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たまに襲いかかって来る、後悔

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 王城で働く侍女の間では、売店で買える安価なペーパーバック小説が大流行していた。

 たまに侍女の真似事をしているリオノーラも影響を受け、数多く売られているペーパーバック小説の中でも特に人気のある作品をいくつか嗜んでいる。

 今リオノーラが読んでいるのは、不幸な境遇にあったヒロインが超美形のエリート軍人に嫁ぎ、ただひたすら婚家で大事にされるというストーリーのものだ。

 超美形のエリート軍人に嫁いだヒロインの仕事はただ一つ、夫のために綺麗になること。
 世の中にはハイスペックな男性に嫁ぎ、自分磨きに勤しみたいと思っている女性が多いのか、この話はベストセラーになっている。
 だが、リオノーラはこの話に対し、世の一般的な女性読者とはまた違った感想を持っていた。

 (旦那様のために綺麗になるのが仕事だなんて……。なんて大変なの。ヒロインは偉いわねえ)

 リオノーラはぶるるっと背を震わせる。彼女は人一倍食い意地が張っており、美容よりも断然食べることに重きを置いていた。
 実家は服飾関係の事業を生業としているので大きな声では言えないが、身体を締め付けるドレスは好きではないし、化粧だってすっぴんが許されるのならば常にすっぴんでいたいと思っている。
 夫のために綺麗でいなくてはいけないペーパーバック小説のヒロインに、心の底から同情していた。

 (……うちの旦那様は美醜に寛容な方で良かったわ)

 約十二年前、リオノーラがアレスと王都で同居を始めた際、彼女は僅か一月で10㎏以上太った。
 父親の監視がなくなったリオノーラは食の宝庫であった王都で食べに食べまくり、変わり果ててしまったのだ。
 他にも百年の恋も余裕で覚めてしまうような所業をリオノーラは繰り返したが、アレスの愛が枯渇することは無かった。

 (私がもしも恋愛小説のヒロインだったら、読者に嫌われまくりだったでしょうね……)

 夫が仕事に出ている間一人で大衆食堂へ行き、拳大の唐揚げを何個も平らげながら麦酒を喉へ流し込む。
 ブクブクと際限無く太る。
 「自分の正体が街の人にバレたらまずいし」と言い訳をして、化粧をしない。服装は常に三角巾を頭に被り、エプロンドレスを身につけていた。
 自らトラブルに頭を突っ込み、夫に迷惑を掛ける。
 しかも新婚当時の夫は精神的な病を抱えており、大変な状況にあった。

 (ああああ! 私はなんてことを……!)

 ダイニングテーブルの上で、リオノーラは両手で頭を抱える。彼女は定期的に過去の所業を思い出しては、呻いていた。
 何故もう少し、夫を大事に出来なかったのか。大人しくしていることが出来なかったのか。
 その当時も「さすがにここまで好き勝手したら実家へ強制送還されるのではないか」と恐怖していたが、追い出されることは無かった。


「ど、どうした? 頭を抱えて……」
「……定期的にやってくる発作です。昔のことを思い出して、辛くなっていました。何故もっと旦那様のことを大事に出来なかったのかと後悔しておりました……!」

 ここは夫の部屋だ。リビングで調べ物をしていたらしい夫が呻き声を聞きつけ、ダイニングまでやってきた。

「恋愛小説に出てくるお嬢さんはすごく感心な方ばかりで、自分の駄目さ加減が浮き彫りに……!」
「また食い道楽していた過去を思い出したのか?……君は自分で自分の機嫌を取っていただけだろう。精神的に不安定な俺を支え、辛い思いをしていたはずだ」

 妻が過去の記憶に苦しむ様を何度も目にしているアレスは、そうフォローする。

「辛い思いだなんて。私は全力で楽しんでましたけど……二人きりの王都生活を」

 夫とあまりコミュケーションが取れておらず、イライラしたこともあったが、結果的には楽しかった。
 約十六年の結婚生活で、夫婦二人きりで暮らしたのは僅か三ヶ月ほどだった。
 
「楽しかったですね……。夫婦だけで暮らせる機会があんなにも短いと分かっていたら、もっと……」

 リオノーラは遠い過去に思いを馳せる。ティンエルジュ家で約十二年間家族と一緒に暮らした期間ももちろん尊いものだが、夫婦二人だけの時間は貴重だった。何故もっと早く同居できなかったのかと、後悔するぐらいには素晴らしい時間だった。
 二度と取り戻せないであろう、日々。

「……またいつか、子ども達が独り立ちしたら二人で暮らそう」

 アレスの提案に、リオノーラはぱちぱちと瞬きする。

「その時はもっと俺のことを大事にしてくれ」
「旦那様……」

 (何年先になるのかしら……)

 一番下の子はまだ三歳で、兵学校へ行かせられるかどうかも分からない。
 だが、夫の提案にリオノーラは胸をときめかせる。

「ええ、その時はぜひ」
「まあ今からでも、俺のことを大切にしてくれてもかまわないがな」

 将来がどうなるのかは分からない。
 でも今だけは、楽しい未来を思い描いていたいとリオノーラは思った。
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