。
リオノーラは隣りに立っていたアレスの顔を見上げる。
アレスはリオノーラの全身に視線を走らせると、淡々とこう言い放った。
「そんなことないぞ。生活感と可憐なドレスのマリアージュが実に堪らない」
「こんなところでニッチな性癖の話なんかしないでください」
「まぁ、それは半分冗談として……。最近、雰囲気が優しくなったと言われないか?」
(雰囲気が、優しくなった……?)
アレスの言葉に、リオノーラは記憶の引き出しを開けてみる。言われてみれば、そんなニュアンスの言葉をよくかけられているような気がする。
「娘のお友達から『エリちゃんのママ、優しそうで羨ましいな~』とか言われてないか?」
「あっあっ! 言われてます!」
「あれは顔が弛んでぼやけてきてるから、そう言われるんだ」
「えっ……⁉︎」
頬に両手を当て、慌てて鏡を見る。
確かに、割とばっちり化粧をしているのに顔立ちがぼやけているような気がする。
「私、優しそうなママって言われて本気で喜んでいたのに……!」
「それは喜んでいいと思うぞ? 俺は『カッコいいパパで羨ましい』とは言われても、優しそうとはぜんぜん言われないからな」
「自慢ですか?」
「真実だ。仕事のために外見を保っているからな」
アレスは近衛部隊の騎士をしている。近衛部隊は王や王家の護衛を主に担っていて、アレスはよく謁見の間にて宗王マルクの隣りに立っている。
見栄えの良い護衛を置くことは、権力を示すことに繋がる。近衛部隊の騎士は容姿を磨くことを求められていた。
「……ただ最近は、陛下から『兄上を見て相手がびびっちゃうから、あんまり謁見の間に来ないで』と言われているがな」
「駄目じゃないですか……」
「うむ。だからほどほどに緩んだり弛んだりするのは悪くないと思うぞ? 相手に安心感を与えられるからな。俺は劣化しないから、人間らしくなくて相手に恐怖を与えるのだろう」
「緩んだり弛んだり……」
きっとアレスは励ましてくれているつもりなのだろう。だが、いちいち言うことがぐさぐさリオノーラの胸に突き刺さる。
「まぁ、劣化するのは仕方ない。人間だからな。だが、今だからこそできるお洒落もあるから、そう気を落とすな」
「ハイ……」
アレスはテーブルの上にあった色見本を手に取る。
色見本は、四角く切られた布地が束になったものだ。
「今年の流行色のオリーブグリーンとかどうだ? スクエアネックでも、自然に着られると思う」
姿見鏡を見ながら、色見本を肩の上に置かれる。
「う~ん。流行のグリーンもいいんですけど、もっと明るい色のドレスが着たいんですよね~」
「明るい色か。淡い色よりも、今ならばはっきりとした色のほうがしっくり来るだろうな」
ああでもないこうでもないと話し合いながら、ドレスの色や布地、装飾、型を決めていく。
「これと似たような色で、もっと伸縮性のあるマットな布地はないか?」
「はい! 探してまいります」
アレスはてきぱきと貸し衣装屋の店員に指示を出す。
実に手慣れている。
「慣れていらっしゃいますね?」
「……たまに王女殿下の衣装合わせに付き合っているからな。王族の用事に付き合うのも騎士の仕事だ」
「大変ですねえ」
「ああ、『アレスはセンスは良いけれど、一緒にいて息が詰まる』とよく言われている」
(旦那様……。王族の方々に嫌われてない?)
「あんまり謁見の間に来ないで」と陛下から言われたり、「息が詰まる」と王女殿下から言われたり。好感を持たれていたらまず言われない言葉だ。
アレスのことを真に思うのならば、ここは何かしらのアドバイスをするべきだろう。もう少し愛想良くしたら? とか、余計なことは言わないほうがいいわ、とか、言うべきなのかもしれない。
だが──
「……俺と一緒にいて、楽しいと言ってくれるのは君だけだ。リオノーラ」
「……ええ、私も旦那様と一緒にいる時が一番楽しいです」
自分の手を取り、困ったように笑う──国が傾くほどの美丈夫を前にしたリオノーラは、アレスのことを全肯定する。
リオノーラは昔から、しょんぼりしているアレスに弱かった。ついつい何でもほいほい許してしまう。
(これじゃ駄目だって分かっているけど……でも抗えないぃ!)
◆
ひと月後、リオノーラのドレスが完成した。
胸元が菱形に開いたデザインで、首元は緻密な模様が入った布地で覆われている。肩に小さなパフスリーブがついた上品なドレスだ。
色はリオノーラの強い希望でピンク系だが、やや黄みかかったサーモンピンクだ。裾は少しだけ広がっていて、足捌きの良い作りになっていた。
「すごい……! お貴族様になったみたいです! とってもステキ!」
可憐だが、大人の淑女にふさわしい装いに、リオノーラは大きな瞳を煌めかせる。
リオノーラの「お貴族様」との言葉に、実は平民のアレスは即座にツッこんだ。
「いや……君は貴族だろ? しかもこの国一番の大貴族家の跡取り娘だったじゃないか」
「嬉しいです……! これでいつ王城で行事があっても怖くないですね! 旦那様、ありがとうございます!」
だが、嬉しくて仕方ないリオノーラは、アレスが言ったことをスルーする。
「……ああ、ちゃんと体型維持するんだぞ?」
「分かってますよ!」
朝からダブルクリーム入りの揚げパンを食したリオノーラは、元気よく返事をした。
なお、これを機にリオノーラは激太りすることがなくなった。ほどほどにぽっちゃりな中年女性の人生を歩んでいくのだが、それはまた別の話だ。
<完>
ご閲覧いただき、ありがとうございました。
ここで一旦完結です。
またエールを押してもらえたら嬉しいです。
では。
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