【R18】侯爵令嬢は騎士の夫と離れたくない

野地マルテ

文字の大きさ
上 下
32 / 40

ごほうびのドレス

しおりを挟む

 貸し衣装屋に、ドレスの採寸に来たリオノーラとアレス。ここは外国から輸入した既製品を多く取り扱っているが、オーダーメイドも可能だ。宗国ではあまり出回っていない衣装や小物が手に入ると、貴族の間で話題になっていた。

 採寸を終えたリオノーラは、見本品の試着をしていたのだが、ここで新たな問題が発生した。

 好きなデザインのドレスを選び、うきうきしながら姿見鏡の前に立ったリオノーラ。
 だが、着飾った自身を見た彼女は驚愕する。

「似合わない……⁉︎」

 そう、似合わないのである。
 胸元にフリルがついた、スクエアネックの桃色のドレスが。
 すっぴんだとどうしても違和感が出るので、わざわざ化粧をしたのに──それでも顔だけ浮いている。
 いや、浮いているのは顔だけではない。
 首元や胸まわりにもしっかり生活感が残っている。
 若い頃にはなかった弛みやくすみ、小皺が出てしまっているのだ。胸の位置も心なしか下がっていた。

(痩せればなんとかなると思っていたのに……!)

 現実は非情であった。若い頃ならともかく、日々の生活に追われて疲れ切った三十代半ばでは、痩せてもやつれた印象になってしまう。

 リオノーラは隣りに立っていたアレスの顔を見上げる。
 アレスはリオノーラの全身に視線を走らせると、淡々とこう言い放った。

「そんなことないぞ。生活感と可憐なドレスのマリアージュが実に堪らない」
「こんなところでニッチな性癖の話なんかしないでください」
「まぁ、それは半分冗談として……。最近、雰囲気が優しくなったと言われないか?」

(雰囲気が、優しくなった……?)

 アレスの言葉に、リオノーラは記憶の引き出しを開けてみる。言われてみれば、そんなニュアンスの言葉をよくかけられているような気がする。

「娘のお友達から『エリちゃんのママ、優しそうで羨ましいな~』とか言われてないか?」
「あっあっ! 言われてます!」
「あれは顔が弛んでぼやけてきてるから、そう言われるんだ」
「えっ……⁉︎」

 頬に両手を当て、慌てて鏡を見る。
 確かに、割とばっちり化粧をしているのに顔立ちがぼやけているような気がする。

「私、優しそうなママって言われて本気で喜んでいたのに……!」
「それは喜んでいいと思うぞ? 俺は『カッコいいパパで羨ましい』とは言われても、優しそうとはぜんぜん言われないからな」
「自慢ですか?」
「真実だ。仕事のために外見を保っているからな」

 アレスは近衛部隊の騎士をしている。近衛部隊は王や王家の護衛を主に担っていて、アレスはよく謁見の間にて宗王マルクの隣りに立っている。
 見栄えの良い護衛を置くことは、権力を示すことに繋がる。近衛部隊の騎士は容姿を磨くことを求められていた。

「……ただ最近は、陛下から『兄上を見て相手がびびっちゃうから、あんまり謁見の間に来ないで』と言われているがな」
「駄目じゃないですか……」
「うむ。だからほどほどに緩んだり弛んだりするのは悪くないと思うぞ? 相手に安心感を与えられるからな。俺は劣化しないから、人間らしくなくて相手に恐怖を与えるのだろう」
「緩んだり弛んだり……」

 きっとアレスは励ましてくれているつもりなのだろう。だが、いちいち言うことがぐさぐさリオノーラの胸に突き刺さる。

「まぁ、劣化するのは仕方ない。人間だからな。だが、今だからこそできるお洒落もあるから、そう気を落とすな」
「ハイ……」

 アレスはテーブルの上にあった色見本を手に取る。
 色見本は、四角く切られた布地が束になったものだ。

「今年の流行色のオリーブグリーンとかどうだ? スクエアネックでも、自然に着られると思う」

 姿見鏡を見ながら、色見本を肩の上に置かれる。

「う~ん。流行のグリーンもいいんですけど、もっと明るい色のドレスが着たいんですよね~」
「明るい色か。淡い色よりも、今ならばはっきりとした色のほうがしっくり来るだろうな」

 ああでもないこうでもないと話し合いながら、ドレスの色や布地、装飾、型を決めていく。

「これと似たような色で、もっと伸縮性のあるマットな布地はないか?」
「はい! 探してまいります」 

 アレスはてきぱきと貸し衣装屋の店員に指示を出す。
 実に手慣れている。

「慣れていらっしゃいますね?」
「……たまに王女殿下の衣装合わせに付き合っているからな。王族の用事に付き合うのも騎士の仕事だ」
「大変ですねえ」
「ああ、『アレスはセンスは良いけれど、一緒にいて息が詰まる』とよく言われている」

(旦那様……。王族の方々に嫌われてない?)

 「あんまり謁見の間に来ないで」と陛下から言われたり、「息が詰まる」と王女殿下から言われたり。好感を持たれていたらまず言われない言葉だ。

 アレスのことを真に思うのならば、ここは何かしらのアドバイスをするべきだろう。もう少し愛想良くしたら? とか、余計なことは言わないほうがいいわ、とか、言うべきなのかもしれない。
 だが──

「……俺と一緒にいて、楽しいと言ってくれるのは君だけだ。リオノーラ」
「……ええ、私も旦那様と一緒にいる時が一番楽しいです」

 自分の手を取り、困ったように笑う──国が傾くほどの美丈夫を前にしたリオノーラは、アレスのことを全肯定する。
 リオノーラは昔から、しょんぼりしているアレスに弱かった。ついつい何でもほいほい許してしまう。

(これじゃ駄目だって分かっているけど……でも抗えないぃ!)


 ◆

 ひと月後、リオノーラのドレスが完成した。
 胸元が菱形に開いたデザインで、首元は緻密な模様が入った布地で覆われている。肩に小さなパフスリーブがついた上品なドレスだ。
 色はリオノーラの強い希望でピンク系だが、やや黄みかかったサーモンピンクだ。裾は少しだけ広がっていて、足捌きの良い作りになっていた。

「すごい……! お貴族様になったみたいです! とってもステキ!」

 可憐だが、大人の淑女にふさわしい装いに、リオノーラは大きな瞳を煌めかせる。
 リオノーラの「お貴族様」との言葉に、実は平民のアレスは即座にツッこんだ。

「いや……君は貴族だろ? しかもこの国一番の大貴族家の跡取り娘だったじゃないか」
「嬉しいです……! これでいつ王城で行事があっても怖くないですね! 旦那様、ありがとうございます!」

 だが、嬉しくて仕方ないリオノーラは、アレスが言ったことをスルーする。

「……ああ、ちゃんと体型維持するんだぞ?」
「分かってますよ!」

 朝からダブルクリーム入りの揚げパンを食したリオノーラは、元気よく返事をした。

 なお、これを機にリオノーラは激太りすることがなくなった。ほどほどにぽっちゃりな中年女性の人生を歩んでいくのだが、それはまた別の話だ。

 <完>

ご閲覧いただき、ありがとうございました。
ここで一旦完結です。
またエールを押してもらえたら嬉しいです。
では。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

地獄の業火に焚べるのは……

緑谷めい
恋愛
 伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。  やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。  ※ 全5話完結予定  

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。

星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。 グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。 それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。 しかし。ある日。 シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。 聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。 ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。 ──……私は、ただの邪魔者だったの? 衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。

わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない

鈴宮(すずみや)
恋愛
 孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。  しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。  その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

初恋の呪縛

緑谷めい
恋愛
「エミリ。すまないが、これから暫くの間、俺の同僚のアーダの家に食事を作りに行ってくれないだろうか?」  王国騎士団の騎士である夫デニスにそう頼まれたエミリは、もちろん二つ返事で引き受けた。女性騎士のアーダは夫と同期だと聞いている。半年前にエミリとデニスが結婚した際に結婚パーティーの席で他の同僚達と共にデニスから紹介され、面識もある。  ※ 全6話完結予定

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

処理中です...