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無邪気な笑顔の下の記憶

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 (昔の私。普通に細いし、けっこう可愛いかも……)

 リオノーラはこの日、実家から送られてきたアルバムを眺めていた。
 分厚い背表紙に書かれた年代を見るに、撮影時期的には約十五年ほど前か。リオノーラはまだ二十歳ぐらい。
 柔らかそうなパフスリーブから覗く腕はほっそりしており、首まわりもすっきりしている。

 (この頃の私は、自分に自信がなかった……)

 コルセットを問題なく付けられるぐらい細かったのに、太っていると思い込んでいたし、平凡でなんの魅力もない女だと自己評価していた。
 だが、三十代半ばになった今、二十歳前後だった頃の自分を見ると、まぶしくて仕方ない。
 笑った目元なんか、長女のテレジアにそっくりだ。

 (……今の私なんて)

 リオノーラは自分の頬に手をあてると、むにりとした感触にため息をつく。ずいぶんと顔も身体も丸くなってしまったものだ。
 彼女がまたぺらりとアルバムをめくったその時、玄関の方から物音がした。
 錠を外す、がちゃりという音がする。

「……ただいま」
「おかえりなさいませ、旦那様」

 夫、アレスが帰ってきた。
 灰色の詰襟に長い指を引っ掛け、首元を外しながらこちらを見ている。

「おっ、それは……アルバムか?」
「ええ。昨日、ティンエルジュ領から届いたものですわ」
「なつかしいな」

 アレスは若い頃のリオノーラの写真を見て、愛おしそうに目を細めるとこう言った。

「ふむ。……これはこれでとても可愛らしいが、個人的にはもう少しボリュームと色気が欲しいな」
「あら、忖度なんてしなくてもよろしいんですよ?」
「忖度をしているつもりはない。俺にとって、今の君が最上だからな」

 臆面することなく、アレスはさらりとそう言ってのける。
 
「さ、最上……」

 この夫ならば、今の自分が一番だと言うだろうなと思っていたが、それでもいざ言われれば恥ずかしくなる。リオノーラの目の下がかかーっと熱くなった。

「そうですかねえ~? 私は昔の自分の方が可愛いと思いますけど!」
「若いってだけで可愛く思えるもんだ。十年後、きっと今の自分のことが可愛いと思うし、若いとも思うぞ?」
「ふふっ、そうだといいですね」

 アレスの言葉に笑いながらアルバムをまためくると、ちょうど彼の写真も出てきた。
 リオノーラのテンションが一気に上がる。

「わわっ! 旦那様かわいいっっ!! ていうか、スタイル変わってませんね!」

 興奮したリオノーラは、ぱちぱちと手を叩く。
 
 (はぁ……。二十代前半の旦那様、可愛いなぁ)

 騎士服姿で直立不動で写真に写る、アレスのその顔に表情はない。だが、無表情でも可愛いものは可愛い。
 リオノーラはとろけそうな顔をして、若い頃のアレスの姿を喰い入るように見つめる。

「この時代の旦那様、前髪を下ろしていて可愛いですよね。はぁ~~稀代の美男子~~……」

 体型こそほとんど変わっていないが、年齢を重ねてすっかり大人の男になってしまったアレス。それはそれで頼もしいし、実際にものすごく頼りにしているのだが、逆に可愛げはなくなってしまった。
 一方、二十代前半の頃のアレスはとにかく情緒不安定で、自分が一緒にいてやらなくてはと思わせる儚さがあった。

 (まあ若い頃の儚げな旦那様も、今のスパダリな旦那様も好きだけど……)

 リオノーラが過去を思い出してうっとりしていると、前髪を軽く後ろへ流した、三十代後半のアレスがムッとした顔をして彼女を睨んでいた。
 リオノーラはハッとする。

 (しっ、しまった……! つい、若い頃の旦那様を褒め過ぎてしまったわ)

「い、今の旦那様が最上ですよう!」
「……ふん、忖度はいらんぞ?」
「えーー!? 怒らないでくださいよ」

 リオノーラは、今も昔も面倒くさいところは変わらないなぁと思いながら、アレスを必死に宥めたのだった。

 <完>

良かったらエールをください!!
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