上 下
30 / 36

甘い罠にはご注意!?

しおりを挟む
節制ダイエット成功おめでとう。5キロも痩せるなんてすごいじゃないか。……たいしたものは用意できなかったが、俺からのご褒美だ」

 痩せにくくなる停滞期を乗り越え、リオノーラは節制に成功した。元の体重は65キロで、5キロ体重が減ったところでまだまだ肥満体型ではあるが、まるころっとした印象はかなりなくなった。

「ご褒美ですか?」

 ドレスを買ってもらう約束だったが、アレスの手にあるものはどう見てもドレスではない。ケーキでも入ってそうな厚手の紙の箱だ。

(ご褒美……嫌な予感がするわね)

 あの箱の中身は絶対に甘いものだろう。
 バターと砂糖の塊デブのもとに違いない。

「開けてみてくれ」
「はい……」

 アレスに促され、恐る恐る箱を開ける。
 中身は想像通りのものが入っていた。
 いや、ある意味想像を超えていたかもしれない。

「これは……!」

 飴色の丸い菓子が、横に二つ縦に五つ、長方形の箱の中で並んでいる。
 ほのかに香るシナモンに、砂糖でじっくり煮込まれたリンゴ。見ているだけで、口の中が唾液でいっぱいになる。
 リオノーラはごくりと喉を鳴らした。

「君の大好きな一口タルトタタンだ」
「おおお……」

(か、輝いて見える……!)

 リオノーラは節制のため、この一ヶ月はほとんど甘いものを口にしていなかった。ただでさえ甘いものが欲しくて欲しくて堪らない状態になのに、目の前にあるのは大好物の一口タルトタタンだ。

(これ、大好きなのよね……)

 コイン大の小さなタルトカップの中には、飴色のリンゴが詰まっている。この一口タルトタタンは、煮込んだリンゴとタルト生地で構成された割とシンプルなお菓子なのだが、甘いリンゴとさくさくのタルト生地の相性は抜群で、一つ食べたら最後……すべて食べ終わるまで手が止まらなくなる魔性のお菓子なのだ。

「くっ……!」

 リオノーラは瞼を閉じると、奥歯を食いしばった。
 このまま見つめ続けたら、絶対に耐えられなくなる。
 
「食べないのか?」
「た、食べたいのはやまやまなんですけど……」

 一つ食べたら、絶対にその一つだけではおさまらない。アレスに勧められるがまま、一口タルトタタンは口の中へと次々に吸い込まれていくだろう。

「せっかく、君に喜んでもらいたくて用意したのに……」

 アレスのしょんぼりした声に、リオノーラは瞼を開ける。そこにはタルトタタンの箱を持ち、悲しげに背を丸める美男がいた。

「うっ……!」

 リオノーラは憂いを帯びたアレスの表情に弱かった。弱っている彼を見るとなんとかしてあげたくなってしまう彼女は、典型的な弱ラーだ。

 リオノーラの中では、二つの人格が戦っていた。
 一つは「旦那様を悲しませるなんてとんでもない! ご褒美は美味しく食べるべき!」と息巻く都合の良い妻と、もう一つは「せっかく節制を頑張ったのに! ここでお菓子を食べてしまうなんてとんでもない!」と拳を握るストイックな妻だ。

 なお、前者が秒で勝ったのは言うまでもない。

「じゃ、じゃあ、一つだけ……」 

 食べることを承諾したリオノーラを見て、アレスは端正な顔を綻ばせた。

「そうか。じゃあ俺が食べさせてやろう。あーん」
「あーー……あむ」

 口にタルトタタンが入れられる。
 そして次の瞬間、リオノーラに衝撃が走った。

「んっっ!!」

 カッと見開かれる大きな瞳。
 もぐもぐと咀嚼するその顔は一気にとろけた。

「おっ、いしい……!」

(前食べた時より、ずっと美味しい……!)

 以前食べた時よりも、甘さは幾分マイルドになっているが、その分リンゴの酸味の爽やかさが良いアクセントになっている。
 これならいくらでも食べられそうだ。

「旦那様、もう一つください」
「おう、いいぞ。もっと食べろ……」

 リオノーラは箱に手を伸ばすと、即座に口へ運ぶ。
 シャクシャクとしたリンゴの歯応え、鼻に抜けるシナモンの香り、口の中いっぱいに広がるバターの濃厚な味わい。タルト生地のサクサク感が楽しい……。

(私今、タルトタタンを食べているのに……。次のタルトタタンを食べたくて仕方ない……!)

 すでにリオノーラは左右の手それぞれにタルトタタンを持っていた。この菓子の憎いところは、タルトのカップの中にリンゴ煮が詰められているので、手づかみで食べても手が汚れないのだ。容易に二刀流が可能であった。

「ふううっ!」

(美味い……! 美味すぎる!)

 リオノーラはタルトタタンのあまりの美味しさに、涙を流した。


 ──十分後。

「あああっっ!」

 そこには空箱を前に、頭を抱えるリオノーラがいた。

「いやぁ、美味しく食べてもらえて嬉しいよ。また持ってくるからな」
「おおぅ、あおぅ……」

 アレスは上機嫌だが、リオノーラは後悔の涙を流していた。

 <完>

 いきなりハートマークがサブタイの隣についていて驚きました…(汗)
 押してくださった方、ありがとうございます。
 エールもありがとうございます!励みになります。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

冷淡だった義兄に溺愛されて結婚するまでのお話

水瀬 立乃
恋愛
陽和(ひより)が16歳の時、シングルマザーの母親が玉の輿結婚をした。 相手の男性には陽和よりも6歳年上の兄・慶一(けいいち)と、3歳年下の妹・礼奈(れいな)がいた。 義理の兄妹との関係は良好だったが、事故で母親が他界すると2人に冷たく当たられるようになってしまう。 陽和は秘かに恋心を抱いていた慶一と関係を持つことになるが、彼は陽和に愛情がない様子で、彼女は叶わない初恋だと諦めていた。 しかしある日を境に素っ気なかった慶一の態度に変化が現れ始める。

義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話

よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。 「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。

獅子の最愛〜獣人団長の執着〜

水無月瑠璃
恋愛
獅子の獣人ライアンは領地の森で魔物に襲われそうになっている女を助ける。助けた女は気を失ってしまい、邸へと連れて帰ることに。 目を覚ました彼女…リリは人化した獣人の男を前にすると様子がおかしくなるも顔が獅子のライアンは平気なようで抱きついて来る。 女嫌いなライアンだが何故かリリには抱きつかれても平気。 素性を明かさないリリを保護することにしたライアン。 謎の多いリリと初めての感情に戸惑うライアン、2人の行く末は… ヒーローはずっとライオンの姿で人化はしません。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

泡風呂を楽しんでいただけなのに、空中から落ちてきた異世界騎士が「離れられないし目も瞑りたくない」とガン見してきた時の私の対応。

待鳥園子
恋愛
半年に一度仕事を頑張ったご褒美に一人で高級ラグジョアリーホテルの泡風呂を楽しんでたら、いきなり異世界騎士が落ちてきてあれこれ言い訳しつつ泡に隠れた体をジロジロ見てくる話。

抱かれたい騎士No.1と抱かれたく無い騎士No.1に溺愛されてます。どうすればいいでしょうか!?

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ヴァンクリーフ騎士団には見目麗しい抱かれたい男No.1と、絶対零度の鋭い視線を持つ抱かれたく無い男No.1いる。 そんな騎士団の寮の厨房で働くジュリアは何故かその2人のお世話係に任命されてしまう。どうして!? 貧乏男爵令嬢ですが、家の借金返済の為に、頑張って働きますっ!

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

燻らせた想いは口付けで蕩かして~睦言は蜜毒のように甘く~

二階堂まや
恋愛
北西の国オルデランタの王妃アリーズは、国王ローデンヴェイクに愛されたいがために、本心を隠して日々を過ごしていた。 しかしある晩、情事の最中「猫かぶりはいい加減にしろ」と彼に言われてしまう。 夫に嫌われたくないが、自分に自信が持てないため涙するアリーズ。だがローデンヴェイクもまた、言いたいことを上手く伝えられないもどかしさを密かに抱えていた。 気持ちを伝え合った二人は、本音しか口にしない、隠し立てをしないという約束を交わし、身体を重ねるが……? 「こんな本性どこに隠してたんだか」 「構って欲しい人だったなんて、思いませんでしたわ」 さてさて、互いの本性を知った夫婦の行く末やいかに。 +ムーンライトノベルズにも掲載しております。

処理中です...